J-WAVEで放送中の番組『JAM THE WORLD』(ナビゲーター:グローバー)のワンコーナー「UP CLOSE」。6月28日(木)のオンエアでは、木曜日のニュース・スーパーバイザー、堀 潤が登場。ジャーナリストの高瀬 毅さんをお迎えし、「袴田事件」について伺いました。
一貫して無罪を主張しながらも、死刑が確定し、48年間にわたって拘留されていた袴田 巌(はかまだ・いわお)さん。4年前、静岡地裁による再審決定で釈放されましたが、今年6月、東京高裁が再審を認めない決定をしました。いったい、何が起こっているのでしょうか。司法の問題点や、袴田さんの今を、高瀬さんに伺いました。
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■強盗殺人放火事件(袴田事件)とは
まずは、袴田事件の概要を振り返りましょう。今から52年前の1966年、強盗殺人放火事件(袴田事件)が静岡県で起こりました。この事件で逮捕・起訴され、裁判の場では一貫して無罪・冤罪を主張してきたのが、袴田さんです。1980年、最高裁で死刑が確定しましたが、袴田さんの姉や支援者の活動の甲斐があって、2014年、静岡地方裁判所が「裁判のやり直し」、いわゆる再審を認め、ようやく袴田さんは刑務所を出ることを許されました。
しかし6月11日(月)、東京高等裁判所は地裁の決定を覆して「裁判のやり直しは認めない」との判断を下しました。なぜ「地裁」と「高裁」で判断がわかれたのでしょうか?
袴田事件を20年ほど取材していた高瀬さんは、「この事件の判決は、まず覆らないだろう。再審も行われないだろう」と考えていました。
高瀬:ところが、2014年3月に静岡地裁が再審開始決定を出し、「今回はひょっとすると判決が覆るかも」という感じがありました。その後、その通りの決定が出て、しかも袴田さんは釈放されました。当時、静岡地裁前にいて取材をしていた私は、その内容を聞き、思わず「やった!」という声が口から出ました。取材者というよりも、袴田さんに対する思いが入っていましたね。
■死刑に怯えながら過ごし…袴田さんの精神状態は
堀が袴田さんの現状を訊くと、「お元気そうです」と高瀬さん。姉と暮らしており、「裁判がなければ、平凡な姉と弟の日常があると感じました」と話します。しかし、長年の収監による「拘禁反応」も未だ残っています。
袴田さんは午後1時から6時まで、駅に向かっていろんなコースを歩きます。誰か支援者がつき、怪我をしないように見守っているそうです。この理由について、高瀬さんは「自分を最高権力者だと思っているんです。最高権力者は死刑にならない。いろんな人を守るのだ、ということで、暮らしている浜松の街を回るのです。まだ死刑を恐れていると言えます」と話します。
袴田さんは、逮捕から半年後、家族に向けた手紙で、「私のことで親類縁者にまで心配をかけてすみません」「事件には真実関係ありません。落ち着いて裁判を待っております」と、便箋一枚に綴っていました。
高瀬:拙い文字で、「やっと一枚書ききった」という印象です。周囲にも気を遣っている。真犯人ならこういう手紙を書くだろうか、といった内容です。そこからも家族との手紙のやりとりは続きますが、68年に一審死刑判決が出ると、様子が変わります。司法に対する疑いを持ち、観念的な思考が深まっていく。一枚書くのがやっとだった人とは思えないほど、何十枚も書くようになるのです。80年に死刑が確定すると、精神に変調をきたします。姉の秀子さんが面会に行っても会えなかったり、「自分は神である」など意味不明なことを言い出したりする。それが今も続いているんです。
堀:その間に、精神的なケアは行われていたのでしょうか。
高瀬:私は聞いておりません。秀子さんも「放っておかれたのではないか」と。というのも、4年前に出てきてから胆のうの手術をしたら、ものすごく大きな胆石が出てきたんです。これは、放っておかれたからだとおっしゃってました。何らかのケアがあれば(精神状態も)また違っていたかもしれません。
堀:ご家族であっても、収監されている相手の状況を知ることができない。これはおかしいですね。
高瀬:いくら判決で死刑が出たとは言え、あとはその人がどうなってもそのまま放っておかれているというのは、異常だと思います。
■「国家権力は間違わない」エリートのメンツが冤罪を生む
袴田事件を取材するなかで、高瀬さんが「この事件は冤罪ではないのか」と感じた理由を訊きました。
高瀬:最初はこの事件を知るために、弁護団に取材をしていきました。その過程で袴田事件は、ずさんというか、かなり無茶苦茶な捜査から始まりました。強引な取り調べがあり、「警察・検察は正しい」という考えで、判決が次々と出ていったので、「どうしてこうなったのか」と。元・静岡地裁裁判官が、裁判官を辞めたあとに、「あれは間違っていてた」と言っています。そういうことが、地裁判決の判決書の中から読み取れるんですよね。そのようなこともあり、「袴田さんは犯人じゃないだろう」と感じていました。
堀:なぜ、袴田事件は、ずさんな捜査をされたのでしょうか。
高瀬:警察や検察、ましてや裁判官は「間違わない」という考えがあるからではないでしょうか。日本の刑事裁判は100パーセントとは言わないが、99パーセント以上の有罪率なので、警察の段階できちんと捜査が行われないと、そのままの状態で判決に流れてしまうということが、この事件の中でも現れています。「冤罪の構造」という言葉があるのですが、まず「国家権力は間違わない」という「無謬性」に検察はこだわる。そして、裁判官は保身に走ると。冤罪事件に取り組む人が仰っています。
静岡地裁が袴田事件の再審開始決定を出したことは、捜査して捕まえた警察、検察官、そして何十人と関わってきた裁判官のメンツを全て潰すことになりかねないので、「劇的な決定だった」と高瀬さん。警察・検察・裁判官など、エリート集団であればあるほど地位にこだわる傾向があるので、判決が覆ることは非常に難しいことだ、と述べました。
堀:ただ、司法の判断は、政治的なものからも、国家からも、本来は独立しているものですよね。互いに緊張関係をもって監視しあうのが三権分立だと思います。しかし、なかなか日本の司法、とくに裁判所のあり方は、今高瀬さんが仰ったような課題を抱えているんだということですね。
高瀬:そうですね。建前としては美しいんだけども、人間がやっていることですので。しかも、エリート集団であればあるほど、自分の地位というものにこだわる。相当バイアスがかかってくるということを、いろんな取材をし、冤罪事件に取り組んでいる人に話を聞くと感じます。
■実験をせず「DNAの鑑定法が疑わしい」と主張
堀:静岡地裁で再審が認められたあと、東京高裁はなぜ「裁判のやり直しは認めない」との判断を下したのでしょうか。
高瀬:静岡地裁のDNA鑑定によって、「5点の衣類」という死刑の確定をさせてしまった決定的な証拠物件がありました。被害者の衣類に血が付いていて、それが袴田さんの血液も含まれていると言われていましたが、DNA鑑定で含まれていないことがわかり、2014年の静岡地裁の再審開始決定に結びつきました。今回の東京高裁は、DNA鑑定の信用性そのものに疑問がある、というように判断したわけです。その方法は一般的に確立した科学的手法とは言えないと。
約50年前の血液をはかるために、鑑定には独創的な方法が用いられました。本田克也筑波大学教授による、「細胞選択的抽出法」です。血液がついている衣服には、汗や皮脂も付着しています。そういったものを取り払い、血液に由来するDNAのみを抽出するという判定法です。「抗Hレクチン」という試薬を使います。いろんな血液を凝集させるもので、検察側の鑑定人から言わせると「DNAを薄めてしまう」。検証実験を行った結果、方法論として疑わしいのではないか、と主張しました。ところが……。
高瀬:昨年の9月に、鑑定人尋問が行われました。検察側が推薦してきた、鈴木広一大阪医科大教授は「細胞選択的抽出法では、血液のDNAだけを取り出す効果が認められるとお考えですか」と訊かれ、「ないと考えます」と答えました。ここで、検察官が「その点を実際に確認するような実験は行っていますか」と問うと「直接、確認実験は行っていません」と。
堀:おかしいですね。
高瀬:裁判所は、本田先生がやった鑑定と同じ方法で実験をしてほしいと、マニュアルと手順を教えて頼んでいる。しかし、なぜか鈴木先生は行わなかった。これを受けて、袴田さんの弁護団は、自分たちで実験を行いました。弁護士と、とある大学の学生さんと一緒に行ったところ、結果はきちんと出ました。それは、きちんとビデオに撮影し、証拠として裁判所に提出しています。尋問の段階でもおかしなことがあったのに、東京高裁では真逆の決定を下した。これはどう考えればいいのか。弁護団も衝撃を受けています。
堀:ブラックボックスですね。「疑わしきは被告人の利益に」という原則がありますが、袴田さんの事件には当てはまっていない?
高瀬:「疑わしきは被告人の利益に」というのは、1975年の通称「白鳥決定」ですね。通常の刑事裁判だけではなく再審にも適応しろということで、決定された以降、さまざまな死刑が無罪にかわった、つまり再審の扉が開かれていきました。しかし、あるころからだんだん風化し、袴田さんの事件については、再審の扉が開きそうになっては閉じる、という状況になっています。
高瀬さんの解説を聞いた堀は、「このところ、再審というのものを、司法が軽く見ているのではないか、と感じます」と述べました。
堀:再審請求中に死刑を執行したりとか、今回のように再審を認めないという判断を下したりとか。厳選なる審理をした結果であればいいですが、今回は高瀬さんが指摘したような手落ちがありますよね。司法に対する信頼を根幹から揺るがしているのではないかと、僕は言いたいです。
高瀬:秀子さんは、再審は難しいんだ、と。例えば、「名張毒ぶどう酒事件」の奥西勝さん。再審の扉が開かれそうになるも閉じられ、獄中で亡くなられました。他にも、冤罪事件はたくさんあります。もし、袴田事件が再審決定・無罪ということになると、他の事件にも影響が出てくる。(司法の側は)そう考えているだろうと、さまざまな事件を見てきた秀子さんは仰っていました。
■今後、どうなっていくのか
東京高裁の判断を不服とする袴田さんの弁護団は、最高裁に特別抗告し、これから審理が始まります。
高瀬:最高裁は基本的には証拠調べはせず、東京高裁の決定に関しての評価をしていくことになります。これはほとんど密室で行われるので、いつ、どのようにして最高裁の決定が出てくるのかよくわからない。ただ、決定が出るときに考えられることが3つあります。ひとつは、東京高裁の決定をそのまま使い、静岡地裁の再審開始決定をないものとして特別抗告を棄却すること。もうひとつは、静岡地裁の意向である再審開始決定をすること。最後は、東京高裁へ「もう一度判断しろ」と差し戻すことです。
どう展開していくかは、高瀬さんも「わからない」と言います。
堀:いずれにしても、時間が長くかかりすぎていますね。
高瀬:はい。いろんなことをきちんと調べないといけないんですけど、やはり再審開始決定をするということは大変な重みがありますから、そのときには検察側は即時抗告や特別抗告はしてはならないと考えます。そういう法制度を作らないといけないのではないでしょうか。
果たして、袴田事件に対して最高裁はどのような決定を下すのでしょうか。この決定によって、今後の警察・検察・裁判官の判断に影響が出るかもしれません。
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【番組情報】
番組名:『JAM THE WORLD』
放送日時:月・火・水・木曜 19時-21時
オフィシャルサイト:https://www.j-wave.co.jp/original/jamtheworld/
一貫して無罪を主張しながらも、死刑が確定し、48年間にわたって拘留されていた袴田 巌(はかまだ・いわお)さん。4年前、静岡地裁による再審決定で釈放されましたが、今年6月、東京高裁が再審を認めない決定をしました。いったい、何が起こっているのでしょうか。司法の問題点や、袴田さんの今を、高瀬さんに伺いました。
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■強盗殺人放火事件(袴田事件)とは
まずは、袴田事件の概要を振り返りましょう。今から52年前の1966年、強盗殺人放火事件(袴田事件)が静岡県で起こりました。この事件で逮捕・起訴され、裁判の場では一貫して無罪・冤罪を主張してきたのが、袴田さんです。1980年、最高裁で死刑が確定しましたが、袴田さんの姉や支援者の活動の甲斐があって、2014年、静岡地方裁判所が「裁判のやり直し」、いわゆる再審を認め、ようやく袴田さんは刑務所を出ることを許されました。
しかし6月11日(月)、東京高等裁判所は地裁の決定を覆して「裁判のやり直しは認めない」との判断を下しました。なぜ「地裁」と「高裁」で判断がわかれたのでしょうか?
袴田事件を20年ほど取材していた高瀬さんは、「この事件の判決は、まず覆らないだろう。再審も行われないだろう」と考えていました。
高瀬:ところが、2014年3月に静岡地裁が再審開始決定を出し、「今回はひょっとすると判決が覆るかも」という感じがありました。その後、その通りの決定が出て、しかも袴田さんは釈放されました。当時、静岡地裁前にいて取材をしていた私は、その内容を聞き、思わず「やった!」という声が口から出ました。取材者というよりも、袴田さんに対する思いが入っていましたね。
■死刑に怯えながら過ごし…袴田さんの精神状態は
堀が袴田さんの現状を訊くと、「お元気そうです」と高瀬さん。姉と暮らしており、「裁判がなければ、平凡な姉と弟の日常があると感じました」と話します。しかし、長年の収監による「拘禁反応」も未だ残っています。
袴田さんは午後1時から6時まで、駅に向かっていろんなコースを歩きます。誰か支援者がつき、怪我をしないように見守っているそうです。この理由について、高瀬さんは「自分を最高権力者だと思っているんです。最高権力者は死刑にならない。いろんな人を守るのだ、ということで、暮らしている浜松の街を回るのです。まだ死刑を恐れていると言えます」と話します。
袴田さんは、逮捕から半年後、家族に向けた手紙で、「私のことで親類縁者にまで心配をかけてすみません」「事件には真実関係ありません。落ち着いて裁判を待っております」と、便箋一枚に綴っていました。
高瀬:拙い文字で、「やっと一枚書ききった」という印象です。周囲にも気を遣っている。真犯人ならこういう手紙を書くだろうか、といった内容です。そこからも家族との手紙のやりとりは続きますが、68年に一審死刑判決が出ると、様子が変わります。司法に対する疑いを持ち、観念的な思考が深まっていく。一枚書くのがやっとだった人とは思えないほど、何十枚も書くようになるのです。80年に死刑が確定すると、精神に変調をきたします。姉の秀子さんが面会に行っても会えなかったり、「自分は神である」など意味不明なことを言い出したりする。それが今も続いているんです。
堀:その間に、精神的なケアは行われていたのでしょうか。
高瀬:私は聞いておりません。秀子さんも「放っておかれたのではないか」と。というのも、4年前に出てきてから胆のうの手術をしたら、ものすごく大きな胆石が出てきたんです。これは、放っておかれたからだとおっしゃってました。何らかのケアがあれば(精神状態も)また違っていたかもしれません。
堀:ご家族であっても、収監されている相手の状況を知ることができない。これはおかしいですね。
高瀬:いくら判決で死刑が出たとは言え、あとはその人がどうなってもそのまま放っておかれているというのは、異常だと思います。
■「国家権力は間違わない」エリートのメンツが冤罪を生む
袴田事件を取材するなかで、高瀬さんが「この事件は冤罪ではないのか」と感じた理由を訊きました。
高瀬:最初はこの事件を知るために、弁護団に取材をしていきました。その過程で袴田事件は、ずさんというか、かなり無茶苦茶な捜査から始まりました。強引な取り調べがあり、「警察・検察は正しい」という考えで、判決が次々と出ていったので、「どうしてこうなったのか」と。元・静岡地裁裁判官が、裁判官を辞めたあとに、「あれは間違っていてた」と言っています。そういうことが、地裁判決の判決書の中から読み取れるんですよね。そのようなこともあり、「袴田さんは犯人じゃないだろう」と感じていました。
堀:なぜ、袴田事件は、ずさんな捜査をされたのでしょうか。
高瀬:警察や検察、ましてや裁判官は「間違わない」という考えがあるからではないでしょうか。日本の刑事裁判は100パーセントとは言わないが、99パーセント以上の有罪率なので、警察の段階できちんと捜査が行われないと、そのままの状態で判決に流れてしまうということが、この事件の中でも現れています。「冤罪の構造」という言葉があるのですが、まず「国家権力は間違わない」という「無謬性」に検察はこだわる。そして、裁判官は保身に走ると。冤罪事件に取り組む人が仰っています。
静岡地裁が袴田事件の再審開始決定を出したことは、捜査して捕まえた警察、検察官、そして何十人と関わってきた裁判官のメンツを全て潰すことになりかねないので、「劇的な決定だった」と高瀬さん。警察・検察・裁判官など、エリート集団であればあるほど地位にこだわる傾向があるので、判決が覆ることは非常に難しいことだ、と述べました。
堀:ただ、司法の判断は、政治的なものからも、国家からも、本来は独立しているものですよね。互いに緊張関係をもって監視しあうのが三権分立だと思います。しかし、なかなか日本の司法、とくに裁判所のあり方は、今高瀬さんが仰ったような課題を抱えているんだということですね。
高瀬:そうですね。建前としては美しいんだけども、人間がやっていることですので。しかも、エリート集団であればあるほど、自分の地位というものにこだわる。相当バイアスがかかってくるということを、いろんな取材をし、冤罪事件に取り組んでいる人に話を聞くと感じます。
■実験をせず「DNAの鑑定法が疑わしい」と主張
堀:静岡地裁で再審が認められたあと、東京高裁はなぜ「裁判のやり直しは認めない」との判断を下したのでしょうか。
高瀬:静岡地裁のDNA鑑定によって、「5点の衣類」という死刑の確定をさせてしまった決定的な証拠物件がありました。被害者の衣類に血が付いていて、それが袴田さんの血液も含まれていると言われていましたが、DNA鑑定で含まれていないことがわかり、2014年の静岡地裁の再審開始決定に結びつきました。今回の東京高裁は、DNA鑑定の信用性そのものに疑問がある、というように判断したわけです。その方法は一般的に確立した科学的手法とは言えないと。
約50年前の血液をはかるために、鑑定には独創的な方法が用いられました。本田克也筑波大学教授による、「細胞選択的抽出法」です。血液がついている衣服には、汗や皮脂も付着しています。そういったものを取り払い、血液に由来するDNAのみを抽出するという判定法です。「抗Hレクチン」という試薬を使います。いろんな血液を凝集させるもので、検察側の鑑定人から言わせると「DNAを薄めてしまう」。検証実験を行った結果、方法論として疑わしいのではないか、と主張しました。ところが……。
高瀬:昨年の9月に、鑑定人尋問が行われました。検察側が推薦してきた、鈴木広一大阪医科大教授は「細胞選択的抽出法では、血液のDNAだけを取り出す効果が認められるとお考えですか」と訊かれ、「ないと考えます」と答えました。ここで、検察官が「その点を実際に確認するような実験は行っていますか」と問うと「直接、確認実験は行っていません」と。
堀:おかしいですね。
高瀬:裁判所は、本田先生がやった鑑定と同じ方法で実験をしてほしいと、マニュアルと手順を教えて頼んでいる。しかし、なぜか鈴木先生は行わなかった。これを受けて、袴田さんの弁護団は、自分たちで実験を行いました。弁護士と、とある大学の学生さんと一緒に行ったところ、結果はきちんと出ました。それは、きちんとビデオに撮影し、証拠として裁判所に提出しています。尋問の段階でもおかしなことがあったのに、東京高裁では真逆の決定を下した。これはどう考えればいいのか。弁護団も衝撃を受けています。
堀:ブラックボックスですね。「疑わしきは被告人の利益に」という原則がありますが、袴田さんの事件には当てはまっていない?
高瀬:「疑わしきは被告人の利益に」というのは、1975年の通称「白鳥決定」ですね。通常の刑事裁判だけではなく再審にも適応しろということで、決定された以降、さまざまな死刑が無罪にかわった、つまり再審の扉が開かれていきました。しかし、あるころからだんだん風化し、袴田さんの事件については、再審の扉が開きそうになっては閉じる、という状況になっています。
高瀬さんの解説を聞いた堀は、「このところ、再審というのものを、司法が軽く見ているのではないか、と感じます」と述べました。
堀:再審請求中に死刑を執行したりとか、今回のように再審を認めないという判断を下したりとか。厳選なる審理をした結果であればいいですが、今回は高瀬さんが指摘したような手落ちがありますよね。司法に対する信頼を根幹から揺るがしているのではないかと、僕は言いたいです。
高瀬:秀子さんは、再審は難しいんだ、と。例えば、「名張毒ぶどう酒事件」の奥西勝さん。再審の扉が開かれそうになるも閉じられ、獄中で亡くなられました。他にも、冤罪事件はたくさんあります。もし、袴田事件が再審決定・無罪ということになると、他の事件にも影響が出てくる。(司法の側は)そう考えているだろうと、さまざまな事件を見てきた秀子さんは仰っていました。
■今後、どうなっていくのか
東京高裁の判断を不服とする袴田さんの弁護団は、最高裁に特別抗告し、これから審理が始まります。
高瀬:最高裁は基本的には証拠調べはせず、東京高裁の決定に関しての評価をしていくことになります。これはほとんど密室で行われるので、いつ、どのようにして最高裁の決定が出てくるのかよくわからない。ただ、決定が出るときに考えられることが3つあります。ひとつは、東京高裁の決定をそのまま使い、静岡地裁の再審開始決定をないものとして特別抗告を棄却すること。もうひとつは、静岡地裁の意向である再審開始決定をすること。最後は、東京高裁へ「もう一度判断しろ」と差し戻すことです。
どう展開していくかは、高瀬さんも「わからない」と言います。
堀:いずれにしても、時間が長くかかりすぎていますね。
高瀬:はい。いろんなことをきちんと調べないといけないんですけど、やはり再審開始決定をするということは大変な重みがありますから、そのときには検察側は即時抗告や特別抗告はしてはならないと考えます。そういう法制度を作らないといけないのではないでしょうか。
果たして、袴田事件に対して最高裁はどのような決定を下すのでしょうか。この決定によって、今後の警察・検察・裁判官の判断に影響が出るかもしれません。
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オフィシャルサイト:https://www.j-wave.co.jp/original/jamtheworld/
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