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「こんなにおいしいものなのか」感動のはまぐり…日本を巡る作家が幸福に浸った、三重・桑名の食の魅力

(画像素材:PIXTA)

「こんなにおいしいものなのか」感動のはまぐり…日本を巡る作家が幸福に浸った、三重・桑名の食の魅力

三重・桑名市に関する歴史や魅力、独自の風習について、作家・文献学者の山口謠司さんが語った。

この内容をお届けしたのは、J-WAVEのワンコーナー「PLENUS RICE TO BE HERE」。放送日は2026年1月26日(月)〜1月29日(木)。同コーナーでは、独自の文化のなかで育まれてきた“日本ならではの知恵”を、山口さんが解説する。ここではその内容をテキストで紹介。

また、ポッドキャストでも過去のオンエアをアーカイブとして配信している。山口さんが実際に桑名を訪れ、そこで営む人から聞いたエピソードの詳細が楽しめる。

・ポッドキャストページ

桑名ではまぐりのフルコースを頂く

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三重県の北端に位置する、自然と歴史が調和する桑名市。愛知・名古屋市までのアクセスもよく、暮らしやすい住宅環境が整えられている。そんな桑名は、時代の移り変わりと共に、港町から城下町、そして東海道の宿場町へ、形態を変えながら発展してきた。

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山口:皆さん「その手はくわなの焼きはまぐり」というシャレをご存知ですか。僕は桑名の焼きはまぐりを食べてしまいました。あまりにもおいし過ぎました。木曽川、長良川、揖斐川(いびがわ)……桑名を流れる3本の川が1つになって伊勢湾に向かって流れています。その河口、七里の渡し場跡の近くにある「蛤料理 うえむら」さんで、人生初のはまぐりのフルコースを頂いてきました。

桑名を流れるこの3つの川の河口、伊勢湾の海水と河口の汽水……つまり海水と真水が混じり合う砂浜で育っているはまぐりです。東京都内でもはまぐりを買うことはできます。ただ我々が東京で買うはまぐりは千葉の砂浜にいるはまぐりですね。桑名のはまぐりは「大和はまぐり」と呼ばれるそうです。はまぐりのコースはおいしく、出てくるお料理ひとつひとつにうっとりとするばかりでした。お品書きを頂いたのですが、万年筆で書き付けるメモには、おいしい星印、おいしいハート印しか書けませんでした。

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山口さんは「蛤料理 うえむら」の料理を「最高の演芸」と賛辞する。

山口:芝居や面白い落語などを見に行ったとき、腹を抱えておかしくてたまらなくて、“もうやめてくれ”と思うぐらいゲラゲラ笑って見ていた。それなのに帰りの電車で何に対してあんなに笑っていたのかなと思ってしまう。

ただ、何がおかしかったのかなと思い、確認する意味でもまたその芝居、その落語、演技を見に行きたくなってしまう。そういう演芸こそ“最高の演芸”。桑名「うえむら」のはまぐりはまさにそれでした。笑いではありませんが、おいしさが最高の演芸でした。

「うまい」と言う“おいしさ”と、「おいしい」と表現する“おいしさ”というのは、きっと気持ちが違うんだろうと思います。「うまい」という言葉は、予想していた、想定内のおいしさ。「うん」と納得するような、思った通りのおいしさだと考えます。一方、「おいしい」というのには驚きが含まれているような気がします。「おお!」という驚きの叫び声を出したくなるような、想定外の表現ではないでしょうか。

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山口さんは「うえむら」で食べたはまぐりのフルコースは「おお!」と唸るような驚きがあったと言う。

山口:「うえむら」のはまぐりフルコースは、期待を超越したものを口に入れる喜びがありました。

「うえむら」で「はまぐりの旬はいつですか?」と聞くと「5月の下旬から1ヶ月ぐらいです」と教えてくださいました。はまぐりは卵を持つ直前に大きくなりますが、それがはまぐりの旬なんだそうです。

皆さん、はまぐりはどれくらいの大きさかお分かりですか? しじみは小さいですね。あさりは時々スパゲッティ・ボンゴレで使っているのを見ますが、指先程度の大きさです。そんな中ではまぐりは大きいですね。

まだお料理される前、はまぐりがカゴいっぱい、栗のように積み上げられていたので、僕は2つ取ってカスタネットのようにしましたが、僕の手にちょうど収まって“カツカツ”と音が鳴らせるくらい大きなはまぐりでした。

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3つ並んで出てきた焼きはまぐり

山口さんは「ところで皆さん、蜃気楼ってご存知ですか?」と切り出す。

山口:富山湾の辺りでは「蜃気楼が立ちました」とか言って、時々新聞のネタになったりするようなことがあります。見えないはずのビルディングや煙突のようなものが海の向こう側に見えてくる。蜃気楼の「蜃」は辰の下に虫と書きますが、この漢字、蜃気楼を書くときだけしか使わないと思います。他に使う機会はほとんどありませんね。これ、何なのかご存知ですか?

実は蜃というのは、はまぐりが大きくなって化け物になった姿を言うんです。そして、この化け物の大はまぐりが口を開けて気を吐くと、見えないはずの大きな煙突のようなものが海の上に“ぼわっ”と浮かび上がる。これは中国の古典「山海経(せんがいきょう)」の中に出てくるものです。

そんな豆知識を話した山口さん。「うえむら」では焼きはまぐりが3つ並んで出てきたそうだ。

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山口:生でもありません。焼かれ過ぎてもいません。その上でうえむらさんが仰います。「バターがありますので、1つに乗せてください。そして、そのバターが溶けたときにお召し上がりください」と。

幸福感を噛み締めながら目を閉じてじっくり味わっていると、うえむらさんが「2個目をどうぞ。今度はスポイトに入っている醤油をよかったら2滴ほど垂らしていただいていてください」と言いました。それもまたおいしすぎて、貝柱をむしり取って食べていったら、「さあ3つ目をどうぞ」と仰います。この3つ目は先ほど使ったバターにお醤油を1滴。3つ全てを味わって「大和はまぐりはこんなにおいしいものなのか」と感じました。このバター醤油がはまぐりの中に超特急で染み込んでいくのです。

甘いバターの香りにたまり醤油を1滴、2滴。がっちりと2つの味が腕を組んで旨味として一気に攻撃してくるような気合いを感じました。喩えるならば、はまぐりのお化け、蜃気楼にやられてしまったウルトラマンのような感じでしょうか。この味にはもう完敗です。

しかも、このはまぐり料理はまだ始まったばかりでした。これからお刺身やグラタンもやってきます。そして雑炊まで。もう僕の口では説明ができませんが、桑名ではまぐりをぜひ堪能してください。僕がいくらおいしいと説明しても、皆さんにはわかっていただけないと思います。百聞は一見にしかずと言いますが、百聞は一味にしかずです。

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桑名の海苔を使ったはまぐりの磯辺揚げ

川と海の水が混ざり合う理想の環境から桑名では海苔も名産のひとつだ。

山口:桑名の海苔、おいしかったです。僕、海苔フェチです。桑名の海苔は浅草海苔とも違います。九州の有明海の海苔ともまったく異なります。

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さらりとしているわけでも、ねっとりしているわけでもありません。柔らかいのです。それをどうやっていただいたのか。はまぐりの磯辺揚げでいただきました。

僕は磯辺という言葉を聞くと、必ず思い出す人がいます。池袋に「ブラッスリー・ル・リオン」というおいしいフレンチのお店があったのですが、そこで給仕をしていらっしゃった磯部さんです。若い方でしたが、いつも素敵な笑顔で、お料理を運んでくださいました。それだけではなくて、お料理のおいしさを、言葉で丁寧に、こちらに届くように、そしておいしさを引き立てるように、紹介してくださいました。

しかし3年前に「ブラッスリー・ル・リオン」は閉店してしまったそうだ。

山口:僕は磯部さんに会えなくなってしまいましたが、磯部さんと一緒に仕事をしていらっしゃった濱さんという方が、現在、京都で「トレイン トレイン」という自分のお店をやってらっしゃいます。濱さんに会いに行けば、磯部さんが何をしていらっしゃるか、教えてくださるだろうなと思い、濱さんのお店にお邪魔しました。

そこで「ねえねえ、磯部さん、今どうしていらっしゃるのかな?」と聞きましたら、短い言葉で「知りません」と。ただそれだけでした。

海苔の話に戻すと、桑名の海は川の水と混ざりあっています。森の養分と太平洋の海の養分がしっかりと合わさったところで生まれる海苔なんですね。川と海が毎日見えない台所のようなところで、お互いに出汁みたいなものを出して、ゆっくりと育てていったのが桑名の海苔なんだろうと思います。

木曽川、長良川、揖斐川の上流では、20年に1度行われる式年遷宮(しきねんせんぐう)に使われる檜(ヒノキ)が大切に育てられている。

山口:樹齢は300年〜500年。時間が木の肌に年輪としてかかれていく森。その森から流れ出た養分が伊勢湾に注いで、遠い遠いハワイやロサンゼルスまで繋がっています。太平洋の潮の流れと一緒になって、桑名のはまぐりを太らせると同時に海苔を育てていくのです。

このはまぐりと海苔が一緒になった磯辺揚げ。一口でいただくと、磯の香りだけではない、森の静けさと、川の速さと、そして海の潮の気まぐれが、1枚の海苔の上で握手をしているような感じになります。

磯部さんと一緒にこのはまぐりの磯辺揚げを食べたら、どんなふうに説明をしてくれるんだろうな。そう思いながらパクリ。この海苔が、遠くの森の味まで連れてきてくれているんだと思います。磯部さーん、桑名のはまぐりの磯辺揚げ、今度機会があったらぜひご一緒しましょうね。

(構成=中山洋平)

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