新型コロナウイルスの感染拡大により、多くの映画が公開を延期した。国内外を問わず、劇場公開と同時にネット配信される作品も出てきた。
映画ファンにとっても、制作サイドにとっても、「映画館の大きなスクリーンで観たい/観てほしい」という気持ちは当然あるはずだ。一方でネット配信には、世界中で手軽に作品を観られるという利点もある。さらに、映画館のチケットより視聴料が安い場合も多い。新作のネット配信のメリット、デメリットは、立場や考え方によって変わる。
果たして今後、新作のネット配信は日本で根付くのか。金銭的に、きちんと回収できるのか。コロナ禍の映画業界の裏側を、映画ジャーナリスト・中山治美さんに話を聞いた。
中山さんが登場したのは、7月23日(木)にオンエアされたJ-WAVEの番組『JAM THE WORLD』のワンコーナー「UP CLOSE」。木曜のニューススーパーバイザーは、ジャーナリストの堀 潤。
『劇場』の監督は行定勲、主演は山﨑賢人と松岡茉優という豪華な顔ぶれだ。4月17日から、280館で全国上映予定だった。中山さんによると、「大きな数字に思えますが、『スター・ウォーズ』シリーズだと960スクリーンぐらいなので、中規模と言えます」とのこと。
中山:4月16日の緊急事態宣言を受けて、『劇場』の製作委員会はAmazon Prime Videoの独占配信と、全国20館の劇場での公開に切り替えました。
堀:僕もちょうど3月のはじめから自分が作ったドキュメンタリー映画を劇場公開していまして、ど真ん中に重なりました。ところが、ネットにすぐに飛び移れるかというとそうはいかず、「一緒に頑張りましょう」と声をかけあった劇場のみなさんや支配人の顔が一人ひとり浮かんでしまいました。『劇場』は、かなり早い判断でしたね。
中山:『劇場』の場合、配給をする松竹から「公開できません」と言われてしまったという事情があります。新型コロナの影響で、もともと公開予定だった作品が玉突きで延期、延期になっていました。『劇場』も今年の秋か、最悪の場合は来年になってしまう可能性があったんです。製作委員会というのはいろいろな会社が集まっていますから、その会社にとっての今年の収益に大きく響くわけですね。少しでも今年の収益にするためにはどうしたらいいのか、という話し合いが行われたようです。
堀:背に腹はかえられないですからね。でも280館から20館になって、さらにAmazon Prime Videoで公開日と同じ日に配信というのは、これはなかなか大胆だなと。よくあることなんでしょうか?
中山:日本ではおそらく初めての試みだと思います。みなさんは「え?」と思うかもしれませんが、私は「世界配信」だと捉えました。
堀:確かに、それはそうですね。
中山:日本映画はどんなに頑張っても、公開が決まるのがせいぜいアジア圏ですが、それが世界配信になりました。Amazonが独占配信する場合は、劇場公開を断る、またはやらないようにするのが通例です。ただ今回に限っては、行定監督の「劇場で上映したい」という希望もあり、Amazon側が「20館ぐらいの館数ならいいですよ」と。Amazon側がよくやった、という対応だったと思います。
堀:お話を聞いていると、Amazonというプラットフォーマーの力の強さを感じますね。
プラットフォーマーから製作サイドに、どのくらいのお金が支払われるのか。中山さんは、正確な金額は謎めいているとした上で、「動画配信の契約料は作品によってマチマチ」と説明する。
中山:参考になるかはわかりませんが、Netflixが史上最高額をつけたドキュメンタリー映画『レボリューション -米国議会に挑んだ女性たち-』は約11億円と言われています。ドキュメンタリーでこの金額なので、ハリウッド大作になるとさらに……という計算になりますね。
堀:Amazon側としては、それだけお支払いしても回収できるという勝算があるぐらい、パイが広がっているんでしょうか。
中山:(配信プラットフォームは)熾烈な争いを繰り広げているところなので、独自のコンテンツがほしいんです。『劇場』は、山﨑賢人さんと松岡茉優さんという日本の人気俳優が出ている作品を独占で……という、Amazon Prime Videoにとって強烈なプログラム。多少お支払いしてもいいだろうと判断したのではないでしょうか。
堀:『劇場』に関してはリクープ(回収)できるぐらいの金額提示があったのですか?
中山:日本映画の制作費は5億いかないぐらいですので、そのぐらいの金額ではないでしょうか。
中山:Netflixが発表した2020年の第一四半期の加入者数を見ると、新型コロナの影響で、予想の2倍でした。全世界で1億8286万人。そのうちアジアが1984万人です。
堀:やっぱりステイホーム期間に、映像コンテンツを楽しもうという時間が増えましたよね。テレビの視聴率も一部で上がり、インターネット企業で動画事業にかかわる友人からも「過去最高のアプリのダウンロード数ですよ」と聞きました。Amazon Prime Videoが日本の新作映画を配信するのは、『劇場』が初めてではなかったんですよね?
中山:4月に『Fukushima 50』を有料ストリーミング配信しています。
堀:これは当時、計画されていたものなんでしょうか。それとも新型コロナがあって急遽、ということだったんでしょうか。
中山:新型コロナによる急遽の判断です。
堀:そのあとに劇場公開を再開しましたよね。
中山:カムバック上映という形で行われています。
堀:震災、原発事故から10年目の2020年。今まで真正面から向き合ってこなかった原発事故をテーマにした、豪華キャストの話題作でした。新型コロナがあってネット配信もしたとはいえ、「収益はどうだったのか?」「興行としてはどうなのか?」と気になります。現状はどうでしょうか。
中山:最初に劇場公開されたのが3月6日で、初週と2週目の週末ランキングで1位をとりました。そのあと緊急事態となり、みなさん配信でご覧になっているので、かなりの収益になったんじゃないでしょうか。
堀:素朴な疑問なのですが、映画館に行くと一人分のチケットを買いますよね。家族なりカップルなりで観に行ったらそれだけチケット代がかかります。でも、家で観る場合は、何人で観ようと同じ価格です。こういうビジネスモデルで制作者サイドは回収や収益が図れる規模感になるのでしょうか。
中山:安定したお金が入ってきます。当たるか当たらないかに関わらず、配信の契約料が確実に入ってきてプラスアルファが回転数だと思います。最低のお金、リクープ分はもらえるという感じですね。
堀:生々しく「この映画はこれぐらい」「この映画はこんなもんだろう」という、配信プラットフォーマー側の判断というのは知りたいですね。「こういうものはわりと高値がつく」といった傾向はあるんでしょうか。
中山:やっぱりスターが出ているものと、有名な監督のものはいい値段だと思います。Netflixは、新人監督、注目監督の作品をいち早く買っていて、日本だとHIKARI監督の『37セカンズ』の世界配信権を購入しています。世界配信されることで一気に名前が広がりますので「その次」への投資と見てもいいのかもしれません。
中山:配給会社のKADOKAWAは、東宝や松竹が加盟している一般社団法人日本映画製作者連盟に入っています。日本アカデミー賞も主宰しているのですが、「配信したものを映画と認めない」という規定があるんです。
堀:え、そうなんですか!?
中山:日本アカデミー賞では「劇場公開を目的に製作された、しかも同日含め先に配信、TV放送されたもの及びそれの再編集劇場版は新作映画とみなしません」という規定があります。
堀:昔だったらそれはよくわかりますけど……。今は世界の映画祭を見ていても変わってきましたよね?
中山:カンヌは違いますが、ほかの映画祭やアカデミー賞も、配信作品を認めています。
堀:いわゆる大手3社(東宝、東映、松竹)の国内における発言力というのは強いのでしょうか。
中山:やはり「劇場を持っている」というのが大きいですね。映画は興行から始まったものなので、劇場側が強く発言力も大きくなります。
堀:日本の場合は、劇場と配給と制作というのは大きな映画会社が一体運用していたりもするので、制作サイドとしてあまり強く出られないという部分もあるんでしょうか。
中山:そうですね。今回延期になった作品というのは、劇場を持っていない配給会社、制作会社のところが多いです。1年後、2年後に劇場が空くのを待つという感じになります。
新作映画をネット配信する手法は、今後定着していくのだろうか。中山さんは、国内・海外問わずメジャー作品においてアーティスティックな作家性を重視しなくなってきたという事情を踏まえて、「制作者としてはネット配信に流れる傾向がある」と分析。すでに小規模作品の多くが配信に流れており、今まさに変革のときと言える。
J-WAVE『JAM THE WORLD』のコーナー「UP CLOSE」では、社会の問題に切り込む。放送時間は月曜~木曜の20時20分頃から。
映画ファンにとっても、制作サイドにとっても、「映画館の大きなスクリーンで観たい/観てほしい」という気持ちは当然あるはずだ。一方でネット配信には、世界中で手軽に作品を観られるという利点もある。さらに、映画館のチケットより視聴料が安い場合も多い。新作のネット配信のメリット、デメリットは、立場や考え方によって変わる。
果たして今後、新作のネット配信は日本で根付くのか。金銭的に、きちんと回収できるのか。コロナ禍の映画業界の裏側を、映画ジャーナリスト・中山治美さんに話を聞いた。
中山さんが登場したのは、7月23日(木)にオンエアされたJ-WAVEの番組『JAM THE WORLD』のワンコーナー「UP CLOSE」。木曜のニューススーパーバイザーは、ジャーナリストの堀 潤。
ネット配信のメリットは、日本映画でも「世界配信」になること
日本では、又吉直樹の原作の映画『劇場』が7月17日(金)に劇場公開&Amazon Prime Videoで配信開始した。全国20館のミニシアターで封切られ、Amazonプライム会員は追加料金なしで作品を観ることができる、まさに異例の公開手法をとった。他にも長編アニメーション作品『泣きたい私は猫をかぶる』は、6月に東宝系の劇場で公開予定だったが、新型コロナウイルスの影響により、Netflixが全世界独占配信することに。中山:4月16日の緊急事態宣言を受けて、『劇場』の製作委員会はAmazon Prime Videoの独占配信と、全国20館の劇場での公開に切り替えました。
堀:僕もちょうど3月のはじめから自分が作ったドキュメンタリー映画を劇場公開していまして、ど真ん中に重なりました。ところが、ネットにすぐに飛び移れるかというとそうはいかず、「一緒に頑張りましょう」と声をかけあった劇場のみなさんや支配人の顔が一人ひとり浮かんでしまいました。『劇場』は、かなり早い判断でしたね。
中山:『劇場』の場合、配給をする松竹から「公開できません」と言われてしまったという事情があります。新型コロナの影響で、もともと公開予定だった作品が玉突きで延期、延期になっていました。『劇場』も今年の秋か、最悪の場合は来年になってしまう可能性があったんです。製作委員会というのはいろいろな会社が集まっていますから、その会社にとっての今年の収益に大きく響くわけですね。少しでも今年の収益にするためにはどうしたらいいのか、という話し合いが行われたようです。
堀:背に腹はかえられないですからね。でも280館から20館になって、さらにAmazon Prime Videoで公開日と同じ日に配信というのは、これはなかなか大胆だなと。よくあることなんでしょうか?
中山:日本ではおそらく初めての試みだと思います。みなさんは「え?」と思うかもしれませんが、私は「世界配信」だと捉えました。
堀:確かに、それはそうですね。
中山:日本映画はどんなに頑張っても、公開が決まるのがせいぜいアジア圏ですが、それが世界配信になりました。Amazonが独占配信する場合は、劇場公開を断る、またはやらないようにするのが通例です。ただ今回に限っては、行定監督の「劇場で上映したい」という希望もあり、Amazon側が「20館ぐらいの館数ならいいですよ」と。Amazon側がよくやった、という対応だったと思います。
堀:お話を聞いていると、Amazonというプラットフォーマーの力の強さを感じますね。
プラットフォーマーから製作サイドに、どのくらいのお金が支払われるのか。中山さんは、正確な金額は謎めいているとした上で、「動画配信の契約料は作品によってマチマチ」と説明する。
中山:参考になるかはわかりませんが、Netflixが史上最高額をつけたドキュメンタリー映画『レボリューション -米国議会に挑んだ女性たち-』は約11億円と言われています。ドキュメンタリーでこの金額なので、ハリウッド大作になるとさらに……という計算になりますね。
堀:Amazon側としては、それだけお支払いしても回収できるという勝算があるぐらい、パイが広がっているんでしょうか。
中山:(配信プラットフォームは)熾烈な争いを繰り広げているところなので、独自のコンテンツがほしいんです。『劇場』は、山﨑賢人さんと松岡茉優さんという日本の人気俳優が出ている作品を独占で……という、Amazon Prime Videoにとって強烈なプログラム。多少お支払いしてもいいだろうと判断したのではないでしょうか。
堀:『劇場』に関してはリクープ(回収)できるぐらいの金額提示があったのですか?
中山:日本映画の制作費は5億いかないぐらいですので、そのぐらいの金額ではないでしょうか。
ネット配信で製作費は回収できるのか?
Amazon Prime Video以外にも、Netflix、Hulu、Apple TV+など、配信プラットフォームは多く存在する。新型コロナの影響により、これらの視聴者が増加しているという。中山:Netflixが発表した2020年の第一四半期の加入者数を見ると、新型コロナの影響で、予想の2倍でした。全世界で1億8286万人。そのうちアジアが1984万人です。
堀:やっぱりステイホーム期間に、映像コンテンツを楽しもうという時間が増えましたよね。テレビの視聴率も一部で上がり、インターネット企業で動画事業にかかわる友人からも「過去最高のアプリのダウンロード数ですよ」と聞きました。Amazon Prime Videoが日本の新作映画を配信するのは、『劇場』が初めてではなかったんですよね?
中山:4月に『Fukushima 50』を有料ストリーミング配信しています。
中山:新型コロナによる急遽の判断です。
堀:そのあとに劇場公開を再開しましたよね。
中山:カムバック上映という形で行われています。
堀:震災、原発事故から10年目の2020年。今まで真正面から向き合ってこなかった原発事故をテーマにした、豪華キャストの話題作でした。新型コロナがあってネット配信もしたとはいえ、「収益はどうだったのか?」「興行としてはどうなのか?」と気になります。現状はどうでしょうか。
中山:最初に劇場公開されたのが3月6日で、初週と2週目の週末ランキングで1位をとりました。そのあと緊急事態となり、みなさん配信でご覧になっているので、かなりの収益になったんじゃないでしょうか。
堀:素朴な疑問なのですが、映画館に行くと一人分のチケットを買いますよね。家族なりカップルなりで観に行ったらそれだけチケット代がかかります。でも、家で観る場合は、何人で観ようと同じ価格です。こういうビジネスモデルで制作者サイドは回収や収益が図れる規模感になるのでしょうか。
中山:安定したお金が入ってきます。当たるか当たらないかに関わらず、配信の契約料が確実に入ってきてプラスアルファが回転数だと思います。最低のお金、リクープ分はもらえるという感じですね。
堀:生々しく「この映画はこれぐらい」「この映画はこんなもんだろう」という、配信プラットフォーマー側の判断というのは知りたいですね。「こういうものはわりと高値がつく」といった傾向はあるんでしょうか。
中山:やっぱりスターが出ているものと、有名な監督のものはいい値段だと思います。Netflixは、新人監督、注目監督の作品をいち早く買っていて、日本だとHIKARI監督の『37セカンズ』の世界配信権を購入しています。世界配信されることで一気に名前が広がりますので「その次」への投資と見てもいいのかもしれません。
配信作品は「映画」なのか―映画賞の規定
『Fukushima 50』のネット配信を巡っては、緊急事態宣言のあとに上映を予定していた劇場側との軋轢もあったそうだ。中山:配給会社のKADOKAWAは、東宝や松竹が加盟している一般社団法人日本映画製作者連盟に入っています。日本アカデミー賞も主宰しているのですが、「配信したものを映画と認めない」という規定があるんです。
堀:え、そうなんですか!?
中山:日本アカデミー賞では「劇場公開を目的に製作された、しかも同日含め先に配信、TV放送されたもの及びそれの再編集劇場版は新作映画とみなしません」という規定があります。
堀:昔だったらそれはよくわかりますけど……。今は世界の映画祭を見ていても変わってきましたよね?
中山:カンヌは違いますが、ほかの映画祭やアカデミー賞も、配信作品を認めています。
堀:いわゆる大手3社(東宝、東映、松竹)の国内における発言力というのは強いのでしょうか。
中山:やはり「劇場を持っている」というのが大きいですね。映画は興行から始まったものなので、劇場側が強く発言力も大きくなります。
堀:日本の場合は、劇場と配給と制作というのは大きな映画会社が一体運用していたりもするので、制作サイドとしてあまり強く出られないという部分もあるんでしょうか。
中山:そうですね。今回延期になった作品というのは、劇場を持っていない配給会社、制作会社のところが多いです。1年後、2年後に劇場が空くのを待つという感じになります。
新作映画をネット配信する手法は、今後定着していくのだろうか。中山さんは、国内・海外問わずメジャー作品においてアーティスティックな作家性を重視しなくなってきたという事情を踏まえて、「制作者としてはネット配信に流れる傾向がある」と分析。すでに小規模作品の多くが配信に流れており、今まさに変革のときと言える。
J-WAVE『JAM THE WORLD』のコーナー「UP CLOSE」では、社会の問題に切り込む。放送時間は月曜~木曜の20時20分頃から。
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