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「生きていれば、それでよい」で人は救われるだろうか? “役割を持つ”重要性を吉藤オリィが語る

「生きていれば、それでよい」で人は救われるだろうか? “役割を持つ”重要性を吉藤オリィが語る

生物学者で青山学院大学教授の福岡伸一、分身ロボットの発明などテクノロジーでバリアフリーな社会を目指す株式会社オリィ研究所の吉藤オリィ、コンテクストデザイナーの渡邉康太郎、乃木坂46の早川聖来が「生命とテクノロジーが調和した社会」をテーマにトークした。

4人が登場したのは、2021年10月10日(日)の「J-WAVE INNOVATION WORLD FESTA 2021 supported by CHINTAI」。「INNOVATION WORLD FESTA」通称「イノフェス」は、「テクノロジーと音楽で日本をイノベーション!」をテーマにJ-WAVEが推進している大型クリエイティブ・フェスティバル。6回目を迎える今年のイノフェスは、「ACTION FOR A NEW ERA!」をテーマに、豪華トークセッションとテクノロジーで拡張したライブパフォーマンスをお届けした。

コロナ禍によって「偶然性」が減少した

コロナ禍を経験して社会は急速にデジタル化が進み、私たちの生活もどんどん変化している。今後、生命とテクノロジーが調和した社会はやってくるのだろうか。

吉藤が代表を務めるオリィ研究所では、子育てや単身赴任、入院などで、距離や身体的問題によって行きたいところに行けない人が、もうひとつの身体を持てる分身ロボットなどを開発している。そんな吉藤はコロナ禍におけるある問題を指摘した。

吉藤:私の寝たきりの親友が「体が動かないことのいちばんの悩みって人との出会いと発見がないこと」と言っていて、コロナ禍のいまそれを多くの方が実感しているんじゃないかと思うんです。この時代のなかで移動をしないとか、最低限のことしかしなくなったなかで、たとえば友人がやるお店に行ってごはんを食べたいと思えるか、そういう感覚を持ち続けられるかってことが、実は身体的に移動が困難な場合には起こりうるので、そこのモチベーションをどうテクノロジーを用いながら築いていこうかということが僕らの裏のテーマにあったりもします。
渡邉:目的があるからリモートミーティングをするとか、誰かとアポイントメントを取って話す。でも事前に何が必要かとわかっていることでしか目的が立てられないわけですよね。でも世の中はいろんな偶然によって道が開けたり出会いがあったりする。目的特化だけで生活していると、そこを取りこぼしてしまうことってありますよね。今のライフスタイルだと偶然を取り入れるタイミングがないかもしれません。たとえば大学生や新入社員はまだ誰でもない存在「ノーバディ」であるけど、社会でリモートワークが始まった時点で何か成果を成しづらかったり人間関係を構築しにくかったりして、「サムバディ」になるのは非常にハードルが高い。
早川:今も外で誰かとごはんを食べることは少ないじゃないですか。そこで偶然出会った人がいたかもしれないけど、そういうこともなくて、どんどん孤立してしまうことは、この先の課題なのかなと思います。目的以外の人の温かさとか、そこで気持ちが動かされて何かまた新しいことに踏み出そうというきっかけがどんどん失われているのかなと思います。

その人の役割は「誰かとの相互作用」で決まる

今年も残すところあと3カ月。2021年を生命やテクノロジーで振り返ると、どんなキーワードが浮かびあがるのか。

福岡:先ほど渡邉さんからノーバディからサムバディという話がありましたが、細胞の世界を見てみると非常に示唆的なことがあります。キーワードで言うと「相補性」と呼ばれるような相互作用があって、細胞は1つの受精卵が2つになり4つになりと倍々に増えて細胞の塊になるんですけど、その塊が将来人間になるためにはそれぞれが脳の細胞になったり骨の細胞になったりと専門化していかなければいけません。そんなノーバディであるものがサムバディに変わる瞬間があるんですけど、実は一つひとつの細胞は自分の運命を知らないんです。あらかじめプログラムされているわけではなく、前後左右にいる細胞とコミュニケーションをしながら「君が皮膚の細胞になるなら僕は神経の細胞になる」というふうに相補的に役割を譲り合いながら、だんだん多細胞化するわけです。

福岡は学生によく「自分が将来何になるかは自分自身のなかに答えはなく、必ず誰かとの相互作用のなかでその人の役割が決まる」と伝えるそうで、そういうあり方が人間の社会に必要だとあらためて認識する必要があると語った。

渡邉:スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が「人間のキャリア形成の8割くらいは偶然のきっかけによって始まっている」というリサーチをしました。まさに福岡さんが言われた「私はこれになりたい!」というよりも「たまたまあの会に行ったから」とかから始まることが多いのかもしれないですよね。
早川:私自身、乃木坂46に加入したのも、私の兄が乃木坂46を好きでオーディションを受けてみないかって言われて、受けたら合格しちゃったんです。気づけば出会うこともない世界のお話を聞けているので、それこそ偶然の出会いだなって。

コロナ禍に限らず、普段からなかなか人と出会うことのできない患者などと多く接する吉藤はこう語る。

吉藤:彼らは自分の体を動かしてどこかに会いに行くことができないから、誰かに来てもらうことを考えています。でも我々、介助する人でもその患者のところへ行きたくない人もいるんですよ。これは人間だからやっぱりあるんですね。そのときにひとつの大きな課題として、将来我々もそうですけど、寝たきりになって自分では家から出られなくなったときに、家に来てくれる人とくれない人がいる。この分岐点がどこにあるのかってことはすごく興味があります。コロナ禍によって多くの人が移動を制限されたときにネットがあってもコミュニケーションができる人とできない人って分かれてきている。我々の人生は偶然でできているけど、その偶然の正体は出会いとか何者かに憧れられるかだと思っています。そういった偶然をもたらしてくれるようなことを、目的にはしないけれども、偶然的にその人に出会えるような環境をどう作っておくかによって、将来振り返ったときに「あの瞬間にあの人がいてくれたから今の自分がいる」って言えるわけです。コミュニケーションではなくリレーションをどう社会につなげていくのかは、この2年間でますます重要性を、障害者だけではなく多くの人で感じています。

利己性ではなく、利他性が生命の基本

2025年の大阪・関西万博でテーマ事業プロデューサーに就任した福岡は、「いのちを知る」というテーマを担当し展示やイベントを企画する。そんな福岡は今後人間にはどんな変化が必要だと考えているのだろうか。

福岡:20世紀の生命科学のパラダイムでは、我々は遺伝子の乗り物であって遺伝子は自分が増えることだけを利己的に考えているというモデルで生命が説明されがちでした。でも実は必ずしもそうではない。利己的の反対語に利他的という言葉があります。これまでの生命現象を見ても利他ってたくさん行われているんですよね。エンターテインメントを届けるのもそのひとつだし、テクノロジーを誰かに届けるのも利他です。生命現象のほとんどの場合は植物が光合成をして太陽のエネルギーを誰かに届けているわけですけど、植物は決して利己的に振る舞っていません。自分に必要な分だけしか光合成をしなければ植物しか生存できないわけですが、ある過剰さをもって光合成をすることによってその葉っぱなり果物なりを他の生物が糧にして、またその生物を他の誰かが食べてというふうに命が広がっています。今は人間だけが利己的に行動しがちなわけだけど、利他性が生命の基本であると私は万博で伝えたいと思っています。

一方、吉藤はテクノロジーの視点で、これからの未来を語る。

吉藤:延命もそうだし第一次産業もそうですし、いろんなテクノロジーによって我々の暮らしが支えられているわけですけど、一方で将来的に自分がいまやっている仕事はロボットに置き換わるんじゃないだろうかと思っている人も多いかと思います。それで生活はラクになる反面、人は自分の役割を取られたくないってこともあるんですよね。今までは障がいを持っているとか何もできないと言っている人に対して優しさで「あなたは何もしなくてもいい。生産性じゃない。生きてくれているだけでいい」って言葉をかけてきた時代がしばらくあったけれども、それではダメなんですよね。それで「じゃあ、ここでじっとしていよう」って思える人って(ほとんどいません)。先ほど福岡さんが言ったように、誰かに何かをしてあげる自由、つまりこれまで私たちは身体を使って他人に何かしてあげたことを、体が動かなくなったあとも、ただただ延命され命をつなぐだけではなくて、誰かに何かをしてあげられる自由みたいなものをいかに残せるかがこれからのテーマだと思っています。

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J-WAVE INNOVATION WORLD FESTA 2021 supported by CHINTAI
10月10日(日)