
(画像素材:PIXTA)
北海道・網走に関する歴史や魅力、独自の風習について、作家・文献学者の山口謠司さんが語った。
この内容をお届けしたのは、J-WAVEでオンエア中のコーナー「PLENUS RICE TO BE HERE」。放送日は2024年12月9日(月)〜12日(木)。同コーナーでは、独自の文化のなかで育まれてきた“日本ならではの知恵”を、山口さんが解説する。ここではその内容をテキストで紹介。
また、ポッドキャストでも過去のオンエアをアーカイブとして配信している。山口さんが実際に網走を訪れ、そこに暮らす人から聞いたエピソードの詳細が楽しめる。
・ポッドキャストページはコチラ
https://j-wave.podcast.sonicbowl.cloud/podcast/8abd2939-44eb-41e6-9338-e20677f6ffa0/
山口:「網走に行きましょう」と誘われて行ってきました。僕は北海道における開拓、ロシア戦争のこと、オホーツク文化というようなものにとっても興味があります。この番組で富山県のお話をしたときに「富山から羅臼に移住した方がたくさんいらっしゃいました。北海道の開拓は、全国から集まった人がしていったんです」というお話をしましたが、“開拓っていったい何だったんだろうな”と考えると、網走ととっても関係があるんですね。
冬の網走は、マイナス20度、ひどいときはマイナス25度まで気温が下がります。全てが凍結してしまう、そんなところに、網走番外地と呼ばれる場所がありました。1965年に公開された高倉健さんの映画『網走番外地』を観ると、当時の網走にあった刑務所での生活もわかるのではないかと思います。
網走という地名はアイヌ語に由来するそうだ。意味は諸説あるが、「アパシリ」というアイヌ語を漢字にあてたものとされている。
山口:網走刑務所の前身は「網走監獄」。明治23(1890)年に建てられました。全国からここに長期刑・無期刑、重罪を犯した方たちが船で運ばれてきたのです。
まだまだ鉄道も道路もなかった時代です。何のためか。
旧ロシア帝国の北海道への侵攻に備えての幹線道路を建設するためです。現在の旭川と網走を繋ぐ道路・国道39号線です。全長220キロから230キロ。ここに広がる原生林の木を切り、根を掘り出しての道路建設。不休不眠、連日の徹夜での突貫工事でした。
足には重い鉄の塊が巻きつけられた約1115の囚人たち。そのうち、211人が寒さと飢えに耐えられず、亡くなってしまったと教えて頂きました。当時、彼らに提供された食事は、なんと麦飯と梅干しだけだったそうです。これだけでは、苛酷な肉体労働に耐える体力が保てるはずがありません。
山口さんはそんな歴史を知っていくなかで憤りを感じることがあったという。
山口:バタバタと倒れていく囚人たち。「網走監獄」は、ドイツの監獄システムを取り入れて作られたものでした。「監獄」と書くように、囚人に「監視」されていることを意識させるような仕組みを取り入れて、放射線状に五棟に広がる威圧感を感じさせるようなシステムを導入したのは、金子堅太郎です。金子は、大日本憲法を書いた人のひとりです。
金子は、バタバタと死んでいく囚人たちの姿を見て言ったそうです。「監獄の人間たちが死んでいくのはやむを得ないことだ。監獄の支出額が減っていくだけだから、仕事をさせて死んでしまっても構わない」。
日本が急速に近代化していく過程で、たくさんの人が犠牲になったのです。
網走に行くと、いろんなことを考えさせられます。極寒のなかで生きるためには食べることは大切、体力をつけることも大切、そして人に対して優しさと相手への思いやりをもって接さなくてはいけない。悪いことをした人を更生させるためには、どんなことがあってもあたたかい気持ちで教育するという考えが絶対に必要だと思います。
山口:冬は、いっそとっても寒いところ、極寒の地に行くのがいいと思います。頭の中にある不要なものは全てかき消してくれて、生きるための力とは何なのかというものを考えさせてくれるからです。さて、そんな網走に、網走湖があります。ここで獲れる小さな貝、「しじみ(蜆)」こそ、まさにそうした「生きる力」を、しみじみと味あわせてくれる宝物なんです。
網走に行くのに一番近い空港は女満別空港です。網走湖は、空港から網走に向かって走る国道240号線からも見ることができます。そして、網走湖からちょっと行ったところに網走監獄があります。もし網走に行くことがあれば、網走監獄に行く前に、網走湖に寄ってみるといいかもしれません。
そんな網走湖で獲れるしじみは全国平均より1.5倍の高値で売買されているのだそうだ。
山口:網走湖のしじみで作られたお味噌汁は、味が濃く、頂くと「生きる力」をたっぷり感じることができます。それは、7年以上という年月を掛けて、じっくり大事に育てられるからなのです。網走湖のしじみは、殻の幅14mm。国内でもこんなに大きなしじみを養殖しているところはありません。殻の長さは25mm以上。見た目では、え?これしじみ?と驚くほどの大きさです。なんと、25mm以上に育ってなければ網走湖のしじみは獲ってはいけない、という決まりがあるんだそうです。
ところで、お料理に詳しい方はご存知かもしれませんが、しじみとかあさりなどの貝は、一度、急速冷凍した方が、味がギュッと締まっておいしくなるんです。そのまま使ってももちろんいいのですが、急速冷凍で旨味を凝縮すると、味がさらに濃厚になって、お味噌汁などで使ってももっと深い出汁となるんです。
帯広にある料亭「八寸」で、料理長の木幡好斗さんは「うちでは網走湖のしじみしか使いませんよ」と仰っていました。「網走湖の漁師さんに頼んで砂抜きをして、冷凍して、そして1年分を納めて頂くようにしてあります」とのこと。
青森、「十三湖」のしじみも、とっても有名で、おいしいと思います。そして、もちろん、島根の「宍道湖」のしじみ!でも網走湖のしじみのすごさは、何と言っても流氷が流れて海も湖も凍ってしまう極寒の地で育っているという力強さではないかと思います。こんな濃厚な深いしじみを味わえるのは、網走しかないのではないかと思います。網走湖で育ったしじみ、その味はしみじみと、身体に「強く生きる力」を充填してくれました。
山口:高倉健さんが主演で、武田鉄矢さんや桃井かおりさんが出ていらっしゃいました。監督は山田洋次さんでした。
ところで山田洋次さんは東京大学法学部をご卒業なんです。そんな方が網走から出所したばかりの人の心を描いたのが『幸福の黄色いハンカチ』という映画です。滑稽でありつつ、人の心にある言葉にならない悲しみがギュッとこもっている作品です。御覧になった方、たくさんいらっしゃると思います。最後は、不安と期待、そしてあふれる涙でいっぱいになる映画ですね。
さて、この映画の主人公「島勇作」こと高倉健さんは、網走刑務所を出所されてすぐ、駅前の食堂に入ると、ビールとカツ丼、ラーメンを注文します。ビールをグイッと飲んで、ラーメンを啜る……そこから物語が始まるのです。
あのシーン、どこだったんだろうって思いながら、網走の駅前でラーメンを食べたいと思いました。
山口さんは『幸福の黄色いハンカチ』のワンシーンを再現すべく駅前で食堂を探したという。
山口: なんと、高倉健さんは、この映画で、6年ぶりに刑務所の外でご飯を食べるシーンに臨むにあたり、2日間食事を抜かれたそうです。僕も2日間、食事を抜いて、ラーメンを食べようと思っていたんですが、残念ながら2日間食事を抜くこともできず、網走駅前でラーメン屋さんを見つけることもできませんでした。
そんななかで山口さんは「網走に今度行ったらちゃんぽんを食べたい」と言う。ちゃんぽんといえば長崎が思い浮かぶが、なぜ網走でちゃんぽんなのか。
山口:網走にはおいしいちゃんぽんがあるんです。という話を聞いたのは長崎で取材をしていたときでした。雲仙に行った際に「網走に行かれる機会があったら、網走で雲仙市が協賛している網走ちゃんぽんを食べてみてください」と言われました。「長崎のちゃんぽんと何が違うの?」と訊くと、紹介して下さった雲仙観光ホテルの人が「全然違います」と仰るんです。
「ちゃんぽん」という料理は「なんでもちゃんぽんにしてしまえ。野菜でもお肉でも海鮮でも、あるものは全部を混ぜてしまおう」というものなのですが、網走ちゃんぽんでは名産のスケトウダラとかしじみ、それからカニ。こういった海の恵みが入っているらしいのです!
「網走独自の食材を使ったちゃんぽんを作ろうよ」と雲仙市が持ちかけて実現したそうだ。そして野菜は雲仙市のものが使用されている。
山口:長崎県雲仙市というところは、日本国内で五本の指に入るほどの野菜がおいしいところです。本当に野菜がおいしい場所です。一方、網走は非常に寒いところなので、そんなに多くの野菜は収穫できないんですね。
北海道では帯広の野菜が有名ですが、「網走ちゃんぽん」に使う野菜は帯広から持ってくるのではなく、雲仙からおいしい野菜を持ってきて作られるそうです。
2025年2月8日から開催予定の「網走オホーツク流氷祭り」では、「網走ちゃんぽん」が振る舞われるそうです。一番寒いときです。流氷が立てるギーッという奇妙な音を聞きながら、ずるずるとおいしい「網走ちゃんぽん」を啜ってみたいと思いませんか。
と、言いながら、今年は「網走オホーツク流氷祭り」に行く機会を逃してしまいました。来年、行きたい!行きます!計画立てます!
雲仙は本州の西の果てにあります。一方、網走は道東です。網走ちゃんぽんこそまさに、西と東が融合したお料理ではないかと思います。
(構成=中山洋平)
この内容をお届けしたのは、J-WAVEでオンエア中のコーナー「PLENUS RICE TO BE HERE」。放送日は2024年12月9日(月)〜12日(木)。同コーナーでは、独自の文化のなかで育まれてきた“日本ならではの知恵”を、山口さんが解説する。ここではその内容をテキストで紹介。
また、ポッドキャストでも過去のオンエアをアーカイブとして配信している。山口さんが実際に網走を訪れ、そこに暮らす人から聞いたエピソードの詳細が楽しめる。
https://j-wave.podcast.sonicbowl.cloud/podcast/8abd2939-44eb-41e6-9338-e20677f6ffa0/
「網走監獄」に思ったこと
北海道の北東沿岸の市で、四季折々の美しい景観や豊かな自然、流氷、歴史など、さまざまな魅力を有する網走。漁業が盛んな街で、オホーツク海で育まれた新鮮な海の幸の宝庫としても知られる。山口:「網走に行きましょう」と誘われて行ってきました。僕は北海道における開拓、ロシア戦争のこと、オホーツク文化というようなものにとっても興味があります。この番組で富山県のお話をしたときに「富山から羅臼に移住した方がたくさんいらっしゃいました。北海道の開拓は、全国から集まった人がしていったんです」というお話をしましたが、“開拓っていったい何だったんだろうな”と考えると、網走ととっても関係があるんですね。
冬の網走は、マイナス20度、ひどいときはマイナス25度まで気温が下がります。全てが凍結してしまう、そんなところに、網走番外地と呼ばれる場所がありました。1965年に公開された高倉健さんの映画『網走番外地』を観ると、当時の網走にあった刑務所での生活もわかるのではないかと思います。

山口:網走刑務所の前身は「網走監獄」。明治23(1890)年に建てられました。全国からここに長期刑・無期刑、重罪を犯した方たちが船で運ばれてきたのです。
まだまだ鉄道も道路もなかった時代です。何のためか。
旧ロシア帝国の北海道への侵攻に備えての幹線道路を建設するためです。現在の旭川と網走を繋ぐ道路・国道39号線です。全長220キロから230キロ。ここに広がる原生林の木を切り、根を掘り出しての道路建設。不休不眠、連日の徹夜での突貫工事でした。
足には重い鉄の塊が巻きつけられた約1115の囚人たち。そのうち、211人が寒さと飢えに耐えられず、亡くなってしまったと教えて頂きました。当時、彼らに提供された食事は、なんと麦飯と梅干しだけだったそうです。これだけでは、苛酷な肉体労働に耐える体力が保てるはずがありません。

山口:バタバタと倒れていく囚人たち。「網走監獄」は、ドイツの監獄システムを取り入れて作られたものでした。「監獄」と書くように、囚人に「監視」されていることを意識させるような仕組みを取り入れて、放射線状に五棟に広がる威圧感を感じさせるようなシステムを導入したのは、金子堅太郎です。金子は、大日本憲法を書いた人のひとりです。
金子は、バタバタと死んでいく囚人たちの姿を見て言ったそうです。「監獄の人間たちが死んでいくのはやむを得ないことだ。監獄の支出額が減っていくだけだから、仕事をさせて死んでしまっても構わない」。
日本が急速に近代化していく過程で、たくさんの人が犠牲になったのです。
網走に行くと、いろんなことを考えさせられます。極寒のなかで生きるためには食べることは大切、体力をつけることも大切、そして人に対して優しさと相手への思いやりをもって接さなくてはいけない。悪いことをした人を更生させるためには、どんなことがあってもあたたかい気持ちで教育するという考えが絶対に必要だと思います。

「これを味わえるのは、日本では網走しかないんじゃないか」
山口さんは網走だからこそ味わえる海産物について話してくれた。山口:冬は、いっそとっても寒いところ、極寒の地に行くのがいいと思います。頭の中にある不要なものは全てかき消してくれて、生きるための力とは何なのかというものを考えさせてくれるからです。さて、そんな網走に、網走湖があります。ここで獲れる小さな貝、「しじみ(蜆)」こそ、まさにそうした「生きる力」を、しみじみと味あわせてくれる宝物なんです。
網走に行くのに一番近い空港は女満別空港です。網走湖は、空港から網走に向かって走る国道240号線からも見ることができます。そして、網走湖からちょっと行ったところに網走監獄があります。もし網走に行くことがあれば、網走監獄に行く前に、網走湖に寄ってみるといいかもしれません。

山口:網走湖のしじみで作られたお味噌汁は、味が濃く、頂くと「生きる力」をたっぷり感じることができます。それは、7年以上という年月を掛けて、じっくり大事に育てられるからなのです。網走湖のしじみは、殻の幅14mm。国内でもこんなに大きなしじみを養殖しているところはありません。殻の長さは25mm以上。見た目では、え?これしじみ?と驚くほどの大きさです。なんと、25mm以上に育ってなければ網走湖のしじみは獲ってはいけない、という決まりがあるんだそうです。
ところで、お料理に詳しい方はご存知かもしれませんが、しじみとかあさりなどの貝は、一度、急速冷凍した方が、味がギュッと締まっておいしくなるんです。そのまま使ってももちろんいいのですが、急速冷凍で旨味を凝縮すると、味がさらに濃厚になって、お味噌汁などで使ってももっと深い出汁となるんです。
帯広にある料亭「八寸」で、料理長の木幡好斗さんは「うちでは網走湖のしじみしか使いませんよ」と仰っていました。「網走湖の漁師さんに頼んで砂抜きをして、冷凍して、そして1年分を納めて頂くようにしてあります」とのこと。
青森、「十三湖」のしじみも、とっても有名で、おいしいと思います。そして、もちろん、島根の「宍道湖」のしじみ!でも網走湖のしじみのすごさは、何と言っても流氷が流れて海も湖も凍ってしまう極寒の地で育っているという力強さではないかと思います。こんな濃厚な深いしじみを味わえるのは、網走しかないのではないかと思います。網走湖で育ったしじみ、その味はしみじみと、身体に「強く生きる力」を充填してくれました。
網走で「ちゃんぽん」がおいしい理由
網走を舞台とした高倉健主演の映画には『幸福の黄色いハンカチ』という、1977年公開の作品もある。山口:高倉健さんが主演で、武田鉄矢さんや桃井かおりさんが出ていらっしゃいました。監督は山田洋次さんでした。

さて、この映画の主人公「島勇作」こと高倉健さんは、網走刑務所を出所されてすぐ、駅前の食堂に入ると、ビールとカツ丼、ラーメンを注文します。ビールをグイッと飲んで、ラーメンを啜る……そこから物語が始まるのです。
あのシーン、どこだったんだろうって思いながら、網走の駅前でラーメンを食べたいと思いました。
山口さんは『幸福の黄色いハンカチ』のワンシーンを再現すべく駅前で食堂を探したという。
山口: なんと、高倉健さんは、この映画で、6年ぶりに刑務所の外でご飯を食べるシーンに臨むにあたり、2日間食事を抜かれたそうです。僕も2日間、食事を抜いて、ラーメンを食べようと思っていたんですが、残念ながら2日間食事を抜くこともできず、網走駅前でラーメン屋さんを見つけることもできませんでした。
そんななかで山口さんは「網走に今度行ったらちゃんぽんを食べたい」と言う。ちゃんぽんといえば長崎が思い浮かぶが、なぜ網走でちゃんぽんなのか。
山口:網走にはおいしいちゃんぽんがあるんです。という話を聞いたのは長崎で取材をしていたときでした。雲仙に行った際に「網走に行かれる機会があったら、網走で雲仙市が協賛している網走ちゃんぽんを食べてみてください」と言われました。「長崎のちゃんぽんと何が違うの?」と訊くと、紹介して下さった雲仙観光ホテルの人が「全然違います」と仰るんです。
「ちゃんぽん」という料理は「なんでもちゃんぽんにしてしまえ。野菜でもお肉でも海鮮でも、あるものは全部を混ぜてしまおう」というものなのですが、網走ちゃんぽんでは名産のスケトウダラとかしじみ、それからカニ。こういった海の恵みが入っているらしいのです!
「網走独自の食材を使ったちゃんぽんを作ろうよ」と雲仙市が持ちかけて実現したそうだ。そして野菜は雲仙市のものが使用されている。
山口:長崎県雲仙市というところは、日本国内で五本の指に入るほどの野菜がおいしいところです。本当に野菜がおいしい場所です。一方、網走は非常に寒いところなので、そんなに多くの野菜は収穫できないんですね。
北海道では帯広の野菜が有名ですが、「網走ちゃんぽん」に使う野菜は帯広から持ってくるのではなく、雲仙からおいしい野菜を持ってきて作られるそうです。

と、言いながら、今年は「網走オホーツク流氷祭り」に行く機会を逃してしまいました。来年、行きたい!行きます!計画立てます!
雲仙は本州の西の果てにあります。一方、網走は道東です。網走ちゃんぽんこそまさに、西と東が融合したお料理ではないかと思います。
(構成=中山洋平)
この記事の続きを読むには、
以下から登録/ログインをしてください。