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BTSは、競争社会で生きる若者を守る─その歩みを批評家・浅田彰が解説

BTSは、競争社会で生きる若者を守る─その歩みを批評家・浅田彰が解説

批評家の浅田 彰が、世界的スター・BTSを批評。人気になった背景や秘められた彼らの思い、日本と韓国のエンターテインメントの違いなどを語った。

浅田が登場したのは、坂本龍一がナビゲートする、J-WAVEで放送中の番組『RADIO SAKAMOTO』。11月7日(日)の放送では、療養中の坂本に代わって浅田がナビゲートした。

BTSが生まれた韓国社会の背景

浅田がBTSに詳しいことを聞きつけた坂本がオファーする形で、今回のBTS講義が実現した。

浅田は「私は韓国語も分かりませんし、ハングルも読めないのでとてもこういう講義をする資格があるとは思えないけれども、坂本教授からの御下命とあれば、これはちょっと断れないというそういう事情もありまして」と笑いつつ講義はスタートした。

浅田:私たちは東方神起やBoA、少女時代など、ここ20年ぐらいでいろんなK-POPのスターを見てきたわけですが、現時点でのそのピークというかクライマックスは、明らかにBTSというグループだろうと思うんですね。彼らは単にK-POPという枠をはるかに超えて、アメリカンポップでもなければ、コリアンポップでもない、明らかに世界の単なるポップスターになった。アジアからこういう人たちが出てきたということは革命的なこととすら言っていいような気がします。

BTSの詳細を語る前に、まず浅田は彼らが生まれた背景から解説した。

日本では1945年に戦争が終わり、そこから経済成長や政治の民主化が進んだ一方で、韓国は1950年から53年にかけ朝鮮戦争が繰り広げられた。軍事独裁政権も長く続き、1997年にはアジア通貨危機の影響で中小企業の多くが倒産に追い込まれ失業者もあふれていた。

浅田:そこで韓国は国際競争力をつける必要があると、1998年から大統領を務めた金 大中は思うわけですね。そのひとつはサイバーコリア。つまりIT産業を全面的に振興すると。もうそこからあっという間に韓国は日本をはるかに上回る世界有数のブロードバンド大国になった。それと並んで、映画やテレビ、音楽のような文化コンテンツの振興も始まるわけですね。国家による文化の振興がうまくいくかどうかは分からないけども、韓国は珍しく本当にうまく当たったんです。それから20年くらいの間で、東方神起やBoA、少女時代とかがブワッと人気になり、それの流れがBTSまでいったということになると思います。

7月、BTSの『Butter』がアメリカ・ビルボードの「シングルチャー・ホット100」のチャートで7週連続1位を獲得し、世界中で話題となった。
浅田:韓国という国が長い戦争の後も本当に苦しみ、その危機を乗り越えるためにIT振興や文化コンテンツ振興の両輪に乗ってK-POPや韓国映画などが評価を得ていった。BTSがアメリカのヒットチャートにのぼったり、韓国のポン・ジュノ監督の映画『パラサイト』がアカデミー賞で作品賞を獲ったりしている。日本は90年代を「失われた10年」 と呼んでいますが、その状態がずっと続いています。韓国よりも2倍くらいの人口がいて豊かな国なんですけども、世界に雄飛するようなことは完全に韓国に置いていかれた。例えばK-POPに対してJ-POPはどうかということは少し考えてみる必要があると思います。

BTSの誕生 あらゆる闘争

世界中のファンを魅了するBTSだが、「彼らが最初からエリートコースを進んできたかというと大間違いだ」と浅田は言う。今や韓国はグローバル資本主義の世界で羽ばたいているけれども、まだ財閥支配は残り、ソウルに家を持ちソウル大学を出ることがお決まりのエリートコース。そういう人たちと地方に住む人たちには乗り越えられないぐらいの格差が開いてしまったという。

浅田:しかし、BTSのメンバーは端的に言ってひとりもソウル出身じゃないんですね。釜山とか大邱とか、全員田舎出身なんです。そういうところからソウルに出てくるわけですね。BTSの若者たちは小さな独立プロダクションみたいなところに拾われて、この先どうなるかは分からないんだけど、とにかくソウルに出ていった。ソウルでは2段ベッドが並ぶ安パートに押し込まれて、事務所の地下か何かのスタジオで、1日15時間と言われるような猛練習を重ねた。その努力の果てにここまで来たということがあると思います。

BTSは韓国語の「防弾少年団」の略であり、その意味を浅田はこう解説する。

浅田:彼らの言葉によると、今の韓国は豊かな国にはなっているんだけど、すごく競争社会で、10代20代の若者たちは「大人から遊んでばっかりじゃいかん」と言われる。ソウル大学に行って弁護士になって活躍せよとか、とにかくいろんなプレッシャーが弾丸のように降ってくる。BTSはこれを防弾するわけですね。10代20代のしなやかな感性を守り、自分たちのやりたい音楽を貫く。そういう意味で防弾なんです。要するに、大人の社会から飛んでくる、若者たちへのプレッシャーに対して防弾して、若者たちの内面を守り、自分のやりたいことをやれるようにするという主張なんですね。

BTSのファンを差す言葉として「ARMY」という用語がある。

浅田:防弾少年団と、それを支えるARMY。階級闘争と言うと大げさですが、ある種、世代間闘争も含めた闘争なんです。それを反映して初期のBTSは、ヒップホップグループとして出発するわけですね。衣装といいメーキャップといいかなり過激で、「とにかく戦うぞ!」という感じのものでした。デビュー曲の『No More Dream』は「もう夢なんかない」っていう意味です。でもその絶望的な状況の中でも大人のプレッシャーには負けないぞと歌う曲なんです。
浅田:彼は自分たちがやりたいことは、そういう戦いの音楽だったのだと思いますが、ちょっと戦闘的過ぎたのか、いわゆるポップシーンでヒットしなかったんですね。そのなかで、やっぱりちょっとアイドル路線に振ったほうがいいということになり、高校恋愛物語みたいな音楽を作ったりして、もう少しロマンティックな部分を深めていくわけです。そういう雌伏の期間を踏まえて、アイドル路線が当たりどんどん波に乗った。その波に乗り世界的なトップアイドルまでいくことになったわけです。

自分たちの闘争をあらためて宣言した一曲

浅田は、ヒップホップ路線からアイドル路線になり世界的スターに登り詰めたBTSが、もう一度始まりの気分に戻って、あらためて闘争宣言をした曲として、昨年発表された曲『ON』を取り上げた。
浅田:この曲は『Butter』みたいな明るくて誰でも楽しめるポップソングとは違い、相当激しい話なんですね。ここで歌われるのが「Bring the pain」=「苦痛を持ってこい」ということなんです。ちやほやされて、今世界のスターだと言われてるけれども、もう自分がどこにいるのか何をしていいのかさえ分からないほど不安に満ちている。しかし我々は戦うから苦痛を持ってこい。苦痛を血肉として戦うぞ、という曲なんです。

浅田は、『ON』のミュージックビデオにも注目する。

浅田:一番最後の場面で「NO MORE DREAM」と出るんですね。これはデビュー曲の『No More Dream』=「もう夢なんかない」なんです。そのあとに「NO MORE」の文字 がスッと消えて「DREAM」だけが残る。これは「もう夢なんかない」状態から出発して「今は夢を語れるところまで来た」と言ってもいい。しかし、もうちょっと過激に読むと「もう夢なんかない。だから夢見るんだ」と言っているようにも見えます。そういう意味である種「最初のときに戻って、『アイドルだからみんなに愛されるように』という球も避けたいんだ。自分たちの本当にやりたい音楽はこういう音楽なんだ」ということをこういう形で出している。それが彼らの「DREAM」だというふうにも見えますね。

“カッコかわいい”が世界を席巻する

浅田はBTSが世界的に受け入れられた要因のひとつとして、アジア人が受け入れられてきた流れがあると持論を展開する。

浅田:アメリカなど西側の世界では、ショーン・コネリーとかダニエル・クレイグとか、そういう“男の中の男”みたいな男性像がありました。その後はジェイ・Zやカニエ・ウェストなど、アフリカ系のかっこいい黒人が人気になり、そういった人たちがトップスターだったわけですね。一方で一昔前のアジア人はみんな目がつり上がっていてツルツルな顔をしたやつらだ、というような偏見があったぐらいなんだけど、今は逆にギラギラした男臭さがなくてとても美しくて、けれども強いっていうイメージに変化した。それを崩して言うと“カッコかわいい”になるんでしょうけれども、そういうアジア人が、本当の意味でアメリカとかヨーロッパとかでも受け入れられてきた感じがします。

スポーツ界に目を向け、今年メジャーリーグで大活躍した大谷翔平を例に浅田は話を続ける。

浅田:アメリカの野球選手と並んだとき、大谷選手は本当にかわいい男の子なんですよ。でも圧倒的に強い。ベーブ・ルースの再来か、と言われるほど強いけどギラギラした男臭さがない。美しいんだけれども強いんですね。そういうある種の東洋的男性像みたいなのがあって、それが音楽界でもBTSによって、“カッコかわいい”が体現されているような感じはします。

日本と韓国、エンターテインメント界の違い

最後に、浅田は日本のアイドルシーンについて言及した。

浅田:僕は日本のジャニーズを中心とする、あるいはAKBファミリーを中心とするアイドルシーンを全然悪いとは思っていません。それはそれでいいものですよね。秋元 康さんは(AKB48のコンセプトを)いつでも会いに行ける身近なアイドルと言っていて、それはひとつの選択だし、みんなで握手会とかに行ける範囲で盛り上がるといういわば地産地消のかたちを生み出している。しかし悪く言うと非常に内輪受けというか、内側にこもっていく感じはします。でも韓国はそうではなかった。例えば韓国ではひとつの曲を出してプロモーションなどが終わると、一度引っ込んで次の曲を全力で作り全力で練習するんです。「カムバック」という言葉がありますが、日本の場合それは引退した人が戻ることを指すけれど、韓国は次の曲を作るために集中していた人たちが戻ってくることをカムバックと呼び、そして誰にも真似できないようなことをやる。それを世界のグローバルシーンでやっているのがBTSという感じがします。

身近なアイドルたちと内輪で和むという日本のカルチャーは、守りに走っている日本の社会や経済とある種で対応していると浅田は表現する。

浅田:反面、韓国は国内市場が小さいということもあって、世界で勝負しないとどうしようもなかった。先ほど言ったようにIT振興や文化コンテンツ振興が完全に当たって今は世界的になっているわけで、その先頭をBTSが走っている。この姿は今の日本と韓国の違いをすごく象徴しています。もちろん内側で楽しむこともいいと思いますけれども、他方でこんなに覇気がなくなっていいのかな、ということを少し思ったりするのが正直なところですね。

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