音楽、映画、エンタメ「ここだけの話」
960℃を目と感覚で見極める─江戸時代から続く職人技、継承への想いを銀師が語る

960℃を目と感覚で見極める─江戸時代から続く職人技、継承への想いを銀師が語る

銀の器や装飾具を加工する職人「銀師(しろがねし)」の上川善嗣さんが、家業を継ぐきっかけや「銀」という素材の特性、さらには後継者問題などについて語った。

上川さんは江戸時代から300年以上続く銀細工の職人技を継承する人物だ。

上川さんが登場したのは、俳優の小澤征悦がナビゲーターを務めるJ-WAVEの番組『BMW FREUDE FOR LIFE』(毎週土曜 11:00-11:30)。同番組は、新しい時代を切り開き駆け抜けていく人物を毎回ゲストに招き、BMWでの車中インタビューを通して、これまでの軌跡や今後の展望に迫るプログラムだ。

・ポッドキャストページ

3歳のときから家業を継ぐことを意識

銀師とは銀細工を作る職人のこと。江戸時代、町人の暮らしが豊かになったことを背景に銀器・銀道具が広く使用され始めた。需要が高まるにつれて、現在の台東区や文京区周辺には、数多くの銀師が集まっていたという。

「今でもその流れを汲んで仕事をさせていただいています」と、台東区・奥浅草に工房を構える上川さんは語る。

300年続く銀師の流派・平田派で修業を積んだ祖父が創業した日伸貴金属の三代目として腕を振るう上川さん。伝統工芸の道に入り、家業を継ごうと思い始めたのはいつ頃のことだったのか--? 六本木ヒルズを出発した「BMW X3 M50 xDrive MPA」の車中で語り始めた。

251117_FREUDE_sub2.jpg
上川:もう3歳くらいのときからですね。覚えているのが、おじいちゃんが小さかった僕をちょこんと膝に座らせて「トントントントントントン……」と金槌で銀を叩いてくれたことです。そのリズムが非常に心地よくて。まるで子守唄のようでした。振り返ってみれば「この音いいな。やってみたいな」という気持ちが当時から芽生えていたように思います。

見様見真似で技術を習得した修行の日々

幼少期の原体験に導かれるように、上川さんは学校卒業後に金属メーカーへ就職し、その後、平成5年に日伸貴金属へ正式に入社。そこから修行の日々が幕を開ける。

251117_FREUDE_main.jpg
上川:我々の頃は「見て盗みなさい」という時代です。手取り足取り教えてもらえるようなことはなく、真似るところから始めて、あとは自分なりに工夫していくことが求められました。ただ一方で、僕が駆け出しの頃は「後継者育成事業」というものがありまして。これは、様々な親方さんが毎週土曜日朝9時から夕方5時まで全6回の研修を実施してくれるというもので、僕も研修生として参加しました。最初は右も左も分からず見様見真似で、試行錯誤しながら作っていくという研修でしたね。

親方さんたちの教え方は、金槌の使い方一つとっても各人で違っていました。たとえば、金鎚で金属板を叩く際に裏から当てる「当金(あてがね)」と呼ばれる鉄の塊があります。それを金槌でトントントンと打つと、銀の分子構造に変化が起こって非常に丈夫になるんです。でも、一打で芯を捉えなければ、銀がどんどん伸びてしまう。その微妙な打ち方を一生懸命みんなで練習するんです。真芯でしっかりと当てることは基本でもあり、実は究極の業でもあったりする。そういった技術を日々の訓練で体得しようと努めていました。

251117_FREUDE_sub4.jpg

960℃で溶ける銀。温度は「目と感覚で見極める」

芯を捉える使い手になるべく、何万、何十万回と金槌を振り下ろし続けてきた上川さん。さて、銀細工の原料である銀は、用途によってインゴット、いわゆる延べ棒と呼ばれる塊や板状の形で納品される。それを金槌で打って伸ばして加工するわけだが、場合によっては削ることや溶かすこともあるそうだ。

上川:銀は960℃で溶けます。我々職人はこの960℃を、温度計で計るわけではありません。銀は温度の高まりとともに変色し、ガスの火の先端部分にも変化が見られます。まず、火の先端部分がオレンジ色になると「今200℃に達したんだな」と見て取れる。次に、銀の色が白っぽくなれば「500℃になってきたんだな」と判断できる。さらに銀がピンク色やオレンジ色になれば、今度は「600℃になった」とわかるわけです。そんなふうに、温度を目と感覚で見極めながらお仕事する点が大変奥深いと思います。

251117_FREUDE_sub5.jpg
上川さんが手がける作品は、実用的な食器から指輪などのアクセサリー、芸術性の高い美術工芸品まで多岐にわたっている。その中で特に思い入れのある作品について語ってもらった。

上川:人間国宝の先生に研修会で教えていただいた伝統技法「打ち込み象嵌(ぞうかん)」を活かした作品を制作したことがありました。その作品のテーマは夜桜花見。親狸と子狸がお花見を楽しみながら山の中を散歩しているというもので、構想に半年、制作に3か月を要しました。手掛けるにあたって「どの山がいいかな」「どんな品種の桜がいいかな」などと考え、そのモチーフとなる山や桜を探しに様々な場所を巡ったことを覚えています。

体験教室を通じて伝統工芸をより身近なものに

自身の作品作りはもちろん、業界の活性化に向けた活動にも注力している。上川さんの工房では、銀を加工する貴重な伝統技術をより多くの人に広く知ってもらうための体験教室を実施しているという。

上川:10数年前から日伸貴金属は、地域産業資源を活用した中小企業による商品・サービスの開発などで地域振興を目指す国の支援策「地域資源活用プログラム」の事業計画の認定を受けています。伝統工芸=敷居が高いというイメージを持たれている方は多いはずです。そこで、皆さまに伝統工芸をより身近に感じていただきたいとの思いから、事業の一つとして体験教室を実施しています。体験教室で手掛けているものの一つがアイススプーンです。ピュアシルバー99.9%の銀を使用し、参加された方にはお好きな柄を金槌で作っていただき、オリジナルのイニシャルの刻印を入れてもらっています。また、お皿を金槌でくぼめて、磨いて仕上げるといった内容のものもあって。加えて、バングルやリングペンダントなど装身具を作る教室もご好評いただいていますし、修学旅行で地方からやってきた学生の団体に旅の記念として銀のしおりを手作りできるプログラムも行っています。そんなふうに体験教室を通じて、皆様にモノづくりの楽しさを共有できればうれしいと思っています。

251117_FREUDE_sub6.jpg
インスタグラムなどのSNSでの情報発信が功を奏し、銀細工の体験教室はインバウンドの海外観光客からも人気を集めているという。そんな、技術の継承と向上に挑み続ける上川さんに最後の質問として、自身にとっての挑戦、そしてその先にあるFreude=喜びとは何かと尋ねると、こんな答えが返ってきた。

上川:日々銀と向き合い、鍛錬を重ねて技術を向上させていくのは当然のこと、地域と連携しながら多くの方にモノづくりを通じて銀細工の存在を知っていただくためのチャレンジを継続してまいります。また後継者問題でいえば、受け入れる側の環境整理が必要だと考えていて。たとえば、私は上川という屋号を持ち、世襲で仕事をさせていただいていますが、「上川さん以外はお仕事できません」ではいけない。この仕事に就きたいという情熱を持つ人たちを、広く受け入れていく取り組みをするべきだと思っています。

251117_FREUDE_sub7.jpg

この記事の続きを読むには、
以下から登録/ログインをしてください。

  • 新規登録簡単30
  • J-meアカウントでログイン
  • メールアドレスでログイン