文部科学省が所管する日本芸術文化振興会が、映画『宮本から君へ』に内定していた助成金を、出演者の不祥事を理由に不交付としたことがわかった。本作品は麻薬取締法違反で執行猶予付き有罪判決を受けたピエール瀧が出演しており、助成金不交付の理由については「国が薬物使用を容認するようなメッセージを発信することになりかねない」などと説明している。
「あいちトリエンナーレ2019」に続く芸術と助成をめぐる問題。果たして、この対応に問題はなかったのか? 憲法研究者で武蔵野美術大学教授の志田陽子さんと考えた。
【10月28日(月)『JAM THE WORLD』の「UP CLOSE」(ナビゲーター:グローバー/月曜担当ニュースアドバイザー:津田大介)】 (トーク音源は2019年11月4日28時59分まで)
■市民社会の言論環境に萎縮のドミノが起きた
日本芸術文化振興会は、芸術文化の活性化を目指して芸術文化振興基金をさまざまな芸術団体の活動に交付する独立行政法人である。
志田:芸術活動にはさまざまな経費がかかるため、日本芸術文化振興会が支出するのにふさわしい活動を選び助成金として支援しています。このような活動を助成事業と呼んでいます。
特に演劇などの舞台芸術や音楽、映画について助成事業を行い、現在は政府から出資される541億円、民間からの寄付金である146億円を原資とした運用益を使って運営しているという。映画『宮本から君へ』は、その助成金の交付を内定していたにもかかわらず、突然交付が取り消されてしまった。この件について、志田さんは「一番よくない流れが来てしまった」と話し、「芸術、学術、そして広く市民社会の言論環境に萎縮のドミノが起きた」と続ける。
志田:自国の歴史や社会の暗い部分に向き合わないと先に進めないことがたくさんあると思いますが、日本はその暗い部分を見ることができない国になりつつあります。これは突然起きたことではなく、慰安婦問題が代表になりますが、最初にジャーナリズム、次に学術研究が影響を受け、その波が芸術表現まで来てしまったなと感じました。そうやって日本社会の根幹部分が精神的に非常に弱くなっています。この問題がわかりやすく顕在化したことに、「来てしまった、この流れを止めないと」という気持ちになりました。
■本来の「公益性」の意味とは?
日本芸術文化振興会は9月27日付けで助成金の交付要綱を改正。第8条の「交付決定及び通知並びに不正等による交付内定の取り消し」の項目に、「公益性の観点から助成金の交付内定が不適当と認められる場合」という条件が追加された。これは「あいちトリエンナーレ2019」の助成金が不交付と決定した翌日に交付されたという。
この交付により志田さんは「ここで使用される"公益性"の意味が非常にあやしくなっている」と話す。
志田:本来、公益性にある「公」は一般市民を意味します。一般市民の福利になるようにいろいろな文化政策をやっていくことが、芸術助成における公益性でした。そのため、役所のイメージダウンになるからというのは公益性とは関係ないことです。しかし、例えば日本国憲法にある「公共の福祉」という言葉も、本来は一般市民のための言葉だが、それが権利を制約するときの正当化の言葉として使われてしまう。その傾向を考えると、この今回の改正に使われた"公益"という言葉が本来の意味で使ってもらえるかが非常にあやしいなと思います。
■「空気の検閲」が連鎖的に起こっている
映画『宮本から君へ』の助成金不交付の理由が「国が薬物使用を容認するようなメッセージを発信することになりかねない」とあるが、「それは国が主語になっている」と津田が疑問を呈す。
津田:本来は一般市民が主語にならなければいけないですよね。
志田:そうです。だから交付要綱を改正したことで、国は恣意的な運用が可能になる恐れがあると指摘もされていて、それは当たっていると思います。市民に福利を還元するために国や自治体が働くということではない方向にこの内容が使われてしまう可能性があります。
また志田さんは、法律論にはなるが、一度交付を決めた助成金をペナルティーとして不交付にすることで、受け手は大変な不利益になると語った。
志田:不利益を課すときは、「こういう場合には、このような不利益がある」という公正な告知を明確にしなければなりません。それが公正な告知として意味を成さない漠然不明確な言葉でペナルティーの根拠にしてしまうことはあってはいけません。
そして、一度出来上がった信頼関係を取り払うことは、取り払われる側にすると大変な不利益とペナルティーを受けているので、刑法の原則に準ずるくらいの明確なルールで定める必要があると付け加える。
志田:いくらでも後からこじつけられるような言葉で助成を取り消したり、採択したのに不交付をしなかったりすることは、法の原則として認めるべきではありません。
津田:助成金を申請する側はそれを当てにして予算を組み、実際に助成金を交付されるとそれを制作費などに使う。しかし、突然不交付となると(制作が滞ってしまうなど)ハシゴを外されてしまいます。また、「こういう話題を扱うと不交付になるらしい」と広まっていくので、そういう話題に触れるような表現はそもそもやめてしまおうという、内面の自己検閲が広がってしまいますよね。
志田:ある本で「空気の検閲」という言葉があります。津田さんの言う、そういった萎縮がどんどん連鎖的に起きていくことが大変心配です。
■芸術の成熟を目指すことが重要
映画『宮本から君へ』や「あいちトリエンナーレ2019」の助成金の不交付を教訓に、私たちはこれから何をしていかなければならないのか?
志田:戦前の検閲の研究を見ていくと、どんどん自己検閲にハマっていくプロセスが見えてきます。そこに私たちがハマらないように自覚することが大事です。また、芸術家をルールで細かく縛ろうとする今の方向ではなく、「専門的な判断ができる人がここにいるか任せよう」と言えるような成熟の方向を目指すことが大事だと思います。
助成金に対する国の決定が全て正しいと考えるのではなく、そこに潜む危険性を冷静に判断することが必要なのではないだろうか。
映画『宮本から君へ』は、ぴあ(株)が公開初日に映画館で出口調査を実施する「初日満足度ランキング」(9月28日調べ)にて、1位を獲得した。現在、全国の劇場で公開中だ。
J-WAVE『JAM THE WORLD』のコーナー「UP CLOSE」では、社会の問題に切り込む。放送時間は月曜~木曜の20時15分頃から。お聴き逃しなく。
【この記事の放送回をradikoで聴く】(2019年11月4日28時59分まで)
PC・スマホアプリ「radiko.jpプレミアム」(有料)なら、日本全国どこにいてもJ-WAVEが楽しめます。番組放送後1週間は「radiko.jpタイムフリー」機能で聴き直せます。
【番組情報】
番組名:『JAM THE WORLD』
放送日時:月・火・水・木曜 19時-21時
オフィシャルサイト: https://www.j-wave.co.jp/original/jamtheworld/
「あいちトリエンナーレ2019」に続く芸術と助成をめぐる問題。果たして、この対応に問題はなかったのか? 憲法研究者で武蔵野美術大学教授の志田陽子さんと考えた。
【10月28日(月)『JAM THE WORLD』の「UP CLOSE」(ナビゲーター:グローバー/月曜担当ニュースアドバイザー:津田大介)】 (トーク音源は2019年11月4日28時59分まで)
■市民社会の言論環境に萎縮のドミノが起きた
日本芸術文化振興会は、芸術文化の活性化を目指して芸術文化振興基金をさまざまな芸術団体の活動に交付する独立行政法人である。
志田:芸術活動にはさまざまな経費がかかるため、日本芸術文化振興会が支出するのにふさわしい活動を選び助成金として支援しています。このような活動を助成事業と呼んでいます。
特に演劇などの舞台芸術や音楽、映画について助成事業を行い、現在は政府から出資される541億円、民間からの寄付金である146億円を原資とした運用益を使って運営しているという。映画『宮本から君へ』は、その助成金の交付を内定していたにもかかわらず、突然交付が取り消されてしまった。この件について、志田さんは「一番よくない流れが来てしまった」と話し、「芸術、学術、そして広く市民社会の言論環境に萎縮のドミノが起きた」と続ける。
志田:自国の歴史や社会の暗い部分に向き合わないと先に進めないことがたくさんあると思いますが、日本はその暗い部分を見ることができない国になりつつあります。これは突然起きたことではなく、慰安婦問題が代表になりますが、最初にジャーナリズム、次に学術研究が影響を受け、その波が芸術表現まで来てしまったなと感じました。そうやって日本社会の根幹部分が精神的に非常に弱くなっています。この問題がわかりやすく顕在化したことに、「来てしまった、この流れを止めないと」という気持ちになりました。
■本来の「公益性」の意味とは?
日本芸術文化振興会は9月27日付けで助成金の交付要綱を改正。第8条の「交付決定及び通知並びに不正等による交付内定の取り消し」の項目に、「公益性の観点から助成金の交付内定が不適当と認められる場合」という条件が追加された。これは「あいちトリエンナーレ2019」の助成金が不交付と決定した翌日に交付されたという。
この交付により志田さんは「ここで使用される"公益性"の意味が非常にあやしくなっている」と話す。
志田:本来、公益性にある「公」は一般市民を意味します。一般市民の福利になるようにいろいろな文化政策をやっていくことが、芸術助成における公益性でした。そのため、役所のイメージダウンになるからというのは公益性とは関係ないことです。しかし、例えば日本国憲法にある「公共の福祉」という言葉も、本来は一般市民のための言葉だが、それが権利を制約するときの正当化の言葉として使われてしまう。その傾向を考えると、この今回の改正に使われた"公益"という言葉が本来の意味で使ってもらえるかが非常にあやしいなと思います。
■「空気の検閲」が連鎖的に起こっている
映画『宮本から君へ』の助成金不交付の理由が「国が薬物使用を容認するようなメッセージを発信することになりかねない」とあるが、「それは国が主語になっている」と津田が疑問を呈す。
津田:本来は一般市民が主語にならなければいけないですよね。
志田:そうです。だから交付要綱を改正したことで、国は恣意的な運用が可能になる恐れがあると指摘もされていて、それは当たっていると思います。市民に福利を還元するために国や自治体が働くということではない方向にこの内容が使われてしまう可能性があります。
また志田さんは、法律論にはなるが、一度交付を決めた助成金をペナルティーとして不交付にすることで、受け手は大変な不利益になると語った。
志田:不利益を課すときは、「こういう場合には、このような不利益がある」という公正な告知を明確にしなければなりません。それが公正な告知として意味を成さない漠然不明確な言葉でペナルティーの根拠にしてしまうことはあってはいけません。
そして、一度出来上がった信頼関係を取り払うことは、取り払われる側にすると大変な不利益とペナルティーを受けているので、刑法の原則に準ずるくらいの明確なルールで定める必要があると付け加える。
志田:いくらでも後からこじつけられるような言葉で助成を取り消したり、採択したのに不交付をしなかったりすることは、法の原則として認めるべきではありません。
津田:助成金を申請する側はそれを当てにして予算を組み、実際に助成金を交付されるとそれを制作費などに使う。しかし、突然不交付となると(制作が滞ってしまうなど)ハシゴを外されてしまいます。また、「こういう話題を扱うと不交付になるらしい」と広まっていくので、そういう話題に触れるような表現はそもそもやめてしまおうという、内面の自己検閲が広がってしまいますよね。
志田:ある本で「空気の検閲」という言葉があります。津田さんの言う、そういった萎縮がどんどん連鎖的に起きていくことが大変心配です。
■芸術の成熟を目指すことが重要
映画『宮本から君へ』や「あいちトリエンナーレ2019」の助成金の不交付を教訓に、私たちはこれから何をしていかなければならないのか?
志田:戦前の検閲の研究を見ていくと、どんどん自己検閲にハマっていくプロセスが見えてきます。そこに私たちがハマらないように自覚することが大事です。また、芸術家をルールで細かく縛ろうとする今の方向ではなく、「専門的な判断ができる人がここにいるか任せよう」と言えるような成熟の方向を目指すことが大事だと思います。
助成金に対する国の決定が全て正しいと考えるのではなく、そこに潜む危険性を冷静に判断することが必要なのではないだろうか。
映画『宮本から君へ』は、ぴあ(株)が公開初日に映画館で出口調査を実施する「初日満足度ランキング」(9月28日調べ)にて、1位を獲得した。現在、全国の劇場で公開中だ。
J-WAVE『JAM THE WORLD』のコーナー「UP CLOSE」では、社会の問題に切り込む。放送時間は月曜~木曜の20時15分頃から。お聴き逃しなく。
【この記事の放送回をradikoで聴く】(2019年11月4日28時59分まで)
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放送日時:月・火・水・木曜 19時-21時
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