音楽、映画、エンタメ「ここだけの話」
ライブやイベントの中止、ドーム公演なら「1億円以上の損失」―弁護士が政府に訴える、本当に必要な補償

ライブやイベントの中止、ドーム公演なら「1億円以上の損失」―弁護士が政府に訴える、本当に必要な補償

世界中で新型コロナウイルスの感染拡大が続くなか、日本国内では政府の自粛要請に従って続々と文化芸術分野のイベントが中止に追い込まれている。さまざまなアーティストや劇団が公演を中止しているだけでなく、劇場やコンサートホールも閉鎖しているなか、窮地に立つ文化芸術分野への政府による救済案はいまだに発表されていない。現状の問題点や今後の課題とはいったい何なのだろうか。

3月30日(月)にオンエアされたJ-WAVE『JAM THE WORLD』のワンコーナー「UP CLOSE」では、エンターテインメント関連の補償に詳しい弁護士の福井健策さんをゲストに招いた。話を訊いたのは、月曜日のニューススーパーバイザーであるジャーナリストの津田大介。


■文化芸術の現場から聞かれる「我々は政治に捨てられた」の声

2020年3月28日(土)に開いた記者会見にて、安倍首相は記者からの質問に答える形で「(イベント業界などの損失を)税金で補償するのは難しい」という発言をした。文化芸術の重要性を言及しながらもいまだに具体的な支援策を打ち出さない政府に対して、福井さんは「ほぼゼロ回答と言える会見でした」と、指摘する。

福井:全国公立文化施設協会による研究調査では、3月頭の時点ですでに劇場やコンサートホールにおけるイベント中止率は90パーセント以上でした。このときですら、飲食店など他の分野に比べても群を抜いて高いわけですよ。
津田:なるほど。
福井:中止した場合、チケット代は購入者に返金するので、高額な経費を主催者や関係者が全額負担しなければいけなくなる。つまり、現場は開催すれば観客は集まってくれることは承知していたけれども、自粛要請に応じて劇場やホールを閉め、その高額な損失を自ら負ったわけです。そしてクリエイターや表現者は、生まれ出る前の作品を自ら封印して壊した。その気持ちに対して長らく感謝の言葉一つさえなく、自粛せざるを得ない状況を作っておいて「自粛だから(どうなろうと)自己責任だ」と突き放す。現場の知人からは「我々は政治に捨てられた」というメールがきましたが、まさに悲痛な思いですよね。

政府が新型コロナウイルス対策として各事業者に「イベント等の自粛“要請”」を行っていることも一つの問題だ。法的な強制力のある命令で中止すれば政府が損失を補償することになるため、あくまで「自粛」というお願いの形にとどまらせているからだ。そのため、「自粛と補償はセットにすべきだ」という批判が高まっている。


■自粛要請はそもそも感染症対策になっていない

一方で、2020年3月22日(日)には、さいたまスーパーアリーナで格闘技団体K-1が観客を入れて興行を開催して大きな批判を浴びた。しかし、主催者としては自粛要請があったとしても、政府による補償がないなら大きな損失を被らないためには開催するしかない状況だったのだろう。福井さんは「今の状況が続けば、こうしたケースは今後も無くならない」と危惧する。

福井:社会に必要なことに協力するため、現場は自主的に中止にし、高額な損失を被っています。この状況を救う理由はむしろ、法的な禁止命令を受けた場合に比べても勝るとも劣らないはず。社会のための中止は同じなのに、なぜ法的な強制では補填はできて自主的な協力では補償ができないというロジックになるのか。非常に矛盾した状況です。

2月中旬には、大阪市内で行われた複数のライブハウスで行われたライブで感染者の集団「クラスター」が発生。これにより、一気にイベントやライブの自粛ムードが高まった。

福井:仮に劇場やホールも感染源になる信じているならば、そこの人々が最低限は暮らしていけるように、あるいは巨額の損失を背負って一生破滅しないように対応しなければ、(施設を)閉じきれない部分は出てきてしまいます。(補償のない自粛要請は)感染対策になっていないんですよ。また、そもそも最近の劇場やホールは換気の基準が相当厳しい。またライブハウスは異なりますが、多くの劇場では客席は誰も喋っていない。劇場関係者側は、「自分たちは飲食店やパチンコに比べて危険なのか」という疑問も抱えつつ、それでも協力したと思います。
津田:一方で、「コロナで飲食店や航空業界、ホテルなど多くの業界が苦しんでいるのに、なぜ文化芸術だけ(補償の)特別扱いをされるんだ」というバッシングもあります。
福井:特別扱いではなく、損失額に応じた補償や救済で十分でしょう。みんなが苦しいのでみんなで乗り越えなければいけないけれども、業態の特質や置かれている状況で損失はかなり違う。劇場やコンサートホールの閉鎖はほぼ100パーセント。全額損失で完全に収入が途絶えているんです。
津田:2割減、3割減のレベルじゃないですもんね。
福井:全額は無理でも、損失に応じた救済が必要だと思います。他の多くの苦しんでいる業界も同様。それが政治の役割であって、そのために我々は税金が徴収されているはずです。


■一律給付金、終息後の需要喚起策は意味があるのか

津田:会見の中で安倍首相は「税金で損失補填は難しいけれども、給付金も考えていきたい」と発言しました。これについてはどう思いますか?
福井:「税金で損失補填は難しい」と言った後での言葉だったので、損失額を反映しないような制度を意味するのかと思いました。
津田:なるほど。つまり、「特定の事業者に対して一律でいくら払う」ということですね。
福井:でも、そもそも損失はイベントの種類や団体でまちまちですし、たとえばドーム公演であれば中止をすれば1日で1億超えの損失になります。
津田:一方、ライブを中止した下北沢のライブハウスもある。そのどちらにも同じ金額を払うとなると、もはや前者は救済されないですよね。

1つの公演で1億、月間で何本も中止となれば、5億、10億と損害は増えていく。

福井多額の損害を負った主催者に100万円の給付金を渡すのはもはやシュールな光景です。給付金の内容は議論されているかもしれませんが、「損失の補填ではない」という前提なら低額の給付金を受け取ったところで救われない可能性は高い。倒産するしかない、フリーの方も生活できなくなって路頭に迷うしかないとなれば、K-1のように(多くのイベントが)強行に追い込まれていく可能性も出てくるでしょう。

給付金のほか、さらに3月28日の会見で安倍首相は、感染拡大が止まった後にイベントなどに対する需要喚起策についても発言した。

福井:以前から商品券の話題が上がり、イベント関連では「観劇等をする際の割引券を政府が出そう」という話も出ました。しかし、感染が止まったら多くの人はイベントに飢えているのだから、放っておいてもチケットは売れるでしょう。
津田:そうでしょうね。
福井:十分に需要がある段階でさらに需要を刺激する策は意味があるのか。政府の自粛要請を受けて、開けば売れるホールや劇場をあえて閉じている今、現場は死にかけているんです。需要喚起策に異論はありませんが、現場が潰れて倒れた後でクーポンを配っても間に合わないですよね。


■芸術、エンタメ、音楽は人々の生き死にに関わる問題だ

日本とは異なり、アメリカやイギリス、ドイツやフランスなどでは3月中旬から下旬にかけて、新型コロナウイルスの影響によって損失を被った中業企業や個人への支援策が続々と発表された。いずれの国も、こと文化芸術分野に限定しても多額の補償が決定、もしくは検討されている。一方、日本では現時点での発表はいまだにない。その違いは明白だ。

津田:福井さんが考える、本当に必要な補償のあり方とはなんでしょうか。
福井:一つは、自粛した場合の、劇場費やホール使用料、機材費など高額な経費損失への部分的な補填です。もう一つは、給与や生活費の補償。また従業員やフリーランスに差を設ける必要性は全くないので、区別することなく補償を行う必要があると思います。
津田:「劇場等が閉まっていても80パーセントは補償する」というイギリスが実際に行っているスキームですよね。
福井:どの国でもこの考え方は相当入ってきていますね。加えて、開催できないならクリエイターたちのライブ配信や中継の体制作りといった前向きな支援も必要だと思います。家の中に閉じこもり、人々の心がどんどん弱くなっているなかで、街に出られない人々に感動や生きる活力を与えるのは芸術やエンタメ、音楽です。海外では(コロナの影響で)すでにDVが増えているというデータもあります。そういう人々に対して芸術文化が感動や活力を与えるための発信の支援も政府は考えるべきだと思います。

福井:また、今後も感染症や災害は続くので、どう安全にイベントを開催するかの日本モデルを作る必要があります。ライブの完全な代替措置にはならなくても、配信の体制作りも必要。ベルリンならベルリン・フィル、アメリカならメトロポリタン・オペラなど、過去の充実した映像資産や音源を持っている施設がデジタルアーカイブとして発信を始め、人々に無料で観てもらう代わりに寄付を集める活動が活発になっています。日本はこれまで手薄でしたが、これからはこういうこともやっていかなければいけません。
津田:不幸な出来事も、文化資産を残すきっかけにする取り組みも必要ということですね。

福井さんは最後に「文化は人々の生き死にの問題で、不要不急ではない」と、文化芸術が人々にとっていかに重要かを力説していた。

J-WAVE『JAM THE WORLD』のコーナー「UP CLOSE」では、社会の問題に切り込む。放送時間は月曜~木曜の20時20分頃から。お聴き逃しなく。

【番組情報】
番組名:『JAM THE WORLD』
放送日時:月・火・水・木曜 19時-21時
オフィシャルサイト: https://www.j-wave.co.jp/original/jamtheworld/

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