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ディオールの店舗に「西陣織」が採用された経緯とは? 世界で成功した“勝負”を、老舗「細尾」12代目が語る

ディオールの店舗に「西陣織」が採用された経緯とは? 世界で成功した“勝負”を、老舗「細尾」12代目が語る

西陣織の老舗「細尾」12代目の細尾真孝さんが、家業を継ぐに至った経緯や海外展開実現までの苦労などについて語った。

「細尾」は、元禄元年(1688年)に、京都西陣で織物業を創業した西陣織の老舗。その12代目当主を担う細尾真孝さんは、西陣織の美しさ、特性を活用した革新的なテキスタイルを国内外に展開し、今注目を集める実業家でありクリエイターだ。

細尾さんが登場したのは、俳優の小澤征悦がナビゲーターを務めるJ-WAVEの番組『BMW FREUDE FOR LIFE』(毎週土曜 11:00-11:30)。同番組は、新しい時代を切り開き駆け抜けていく人物を毎回ゲストに招き、BMWでの車中インタビューを通して、これまでの軌跡や今後の展望に迫るプログラムだ。

・ポッドキャストはこちら
https://www.j-wave.co.jp/podcasts/

音楽に夢中だった青年が伝統工芸に目覚めるまで

細尾さんを乗せて走り出した「BMW iX xDrive50」。そもそも西陣織とはどんな伝統工芸なのか? 12代目当主の口から直接説明してもらった。

細尾:西陣織は、京都府上京区の「西陣」と呼ばれる5キロ圏内の地区で織られている織物です。その起源は京都に都が遷都された1200年以上前に遡ります。京都が都だった1000年間の主なお客さまは、天皇家や将軍、貴族、寺社など。お金に糸目をつけない人たちに向け、ひたすら究極の美を求めてオーダーメイドの織物を織り続けてきたというバックグラウンドを持ちます。

また、各工程に一人のマスタークラフトマンがいるのも特徴です。「西陣」の5km圏内の中には、代々、箔を貼る「箔屋さん」、裁断を行う「カッターさん」など、20もの工程を担う職人さんが集い、それぞれのスペシャリストの手を経て完成します。効率のための分業ではなくて、究極の美を求めるための分業。そういった風習が今でも残っている織物が西陣織なのです。

300年以上続く老舗に長男として生まれ、幼い頃から職人の仕事を間近に見て育った細尾さん。しかし、20代の頃は家業を継ぐ気はなく、クリエイティブな人生に憧れて音楽の世界へ。パンクバンドを組んだり、ダンスミュージック、エレクトロミュージックの制作に夢中になっていたそうだ。そんな彼が、家業に興味を持つようになったきっかけは何だったのか。

細尾:2006年に、僕の父親である先代社長が実験的に西陣織の海外展開をしたことがきっかけです。国外の市場に着目した背景には、西陣織のマーケットが、30〜40年前と比較して10分の1ほどに縮小してしまったという事情がありました。西陣織が今後なくなることは、おそらくないはず。しかしこの先50年、100年と、その価値を次世代に引き継いでいくためには、何らかのアクションを起こす必要があった。そこで、パリで開催される見本市「メゾン・エ・オブジェ」に西陣織を使用した和柄のソファを出品してみたんです。この見本市には約10万人のバイヤーが買い付けに来ていたのですが、オーダーは全くのゼロ。初めての海外挑戦は、惨敗に終わったわけです。

なぜ失敗したのかを考えると、まず、帯の幅が32cmと非常に狭いことが挙げられます。この幅の狭さでは、ソファを作っても継ぎ目だらけになってしまい、売り物にならない。もう一つ、私たちは織物づくりには長けていたとしても、プロダクトを展開するノウハウに乏しかった。それゆえ “家具のプロフェッショナル”としての土俵に立てていなかったことも、無関係ではなかったように感じます。

ただ僕自身は、「西陣織を海外に展開する」ということに興味を持ちました。「これってすごくクリエイティブなことかもしれない」と思うようになり、そこからだんだん家業がどんなことに取り組んでいるのかチェックするようになって、ついには自分でもやりたくなってきたんですよね。
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転機となったニューヨークからのメール

西陣織の幅「32cm」は、日本人の身体と着物の伝統から導き出された数字なのだとか。織機もこのサイズに合わせて長く使われているため、ソファや家具のファブリックを作ろうとすると、継ぎ目が目立ってしまうという課題があった。

2008年に株式会社 細尾に入社した細尾さんは、さっそくこの難題と向き合うことに。ブレイクスルーのカギとなったのは、ニューヨークから届いたある一通のメールだった。

細尾:転換点になった出来事は、2008年12月にパリ装飾芸術美術館で開催された日本文化の展覧会です。この展覧会において、私たちの出品した和柄の帯は大変好評でした。翌年行われたニューヨークの巡回展にも出品したのですが、その後2009年に、同市を拠点に活動する世界的建築家のピーター・マリノ氏から「展覧会で見た帯の技術・素材を利用したテキスタイルの開発を依頼したい」というメールをいただいたんです。ラグジュアリーブランドから引き合いの多い彼はこのとき、クリスチャン・ディオールの新しいコンセプトショップを作ろうとしていました。そのお店に利用する素材を探すなかで、私たちが手掛ける西陣の帯に着目し、コンタクトを取ってこられたようです。

マリノ氏のオーダーでまず驚いたのは、まったく和柄じゃないこと。それまで僕らは「和柄じゃないと海外で戦えない」と考えていました。ところが、彼が提示したのは、鉄が溶けたようなコンテンポラリーなパターン。しかも、その生地を何に使うのかといえば、お店の壁紙や椅子の張地、カーテンなどインテリアの素材として使っていきたいとのことでした。和柄ではなく、あくまで素材として求められていたことに、自分たちの固定観念を壊されたような感覚になったのを覚えています。

しかし、マリノ氏のオーダーに応えるには、大きなハードルが横たわっていた。

細尾:それが「生地幅の問題」です。西陣織における帯の幅は、通常32cm。ここの壁を超えなければ、依頼に応えることは不可能でした。「ここに勝負をかけるしかない」「ないのであれば作ろう」。そう思い、世界で初となる150cmの西陣織を織り上げる織機の開発に乗り出し、なんとか1年かけて2010年に完成させることに成功したんです。これができたことより、クリスチャン・ディオールさんが展開する世界中の店舗の内装材を手掛けられるようになりました。

リッツカールトン東京にも「細尾」の西陣織が採用

これまでの西陣織ではあり得なかった150cmの幅を生み出すことで、細尾さんは悲願の海外進出を実現。新たな織り機で生まれたテキスタイルは、世界90都市のクリスチャン・ディオールの店舗の壁や、椅子に起用された。さらには、シャネル、ルイ・ヴィトンからも声があがり、数々のラグジュアリーメゾンの空間を彩ることとなった。

とはいえ、西陣織をこうした華やかな世界へ押し上げたのは、京都・西陣の5キロ圏内で日々手を動かし続ける職人たちの知恵と技術があってこそだ。細尾さんは「たまたま僕らが旗振り役になっただけで、西陣の様々な知見を持っている職人の総合力で何とか乗り越えたと思っています」と、感謝の気持ちを口にする。

そんな話をしているうちに、細尾さんを乗せた「BMW iX xDrive50」は、赤坂にある「ザ・リッツ・カールトン東京」の近辺へ到着。世界各地のラグジュアリーメゾンを彩った西陣織のテキスタイルは、東京の地でも広がりを見せているようだ。

細尾:2015年頃にリッツカールトン東京の大改装があった際、客室に置かれたベッドのヘッドボードに私たちの西陣織を使用していただきました。リッツカールトン東京の客室は高層階にあります。ということで、窓から見た東京の空を意識してデザインしました。西陣織は「世界で一番複雑な構造」と言われていて、多様な種類の糸を緻密に織り込むことで、光の入り方が変わってくる。その特性を利用し、東京の空と連動して楽しめるような設計を心掛けました。あの高層階の窓から朝日が射し込んでくるとき、また夜になって室内の灯りになったときなど、時間帯によって多彩な表情をヘッドボードのテキスタイルが見せてくれるので、お泊りになる機会があればぜひ注目してみてください。
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「職人はスーパースターであるべき」

国内外を問わず幅広いフィールドで、西陣織の可能性を拡張し続ける細尾さん。彼の工房で働く職人は、現在15名。2名のベテラン職人のほかは、20~40代の若手で構成されているという。そのルーツは、芸大出身、エンジニア、ファッション関係などさまざま。そんな異色の工房の実態とは?

細尾:工房では現在、さまざまな研究開発を行っています。その関係から、外部の数学者さんや研究者さん、プログラマーさんが出入りしているため、いわゆる普通の織屋さんっぽくはなく、より実験的な“ラボ”に近い環境と言えるかもしれません。それに、スタッフが身に着けるユニフォームにもこだわっています。たとえば上に羽織る白衣は、職人にプライドを持って仕事をしてもらいたいという思いから、ファッションデザイナーのミハラヤスヒロさんに作ってもらいました。また、足元はアディダスのスーパースターで統一していて。なぜかといえば、手から美を生み出す職人はスーパースターであるべきだと考えているので(笑)。

伝統工芸はお堅く、コンサバティブに見えてしまいがちですが、西陣の歴史を紐解いていくと、挑戦と革新の連続なんです。常にチャレンジし、その時々の非常識を常識に変えていくようなことを先人たちはしてきた。そう考えると、僕らがやっていることはすごく創造的なことで、むしろクリエイティブ全開でやっていかないと伝統を守ることはできないと考えています。だから、僕らも頼まれていなくてもいろいろな挑戦をガンガンしていきますし、僕らはモノづくりにおいて「More than Textile」をモットーとしているんですけど、常に織物の常識を更新していくことをすごく大事にしています。

最後に細尾さんにとって「未来への挑戦」とは何か?と問うと、こんな答えが返ってきた。

細尾:西陣織は今まで1200年間、国内だけで最高峰を目指して供給され続けてきました。そういった意味において、世界の人が全く知らない技術・素材が手元にあることは、圧倒的に面白いステージにようやく立てたと思っています。伝統には、壊そうと思っても壊れない強さ、壊そうというエネルギーを呑み込んで力に変えていく強さがあると考えています。伝統を信じているからこそ、今後も壊すつもりで挑戦を続けていきます。それが最終的には、伝統を守ることに繋がるはずなので。

『BMW FREUDE FOR LIFE』では、新しい時代を切り開き駆け抜けていく人物を毎回ゲストに招いて話を聞く。オンエアは毎週土曜 11:00-11:30。公式サイトはこちら(https://www.j-wave.co.jp/original/freudeforlife/)。

(構成=小島浩平)

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