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透き通る海が生んだ塩や魚─長崎県・五島列島のグルメや歴史を、日本文化に詳しい作家が語る

透き通る海が生んだ塩や魚─長崎県・五島列島のグルメや歴史を、日本文化に詳しい作家が語る

長崎県・五島列島に関する歴史や魅力、独自の風習について、作家・文献学者の山口謠司さんが語った。

山口さんが登場したのは、J-WAVEでオンエア中のコーナー「PLENUS RICE TO BE HERE」。オンエアは5月27日(月)〜30日(木)。同コーナーでは、地方文化の中で育まれてきた“日本ならではの知恵”を、山口氏が解説していく。ここではその内容をテキストで紹介。

また、ポッドキャストでも過去のオンエアをアーカイブとして配信している。山口さんが五島を訪ね、現地の人から聞いたエピソードの詳細が楽しめる。

五島列島近海で釣れるカサゴ

長崎県・五島列島の南西部に位置する五島市。五島列島は長崎から西に100kmの海上に浮かぶ大小152の島々からなる。自然が多く、遣唐使やキリシタン文化など、歴史を物語る施設が多く残る島でもあり、観光地としても人気を誇る。
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(福江島には、鬼岳という可愛い山があります。いつか、ロバを連れてみんなで山登り!)

山口:五島と聞くと、東京に住む方はもしかしたら“遠いところ”と思われるかもしれません。でも、実際に足を運んでみると、そんなに遠くはないんです。羽田から朝早い飛行機で福岡まで向かって、そこから五島まで。待ち時間はあるかもしれませんが、福岡から五島まで、飛行機で1時間足らずで到着します。東京からも多く見積もっても、4時間あれば到着できるでしょう。もちろん、船で行きたいとなれば、福岡から五島まで8時間かかってしまうので、その限りではありません。

五島では「福江島」にある「三井楽(みいらく)」という場所に行ってきました。そこは絶海と表現するしかないような景色が広がっていました。現在は「みいらく」と呼びますが、昔は「みみらく」と呼びました。東シナ海に直接面している小さな半島の先端です。
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(山口謠司コメント:空海は、ここから上海を目指して、船を出したのです)

過去には「みみらく」と呼んでいたのが、段々と発音が変わって、今の「みいらく」になったという。

山口:三井楽に行ってみると、溶岩からできたものすごく鋭い岩肌がゴロゴロしています。そこに東シナ海から寄せられる大きな波がザブンと襲いかかってきます。「怖いと思わない人はいないだろうな」と感じられる場所でした。

でもそこに男性が1人いらっしゃって、岩場を飛び跳ねながら、こちらにやってくるんです。よく見ると、何かを持っている。「釣りですか? 何が釣れるんですか?」と聞くと、「今日は小さなアラカブが3匹釣れたよ」と返事がありました。ただ手に持っている竿を見ると、釣竿ではなく、山の裏から持ってきた様な枯れた竹竿でした。その先端に釣り糸をつけて、ウキもつけずに釣っているんです。「竹竿でいいんですか?」と聞くと、「子どもの頃からこれで釣っている。竿なんて要らん」とおっしゃいました。

するとその男性は三井楽の岬の先端に「辞本涯」と書かれた石碑を話題に上げた。

山口:「辞本涯」は空海が遣唐使船に乗って、日本を離れるときに、「日本の最果ての地を去る」という意味で残した言葉と言われています。ここから、上海に向けて、一気に遣唐使船を出しました。すぐに難破して一回帰ってきたそうで、怖かっただろうと想像しますが、結局、空海が上海に着くまでに遣唐使船はもう一回難破してしまいます。

空海は、命からがら、上海の南の方にある赤岸に流れ着きます。今から1221年前、西暦803年のことです。
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(山口謠司コメント:荒れ狂う波と岩の三井楽では、アラカブがいっぱい釣れるそうです)

現在、三井楽の漁村では、10軒ばかりの家が身を寄せ合う様にして建っているという。

山口:昔はここに白浜があって、弁天様を祀った島があったそうです。ただ、白浜が段々なくなってしまったようで、釣りをしていた男性は「昔はここでキスも釣れたのにな〜。ただアラカブはいつでも釣れるけん」と仰ってました。

アラカブは、東京では「カサゴ」という名前でご存じの方が多いでしょう。目玉、口、そしてヒレも大きいですね。かわいらしい赤いお魚ですけど、僕がカサゴでいちばんおいしいと感じる料理法は「煮付け」です。鱗と内臓を取って、お醤油とみりん、お酒で煮るだけで、自然な優しい味がします。筍を添えていただくのもおいしいかもしれません。

もうひとつおいしいと思うのは、20分程度塩水に浸しておいて、キレイに洗い、それを1日、天日干しにして、炭で焼いていただく。するととっても香ばしい味がします。絶海の五島の海の底で鍛えられた魚──。食べるとおいしいし、元気がわいてくるのではと思います。

五島にはたくさんの手仕事がある

山口さんは「五島というのは“ここに住みたい”と感じられるところ」と力を込めて紹介する。一方で台風など、自然災害も気になるところだ。

山口:僕は長崎・佐世保市の生まれなのですが、台風のシーズン、佐世保に「強風波浪警報が出ていますよ」ということで、実家の母に電話をしました。「心配なことはない?」と聞くと、「ちょっと雨が降るくらい。まったく心配はないよ」という返事がありました。

先日僕は、福江島の富江に住む、五島に移住してきた方に会ってきました。梅沢圭さんという男性ですが、梅沢さんはかつて東京でテレビ番組の編集をされていたそうです。7年くらい前にご家族と共に、五島に移住されたそうで、移住後にいちばん怖かった経験は台風だそうです。

「台風が来る」という予報があると、五島では家中の窓や玄関に、ありとあらゆる板を釘で打ち付け、補強するそうです。そうしないと、窓ガラスなんかは全部割れてしまうそうです。外に出たら、瓦やゴミが飛んでくるし、梅沢さんは「初めての人はパニックになるんじゃないかな」とおっしゃってました。
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(山口謠司コメント:五島で泊まったホテル「カラリト五島列島」の前の砂浜は、遠浅の海岸が広がっています)

そんな梅沢さんは富江にある「te to ba 手と場」というショップ&カフェで働いている。

山口:梅沢さんはこちらの副代表を務めていますが、代表は村野麻梨絵さんという方です。村野さんのご親戚が五島の富江で鰹節の製造を行っていて、譲り受けたのでしょうか、築140年になる古民家をオシャレに改修したそうです。

旅の拠点として泊まれるようにホステルも営んでいます。ここではお仕事をすることもできますし、おいしいお食事を楽しむこともできます。村野さんと梅沢さんがお作りになっているスコーンがこれまたとってもおいしいんです。

村野さんも元々、東京で働いていた移住組だという。

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(山口謠司コメント:五島には、きれいな貝殻もいっぱいです)

山口:村野さんはアパレルのブランドで広報として、ファッションショーに携わったり、グラフィックデザインのお仕事をしていたそうです。2014年に五島に移住して、2018年に「te to ba」をオープン。ショップ&カフェの運営だけでなく、地域産業のプロデュース、プランニング、宣伝ツールの作成も行なっているそうです。

村野さんは「五島を子どもたちが住み続けられる島にしたいんです。五島には良いものがいっぱいある。でも残念なことに大人はみんな『こんな島にいてはダメだよ』と言いながら、子どもを育てるんです」とおっしゃっていました。それではみんな島を出てしまいます。五島はからっぽになってしまいます。

昨年の12月には地域活性化に貢献しようと、大漁旗を立てた漁船のパレードも主催したそうだ。ショップでは大漁旗で作られた座布団カバーが売られていて、山口さんも、大漁旗で作られた世界でひとつしかないトートバックを購入したという。

山口:村野さんは「五島にはたくさんの手仕事があるんです。かんころ餅を作ることもできる。ジャムを作ったっていい。畑もあります。木で桶を作る若い職人さんもいらっしゃいます。鍛冶職人もいらっしゃいますよ」とおっしゃってました。

五島・富江町は昭和な雰囲気が漂う街です。行ってみると、タイムスリップしたような感覚が味わえる、素敵な街です。お肉屋さんやお魚屋さん、八百屋さんなんかもたくさんあります。釣りをして、畑を耕して、本を読んで、絵を描いて、文章を書いたりして、パソコンを必要としない生活。そういう生き方ができるところなのかもしれません。

僕も1週間ほど行ってみたいけれど、1週間いたら1ヶ月いたくなるんだろうな。そして1年いたら、きっと帰ってこられなくなるんじゃないかなと思います。

おいしい、五島の塩

山口さんは五島灘の透き通るような海水を煮詰めて作られたお塩を「絶品」と紹介する。

山口:スーパーなどで五島の塩を見つけたら、ぜひ買ってみてください。関東圏ではなかなか見つけることはできませんが、関西のスーパーに行くと、五島の塩を見つけることができます。とってもおいしいんです。

世界的に知られているイギリスの塩「Maldon マルドン」、味わったことありますか? 手に乗せると小さなピラミッド型のような結晶であることを確認することができます。一方、五島の塩はもっと大きなピラミッド型。味はマルドンよりおいしいんじゃないかと思います。甘くて、辛くて、時間が経つといい感じに苦味も出てきます。

そしてこのにがりで作ったお豆腐が本当においしかったです。お醤油も何も要りません。お塩の味がジワーッといい感じに染みています。

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(山口謠司コメント:これが、五島の塩の結晶です)

人気の観光スポット「ハリノメンド」とは?

山口さんは五島から帰る際に、長崎港に戻る船に乗ると、単身ヨーロッパから来た女性が泣きそうな顔で、係の人と話しているのを見かけた。

山口:「どうしたの?」と訊くと、係の方が「言葉がまったくわからない」と言います。その泣きそうな顔をしている女性はシモンという方で「ルーマニアから来た」と言うのです。話を聞くとどうやら「ハリノメンド」に行きたいとのこと。

ハリノメンドとは、荒波の浸食によって生まれた自然の造形物のことだ。

山口:ハリノメンドまでの行き方を調べてみると、まず長崎から上五島の奈良尾というところまで行きます。そこから深浦というところを目指すのですが、レンタカーを借りないと行けません。そして深浦から「祥福丸」という船を出してくれる坂井さんという漁師にお願いをし、ハリノメンドまで連れて行ってもらいます。

ですが、僕から坂井さんに電話してみたところ「今日はダメ。明日はもっとダメ。なぜかと言うと、明日は大潮だからです」と言うのです。干潮になったときは海が引いてしまい、岩礁があまりにも多すぎて、目的地に辿り着けない。また満潮になったらなったで、海が高すぎて、それはそれで行くことができないそうです。坂井さんも「11月に海が荒れない日を見つけて、村人を集めて、やっとの思いで行けるくらいだから」とおっしゃっていました。

「ハリノメンド」は、長崎と天草の潜伏キリシタン関連遺産に指定されている。「マリア像が幼子イエスを抱いているように見える」と紹介され、人気の観光スポットになった。
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(山口謠司コメント:長崎からは、五島に向けて、今日もたくさんの船が出て行きます)

山口:五島、あるいは長崎には「隠れキリシタン」と呼ばれている方がたくさんいました。1550年代に伝わってきたキリスト教を信じていらっしゃる方々なのですが、幕府は江戸時代にキリシタンを弾圧して、キリスト教を信じている方を殺生しました。

純粋な十字架やマリア像を持っていると「信じている」と判断され、殺されてしまいます。そういったものを持たないで、信仰を絶やさない様にするためにどうすればいいのか──。そんな禁教の時代に信仰の結晶と大事にされたものが「ハリノメンド」だったのです。

「ハリノメンド」は“針の穴のような洞窟”という意味ですが、その姿が“マリア様がキリストを抱いている姿に見える”ということで、この洞窟に向かって、祈りを捧げるようになったそうです。

塩の結晶もおいしいんですが、信仰の結晶もここ、五島で見ることができます。ぜひ、“自分の人生の結晶を作る”というような気持ちで、みなさんも素敵な五島に出かけてみてください。

(構成=中山洋平)

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