俳優の柄本 佑が、家族との思い出や俳優業を始めたきっかけについて語った。
柄本が登場したのは、クリス智子がお届けする『TALK TO NEIGHBORS』。この番組は毎週ひと組、クリスが今、声を届けたい人を迎える30分のトークプログラム。月曜から木曜はラジオでオンエアし、翌金曜には放送した内容に加えて、限定トークも含むポッドキャストを配信している。
ここでは、6月10日(水)にオンエアしたトーク内容(ポッドキャストのエピソード3)をテキストでお届けする。
・ポッドキャストページ
柄本:いちばん思い出すのは、何だろうな……?
クリス:いちばんって難しいですよね(笑)。
柄本:難しいですけど、よく覚えているというか、雰囲気として「毎年このときが来たね」みたいな感じは、やっぱりお墓参りですかね。年末に大掃除やら何やら済ませてお墓参りに行って、そのままの流れでお蕎麦屋さんに行って、3時間くらい並ぶんですよ。近所の喫茶店で時間をつぶしたりしながら交代で並んでやり過ごして、(お店に入ったら)うちの弟が下戸(げこ)なので運転をまかせて、おそばを食べながら僕らはもう飲み始める。そして、お蕎麦屋さんをあとにして、近くにある甘味処に行って粟ぜんざいを食べて、みたいな。それは毎年のルーティンでやっていることで、大人になって忙しくしてるとそれまでやっていた行事もできなくなったりするんですけど、ちゃんと顔を合わせて集まる行事として、「お墓参りとかっていいな」とは思いますね。
クリス:そうですよね。
柄本:その年によって、集まれる回数はまちまちじゃないですか。でも、年末はみんな暇だし、やることがないから、お墓参りを口実にみんな集まって現状報告をしたりしてみたいなことが、年齢とともに徐々に身に沁みてくるようになったというか。意外といちばん大事な時間になってきてるかなと思います。そういうルーティンみたいなことがあって、気持ちの面で非常に助かってる部分もありますね。俺、おじいちゃんみたいなこと言ってますね(笑)。
クリス:そんなことないですよ(笑)! 本当に、大人になるとそういうことがね。
柄本:沁みてくるんです(笑)。人数は増えれば減りもするし、そういうところがおかしいなと感じたり、母はもういないけど、そういうときには集まってるような気配がするし。
クリス:家族が集まるところには、お母様もいらっしゃると思います。
柄本:子どものときには、(冬で)冷たいのに「墓をゴシゴシしろ」とか言われて「いやだな」と思ってたけど、大人になるとまた違った感覚になるんだなっていう、そこも面白いなと思いますね。
柄本:僕は小学校6年生のときの卒業文集に「将来の夢は映画監督」と書いていたくらいで、もともと映画監督を志していたんです。ただ、うちの母のマネージャーさんがこの業界から足を洗うとなったときに、最後の仕事にって「こんなオーディションの話があるんだが、俺は佑が合うと思うんだよね」って、うちの両親に相談してたらしいんですよ。うちの親父も母親も「どっちでもいいんじゃない?」みたいな感じで、「じゃあ、出しますね」となったと思うんですけど、僕はまったく知らずで。
クリス:知らなかったんですね。
柄本:それであるとき、そのマネージャーさんが僕の写真を撮りに来て、どうやらそれが写真選考の写真だったらしく、写真選考が通って、次の段階になったら面接ってことになったんです。ただ、面接はやっぱり本人が行かなきゃいけないから、両親に「実はこんなオーディションに出していて、通って、これから面接なんだ」「佑が行きたければ行けばいいし」と言われました。「俺は映画監督になりたいわけで、俳優になりたいわけじゃないしな」と思ったんですけど、母親から「オーディションなんか行ってもどうせ落ちる」「でも映画のオーディションに行ったら、映画監督を生で見られるよ」と言われて、「たしかに、映画監督は生で見たいな」と思ってミーハー心で行ったのが、きっかけですね。
クリス:あははは(笑)!
柄本:実際、大巨匠の黒木和雄さんという方や、その隣には田村正毅さんという大カメラマンがいらっしゃいました。
クリス:その方たちを、13歳とか14歳でわかっていたということですね。
柄本:そうですね、『竜馬暗殺』とか観てたので、「うわぁ、黒木和雄だ!」とか思っていたら、たまたま(映画の役の)イメージと合っていたらしく、日高康夫という役をやらせていただきました。
映画初出演にして、初主演をつかんだ柄本。しかし、その現場は非常につらいものだったそう。
柄本:初めてひとりで宮崎に行って、4日くらい空いてるときもあったんですけど、「佑は帰さない」という感じで本当に2カ月間(帰れなかった)。
クリス:夏休みに?
柄本:夏休みプラス、2学期も1カ月休みましたね。初日の撮影が山のほうだったんですけど、ちょうど日が陰り始めたくらいで僕の撮影が終わったんですよ。全体はまだ残っていたので、僕だけ先に衣装とメイクをバラして、10人乗りの車を水戸さんという助監督さんが運転して、僕はその後ろに座って山を下って、泊まっている旅館まで帰って行ったんです。道中15~20分くらい山のなかを走っていくんですけど、日が陰ったころに出発したので下りていくあいだに真っ暗になっていって、「俺、絶対このまま殺される」「水戸さんに埋められるんだな」と思って。
クリス:疲れてたんだ(笑)。
柄本:そうしたら旅館に着いて、「あ、死ななかった!」と思って。だから僕、そこまでは(映画主演が)本当だと思ってなかった節もあったと思います。
クリス:もう、戻れなくなっちゃった?
柄本:そうですね。1年くらい過ごして「いよいよ耐えられない」となったときに、「俳優になりたい」というよりも、「また、あの現場に戻りたい」という気持ちが大きくなって。
クリス:映画がお好きなんですね。
柄本:ええ。ただ、監督にしろ、撮影や照明、録音にしても、全部、学校に通って学ばなければなれませんよね。でも、俺は「真っ先にあの現場に行きたい」と思ったから、「だったら身ひとつで行ける俳優さんの部署だったら、早急に戻れるかもしれない」と思ったんじゃないかと思います。
父・柄本 明から、現在の事務所の創業者である万代博実を紹介された柄本は、少しずつ俳優としての仕事を増やしていったそう。柄本(佑)にとって俳優業は“生業”である一方で、「現場にいたい」という思いは、当時から変わってないと話す。
クリス:最初に「また戻りたい」と思った現場のよさは、どういうところだったのでしょうか?
柄本:やっぱり、「ものづくりの面白さ」じゃないでしょうかね。そこにはいろいろな年代の人がいて、頭を悩ませることもいっぱいあるけど、そんなことをしながらひとつのものに向かって行って作品ができ上がるっていう面白さにつかまれたからだと思います。僕はそのファーストインパクトとしてあったのが映画作りだったというだけのことで、人によってそれぞれで、そんな特別なことではないと思います。
クリス:でも、10代のときに“映画監督”というひとつの理想があったものの、生きていくと意外といろいろな方法で関わっていく。きっと道はいろいろあるんだろうなと思います。お父様もお母様も(弟の)時生さんも俳優ですし、(妻の安藤)サクラさん側も……。にぎやかですね!
柄本:うちの姉も出るほうではないですけど、映画の制作部として裏方をやってます。みんな映画が好きでやってるんですけど、共通の話題があるのはいいですね。
クリス:お仕事とはいえ、そうですね。それはやはり、ご両親の影響が大きいのでしょうか?
柄本:そうですね。まず映画を観始めたのは、うちの父がまったく普通の会話ができなくて、映画とか俳優の話しかできない人で。「今日、学校どうだった?」とかも訊かれたこともないし。
クリス:お父様はそれくらい、演技・作品・芝居に?
柄本:芝居のことしか考えられない人だと思います。そういった意味で言うと、父親と会話をするために映画を観始めたのが最初ですね。
クリス:素敵!
柄本:映画を観て「この映画、面白かったよ」とかって言うと、わりとすぐ観に行ってくれて会話になるんですよね。ほかの会話はまったくない家なので、それで映画を観始めたら普通に映画好きになった感じで。自分が父親になって思うのは、タイミングは違えど、同じ映画を観て同じくその話題でちょっと盛り上がったり話したりできるのは、とってもうれしいし、楽しい。なので、共通の話題があるのはやっぱりいいですよね。
柄本が主演を務め、第25回トライベッカ映画祭のインターナショナル・コンペティション部門に選出された映画『メモリィズ』が6月12日(金)に公開された。
そのほか、柄本 佑の最新情報はアルファエージェンシーの公式サイトまで。
クリス智子がお届けする『TALK TO NEIGHBORS』は、J-WAVEで月曜~木曜の13時よりオンエア。ポッドキャストでも配信中。
柄本が登場したのは、クリス智子がお届けする『TALK TO NEIGHBORS』。この番組は毎週ひと組、クリスが今、声を届けたい人を迎える30分のトークプログラム。月曜から木曜はラジオでオンエアし、翌金曜には放送した内容に加えて、限定トークも含むポッドキャストを配信している。
ここでは、6月10日(水)にオンエアしたトーク内容(ポッドキャストのエピソード3)をテキストでお届けする。
・ポッドキャストページ
家族で集まる時間は年齢とともに大切なものに
この日のテーマは、“家族”について。俳優・柄本 明と角替和枝の長男として生まれ、自身も俳優業を続ける柄本にとって、印象深い家族との思い出は何なのだろうか。柄本:いちばん思い出すのは、何だろうな……?
クリス:いちばんって難しいですよね(笑)。
柄本:難しいですけど、よく覚えているというか、雰囲気として「毎年このときが来たね」みたいな感じは、やっぱりお墓参りですかね。年末に大掃除やら何やら済ませてお墓参りに行って、そのままの流れでお蕎麦屋さんに行って、3時間くらい並ぶんですよ。近所の喫茶店で時間をつぶしたりしながら交代で並んでやり過ごして、(お店に入ったら)うちの弟が下戸(げこ)なので運転をまかせて、おそばを食べながら僕らはもう飲み始める。そして、お蕎麦屋さんをあとにして、近くにある甘味処に行って粟ぜんざいを食べて、みたいな。それは毎年のルーティンでやっていることで、大人になって忙しくしてるとそれまでやっていた行事もできなくなったりするんですけど、ちゃんと顔を合わせて集まる行事として、「お墓参りとかっていいな」とは思いますね。
クリス:そうですよね。
柄本:その年によって、集まれる回数はまちまちじゃないですか。でも、年末はみんな暇だし、やることがないから、お墓参りを口実にみんな集まって現状報告をしたりしてみたいなことが、年齢とともに徐々に身に沁みてくるようになったというか。意外といちばん大事な時間になってきてるかなと思います。そういうルーティンみたいなことがあって、気持ちの面で非常に助かってる部分もありますね。俺、おじいちゃんみたいなこと言ってますね(笑)。
クリス:そんなことないですよ(笑)! 本当に、大人になるとそういうことがね。
柄本:沁みてくるんです(笑)。人数は増えれば減りもするし、そういうところがおかしいなと感じたり、母はもういないけど、そういうときには集まってるような気配がするし。
クリス:家族が集まるところには、お母様もいらっしゃると思います。
柄本:子どものときには、(冬で)冷たいのに「墓をゴシゴシしろ」とか言われて「いやだな」と思ってたけど、大人になるとまた違った感覚になるんだなっていう、そこも面白いなと思いますね。
映画監督を夢見るも、14歳で俳優の道へ
14歳で映画『美しい夏キリシマ』のオーディションに合格し、俳優としてデビューした柄本。演技の世界に飛び込んだきっかけを、次のように振り返る。柄本:僕は小学校6年生のときの卒業文集に「将来の夢は映画監督」と書いていたくらいで、もともと映画監督を志していたんです。ただ、うちの母のマネージャーさんがこの業界から足を洗うとなったときに、最後の仕事にって「こんなオーディションの話があるんだが、俺は佑が合うと思うんだよね」って、うちの両親に相談してたらしいんですよ。うちの親父も母親も「どっちでもいいんじゃない?」みたいな感じで、「じゃあ、出しますね」となったと思うんですけど、僕はまったく知らずで。
クリス:知らなかったんですね。
柄本:それであるとき、そのマネージャーさんが僕の写真を撮りに来て、どうやらそれが写真選考の写真だったらしく、写真選考が通って、次の段階になったら面接ってことになったんです。ただ、面接はやっぱり本人が行かなきゃいけないから、両親に「実はこんなオーディションに出していて、通って、これから面接なんだ」「佑が行きたければ行けばいいし」と言われました。「俺は映画監督になりたいわけで、俳優になりたいわけじゃないしな」と思ったんですけど、母親から「オーディションなんか行ってもどうせ落ちる」「でも映画のオーディションに行ったら、映画監督を生で見られるよ」と言われて、「たしかに、映画監督は生で見たいな」と思ってミーハー心で行ったのが、きっかけですね。
クリス:あははは(笑)!
柄本:実際、大巨匠の黒木和雄さんという方や、その隣には田村正毅さんという大カメラマンがいらっしゃいました。
クリス:その方たちを、13歳とか14歳でわかっていたということですね。
柄本:そうですね、『竜馬暗殺』とか観てたので、「うわぁ、黒木和雄だ!」とか思っていたら、たまたま(映画の役の)イメージと合っていたらしく、日高康夫という役をやらせていただきました。
映画初出演にして、初主演をつかんだ柄本。しかし、その現場は非常につらいものだったそう。
柄本:初めてひとりで宮崎に行って、4日くらい空いてるときもあったんですけど、「佑は帰さない」という感じで本当に2カ月間(帰れなかった)。
クリス:夏休みに?
柄本:夏休みプラス、2学期も1カ月休みましたね。初日の撮影が山のほうだったんですけど、ちょうど日が陰り始めたくらいで僕の撮影が終わったんですよ。全体はまだ残っていたので、僕だけ先に衣装とメイクをバラして、10人乗りの車を水戸さんという助監督さんが運転して、僕はその後ろに座って山を下って、泊まっている旅館まで帰って行ったんです。道中15~20分くらい山のなかを走っていくんですけど、日が陰ったころに出発したので下りていくあいだに真っ暗になっていって、「俺、絶対このまま殺される」「水戸さんに埋められるんだな」と思って。
クリス:疲れてたんだ(笑)。
柄本:そうしたら旅館に着いて、「あ、死ななかった!」と思って。だから僕、そこまでは(映画主演が)本当だと思ってなかった節もあったと思います。
映画にハマったきっかけは「父と会話をするため」
柄本:「いつ殺されてもおかしくない」というマインドのもと、ひとりで泣いたりとかもしながら2カ月間の撮影が終わって、そこから学校生活に戻るわけなんですけど、決まった時間に学校に行って授業をして、休んでみたいな。映画の現場はそこらへんが不確定で、決まったものってないから、決まったなかにはめ込まれているのが本当につまらなく感じてしまったんです。クリス:もう、戻れなくなっちゃった?
柄本:そうですね。1年くらい過ごして「いよいよ耐えられない」となったときに、「俳優になりたい」というよりも、「また、あの現場に戻りたい」という気持ちが大きくなって。
クリス:映画がお好きなんですね。
柄本:ええ。ただ、監督にしろ、撮影や照明、録音にしても、全部、学校に通って学ばなければなれませんよね。でも、俺は「真っ先にあの現場に行きたい」と思ったから、「だったら身ひとつで行ける俳優さんの部署だったら、早急に戻れるかもしれない」と思ったんじゃないかと思います。
父・柄本 明から、現在の事務所の創業者である万代博実を紹介された柄本は、少しずつ俳優としての仕事を増やしていったそう。柄本(佑)にとって俳優業は“生業”である一方で、「現場にいたい」という思いは、当時から変わってないと話す。
クリス:最初に「また戻りたい」と思った現場のよさは、どういうところだったのでしょうか?
柄本:やっぱり、「ものづくりの面白さ」じゃないでしょうかね。そこにはいろいろな年代の人がいて、頭を悩ませることもいっぱいあるけど、そんなことをしながらひとつのものに向かって行って作品ができ上がるっていう面白さにつかまれたからだと思います。僕はそのファーストインパクトとしてあったのが映画作りだったというだけのことで、人によってそれぞれで、そんな特別なことではないと思います。
クリス:でも、10代のときに“映画監督”というひとつの理想があったものの、生きていくと意外といろいろな方法で関わっていく。きっと道はいろいろあるんだろうなと思います。お父様もお母様も(弟の)時生さんも俳優ですし、(妻の安藤)サクラさん側も……。にぎやかですね!
柄本:うちの姉も出るほうではないですけど、映画の制作部として裏方をやってます。みんな映画が好きでやってるんですけど、共通の話題があるのはいいですね。
クリス:お仕事とはいえ、そうですね。それはやはり、ご両親の影響が大きいのでしょうか?
柄本:そうですね。まず映画を観始めたのは、うちの父がまったく普通の会話ができなくて、映画とか俳優の話しかできない人で。「今日、学校どうだった?」とかも訊かれたこともないし。
クリス:お父様はそれくらい、演技・作品・芝居に?
柄本:芝居のことしか考えられない人だと思います。そういった意味で言うと、父親と会話をするために映画を観始めたのが最初ですね。
クリス:素敵!
柄本:映画を観て「この映画、面白かったよ」とかって言うと、わりとすぐ観に行ってくれて会話になるんですよね。ほかの会話はまったくない家なので、それで映画を観始めたら普通に映画好きになった感じで。自分が父親になって思うのは、タイミングは違えど、同じ映画を観て同じくその話題でちょっと盛り上がったり話したりできるのは、とってもうれしいし、楽しい。なので、共通の話題があるのはやっぱりいいですよね。
柄本が主演を務め、第25回トライベッカ映画祭のインターナショナル・コンペティション部門に選出された映画『メモリィズ』が6月12日(金)に公開された。
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— 映画「メモリィズ」6月12日公開 (@memorizu_movie) April 10, 2026
映画『 #メモリィズ』
本予告解禁
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全ての瞬間を
覚えておくことは出来ないから
この気持ちをいつか思い出せるように
家族の記憶と記録の物語。
#柄本佑#イッセー尾形#穂志もえか#香椎由宇#坂西未郁#映画メモリィズ pic.twitter.com/imd1hQNI8r
クリス智子がお届けする『TALK TO NEIGHBORS』は、J-WAVEで月曜~木曜の13時よりオンエア。ポッドキャストでも配信中。
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2026年6月17日28時59分まで
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番組情報
- TALK TO NEIGHBORS
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