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藤井 風に感じたオーラと感性の鋭さ。楽曲で尺八を演奏した長谷川将山が、自身の半生を語る

藤井 風に感じたオーラと感性の鋭さ。楽曲で尺八を演奏した長谷川将山が、自身の半生を語る

尺八演奏家の長谷川将山さんが、尺八のみで合奏する「尺八アンサンブル」の魅力や、ライフワークとしているバッハの楽曲の演奏、さらには、藤井 風の楽曲に参加することになった経緯などについて語った。

長谷川さんは1994年生まれで、神奈川県出身の30歳。学生時代から尺八の歴史や演奏方法などを研究し、最近ではアンサンブルや多重録音を通して尺八音楽の新たな表現方法を追求している人物だ。

長谷川さんが登場したのは、俳優の小澤征悦がナビゲーターを務めるJ-WAVEの番組『BMW FREUDE FOR LIFE』(毎週土曜 11:00-11:30)。同番組は、新しい時代を切り開き駆け抜けていく人物を毎回ゲストに招き、BMWでの車中インタビューを通して、これまでの軌跡や今後の展望に迫るプログラムだ。

大学時代に「現代邦楽研究会」を立ち上げる

一尺八寸=54cmの楽器・尺八。もともと奈良時代に雅楽の楽器の一つとして中国から伝来したが、やがて雅楽から離れ、僧侶がお経を読む代わりに吹く楽器として発展したと言われている。

この伝統楽器を長谷川さんが始めたのは10歳の頃。琴や三味線の演奏家である両親のもとで育った若き才能はすぐに頭角を現し、16歳からは人気尺八演奏家・藤原道山さんに師事して腕に磨きをかけていく。

そんなデビュー前の修業期間の思い出が詰まった上野に長谷川さんを乗せた「BMW i7 xDrive60 Excellence」は到着。車窓から緑豊かな上野公園周辺エリアの街並みを眺めれば、付属高校から大学院まで9年間を過ごした東京藝術大学時代の思い出が蘇ってくる。

長谷川:このエリアには、高校時代から現在に至るまで様々な思い出が詰まっています。在学中には「現代邦楽研究会」を立ち上げ、大学の学園祭で3回ほど公演を行いました。現代邦楽は、日本の伝統音楽に西洋音楽の要素を取り入れたジャンルです。その作品群の中には、歴史を重ねていく中で演奏されなくなったものや、楽譜が残っているのに音源がないものが少なくありません。そういった作品を発掘し、演奏することを目的に始めたのが現代邦楽研究会でした。オリジナルに忠実でありたいという思いから、楽曲の初演者・作曲家の先生にインタビューをし、その曲が作られた背景や当時の演奏状況などをお聞きした上で演奏したりしていました。

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尺八のみで合奏する「尺八アンサンブル」とは?

大学時代には現代邦楽研究会だけでなく、尺八のみで合奏する「尺八アンサンブル」にも情熱を傾けるようになる。そのきっかけとなった楽曲が、三宅一徳さん作曲、師匠である藤原道山さん監修の「失われた『時』」だった。

長谷川:授業で「失われた『時』」に取り組む経験をし、初めて尺八アンサンブルに触れました。これまでお琴や三味線と合奏する機会はあったのですが、同じ楽器で合奏することは初めてで。そのサウンドに大きな衝撃を受けましたし、その中に自分がいて音を一緒に奏でていることも新鮮でした。

尺八アンサンブルは、短管尺八と長管尺八の組み合わせにより構成されます。さらに短管と長管それぞれにもいくつか種類があり、それを巧みに組み合わせていき、複雑な和声を出していくことが特徴です。それこそ、楽曲によっては演奏中に目まぐるしく持ち替えをする場合もあります。持ち替えを考えることも尺八アンサンブルの醍醐味であり、まさにパズルですね。

そんな話をしているうちに長谷川さんを乗せた「BMW i7 xDrive60 Excellence」は、次の目的地である神田神保町に差し掛かる。古本の街として知られるこのエリアにも強い思い入れがあるようだ。

長谷川:神保町は、高校時代から足しげく通う新しいものに出合える場所です。特にお気に入りだったのが、今はなくなってしまった音楽書籍専門の古本屋「古賀書店」。僕が所属している都山流の流派を興した方が若い頃に手掛けたバイオリンの楽譜や、現代邦楽研究会で研究しているような20世紀の邦楽作品の楽譜など、貴重な楽譜を掘り出す楽しさを覚えたお店でしたね。

バッハの曲を尺八で演奏

長谷川さんの探求心は現代邦楽に留まらない。現在はバッハの楽曲を尺八で演奏する活動をライフワークとしている。コンサートの開催が困難になったコロナ禍に、新たなレパートリーを開拓するべくバッハの楽曲を吹き始めたことで、「現代音楽の父」が残した作品の魅力に惹かれていくことになる。

長谷川:もう5年も前のことになりますかね。フラウト・トラヴェルソ(※フルートの原型)のために残した名曲「無伴奏フルートのためのパルティータ」を何とか尺八で吹いてみようと考え、数年がかりでなんとか自分のレパートリーに加えたことがきっかけでした。その後、バッハの膨大な作品群の中から新たなレパートリーを開拓していくうちに、尺八の性能・構造を鑑みた上でその接点を探りつつ「この曲は尺八に合う、この曲は尺八ではあまり効果的ではない」と、なんとなく見えてきたんです。やはり、キーに適さない楽器を選んでしまうと無理して演奏しているように聞こえてしまいますし、楽器の持つ音色やフレーズのよさみたいなものがあまり出ないんですよね。だからまずは、バッハの原曲の雰囲気を残したまま尺八で演奏する上で最適な楽器を探り、それがわかったらひたすら音を並べる作業をしています。

バッハの作品は非常に緻密に作られており、理系な作曲家だったのではないかと取り組んでいて思います。その一方で、表現に余白が与えられているとも感じていて。バッハの楽譜には、強弱記号やフレージング、速度記号などはほとんど書かれていないんですよ。演奏者に委ねられている部分がある意味で多いんです。これは邦楽の曲にも共通するところがあって。速度や息の長さなど「ここだけは押さえておかなければいけない」という部分がありつつも、演奏者に任せられている部分も多い。バッハの曲には、そういった演奏者の裁量次第で多彩な魅力を引き出せるよさがあると感じています。

西洋音楽であるバッハ音楽と邦楽の尺八。楽譜も演奏方法も全く異なる二つを無理にどちらかへ寄せるのではなく、接点を探るというアプローチで見事に融合させている。その鍵となるのが、アンサンブルで培ってきた尺八の楽器選びだ。様々な長さの尺八が持つそれぞれの特長をうまく使って、バッハの音楽に新たな彩りを加えている。

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尺八での多重録音にも挑戦

もう一つ長谷川さんが注力する取り組みがある。それが尺八の多重録音だ。演奏家が集まっての演奏ではなく、たった一人で様々な音を録音する前代未聞の試みとして「全員将山」と題したプロジェクトを展開しているのだ。

長谷川:これもコロナ禍でスタートした試みでした。音楽家であり続けるために何かアクションを起こしたいと考えて、一人でもできることに着目し、多重録音を始めたのが「全員将山」のきっかけです。多重録音は、ずっと興味のある分野でした。何度かチャレンジしたのですが、やはり時間がかかることがネックで。また、短期間で形にしなければ形がまとまらないという難点もありました。なかなか本格的な制作ができずにいたのですが、コロナ禍の数か月間が、多重録音の制作にとって非常に有意義な時間になったんですよね。これまでアンサンブルで取り組んだことがある作品や、楽譜が残っているけど音源がない作品などの多重録音に取り組みました。やってみて非常に楽しかったですね。プラモデルを作る感覚に近いというか。パーツを一個一個順番に重ねていく感覚に似ていました。

藤井 風の印象は「貫禄があってすごく達観していた」

若手演奏家として活躍する中、長谷川さんのもとに思いがけないオファーが飛び込んでくる。2020年にリリースされた藤井 風の3rdシングル「へでもねーよ」。この曲のイントロには尺八が使われているが、フレーズを演奏しているのが長谷川さんだ。いったいどのような経緯で同シングルに携わることになったのか?

長谷川:藤井 風さんのプロデュースをしている音楽プロデューサー・Yaffleさんの知り合いで作曲家の坂東祐大さんと高校時代からご縁がありまして。その坂東さんが藤井 風さんの楽曲『へでもねーよ』に尺八を使用するにあたって「それだったら長谷川くんに……」ということで紹介してくださいました。イントロで私が吹いている音色は、藤井 風さんが高校時代に仲間と行っていた合奏のセッションでサックスのパート用に付けていたメロディーだったんですよね。そういった風さんの活動の軌跡みたいなものを辿っていくと、『へでもねーよ』のルーツを感じられて鳥肌が立ったことを覚えています。

藤井 風さんの印象は……オーラがすごかったですね。貫禄があってすごく達観していて、とても年下には見えませんでした。音楽に関しても尺八の音色に対する眼差しですとか、感性が非常に鋭い方という印象を受けました。また、「へでもねーよ」のレコーディングの翌年と翌々年には藤井 風さんのライブにも参加させていただき、イントロの1分間、尺八をソロで吹かせてもらいました。それはもう、語彙が飛んでしまうようなすごい経験でしたね。普段コンサートホールなどで演奏している身としては、何万人ものお客様の前で吹くという経験はまずないわけです。しかもそれがスタジアムの屋外ですからね。とても現実で起きている出来事とは思えませんでした。

伝統を探求しつつ、尺八の新たな可能性を切り拓き続ける長谷川さん。最後に自身にとっての挑戦、そしてその先にあるFreude=喜びとは何かと尋ねると、こんな答えが返ってきた。

長谷川:僕にとっての挑戦は、尺八の新たな可能性を拓くということですかね。バッハを演奏することもそうですし、全員将山での多重録音もそう。尺八という楽器には限界はない。そう信じて挑戦した結果が一つの形として作品になることが喜びですし。その作品を演奏して、聴いてくださった方々が感動してくださることが何よりの喜びですよね。

構成=小島浩平

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