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“東洋のテクノ・ゴッド”Ken Ishiiと振り返る“90年代からのテクノの軌跡”

“東洋のテクノ・ゴッド”Ken Ishiiと振り返る“90年代からのテクノの軌跡”

テクノアーティストのKen Ishiiが、テクノに触れたきっかけや、国内外のテクノシーンについて語った。

Ken Ishiiが登場したのは、6月19日(金)放送のJ-WAVE『START LINE』(ナビゲーター:マリウス葉〈代演〉)の「AWESOME COLORS」。自分らしく輝くゲストのストーリーを掘り下げるコーナーだ。

この日の放送は6月26日(金)28時ごろまで、radikoのタイムフリー機能で楽しめる。

テクノに魅せられたきっかけは、輸入盤屋で発掘したレコード

Ken Ishiiは“東洋のテクノ・ゴッド”の異名を持つ、日本を代表するテクノアーティスト。1993年にベルギーの名門レーベル・R&Sレコーズからデビューし、イギリスの音楽誌『NME』のテクノチャートでナンバーワンを獲得。その後も「Ibiza DJ Award」のBest Techno DJを受賞するなど、世界のテクノシーンで高い評価を受けてきた。

Ken Ishii - Extra (Official Music Video Remastered)

この日は長谷川ミラに代わり、マリウス葉がナビゲート。1990年代に世界のテクノシーンに大きな衝撃を与えたKen Ishiiに、まずマリウスは「テクノとはどのような音楽か教えてください」とお願いする。

Ken Ishii:ひと言で言うのが難しいんですけど(笑)、ダンスミュージックで、エレクトロニックな音や、体が自然と動くような強いビートが合わさったような曲です。たぶん、今はクラブのなかだと世界的にもいちばんメインのスタイルじゃないかなと思います。

マリウス:そうですよね。テクノは1980年代中盤にデトロイトで、ホアン・アトキンスやケヴィン・サンダーソン、デリック・メイによって生み出されたダンスミュージックですが、日本に来たのは何年ごろだったんですか?

Ken Ishii:厳密に言うと、1980年代の終わりごろからヨーロッパやアメリカのDJがちょこちょこ来ていたんですけど、みんなが“テクノ”と言葉にし出したのは1990年代前半から半ばにかけてだったと思います。

マリウス:そのテクノを持ってきた方が、Ken Ishiiということで……。

Ken Ishii:ちょうどタイミングよく(笑)。

マリウス:最初にテクノに触れたのは、いつでしたか?

Ken Ishii:高校生くらいのときに渋谷の輸入盤屋とかに行っていて、ちょうどハウスとかが出てき始めたころだったので、最初はハウスとかアシッドハウスを聴いていたんです。そういうものをいろいろチェックしているうちに、ハウスのレコードのなかに“テクノ”と自ら名乗ってるレコードが出てきて。

マリウス:その最初のレコードは、何だったか覚えてますか?

Ken Ishii:イギリスの10 Recordsというところから出ていた、デトロイトテクノのコンピレーションです。“テクノ”って真ん中に大きく書いてある有名なコンピレーションで「こんなことを言ってる人がアメリカにいるのか!」と思って。日本だと、いわゆるYMOとかのテクノポップが“テクノ”という言葉としてはありましたが、日本以外で“テクノ”とひと言で言う国はあまりなかったので、「違うところからいきなり出てきた」「しかも全部ダンストラックだ」という驚きがありましたね。

“生まれたての衝動”が新鮮だった、90年代のテクノ

デジタルシンセ全盛だった日本とは反対に、古い機材で音を組み合わせるテクノの新鮮さに魅せられたKen Ishii。これまであまり語っていないという、デビュー前のエピソードを明かした。

Ken Ishii:僕が大学生のときに、デリック・メイが日本に初めて来たんですけど、彼に会いに行って。当時、デリック・メイもそこまで有名ではない状況で、そのときにデモテープを渡した記憶があるんですよね。

マリウス:すごい!

Ken Ishii:それから文通とか、ちょっとやり取りをして。それが僕のデビューの2、3年くらい前だから、アーティストの世界に触れたのはそれが最初でしたね。

その後、Ken Ishiiはベルギーのテクノレーベル・R&Sレコーズに「自らデモテープを送った」と振り返る。

Ken Ishii:(当時)僕もいちおうDJの真似事をするようになっていて、R&Sレコーズは小さな国のレーベルなのに世界中のトップアーティストがみんなそこから出していたので、「いつか自分もここから出せればな」なんて思っていたんです。そんなとき、たまたま12インチのカバーに住所が書いてあったので、そこにカセットテープを封筒に入れて送ったんですね。そうしたら、向こうから手紙で返事が来て、という感じでした。

マリウス:すごいです。Kenさんは1990年代から世界を舞台に活動されていますが、当時の世界のテクノの盛り上がりは、今と比べてどう違いますか?

Ken Ishii:やっぱり最初に生まれたときの衝動みたいなものがすごくあって、新鮮でした。国によって少しずつ成長度合いが違うから、(テクノが)生まれたのはデトロイトやシカゴだったりするけど、シーンとしてはUKがデカくて、その次にドイツ、そしてその周りのフランスやベルギー、オランダという感じで。それぞれ少しずつ違って、今と比べたらそんなにルールがしっかりしてなかったかもしれないけど、みんな「何だこれ? ちょっと楽しいな」という感じでしたね。

マリウス:そうなんですね。今は、昔と比べてDJの数がすごく多いじゃないですか。それに対してテクノを聴いてる方、クラブに行っている方も増えてると思いますか?

Ken Ishii:絶対数はかなり増えましたね。

マリウス:1990年代から今まで常に上がっているとは思いますが、テクノの上がり下がりは感じますか?

Ken Ishii:やっぱりほかのジャンルが出てきたときに、相対的にちょっと下がるみたいなことはありますね。ただ、この7~8年はテクノ全盛期という感じで、10年前くらいだとEDMのようなコマーシャルなものが人気で、テクノはアンダーグラウンドなものとされていたけど、今はもう完全に立場が逆転していますね。そういう意味では、「長くやっているとそういうこともあるんだな」と思いますし、同じことをやっているだけなのに暇なときもあれば、急に忙しくなることもあります。

マリウス:クラブとか披露する頻度が高まることもですし、クラブのなかの盛り上がりでも感じますか?

Ken Ishii:はい。昔は都市や国によって成熟度合いがだいぶ違ってたから、「この曲、あそこではウケるのにここでは全然ウケないな」ということがあったけど、今はどこに行っても地元にいいDJもいっぱいいるし、お客さんの知識レベル、音に対しての反応がみんなある程度のレベルにまでなってる感じがするので、どこに行ってもあんまり心配はないかな。

長時間のDJで、意識していることは…

1990年代後半から2000年代にかけて、日本では大きなテクノブームが起こる。1996年には富士山でおよそ18,000人を集めた大型テクノフェス「RAINBOW 2000」、そして1999年には石野卓球がオーガナイザーを務めた大型屋内レイヴイベント「WIRE」が開催された。

「RAINBOW 2000」や「WIRE」などに出演したKen Ishiiは、当時の日本のテクノの盛り上がりを次のように語る。

Ken Ishii:僕は1993年からヨーロッパとかに行っていたんですけど、日本は火が付いてからその火が大きくなるまでがすごく速かったと思います。そのときに「日本人はこういうエレクトロニックな音がもともと好きなのかな?」と思ったし、メディアもすごく取り扱ってくれたので、「みんなこういうものを待っていたんじゃないかな?」とも思いました。

マリウス:日本はいろいろなゲームを作っている国でもあるので、その関係もあるのかなと思います。Kenさんも、ゲーム音楽を作っていたとお聞きしました。

Ken Ishii:そうですね。作ってましたし、小学生のころにゲーセンとかに行っていて、ああいう音が好きだったというのが最初にありますね。YMOがいわゆるゲームの音を使ってレコードを作ってたみたいな、そういうところから入っていたりもします。

ここで番組ではKen Ishiiの『Giant Killer』をオンエアした。

Ken Ishii - Giant Killer [Tronic]

さらにマリウスは、長時間のDJの際にKen Ishiiが大切にしていることを訊く。

Ken Ishii:やっぱり「お客さんを見ながらやる」ことですね。

マリウス:リアルに、その場で(セットを)決めたりするんですか?

Ken Ishii:そうですね。自分がやりたいことや自分のスタイルももちろんありますが、導入部を変える。導入部をお客さんに合わせて、徐々に自分のほうに引っ張っていきます。

マリウス:それはどういう特徴で気づくんですか? 人の盛り上がりや、「ダンスをしている人が多いな」とか?

Ken Ishii:そうですね、あとは年齢層。たとえば年齢層が高めだと、「けっこう音楽を知っている人たちだから、テクノクラシックとか喜ぶだろうな」とか、反対にすごく若いお客さんばかりだと「はじめからガンガンいくか」とか。あとは、前のDJがどういうプレイをしているか15分くらい見て、お客さんの反応を見ることもあります。

マリウス:なるほど。僕はベルリンに住んでいるときに、姉にテクノを教えてもらったんですけど、もともとアイドルだったので全然違う世界に感じて。歌詞がないので聴いてる側が勝手に解釈してしまっているのかもしれませんが、たとえば3時間あるなかでストーリー性みたいなものを感じることがあるんです。Kenさんは、そういう部分は意識していますか?

Ken Ishii:長くやるときはしてますね。1時間くらいのフェスのセットだと最初から最後まで高いレベルで飛ばすだけということもありますが、3時間、4時間になると、前半は落としめでいって、途中からパーカッションがあってメロディックなものを入れて、とか。何となく「前半はこうだったよね」「後半はこうだったよね」と、お客さんの思い出に残る感じにしたいなとは思ってます。

マリウス:素敵です! Kenさんは今も世界各地で活躍していますが、現在、特にテクノが盛り上がっていると感じている場所はどこですか?

Ken Ishii:ヨーロッパとかはずっと安定していますが、それ以外の国だとアルバニアとかは「これからスタートするぞ!」みたいな感じがすごくありますね。あとはアメリカも数年前はEDM全盛みたいに言われていたけど、今はアンダーグラウンドがすごくよくて、ここ最近はいつ行ってもいいなと思いますね。

Ken Ishiiはベルギーやハンガリーを巡り、7月4日(土)には東京・Ventにて3時間のセットを行う予定。「ここはがっちりテクノをやります」と話すKen Ishiiの言葉を受け、マリウスは「楽しみです。みなさんも機会があったら、ぜひ一緒にダンスしましょう!」とリスナーに呼びかけた。

Ken Ishiiの最新情報は公式サイトまで。

『START LINE』のコーナー「AWESOME COLORS」では、自分らしく輝くゲストをお迎えする。放送は毎週金曜の17時30分ごろから。

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