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夏目漱石『坊ちゃん』の舞台・愛媛県松山。ソウルフード「鯛めし」やブランド牛など、土地の魅力を全国を旅する作家が語る

〈道後温泉本館外観/所蔵:松山市〉

夏目漱石『坊ちゃん』の舞台・愛媛県松山。ソウルフード「鯛めし」やブランド牛など、土地の魅力を全国を旅する作家が語る

愛媛・松山に関する歴史や魅力、独自の風習について、作家・文献学者の山口謠司さんが語った。

この内容をお届けしたのは、J-WAVEのワンコーナー「PLENUS RICE TO BE HERE」。放送日は2026年7月13日(月)〜7月16日(木)。同コーナーでは、独自の文化のなかで育まれてきた“日本ならではの知恵”を、山口さんが解説する。ここではその内容をテキストで紹介。

また、ポッドキャストでも過去のオンエアをアーカイブとして配信している。山口さんが実際に松山を訪れ、そこで営む人から聞いたエピソードの詳細が楽しめる。

・ポッドキャストページ

魚にストレスをかけない美味しさ「神経締め」

温泉、城、文学が、コンパクトな市街地に共存する瀬戸内の都市・松山。市街地の中心には国の重要文化財である松山城がそびえ、日本最古級の温泉とされる道後温泉は松山を代表する観光地として知られる。周辺のグルメでは、鯛めしが親しまれていたり、みかんをはじめとする柑橘、新鮮な瀬戸内の魚も大きな魅力だ。

山口:松山空港に降りた途端、ふわっと空気が変わりました。光が違います。風が違います。人の雰囲気も、どこかあたたかい。『坊っちゃん』を書いた夏目漱石も、松山を訪れた際にこんな驚きを感じたのでしょうか。

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朝一番の飛行機で羽田を発ち、松山空港に到着しました。およそ1時間30分。着いた途端、松山の明るい光を浴びたら、僕まで元気を取り戻したような気がしました。松山は、かわいらしい街です。真ん中には松山城が見え、通りには夏目漱石の時代を思わせるような路面電車が走っています。

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山口さんは、松山の料理店「道後 海舟」でお食事をいただいた。

山口:今治の漁師に藤本純一さんという有名な方がいます。「神経締め」で有名な漁師さんですが、藤本さんが締めたお魚をいただきました。

「道後 海舟」の店主・坂本紀征さんに「藤本さんはお魚を釣るの?」と聞いたら、「何を言っているんですか?」というような顔をされました。「でも漁師さんでしょう?」と言うと、「釣らないですよ。底引き網です」と返事がありました。藤本さんは網をゆっくりとゆっくりと揚げて、一方の魚は自分が揚げられたこともわからず、“これ、いつもと感じが違うな”と思っている時に、背骨のところのある神経を破壊して活け締めにするんです。

お魚は、きっと“自分が死んだ”ということもわからないまま、そのままお刺身になったり、お料理になります。自分が死んだことさえも気づかない、ストレスのない状態が魚は1番美味しいらしいのです。

坂本さんが山口さんの目の前で、野菜の調理をしていた時のことだ。

山口:「坂本さん、ナスも神経締めをしているの?」と聞いたら、「もちろんです。野菜も包丁を入れないことが、ストレスをかけない方法です」と教えてくださいました。

ナスのへたの部分はもちろん切って落とさないといけませんが、少しだけ切れ目を入れて、手でふわっと裂く。そうすると、ナスは、“自分の身が切られた”とはならないで、神経締めのように美味しい野菜になるのだそうです。

魚も、野菜も、そして人間も、ストレスをかけすぎないことが大切なようだ。

山口:『坊っちゃん』を、もう一度読んでみてください。文章が実にのびのびしているでしょう。漱石は『坊っちゃん』あたりから小説家になっていきますが、毎週、毎週、新聞での連載を抱え、ストレスを感じ、胃に負担をかけて、49歳で亡くなりました。ストレスのない時代に書いた、初期の『吾輩は猫である』や『坊っちゃん』は、今でも生き生きとしています。

松山は、そういったのびのびとした心を育てる街なのだと思います。

愛媛にある“2つの鯛めし”

山口さんは「愛媛という地名は、古事記に出てくる女神様の名前が由来です」と教えてくれた。

山口:瀬戸内の温暖で穏やかな気候や風土を表す、愛する素敵な可愛い女神様「愛比売(えひめ)」がいらっしゃるところだと言われています。愛らしい姫。瀬戸内の温暖で穏やかな気候に、よく似合う名前です。

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今回、僕は愛媛県民文化大学で講演をしました。演題は「日本語を作った人たち」。松山出身の正岡子規、その友人だった夏目漱石や中村不折、そして上田萬年。明治の人々が、どのように新しい日本語を形づくったのか、そんな話をしてきました。

講演の後にはサイン会が行われたそうだ。

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山口:サインをしていたら「うちの庭の離れが空いているけ。住まんけ?」という言葉が聞こえてきました。松山に住んで俳句の研鑽でもしたら、また新しい日本語が生み出せるかなと僕も思いました。

日本は、ほかの国にはない、天が与えた力みたいなものがいっぱいあるような気がするんです。その力をもっともよく残しているものの一つが、方言だと思います。

山口さんは愛媛に行くと必ず鯛めしをいただくそうだ。

山口:例えば鯛めしという言い方。鯛めしは愛媛県人にとってのソウルフードです。鯛の話、これ古事記や日本書紀にも出てきています。

鯛というのは“めでたい”でしょう。鯛を食べる時にやっぱり“めでたいな”とか言いながら、言葉遊びをすることによって、鯛の味がより美味しい感じがしてくる。そしてもっともっと良いことがあるような気がしてきます。

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今治という場所では昔から鯛がたくさん獲れる。

山口:尾道から今治の間には来島海峡という海峡があります。激しい潮流の中で育つため、鯛の身が引き締まっているんです。

そんな今治の人たちは、鯛をお米と一緒に炊き込んで召し上がられるんですね。これが愛媛県東側での鯛めし。ところが、愛媛県の南、宇和島の方では、お刺身にした鯛の身にお醤油やごま油、それから生卵、みりんの出汁などで味付けして、そしてタレのままご飯にかけて食べる。これが愛媛県の南で頂く、鯛めしなんです。どっちも美味しいです。

愛媛の南の方ではみかんを餌として与える鯛の養殖が行われています。柑橘成分の効果で魚特有の生臭さが抑えられます。そして松山でいっぱい見かけたのは、愛媛のゆるキャラ「みきゃん」ちゃん。みかんの「み」と、愛媛の形が「犬が走っているように見える」ということなどから、子犬の鳴き声「キャン」を合わせた名前です。そんなみきゃんちゃんの、耳はみかんの葉っぱでした。

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自転車がつなぐ記憶と、あかね色のごちそう

松山と自転車には、昔から深い縁があるそうだ。

松山市内を歩いていても、道後の方へ行っても、宇和島に行っても、すぐに思ったのは、「自転車が多いな」ということでした。愛媛県は、自転車王国です。子どもから年配の方まで、きちんとヘルメットを着け、ルールを守って走っています。

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明治時代の1904年。日露戦争が始まった時、ロシア人の捕虜がたくさん松山に連れて来られました。以降、累計で6000人のロシア人捕虜が松山に来たと言われています。松山の当時の人口は約3〜4万人。6000人はとても大きな数です。

1901年、松山にはたった8台だけ自転車があったそうです。ところが、1906年になると、自転車の数は868台に急増。ロシア人の捕虜が、捕虜生活で憂鬱になったりしないようにと、当時、まだまだ値段が高かった自転車をみんなで買って、ロシア人たちに貸してあげて市内を走り回れるようにしたそうです。そして、1905年8月4日には自転車競争という大会が実施されました。(※諸説あり)

その当時ロシアは敵国だった。戦争中の話である。

山口:今回、僕がお泊まりをさせていただいたところは、「瀬戸内リトリート青凪 by 温故知新」というホテルでした。入った時に「うれしい」と思ったのは、僕が大好きな書家の川邊りえこ先生の、大きな作品が2点かけてあったことです。

それだけでも胸がときめくのに、お料理で出てきたお肉が本当に美味しかった。「お肉の名前、何と言うんですか?」と聞きましたら、「愛媛あかね和牛と言います」とのこと。ブランド牛ですね。

「愛媛あかね和牛」は柑橘類の搾りかすを食べて育つのが特徴。

山口:黒毛和牛ですけれども、脂が少ないんですね。日本で初めて赤身の美味しさを追求した和牛だそうです。子どもでもお年寄りでも、脂を気にせず美味しくたくさん頂いてもらえるようにと、みかんの絞りかすを与えることで、脂を抑えられるんだそうです。

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自転車の安全はもちろんですが、食の安全も守ります。みんなが美味しく、お日様の光をたくさん浴びて、元気にすくすく過ごすことができる松山。僕も青凪では、貸し切りプールで思いっきり泳いでまいりました。

(構成=中山洋平)

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