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土井善晴が、茨木のり子「わたしが一番きれいだったとき」から感じたこと

土井善晴が、茨木のり子「わたしが一番きれいだったとき」から感じたこと

料理研究家・土井善晴が、本棚にあるお気に入りの書籍を紹介し、人生に影響を与えた一節を紹介した。

土井が登場したのは、J-WAVEで放送中の番組『ACROSS THE SKY』(ナビゲーター:小川紗良)のワンコーナー「DAIWA HOUSE MY BOOKSHELF」。4月2日(日)のオンエアをテキストで紹介。

数学者の本が料理へのヒントにつながる

土井善晴はフランス料理や日本料理を学んだのち、土井勝料理学校講師を経て1992年に「おいしいもの研究所」を設立し独立。テレビの料理番組で30年以上講師を務めている料理研究家だ。まず小川は、土井の本棚の写真を見ながら、トークを進行した。



小川:すごいですね。棚と言うより、本が置いてある。

土井:本を整理してジャンルわけしていたときに、たまたま撮ったものです。

小川:(ジャンルが)幅広く。もちろん食の本もありますけど、文化人類学とか数学とかいろんな本がありますね。

土井:そうだね。数学っていうよりも、数学者の岡 潔の思想の本ですよね。

小川:土井さんの本のなかでも岡 潔さんの名前はよく出てきますよね。岡 潔さんはどちらかと言うと哲学者のような方なのでしょうか?

土井:この問題は解答ができないというものを、自分で世界的な発見をするわけだけども、そのときに自分の心を見てどういう状態のときにその発見ができたかを事細かに書くんですよ。偶然とか環境によって自分の情動、心のなかでハッと思いつく、情緒が触媒となってすごい発見があるんだってことを私は考えるのが好きなんです。面白いんですよ。

小川:まさか数学が情緒につながって、そして土井先生の料理にもつながっていくのがすごい発展の仕方だなと思いました。

土井:自然と人間の関係、そして人間同士の関係というのが料理でしょう? 自然と人間のあいだに料理があるわけだから、そのあいだには情緒、ハートマークがあるわけですよね。そして、人間同士のあいだにハートマークができる。そこにいろんな感情が情緒となって、心にくさびを打っていくわけです。

小川:本当にそうですね。

現代社会には「信じられるもの」が少ない?

土井が最近読んだ本のなかで、本棚に残したいと思った本は、鈴木大拙の『禅と日本文化』(岩波書店)だという。

土井:たまたま金沢に行ったときの本ですけど、どちらにしても日本文化というキーワードは私につながる。前から鈴木大拙に関しては意識をしていたけども、実際に取り組むように読んだのは初めてだったんですよ。

小川:実物を持ってきていただいたんですけども、すごく読み込んでいるのがわかります。

土井:哲学って学ぶんじゃなくて、哲学のなかで訳のわからない難しいもののなかから、自分で発見するんですよ。自分で発見する喜びというものがあるし、発見は自分とつながっていることだから、自分事に哲学ができる。そして、そのなかから情動したものを人に伝える。それがあなたの思想、あなたの論理ですよということだからね。

小川:へええ! 土井先生が『禅と日本文化』のなかで発見されたことはありますか?

土井:禅というのは結局「思想がない」ということやね。だから、日常を何よりも大事にするということ。たとえばお箸でどうやって食べようかとか、どうしてお茶碗を持つのかといった日常を疎かにしない。そして、すべてに意味がある。まさに今、自分が考えてみなさんに伝えていること。私が新しくやっているつもりでも、既にこういう禅の思想というのがそういうところ(日常)にあるんだなと思ったら、いいなと感じる。そして、「料理って大切なんだよ」と言ったところで、みんなにとってあまりにも日常的すぎてわからないじゃない?

小川:そうですね。

土井:だけども、みなさんに伝える“手段”として禅というものは、1つのキーワードとしてあるなと自分では考えているんですね。

小川:私も同世代の子と話していると、漠然とした不安をみんな抱えているんですよ。でも、それのヒントって本当に近いところにあるんだよって私も思っているんです。

土井:そうだよね。私も今学生に教えていますけども、学生は信じるものがない。私の子どものときは信じられるものはいくらでもあった。大人はみんな信じられたしね。政治家も警察も。だけども、今の学生に聞いたら、信じられるものってないんですよ。答えられない。自分としか言いようがない。これは私らの世代の責任だと思っています。彼女たち彼らが信じられるものは自然と、やっぱり身の回りにある自然とつながる日常の生活。これを信じないで何を信じる。人間が人間である以上、これだけは揺るがないものだね。

人間がこの先の未来で大切にすべきことは何か

土井が人生の影響を与えた一説は、茨木のり子の著書『茨木のり子詩集』(岩波書店 )に記されている。

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした


土井:「わたしが一番きれいだったとき」という詩の一節です。

小川:これは戦争中に詠まれた詩なんでしょうか?

土井:そうですね。戦争のなかで避難したり防空壕のなかに隠れたときのことかもしれない。そのときに、言ってしまえば自分の青春を全部持っていかれたというようなことですよね。戦争に対する恨みというよりも、状況を正確に伝えた詩ですね。

小川:がらがら崩れていってというところが、いろんな無力感とか虚無感みたいなものを感じますね。

土井:茨木のり子さんの詩にはいいものがいっぱいありますのでね、今の時代に読めばフィットするようなことがあるんじゃないかと思います。茨木のり子さんの詩のなかから、人間の心の深さ、あるいは女性の気持ちが伝わる。男が女性の気持ちを全然わかっていないということは、自分を振り返ってみるとすごくわかる。(女性が)どんな気持ちで家でごはんを作ってきたのかってことやね。

小川は「わたしが一番きれいだったとき」が現代の詩として読めたそうだ。

小川:今、自分が一番きれいなときとは言わないですけど、20代で東京で生きていて、「街々はがらがら崩れていって」という表現が今の東京に重なってしまいました。

土井:現象が違うけども、同じことが今体現されているのかもしれないね。

小川:開発はどんどん進むけども、一方で自然が失われていったりいろんな商店街がなくなっていったりとか。わかりやすくきれいなものが増えていくけれど、本当に大切な日常の些細なこと、台所に立つこととかがどんどんと消えていっているんじゃないかなっていう危機感を、この詩を通じて思い返しました。

土井:本当やね。素晴らしいですね。

小川:ありがとうございます。色褪せない詩だなと思いますね。

土井:表層的な目に見えていることだけじゃなくて、その奥とか裏側にはもっと大切なものとつながっている。人間はちゃんとごはん食べるけど、コンピューターはごはんを食べないでしょう。だから、コンピューターは自然とつながれないんですよ。人間は、自然とつながって人間だから。そう考えるだけでも自分たちの未来、何を大切にすべきかわかるよね。

『ACROSS THE SKY』のワンコーナー「DAIWA HOUSE MY BOOKSHELF」では、本棚からゲストのクリエイティヴを探る。オンエアは10時5分頃から。

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