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なぜ苦しいとき人間は「逃げる」より「耐える」を選択しがちなのか? 脳科学者・中野信子が解説

なぜ苦しいとき人間は「逃げる」より「耐える」を選択しがちなのか? 脳科学者・中野信子が解説

脳科学者の中野信子と藤原しおりが、大型連休明けの心のケアについてアドバイスを送った。

中野が登場したのは、J-WAVEの番組『HITACHI BUTSURYU TOMOLAB. ~TOMORROW LABORATORY』。オンエアは5月7日(土)。 同番組はラジオを「ラボ」に見立て、藤原しおりがチーフとしてお届けしている。「SDGs」「環境問題」などの社会問題を「私たちそれぞれの身近にある困りごと」にかみ砕き、未来を明るくするヒントを研究。知識やアイデア、行動力を持って人生を切り拓いてきた有識者をラボの仲間「フェロー」として迎えて、解決へのアクションへと結ぶ“ハブ”を目指す。

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「休む」ためのテクニック

中野は東京都出身の脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学大学院博士課程修了後、フランス国立研究所ニューロスピンに勤務したのち帰国。東日本国際大学教授、京都芸術大学客員教授として教壇に立つかたわら、脳や心理学をテーマに、人間社会に生じる事象をサイエンスの視点で解説し、支持を得ている。

まず、藤原がこころと体のバランスを崩して仕事をお休みしている保育士のリスナーからのメッセージを紹介し、二人で「休むこと」について考えていくことに。シリコンバレーのコンサルタント、アレックス・スジョン‐キム・パンによる著書『シリコンバレー式 よい休息』(日経BP)では、休息について「早朝から想像的な仕事に取り組むことを日課にする」「歩くことで最善の考えに到達する」「昼寝によって1日を2日に分ける」「仕事をキリのいいところで終わらそうとしないで中断する」「運動をしてクリエイティブな仕事に必要な体力を養う」「ディーププレイ。深い遊びに没頭する」といった6つのテクニックを紹介している。

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藤原:脳科学的にはいかがですか?
中野:すごくいいですね。特に「仕事をキリのいいところで終わらせない」はいいです。
藤原:これは、キリの悪いところでやめることで作業に戻ってきやすくなる「ツァイガルニク効果」ですよね?
中野:そうそう! キリのいいところで終わらせちゃうと、脳が「終わった」と勘違いしちゃって、また取り掛かれなくなっちゃうんですよね。番組でもなんとなくキリの悪いところで「音楽いってみましょう」みたいな。
藤原:続きが気になるようにするとか、戻って来やすくするということですよね。ほかはどうですか?
中野:歩くとか運動するのも大事なことです。脳を使っていると、どうしても脳だけで動いている気になっちゃうんですが、ある程度運動をしていると酸素の流量が増えたり、活性度も上がったりするので、可能であればお散歩とかをするといいですね。

事業者は対象となる労働者に1年で5日以上の有給休暇を取得させることが3年前に義務化された。2021年6月には希望者を対象に週休3日制とする「選択的週休3日制度」が閣議決定した。

中野:脳科学的にも週休3日はいいとされています。
藤原:それは3日連続で休むといい、ということですか?
中野:いえ、たとえば土日と水曜日を休むとか、そういう感じですね。そうするとパフォーマンスが実はよくなるので、会社もうれしいし、従業員もうれしいよねっていう結果だったと思います。
藤原:「会社にとってもいい」ということがもっと広まって、浸透してくれればいいんですけどね。

中野はメンタル不調を抱えた人が回復する手段の一例として、精神科医の神田橋條治さんによるセラピーを紹介した。

中野:「死にたくなっちゃう」という人に「この椅子の上で横になって死んだことにしてみてください」というプロセスをやってもらうセラピーを開発されたんです。横になってもらって「あなたはいま死体になって体から肉がどんどん溶けていきます」「好きなだけ死んでいてください」と。「そろそろ死ぬのに飽きて、もう1回生きてみたいなと思ったら、体に肉が戻ってきて指が動くようになります」と生き返るまでを1セットでやるんです。これがけっこういいらしいんですよね。
藤原:苦しさがある人に対して「1回死んでみましょう」と。言葉だけ聞くと怖いですけど。
中野:死んだ自分を想像してみて、それを味わった気持ちになってみると、「意外と自分はもう1回やってみたいと思っているのかも」と気づくかもしれませんし、それでもまだ休みたかったら休み足りないということです。休むことに飽きたり、死んでいることに飽きたりして「なにかやりたいな」と思って復職しようとしたときに、復職しようと思った先が「やっぱりあそこは嫌だな」と思ったら別にそこに戻る必要ないですからね。

逃げずに耐えてしまう人へ

文部科学省の調査によると、小学生・中学生・高校生のいじめの認知件数は、2020年度は前年度より15.6パーセント減少。しかしその一方で、小学生・中学生・高校生の自殺者は過去最多だった。

中野はなぜ人間が「逃げる」をせずに「耐える」という行動をとりがちなのか解説した。

中野:集団をまとめて得をする“上の人たち”から見ると、逃げるやつは助けるに値しない。要するに耐えさせることによって利益を最大化しようとしているわけです。「逃げる」ということは「仲間を裏切ること」とか、集団にとってよくないことなんですね。社会性の現れです。逃げるのは自分のためによくないのではなくて、みんなのためにとってよくない。その仕組みが備えつけられているのが人間。そういう複雑な社会性を持っている生物はほかにいませんよね。
藤原:改めて言葉で聞くとズシッとくる。
中野:「自分を守るために逃げよう」と思える人はもう逃げられてる。だけど「みんなのために」とか「自分がやらないと」と思っちゃう人は、「相手が自分を攻撃すると相手が罪を負ってしまう」という言い換えが効くと思います。たとえば、モラハラされているとしたら、「私がいなくなれば(相手はモラハラをしなくなるので)相手は罪を負わなくなる」と。
藤原:なるほど。「自分のため」と思うと行動できない人でも、「相手のため」と思えば逃げることができるかもしれない。
中野:「逃げるのはダメなことだ」と教えられるから。うまく言い換えて自分を適切に安全な方向にもっていくように工夫してみてほしいです。私がいまお伝えした言い換えは一例にすぎないので工夫してみてください。それでまた私にも教えてほしいなと思います。

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「癒し」に必要なもの

最後に「癒し」について考える。藤原は中野がモデルでフルート奏者のCocomiと対談をした際に「自己効力感」について語っていたことに触れた。自己効力感とは自分が世界に対してなにか影響を与えることができたという感覚を持つことで安心することで、そのなかでも音楽の演奏は「自己効力感」を最も強く感じられる行為のひとつだという。

中野:音圧ってあるじゃないですか。音も肌で聴くことができるんです。普通はスピーカーから流れて来る音って可聴域以外の音は消えちゃうんです。実はすごく高い音とか低い音で、耳には聴こえていないんだけれども、体では感じている音が「癒し」には大事だったりするんです。生音とか生の声はすごく大事。だから本当はコンサートに行ったりライブを観に行ったりするのはすごく大事なんだけれども、いまはコロナでなかなかできないですからね。

また、中野によると「なにもすることがない状態」は自由のようでいて、「私って価値があるのかな?」と不安感にさいなまれる恐れがあるという。

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中野:そういうときは「それでも自分はこれができるよね」とか、いま世界を冷静に見てみて、なにかが足りないと思ったら「自分はこういうことをできるかもしれない」と、もっと引いた目線で見られる機会でもあります。いまパッと不安を埋めようとするのではなくて「自分は世界に対してなにもできないじゃないか」と思ったときこそチャンスだと思って、自分が本当はなにをしたら、一番うまく自分の力も使えて、みんなもうまく回るのかな、とよく考える時間にしてみてほしいです。そうするともっとよりよいコミットメントができるはずです。安易に不安を埋めようとすると、安易な返ししか得られないのでもったいないですよね。
藤原:一旦自分と向き合っていく時間。
中野:自分と対話する時間というかね。自分に会いに行く時間だと思って。
藤原:休む時間は意外とやることがたくさんありますね。休息は全然なまけているわけじゃないですし、なんの役にも立ってないわけじゃなく、のちに役立っていくために必要なプロセスだと思います。

J-WAVE『HITACHI BUTSURYU TOMOLAB. ~TOMORROW LABORATORY』は毎週土曜20時から20時54分にオンエア。

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2022年5月14日28時59分まで

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番組情報
HITACHI BUTSURYU TOMOLAB.〜TOMORROW LABORATORY
毎週土曜
20:00-20:54