音楽評論家の萩原健太さんが、大瀧詠一との思い出とともに自らの新著『幸せな結末 大滝詠一ができるまで』(文藝春秋)について語った。
萩原さんが登場したのは、3月9日(月)放送のJ-WAVE『STEP ONE』(ナビゲーター:サッシャ、ノイハウス萌菜)内、音楽以外の「+1」なトピックをゲストに尋ねるコーナー「MUSIC+1」だ。
萩原:中学生ぐらい、初めてはっぴいえんどというグループを聴いたときから、「大瀧詠一という人はいいな」と思いながらずっと過ごしていました。
サッシャ:思春期の出会いなんですね。
J-WAVEと大瀧詠一が主宰するナイアガラ・レーベルは関わりが深く、主催イベント「INSPIRE TOKYO」では毎年「ナイアガラ盆踊り」を共同開催している。サッシャも「毎年お世話になっています」と話す。
サッシャ:萩原さんはファンからなんと、深い交流を持つようになったと。
萩原:1981年に大瀧さんの『A LONG VACATION』というアルバムが出ました。そのころ、僕はとある出版社に勤めている編集者だったんです。別に音楽関係でもなんでもなかったので、ただの大瀧詠一ファンだったんです。音楽関係の記事も載せている雑誌の編集長が、そういう熱狂的なマニアがいるらしいというのを聞きつけて、僕のことをインタビュアーにしてくれて。それで話を訊くことになったんですが、こっちは「今日しかない」と盛り上がっちゃって。
サッシャ:言いたいことは全部言うぞと。
萩原:普通、インタビューって30分とか1時間ぐらいなんですけど、こっちが出した質問の熱量に対して、同じだけのものを大瀧さんも返してくれる方なので。
サッシャ:素敵な人ですね。
萩原:インタビューが8時間ぐらいになっちゃって(笑)。大瀧さんはだいぶ遅れてきたので、夜中ぐらいから始まって早朝まで。
サッシャ:夜通し? よく続きましたね。
萩原:そのときは、70年代のまだ売れてないころの話を訊いて。70年代を通してお金にはあまりならなかったけど、自分が理想とする音を作り上げるのには、これだけの苦労、いろいろなことをしてきたんだという話をたくさん訊いたわけなんです。もともと、僕がいちばん好きなのは音楽だったんですが、2番目に好きなのが海外の翻訳文学みたいなもので。その2番目の趣味を仕事にしていましたが、「これじゃいけない」と勝手に感化されて(笑)。「これはやっぱり自分がいちばん好きなことをやらなくちゃ」と思って、そのインタビューが終わった朝、会社に行って辞表を出したんです。
サッシャ:会社を辞めたんですか?
萩原:大瀧さんに会った高揚感で会社を辞めました。
サッシャ:それだけ魅力的な人なんですね。
萩原:そうですね。それ以降、まあ現在に至る、みたいな感じですよ。
ノイハウス:大瀧さんとインタビューをするにあたって、死後公開という約束もあったんですね。
萩原:話しているうちに、どうもここまで話すんだったら俺の遺作みたいなものだから死後公開だと。「死んだらすぐに出していいけど、死ななきゃお蔵だ」と言われて。それでやったインタビューなので「まあそうか、死後公開か」と思って。だから、ずっと大瀧さんとお付き合いがあるなかでも、結局、家のなかに何十本ものカセットテープがしまわれたままで。
ノイハウス:死後と決まると、訊く質問もちょっと変わりそうです。
萩原:そこまでの覚悟でいろいろなことを話してくださる、ということだったわけなので、細かいことを訊きましたよ。音楽以外のことも。
サッシャ:心をそこまで(大瀧さんが)許してらしたということですよね。
萩原:大瀧さんがそう思っていてくださったのなら、とてもうれしいですけどね。
サッシャ:残念なことに比較的早めに亡くなってしまったので、公開が今になったというのは萩原さんのなかでも「もうちょっと時間を置いて」ということがあったのでしょうか。
萩原:大瀧さんは2013年に亡くなったので。死後に出していいよとは言われていたことはなんとなく覚えていたんですが、すぐ出しちゃね。亡くなるのを待っていたみたいになるのもなんですからね。わりとひっそりと出したいみたいなところもあって。そういうのがあって、タイミングをしばらく見ていたんです。それで、いわゆる十三回忌というのが過ぎたところだったので「このタイミングかな」というのも、ひとつ考えました。
サッシャ:おふたりの信頼というか、心の通じ合いみたいなのがこうやって発売までに時間を置いているというところにも、ストーリーがあって素敵ですね。
番組では『スピーチ・バルーン』をオンエア。サッシャはここで同著のタイトルに関する質問を投げかけた。
サッシャ:大瀧の「たき」が「滝」になっています。我々が知っているのは「瀧」のほうですが、なぜこちらに?
萩原:いちおう、大瀧さんのなかで使い分けがあって。アーティストとしては簡単な「滝」を使うんです。ソングライターやプロデューサーとしての名義は「瀧」と使い分けているんです。
サッシャ:だから「表側」というニュアンス?
萩原:もともと僕は大滝詠一のファンですから、パフォーマーとしての「大滝詠一」というものに対してということですね。
サッシャ:漢字一字の選び方にも意味があるんですね。
ノイハウス:ここからは大瀧さんのふたつの顔。萩原さんだけが知る顔に迫りたいと思います。まずは音楽制作に向かう顔です。こだわりがすごいというのが本からも伝わってきます。いろいろと驚きのエピソードがあったかと思いますが、印象的なものはありますか?
萩原:数限りなくありますが、ひとつ思い出したのがエルヴィス・プレスリーのボックスセットのライナーを大瀧さんが書くことがあったんです。エルヴィスのことが大好きですから。締め切りの半年ぐらい前から準備を始めて、いろいろなファクトチェックを僕に命じてくるわけなんですが、それだけじゃ足りないのでエルヴィスの昔のレコーディングエンジニアを音楽出版社経由で捕まえて、その人に質問をガンガン投げるという。
サッシャ:アメリカに?
萩原:そうです。「なんだこいつは?」とエンジニアがいぶかしがるぐらいの勢いでね(笑)。問い詰めたうえで書いたんですが、実際のライナーノーツの原稿の分量の10倍ぐらいのものを書いて。それをガーッと縮めてライナーとして世に出しました。
ノイハウス:その編集をされたのは萩原さん?
萩原:僕は編集していませんが、そのあいだでやり取りをしながらいろいろなことを削ったりしながら。
サッシャ:そういうところでも妥協を許さないと。曲作りのマイクの位置も、自分の位置の1ミリみたいなのもあって。
萩原:全部そういうのをチェックしながら、いちばんいい音はどこだろうとか。あとはどの電池を使えばいいのかとか。
サッシャ:電池のメーカーということ?
萩原:そうです。あるいは、電源を最初からチェックするとか。録音を始める前にテープレコーダーを5台ぐらい用意して、そのなかでいちばんいいやつを選んで、その1台だけを使うとか。
サッシャ:音声を聴き比べて、微妙な違いを。
萩原:ひとつ作るには、十を知らなくちゃいけないという。そういうのが大瀧さんのね。
サッシャ:ライナーノーツもまさにそうですよね。
萩原:そういうようなことが、この本にはたくさん(笑)。子ども時代のエピソードから、そのへんも感じてもらえるんじゃないかなと思います。
ノイハウス:没頭するというか、集中力がすごいですね。
サッシャ:そんな音楽を愛する一面と、もうひとつが読んでいるとけっこうチャーミングなお人柄も印象的です。そういったエピソードはありますか?
萩原:大瀧さんはすごくいたずら好きなんですよね。僕がやっていたラジオ番組とかにはよくアポなしで来ましたよ。
サッシャ:最高じゃないですか。
萩原:来てすぐに全部乗っ取って、その日の構成をすべて台無しにするとかね。
サッシャ:愛されていたんですね。
萩原:エイプリルフールに来たときは、いきなり最初から僕なんか出ない状態のところから「今日からこの番組のパーソナリティを務めることになりました、大瀧詠一です」って(笑)。
サッシャ:最高ですね。
萩原:それで番組をしばらくやっていました。
サッシャ:それが許されてるというか、おふたりの信頼関係ですね。この本では奥様との出会いも語られていて、すごく奇跡的なんですよね。
萩原:こういうことをあまりこれまで語られてなかったので、その辺も楽しんでもらえるとうれしいかなと。
萩原健太さんの最新情報はX公式アカウント(@kenta45rpm)まで。
J-WAVE『STEP ONE』のコーナー「MUSIC+1」では、ゲストとして毎回話題のミュージシャンが登場する。放送は月曜~木曜の12時30分ごろから。
萩原さんが登場したのは、3月9日(月)放送のJ-WAVE『STEP ONE』(ナビゲーター:サッシャ、ノイハウス萌菜)内、音楽以外の「+1」なトピックをゲストに尋ねるコーナー「MUSIC+1」だ。
萩原健太の人生を変えたインタビュー
1991年に録音された貴重なインタビューの音声をもとに、大瀧詠一の素顔を追った萩原さんによるノンフィクション本『幸せな結末 大滝詠一ができるまで』が3月12日(木)に発売される。もともと、自身は熱狂的な大瀧詠一ファンだったという。萩原:中学生ぐらい、初めてはっぴいえんどというグループを聴いたときから、「大瀧詠一という人はいいな」と思いながらずっと過ごしていました。
サッシャ:思春期の出会いなんですね。
J-WAVEと大瀧詠一が主宰するナイアガラ・レーベルは関わりが深く、主催イベント「INSPIRE TOKYO」では毎年「ナイアガラ盆踊り」を共同開催している。サッシャも「毎年お世話になっています」と話す。
サッシャ:萩原さんはファンからなんと、深い交流を持つようになったと。
萩原:1981年に大瀧さんの『A LONG VACATION』というアルバムが出ました。そのころ、僕はとある出版社に勤めている編集者だったんです。別に音楽関係でもなんでもなかったので、ただの大瀧詠一ファンだったんです。音楽関係の記事も載せている雑誌の編集長が、そういう熱狂的なマニアがいるらしいというのを聞きつけて、僕のことをインタビュアーにしてくれて。それで話を訊くことになったんですが、こっちは「今日しかない」と盛り上がっちゃって。
サッシャ:言いたいことは全部言うぞと。
萩原:普通、インタビューって30分とか1時間ぐらいなんですけど、こっちが出した質問の熱量に対して、同じだけのものを大瀧さんも返してくれる方なので。
サッシャ:素敵な人ですね。
萩原:インタビューが8時間ぐらいになっちゃって(笑)。大瀧さんはだいぶ遅れてきたので、夜中ぐらいから始まって早朝まで。
サッシャ:夜通し? よく続きましたね。
萩原:そのときは、70年代のまだ売れてないころの話を訊いて。70年代を通してお金にはあまりならなかったけど、自分が理想とする音を作り上げるのには、これだけの苦労、いろいろなことをしてきたんだという話をたくさん訊いたわけなんです。もともと、僕がいちばん好きなのは音楽だったんですが、2番目に好きなのが海外の翻訳文学みたいなもので。その2番目の趣味を仕事にしていましたが、「これじゃいけない」と勝手に感化されて(笑)。「これはやっぱり自分がいちばん好きなことをやらなくちゃ」と思って、そのインタビューが終わった朝、会社に行って辞表を出したんです。
サッシャ:会社を辞めたんですか?
萩原:大瀧さんに会った高揚感で会社を辞めました。
サッシャ:それだけ魅力的な人なんですね。
萩原:そうですね。それ以降、まあ現在に至る、みたいな感じですよ。
ふたりのあいだで交わされた約束
萩原さんは1991年に、今度は大瀧へ3日間にわたるインタビューを実施。そのロングインタビューをもとに書かれたのが新著『幸せな結末 大滝詠一ができるまで』となる。本の刊行についてはある約束をしたという。【MUSIC+1】 #大滝詠一 の素顔を追ったノンフィクション本
— J-WAVE STEP ONE (@stepone813) March 9, 2026
『幸せな結末 大滝詠一ができるまで』が
今週12日に文藝春秋より発売!
この本を書かれた、音楽評論家の萩原健太さんと
大滝詠一特集をお届けしました@kenta45rpm
番組を聴く → https://t.co/bc322KHIrq#jwave #stepone813 pic.twitter.com/ZYsvX1aOLb
萩原:話しているうちに、どうもここまで話すんだったら俺の遺作みたいなものだから死後公開だと。「死んだらすぐに出していいけど、死ななきゃお蔵だ」と言われて。それでやったインタビューなので「まあそうか、死後公開か」と思って。だから、ずっと大瀧さんとお付き合いがあるなかでも、結局、家のなかに何十本ものカセットテープがしまわれたままで。
ノイハウス:死後と決まると、訊く質問もちょっと変わりそうです。
萩原:そこまでの覚悟でいろいろなことを話してくださる、ということだったわけなので、細かいことを訊きましたよ。音楽以外のことも。
サッシャ:心をそこまで(大瀧さんが)許してらしたということですよね。
萩原:大瀧さんがそう思っていてくださったのなら、とてもうれしいですけどね。
サッシャ:残念なことに比較的早めに亡くなってしまったので、公開が今になったというのは萩原さんのなかでも「もうちょっと時間を置いて」ということがあったのでしょうか。
萩原:大瀧さんは2013年に亡くなったので。死後に出していいよとは言われていたことはなんとなく覚えていたんですが、すぐ出しちゃね。亡くなるのを待っていたみたいになるのもなんですからね。わりとひっそりと出したいみたいなところもあって。そういうのがあって、タイミングをしばらく見ていたんです。それで、いわゆる十三回忌というのが過ぎたところだったので「このタイミングかな」というのも、ひとつ考えました。
サッシャ:おふたりの信頼というか、心の通じ合いみたいなのがこうやって発売までに時間を置いているというところにも、ストーリーがあって素敵ですね。
番組では『スピーチ・バルーン』をオンエア。サッシャはここで同著のタイトルに関する質問を投げかけた。
サッシャ:大瀧の「たき」が「滝」になっています。我々が知っているのは「瀧」のほうですが、なぜこちらに?
萩原:いちおう、大瀧さんのなかで使い分けがあって。アーティストとしては簡単な「滝」を使うんです。ソングライターやプロデューサーとしての名義は「瀧」と使い分けているんです。
サッシャ:だから「表側」というニュアンス?
萩原:もともと僕は大滝詠一のファンですから、パフォーマーとしての「大滝詠一」というものに対してということですね。
サッシャ:漢字一字の選び方にも意味があるんですね。
大瀧詠一の持つ“ふたつの顔”
続いて、大瀧の「ふたつの顔」に迫ることに。一流ならではのこだわりや、お茶目な一面がわかるエピソードも飛び出した。ノイハウス:ここからは大瀧さんのふたつの顔。萩原さんだけが知る顔に迫りたいと思います。まずは音楽制作に向かう顔です。こだわりがすごいというのが本からも伝わってきます。いろいろと驚きのエピソードがあったかと思いますが、印象的なものはありますか?
萩原:数限りなくありますが、ひとつ思い出したのがエルヴィス・プレスリーのボックスセットのライナーを大瀧さんが書くことがあったんです。エルヴィスのことが大好きですから。締め切りの半年ぐらい前から準備を始めて、いろいろなファクトチェックを僕に命じてくるわけなんですが、それだけじゃ足りないのでエルヴィスの昔のレコーディングエンジニアを音楽出版社経由で捕まえて、その人に質問をガンガン投げるという。
サッシャ:アメリカに?
萩原:そうです。「なんだこいつは?」とエンジニアがいぶかしがるぐらいの勢いでね(笑)。問い詰めたうえで書いたんですが、実際のライナーノーツの原稿の分量の10倍ぐらいのものを書いて。それをガーッと縮めてライナーとして世に出しました。
ノイハウス:その編集をされたのは萩原さん?
萩原:僕は編集していませんが、そのあいだでやり取りをしながらいろいろなことを削ったりしながら。
サッシャ:そういうところでも妥協を許さないと。曲作りのマイクの位置も、自分の位置の1ミリみたいなのもあって。
萩原:全部そういうのをチェックしながら、いちばんいい音はどこだろうとか。あとはどの電池を使えばいいのかとか。
サッシャ:電池のメーカーということ?
萩原:そうです。あるいは、電源を最初からチェックするとか。録音を始める前にテープレコーダーを5台ぐらい用意して、そのなかでいちばんいいやつを選んで、その1台だけを使うとか。
サッシャ:音声を聴き比べて、微妙な違いを。
萩原:ひとつ作るには、十を知らなくちゃいけないという。そういうのが大瀧さんのね。
サッシャ:ライナーノーツもまさにそうですよね。
萩原:そういうようなことが、この本にはたくさん(笑)。子ども時代のエピソードから、そのへんも感じてもらえるんじゃないかなと思います。
ノイハウス:没頭するというか、集中力がすごいですね。
サッシャ:そんな音楽を愛する一面と、もうひとつが読んでいるとけっこうチャーミングなお人柄も印象的です。そういったエピソードはありますか?
萩原:大瀧さんはすごくいたずら好きなんですよね。僕がやっていたラジオ番組とかにはよくアポなしで来ましたよ。
サッシャ:最高じゃないですか。
萩原:来てすぐに全部乗っ取って、その日の構成をすべて台無しにするとかね。
サッシャ:愛されていたんですね。
萩原:エイプリルフールに来たときは、いきなり最初から僕なんか出ない状態のところから「今日からこの番組のパーソナリティを務めることになりました、大瀧詠一です」って(笑)。
サッシャ:最高ですね。
萩原:それで番組をしばらくやっていました。
サッシャ:それが許されてるというか、おふたりの信頼関係ですね。この本では奥様との出会いも語られていて、すごく奇跡的なんですよね。
萩原:こういうことをあまりこれまで語られてなかったので、その辺も楽しんでもらえるとうれしいかなと。
萩原健太さんの最新情報はX公式アカウント(@kenta45rpm)まで。
J-WAVE『STEP ONE』のコーナー「MUSIC+1」では、ゲストとして毎回話題のミュージシャンが登場する。放送は月曜~木曜の12時30分ごろから。
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