音楽、映画、エンタメ「ここだけの話」
浅草とブラジルのノリは同じだった?「浅草サンバカーニバル」

浅草とブラジルのノリは同じだった?「浅草サンバカーニバル」

J-WAVE 平日(月~木)午後の番組「BEAT PLANET」(ナビゲーター:サッシャ)の ワンコーナー「HILLS AGENCY」。8月18日のオンエアでは、23日に開催される浅草サンバカーニバルに注目しました。

今年も浅草サンバカーニバルの季節がやってきました。 1年間に訪れる観光客が2000万人を超えるという、言わずと知れた日本を代表する観光名所、浅草。
その浅草の祭りとして、浅草サンバカーニバルは、いつしか、歴史ある三社祭と並び知られるようになりました。 昨年の来場者は49万5000人。33回目となる今年は、23日(土)13時からスタートです。

それにしても、なぜ、浅草でカーニバルだったのでしょうか。
第一回目、1981年当時のエピソードを浅草サンバカーニバル実行委員長の
丸山眞司さんに伺いました。

「コメディアンで俳優の伴淳三郎さんという方がいまして、その人が、当時の台東区長に三社祭と同じようなノリだから、浅草サンバをやったらどうだい?  と話を持ちかけた。浅草は邦楽も洋楽も、オペラもオペレッタも、レビューもストリップも含めて、いろいろな舞台が混在する街。 何でもござれの街だから、サンバをやってもおかしくないだろうということから始まったんだね」(丸山さん)

当時は、各地のお祭りで流行していた仮装行列と混同されたのだとか。
刺激的な女性ダンサーの衣装、腰の振り方! 免疫のない日本人をどれだけびっくりさせたことでしょう。 でも、意外にも浅草の文化とブラジルの文化は親和性が高かったようです。

「我々って、どんな文化でも、わりと平気で受け入れるタイプじゃないですか。ブラジルの料理だってそうだし、ブラジルの音楽もそう。 実は1960年代くらいから、ブラジルの音楽ってすごくはやっていた。セルジオ・メンデスなんか知っている?  実はあの人も60年代にヒットしていて、その辺からみんな、俺たち学生時代はバンドでやったりなんかしていた。 あのノリっていうのは、わりと日本人が受け入れられるノリなんだね」(丸山さん)

開催当時はなかった、コンテスト効果も加わり、浅草サンバカーニバルは、年々ヒートアップしています。 チームごとに、ダンス、演奏、衣装、アレゴリアと呼ばれる山車が一体となりストーリーを表現し、華を競い合います。 大きなチームになると1チーム、150人以上という集団にも。
衣装に関しても、わざわざブラジルに発注するチームもあるのだとか。
出場者の本気度は、きっと本場ブラジルにも負けていません。

夏休みの終わりを儚んでいる方! 浅草の夏はこれからです。
夏の熱気を浴びに浅草サンバカーニバルへ出かけてみてはいかがでしょうか。

【関連サイト】
「BEAT PLANET」オフィシャルサイト
https://www.j-wave.co.jp/original/beatplanet/

この記事の続きを読むには、
以下から登録/ログインをしてください。