音楽、映画、エンタメ「ここだけの話」
救急医療の未来が、アプリで変わる。医師にして医療ITベンチャー経営者の挑戦

救急医療の未来が、アプリで変わる。医師にして医療ITベンチャー経営者の挑戦

提供:クラリス ファイルメーカー

「通りすがりの天才」川田十夢が、日々仕事の技術を磨き続けきら星のごとく輝いているスペシャリスト=その世界のスターと対談するポッドキャスト番組「その世界のスターたちsupported by Claris FileMaker」。

第三回のゲストは、救急・集中治療専門医の園生智弘(そのお・ともひろ)さん。園生さんは、茨城県にある日立総合病院で救急集中治療の臨床業務に従事する傍ら、2017年に医療ITベンチャー・TXP Medical株式会社を創業。救急・集中治療の医療現場におけるITサービスを全国の病院へ提供している。コロナ禍の医療現場で感じていることや救急医療のリアルと未来について語り合った。

ふたりのトークはポッドキャストでも配信中。ここではテキストでお届けする。

理想論ばかり語る経営者にならないよう、今でも医療現場に立つ

川田:園生さんは救急・集中治療が専門分野ですが、お医者さんとしてはどんなお仕事をされているんでしょうか。

園生:医師としては、朝、病院に行き、重症患者さんの情報をチームで共有して、患者さんのベッドサイドを回ります。救急としては、一定の時間になったら前の時間帯の人から引き継ぎを受け、その患者さんの診療を継続します。私は医者として13年目なんですが、そのくらいになると、救急集中治療の第一線は若い先生たちが回してくれますので、監督をしたり、若手医師の教育をしたりすることも重要な仕事です。

川田:どんな仕事も10年を超えると監督的な立場になることが多いですが、医療の現場でも同じなんですね。そしてもうひとつ、TXP Medical株式会社という医療ITベンチャーを経営されていますね。

園生:はい。私たちは医療を対象にした事業をやっているので、現場を知らずに理想論ばかりを語る社長にならないよう、今でも毎週末、病院で臨床業務をして、医療のリアルを事業にも活かす、そんなバランスの取り方をしています。
20220809JW4753.jpg
川田:お医者さんと経営者というバランスは想像できるんですが、アプリ開発はまた趣が違うお仕事のような気がします。

園生:元々、アプリ開発が好きだったんです。特に業務効率化が好きで。日本の医療現場にはいろんなシステムがあるんですが、生産性を上げるシステムはそれほどありませんでした。そうした中、医者になって3年目にClaris FileMakerに出会い、開発を始めました。自分で物を作り、実際に業務をデジタル化していける楽しさにハマってしまったので、今でも、CEOとしての立場よりもCTOとしての仕事の方が楽しいと思うくらい、開発が好きなんです。

川田:仕事の上でのルーティンはありますか?

園生:あまりルーティンにこだわりがないんですよね。救急医には日勤と夜勤があるので、そもそも出勤するのが午後5時や午後8時になることもあります。そうすると、朝コーヒーを飲んでから出勤する、みたいなことも全然ないんです。

川田:ルーティンを定めないことがルーティンみたいな感じですか?

園生:そうですね。前日に翌日の予定をGoogleカレンダーで見ながら移動の予定を立てるくらい、“明日は明日の風が吹く”ようなスタンスで仕事をしています。

コロナで医療現場もデジタル化が進んだ

川田:コロナ禍でいろんな業界がダメージを受けたり、現場が切迫したりしましたが、園生先生はどのようなことを感じていますか?

園生:ひとつは、コロナは人間の本質をあぶり出すということです。未知の病原体に人はどういう反応をするのか?コロナを通じた差別もたくさんありました。それぞれの人間力が試されると感じています。先が見えない中、リーダーとしてどんな判断をしていくかは、おそらく企業の経営者にも求められたし、病院のトップである院長にも求められたと思います。

もうひとつは、社会の成長が早まった部分もあるということです。オンライン診療についても、以前は「どのように個人認証するのか」といった、ある意味では本質的ではないところで議論がスタックしていました。しかし嫌でもオンライン診療をしなければいけなくなり、レギュレーションの形が一気に変わりました。コロナは社会の推進スピードを上げる動きに繋がったとも感じています。

川田:たしかにそうですよね。いろんな現場で「リモートでよかったんだ」ということが炙り出されましたよね。

園生:そうですね。3年前までは、病院の事務員がリモートワークをすることやZoomで会議することはまったくなかったのに、今ではごく当たり前になっているので、非常に大きな変化だと思います。
20220809JW4857.jpg

救急隊員が活用するアプリとは? 「手入力」を省いて、患者確認が迅速に

川田:テクノロジーについても伺います。園生さんが開発されたアプリはClaris FileMakerをベースにした医療ITシステムだそうですが、どのようなところで、どんなふうに利用されているのでしょうか。

園生:最近、一番話題になっているのは救急隊向けのアプリです。救急隊は患者さんを救急車に収容して病院に連れて行くという、非常に重要な役割を担っているんですが、この時、紙に情報を書いて、その情報を元に病院に電話をしていたんですね。この部分をデジタル化するツールとして「NEXT Stage ERモバイル」というモバイルアプリを展開しています。

これはClaris FileMaker Goのスマートフォン上のアプリなんですが、音声入力やOCR(文字をiPhoneカメラで読み取り文字コードに変換する技術)といった入力を支援するAI技術が複数搭載されているんです。なぜかというと、雨が降る中で心臓マッサージをするような状況では、スマートに文字を打つこと自体が非常に難しいからです。実は、救急はデジタル化することが難しい領域で、だからこそ我々は、入力支援のAI技術にふんだんに投資していて、できるだけ少ない操作で情報を入力できるようにすることを目指しています。

川田:音声入力では、改行や句読点を打つことが意外と難しいですよね。

園生:そうなんです。そうした部分をコマンディングできるように、Googleの音声入力とClaris FileMakerを繋ぎ、分野に特化した自社製の辞書と音声エンジンを組み合わせて、ハンズフリーに近い入力ができるようにしました。
20220809JW4734.jpg

スマホユーザーの一部で一般化してきた音声入力の技術が、医療現場でも役立つ時代になった

20220809sumaho.jpg

Next Stage ER モバイルの画面

川田:画像認識も必要ですか?

園生:はい。画像認識もたくさん使っていて、免許証や保険証から名前、生年月日、住所などの情報を引っ張り出したり、心拍や呼吸を監視する心電図モニターに表示された数字を抜いたりしています。つまりOCR機能なんですが、これが救急現場ではとてつもなく役に立っています。以前は患者さんを救急車に乗せて「お名前は何ですか?」と聞いて免許証を見せてもらい、「はい、〇〇さんですね」と確認していたのを、すべて1枚の写真でできるようにしたんです。

川田:識字して入力する、という手間が省けたんですね。それは大きな変化ですね。

園生:はい。この救急隊向けのアプリケーションは24時間365日活用されていて、全国7地域、月間で5000件くらいの救急搬送が登録されています。

川田:すごい。素晴らしいですね。なぜプラットフォームとしてClaris FileMakerを選んだんでしょうか?

園生:やはり、カスタマイズの容易性ですね。たとえば、日本には600ほどの消防本部があるんですが、すべて異なる紙のフォーマットを使っているんです。そうすると、名前と住所の関係性が右なのか左なのかという程度のことでも、慣れたスタイルから変わると、ユーザーは戸惑ってしまう。できれば元のフォーマットに近い形でアプリに反映したいと考えると、導入した地域ごとにある程度画面を類型化して、かつ、それなりのカスタマイズが必要になります。データベースはきれいに一体化させるけれども、見た目の配置などを自由度高く変えていく。それもごく短期間で、限られたエンジニア工数で……となると、Claris FileMakerは必須のツールでした。

川田:Claris FileMakerなら入力も出力もデザインと隣り合ってできますもんね。では、園生さんが自ら開発を進めた理由はなんでしょうか?

園生:これは私のポリシーなんですが、ヒアリングベースの事業は内部の人が作った事業に勝てないと思っているんです。どんなに救急医療についてヒアリングしても、救急医自身が「絶対このサービスはヒットする」というものには絶対に勝てない。私としては、自分がいちばん欲しいものを開発して、それを市場に投下し、勝負をかける。そのことにこだわりを持っています。逆に、救急や集中治療以外の領域に対しては、私、極端に弱気になります(笑)。

川田:なるほど(笑)。このアプリを初めて使用した時の手応えや反響、評判などはいかがでしたか?
20220809JW4789.jpg
園生:なかなか厳しかったです。救急や災害のシステムは、IT化したことで全部面倒くさくなってきているんですね。紙に書くよりも遅くなるというファクトがある中、いくら音声入力ができると言っても「いや、現場では入力できないから」という意見が優勢でした。そうした中、音声入力やOCR機能を実際に現場で見せることで「これならできそうだ」という感覚を持ってもらい、ようやく最近認められてきた印象があります。

川田:そういう認知だったんですね。でも、たしかに、自分が救急車に乗ったとして、その時に救急隊の方がスマホをいじっていたら、ちょっと不安になりますもんね。「……あれ? LINE見てんの?」みたいな(笑)。

園生:そうですよね(笑)。患者さん側からはそういうふうに見えるわけです。ですから、救急隊員が持つiPhoneの裏には「病院連絡用」というステッカーをデカデカと貼っています。小さなことだけれど、社会におけるアプリ利用を考える上では重要ですよね。

川田:そうですね。この3年、4年で音声認識の技術は格段に上がりました。OCRもAIと結びついてかなり精度が上がり、まさに今、実用レベルになってきているんだろうと思います。改めて、Claris FileMakerの良さはどのようなところにあると思いますか?

園生:PDCAサイクルを速く回せることです。現場からのフィードバックを受け、それをシステムに反映し、また現場からの反応を見る、ということを、一般的なシステムでは数ヶ月、数年単位でやるわけですが、Claris FileMakerをうまく使いこなすことができれば、たとえば2日後に実装し、1週間後にはフィードバックをもらい、翌週にはそれを反映させることができます。膨大な数のエンジニアを抱えた今時のBtoCのSaaSビジネスでは当たり前にやっていることですが、限られた人員で実現できることが非常に大きなポイントですね。

川田:スピード感が違いますよね。今後、医療現場にどう活かしていきたいと考えていますか?

園生:課題はまだまだあります。現状、私たちができているのは、紙と同程度のスピードを実現したことくらいです。本当の意味で価値を生み出すデジタル化のためには越えるべき壁がたくさんあり、引き続きこのプロジェクトを推進・洗練させたいと思っています。私自身としては、海外展開をやりたいですね。日本の救急インフラは総体で見れば非常に優れているので、ソフトもハードも、アジア諸国などに輸出していきたいです。

「私たちが売るのはシステムではなく、救急医療の未来」

川田:仕事の哲学についても伺います。園生さんのお話からは、ITに詳しいビジネスパーソンでなければ知らないような言葉がパッパと飛び出しますよね。お医者さんの中でも珍しいんじゃないでしょうか。

園生:悲しいことに、変わり者扱いされます(笑)。昔は「金儲けばかり考えていて、医者の風上にも置けない」と言われたこともありました。でも最近は、変わり者過ぎて嫌われなくなってきた気がします。
20220809JW4745.jpg
川田:お仕事をする上で、園生さんはどんな時に喜びを感じますか?

園生:開発者目線になりますが、自分たちが作ったシステム・プロダクトで顧客が喜んだり、社会が変わったりする時です。その瞬間のために仕事をしているようなものです。

川田:なるほど。大切にしている言葉があれば教えてください。

園生:「本質思考」「ゼロベース思考」という言葉が好きです。医療業界はレギュレーションが厳しく、スタートアップが戦うことは非常に難しい領域です。しかし、本質的なゼロベースの思考で「本来、医療はこうあるべき」と考えることによって、初めて私達みたいなスタートアップにも勝機が生まれるのだと思っています。

もうひとつは、これは折あるごとに社内のメンバー、特に営業チームに伝えている自分の言葉ですが、「私たちが売るのはシステムではなく、救急医療の未来だ」という言葉です。

私たちが売るのは、単なる気の利いたシステムではなく、それによって作られる “より良い救急の未来” なんです。まだ道半ばかもしれないけれど、こんなツールがあってこの流れに乗れば絶対良い未来があるよね、と救急隊や病院の方に思ってもらえるような、そんな事業をしていきたいと考えています。

川田:園生さんは考えがまとまっていて、喋りも上手ですよね。それでいて、患者側の感覚もわかってくれる。先ほど「顧客」という言い方をされましたが、患者に対して顧客として接してくれることで、患者の気持ちが和らぐこともあると思います。患者として安心できるのは園生さんのようなお医者さんだと思いました。あまりに完璧なので最後にひとつだけ、園生さんの弱点、失敗談を教えてください。

園生:そうですね……飽きてしまうことだと思います。子どもの頃から多動傾向があって、マルチタスクが得意な一方、ひとつのことがなかなか長続きしないんです。研修医の頃も「君、レポート出すのはすごく早いけど、ろくに調べてないでしょ。論文くらい読みなさい」とよく言われていました。最初の10分でそれなりのアウトプットを出せるのに、1週間与えられたからといってより良いアウトプットが出せるわけではない、という面があります。

川田:すぐ飽きるのは、すぐ把握できてしまうからかもしれませんね。

園生:詰めが甘いとよく言われます。ですから、詰めの甘くない、しっかりした人間でありたいと思うことは多いです。社内でも「園生さんは社長としてはそんなに悪くないけれど、そもそも社会人としてどうなんだろう?」という話題になることが多いです。そういう時に「これって社会人としておかしいんだ……」と気付かされる。それでも会社のメンバーは「社長が真っ当であることと会社が大きくなることは比例しないですから」と言ってくれる。そんな理解ある社員の方に支えられて、なんとか日々やっています。

<取材・文:山田宗太朗、編集:小沢あや(ピース株式会社)、撮影:竹内洋平>

この記事の続きを読むには、
以下から登録/ログインをしてください。

  • 新規登録簡単30
  • J-meアカウントでログイン
  • メールアドレスでログイン