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マリウス葉が現代に問う“カルチャーの意義”とは?「分かち合える一瞬は、あの場にしか存在しない」

マリウス葉が現代に問う“カルチャーの意義”とは?「分かち合える一瞬は、あの場にしか存在しない」

マリウス葉が、「カルチャーの消費者から参加者へ」をテーマに、カルチャー(文化)の大切さやどのように参加者になっていくのかを語った。

この内容をお届けしたのは、6月26日(金)放送のJ-WAVE『START LINE』(ナビゲーター:マリウス葉〈代演〉)。マリウスは、お休み中の長谷川ミラに代わって、約1カ月半にわたりナビゲーターを担当。この日の放送が、マリウスがナビゲーターを務める最終回となった。

同じ瞬間を過ごすことで、気持ちもわかち合える

マリウスが自身の想いを語ったのは、これまでにマリウスが出会い、好きになった海外の音楽やカルチャーシーンを語る「マリちゃんのtoo much global information」。このコーナーを通して、マリウスは自身の変化に気づいたと言う。

マリウス:たぶん、聴いてくださっていたみなさんよりも、僕のほうがずっと多くのものを受け取ってました。一つひとつにきちんと向き合って調べて、本当のことをお届けしようとする。その過程で、僕自身が変わっていきました。そして、このコーナーを通じてひとりでも多くのリスナーのみなさんに、一生かけて好きでいられる、追いかけていける自分のカルチャーの入り口に出会ってもらえていたらと思っています。

カルチャー(文化)の大切さを語るうえで、まずマリウスはユネスコの定義を紹介する。

マリウス:1982年、ユネスコのメキシコシティ宣言では、「特定の社会または社会集団に特有の、精神的、物質的、知的、感情的特徴をあわせたもの」とあります。芸術、暮らし方、価値観、伝統、信仰など、教科書的な定義でもありますよね。でも、僕は文化というものはもっとシンプルで、ただ生き延びていることを「生きているって素晴らしい」に変えてくれるものだと思っています。

そしてマリウスは、文化は曲や映画や絵などの作品そのものだけではなく、それらと出会うときに自分がいるその場所も文化の一部だと思うと語る。

マリウス:たとえば、メキシコのサッカースタジアム、ディスコ、地下のテクノクラブ、美術館、劇場、映画館、街角の小さなギャラリーなど、その場所で何が起きているかちょっと想像してみてください。あなたの隣に、生きてきた道も政治的な考えも、人生のあらゆる意見も正反対かもしれない見知らぬ誰かが立っている。ネット上ならスルーするか、言い合いになっていたかもしれない相手なのに、ベースが鳴った瞬間、照明が落ちた瞬間、角を曲がって同じ絵を前にした瞬間、ふたりが同じものに同じタイミングで心を動かされて、ほんの一瞬、同じ気持ちを分かち合う。僕がずっと追いかけているのは、この体験です。

ネット社会のなかで“本当によいもの”を見つけるには…

さらにマリウスは、さまざまな人が集まり文化に触れる場所が「今、危機にあると思っている」と話す。

マリウス:ひと言で言えば、僕たちがだんだん物理的に集まらなくなっているからです。隣で同じ瞬間を分かち合う代わりに、ひとりで画面のなかにこもるようになっている。僕も人並み以上に見ているので、「スマホは悪だ」なんて決して言うつもりはありません(笑)。ただ、現代の人は1日に平均2時間半をフィードのなかで過ごしているそうです。1週間で計算すると、起きている時間丸1日分をスクロールに費やしている。ある意味、フィードはひとつの場所であって、何百万人もの人と一緒にいるはずなのに完全にひとりで、隣には誰もいなくて、分かち合う一瞬もあまりありません。

昔はアーティストや映画作家、小さなギャラリーにとって、観客はご近所さんであり、せいぜいひとつの街や国だったが、今は世界中が観客になりうる、とマリウスは自身の考えを述べる。

マリウス:世界中が相手になることは本当に素晴らしいことでもあると思いますが、フィードには「いちばん声の大きい人が勝つ」という、目に見えないルールがあるんです。大きいというのは、「いい」とか「本物だ」とか「美しい」といった意味ではなくて、多くの曲が一度きりで流れて消えるあいだにも、自分の曲を流し続けられる予算を持っている人ということです。だからどうしても、届くものの多くがただいちばん大きな声で叫んだものだとしたら、僕たちはどうやって目を覚ましていられるのか、自分で選ぶ側で居続けられるのかという問いに行きつくんですよね。

現代の文化の在り方を消費者視点で考えるなかで、マリウスは「3つの小さな考え」にたどり着いたそう。

マリウス:ひとつ目は、自分を消費者だと思うのをやめて、参加者だと思ってみること。消費する側はただ「観ているだけ」「聴いているだけ」「通り過ぎているだけ」だと思いがちだけど、実は違うんです。みなさんが使う1分1秒、購入する1枚のチケット、押す「いいね」のひとつまで、そのすべてで「何が存在していいのか」に1票を投じています。だから、みなさんは客席にいるだけではなくて、作られているものの一部でもあります。僕たちが選び続けたものがカルチャーになっていくから、大事なことだと思って選んでほしいですね。

カルチャーの場に足を運び、感じ続けて

ふたつ目にマリウスが挙げたのは、「それ(カルチャー)が自分をどう感じさせているのかを意識してみる」ということ。

マリウス:スクロールに夢中になっているとき、「これは僕を動かしているのか」「それともただ何も感じないようにしているのか」「時間をつぶして現実から逃げてるだけなのか」と、そっと自分に訊いてみてください。もちろん逃げたいときもあって、それはみんなそうですし、僕だってそうなので責めません。でも、すべては「どのくらい現実逃避をしちゃっているんだろう」「どんなふうに動かされているんだろう」という自分への正直な問いから始まると思います。

続けて「僕は昔、いくつかの場所に非常に偏見を持っていた」と最後の考えを語る。クラブは「自分がイケてる」とアピールする人の場所で、馴染めないと居場所がないと思い込み、アートギャラリーも「ただ感情に値札を貼ってるだけ」と決めつけていたそう。そしてその思い込みにより、マリウスはクラブやアートギャラリーを訪れることはなかったという。

マリウス:でもあるとき、きっかけがあって入ってみたら、クラブにいたのは僕のイメージとはまるで違う人たちだった。大らかで開かれていて、自分に正直で、周りの目をまったく気にしない。ギャラリーもたしかに商売の側面はあるけど、それだけじゃなくて本物の前に立てるし、大学を卒業したばかりのアーティストのための場所でもある。だから、自分の恐れや思い込みに決めさせないで、その場所に足を運んでほしいですね。フィードは曲は届けてくれるけど、隣でそれを感じている見知らぬ誰かは届けてくれない。やっぱり、カルチャーの場に行かないとダメだと思うんですよね。特にコロナ禍以降はそういう場が世界中でだんだん減ってきてるけど、分かち合える一瞬はあの場にしか存在しないと思います。

人生の長い時間を「観られる側」として生きてきたマリウス。「最後にひとつだけ」と、さらに言葉を続ける。

マリウス:僕は長いあいだ、ステージの上やライトの下で観られる側でしたが、ここしばらくは静かに、別の何かになろうとしてきました。「ステージの上の人」ではなく、誰かが分かち合う一瞬を持てるあの空間を作る人になろうとしてきました。このコーナーも僕にとってそういう場所のひとつでした。そしてそのなかにいて、聴いてくれていたみなさんはただ消費していたんじゃなく、ここに僕と一緒にいて参加してくれていた。それだけでこの時間に意味をくれたと感じています。みなさん、これからも選び続けて冒険して、恐怖に負けずにいろいろな場に足を運んで正直に感じ続けてください。そして、またどこかでみなさんと同じ場を共有できたらと思っています。1カ月半、聴いていただいてありがとうございました!

7月からのJ-WAVE『START LINE』は、お休み中の長谷川ミラに代わって、インディペンデントマガジン『HIGH(er) magazine』編集部のharu.とmiyaがナビゲート。オンエアは、毎週金曜16時30分から。

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