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『silent』に込めた思いを、脚本家が語る。言葉の“あやうさ”とコミュニケーションのこと

『silent』に込めた思いを、脚本家が語る。言葉の“あやうさ”とコミュニケーションのこと

脚本家の生方美久さんが、藤原しおりと「エンパシー(共感・感情移入)」について語り合った。生方さんが登場したのは、J-WAVEの番組『HITACHI BUTSURYU TOMOLAB. ~TOMORROW LABORATORY』。オンエアは2月18日(土)。

同番組はラジオを「ラボ」に見立て、藤原しおりがチーフとしてお届けしている。「私たちそれぞれの身近にある困りごと」をテーマ(イシュー)に取り上げてかみ砕き、ラボの仲間としてゲストを「フェロー」として迎え、未来を明るくするヒントを研究している。

思考が止まってしまうのはもったいない

生方さんは群馬県出身の脚本家。群馬大学の医学部保健学科を卒業後、助産師として産科病棟に勤務。退職後ミニシアターでアルバイトをしながら映画学校で映像制作について学ぶ。数々のシナリオ賞を受賞し、脚本家デビュー作となったのが2022年10月から12月にわたって放送された『silent』(フジテレビ系)。同作は2023年エランドール賞の特別賞を受賞している。

番組でエンパシーを初めて紹介したのは、ハリー杉山と「差別」を研究したとき。また、鴻上尚史を迎えた「寄り添うということ」、臨床心理士・公認心理士のみたらし加奈と研究した「心のこと」などでも、繰り返しエンパシーへの考えを深めてきた。

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生方さんにもエンパシーに対する考えについて訊いた。

生方:私は脚本家というのもあって、作品のキャラクターたちは「この子にすごく共感ができる」とか「共感できない」という評価をされがちです。もちろんドラマはドキュメンタリーじゃないので、どんな風に観てもらってもいいと思うんです。ただ「共感できない=よくない」みたいに言われがちだったり「共感できないから嫌なやつ」となっちゃったりして、そこでたぶんみんな思考が止まっちゃっていて、もったいないなというのはあって。(鴻上さんの著書『人間ってなんだ』の)シンデレラの例はすごくわかりやすくて、「継母はひどい」で終わるんじゃなくて「なんでその思考回路になったんだろう、その行動に出たんだろう」まで考えると物語の深みもすごく増すと思うし、面白いと思うんですよね。

藤原:生い立ちや暮らしている環境が全然違う『silent』の登場人物たちを、生方さんはどんなアプローチで作っていったんでしょうか。

生方:もともとストーリーが決まっていたわけじゃなくて、私は最初にキャラクターを作るんです。今回の場合だと紬と想っていう2人の高校時代に付き合っていたカップルが出会い直して、でも聴覚障害があって、その状態で再会した2人がどうなるか、というだけの本当にざっくりしたストーリーは最初にあります。だけどそれ以外の、たとえば湊斗くんがどう絡むかとか、奈々ちゃんがどこでどう出てくるみたいなことはまったく決めていません。でも湊斗とか奈々とか春尾というキャラクターの性格は先にバッと決めます。その子たちの生い立ちとか、まったく出てきていないけど、その子たちの親がどういう人か、きょうだいがとかを全部決めるんです。だから「この子が存在している」という状態で「その場面に紬と想と湊斗がいます」となったら、すでに3人の人格があるから「じゃあこの3人がしゃべるとしたら何をしゃべるか」みたいな感じで、私の頭のなかに放り投げるみたいな。説明するとそうなります。

認知バイアスによる「不快」な発言

情報文化研究所による『情報を正しく選択するための認知バイアス事典』(フォレスト出版)によると、<直感やこれまでの経験に基づく先入観で非合理的に物事を判断する心理現象を総称したのが「認知バイアス」>とのこと。

生方:先入観などは仕方がないことが多いですよね。身近なことで言うと、私は『silent』がデビュー作で、世に出ている作品がこれしかないんです。それを考えれば仕方のないことなんですけど、これからお仕事をする方にお会いしたときに「ラブストーリーが好きなんですね」とか「恋愛経験豊富なんでしょ?」みたいなことを言われるのってけっこう不快なんですよね(笑)。「恋愛ドラマが好き」ぐらいでしたら先入観と思えるけど「恋愛経験豊富なんでしょ?」はけっこうな偏見じゃないですか。でも向こうには全然悪意がないし、むしろ「『silent』が面白かったから」みたいな、褒める延長線で訊いてくるから、悪意がないこともわかるんです。だから余計、傷つくといえば傷つくけど「なんでそんなことを言うの?」と否定するほどのことじゃないというのもわかるし……というしんどさがあります。

藤原:本当にこれは難しいですよね。嫌な気持ちは自分のなかで確実にあるんですけど「それ嫌でした」というのを言うべきかどうかって……。

生方:悪意がないってしんどいですよね。

生方は認知バイアスを減らすためには「意識すること」がポイントになると語った。

生方:偏見や先入観みたいなものって、そもそも自分で気づいてないことじゃないですか。自分が受けたときにやっと「偏見を持たれている」と気づくことはもちろんあると思うんです。だけど外を見ていたときに「AさんがBさんに言っていることは偏見なんじゃないか」みたいなことを考えると「じゃあ自分もあの人に対して思っていたこれって偏見かも」みたいなことにどんどんつながって考えられると思うんです。そうやって外を見て自分に振り返る。認知バイアスってゼロにするのは難しいと思いますが、減らしていく努力はできるのかなと思います。

言葉は万能じゃない

『silent』に登場する、高校時代の想の作文に込めた生方さんの考えや想いを尋ねた。作中ではすべて披露されていないが、原稿用紙3枚分の文章を生方さんは実際に書いたそうだ。

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生方:耳がどうこうという以前から、言葉というものがただのコミュニケーション手段とか、自分の気持ちを伝えるだけのものとして捉えてない子にしておきたかった、というのが大きかったですね。ちょっときれいにはしたんです。ドラマ全体で最終回とかで紬が話したことよりも、作文の内容だけを見ると言葉にすごく希望を持った作文にはしてあって。でも『silent』全体で紬が伝えたいことというか、私が全体に込めた想いとしては「言葉は万能じゃない。便利さよりもあやうさのほうが大きい」みたいなことのほうが、私は伝えたかったんです。

藤原:私は言葉で表現されるのが好きで、たとえその行動が下手でも言葉が上手だったら、その人の言葉のほうを信じてしまいますが、これによるあやうさを実際に感じてしまったというか。「好き」という言葉だとしても、私は80パーセントぐらい好きじゃないと「好き」を使わないんですが、「この人は30パーセントぐらいでも『好き』って使っちゃうんだ」って。同じ言葉だけど、同じ言葉を使うからこそメチャメチャ誤解が生じてくるんです。

生方:言葉の意味は同じように捉えているけど、使い方がみんな違うんですよね。そこがすごく難しいなと思います。

生方さんは『silent』で表現の手段として使われていた手話について、指先だけを見ていては伝わらない表現だと説明した。

生方:字幕に出ているものは私が脚本で書いた文章のままです。会話の流れで「このときだったら『どうしたの?』だな」とか「『なにかあったの?』だな」という感じでキャラクターとか会話の流れに合わせて書いているんですけど、手話をそのまま訳してもらうと人差し指を振るのは「なに?」になるんです。「なに?」と「どうした?」だと表情が変わるというのは、その人のニュアンスでしかないですけど、言葉にすると何種類かある。でも手話の動作だとこの1個みたいなことはあるんです。日本手話になると疑問形とかも顔で表します。目を見開いて眉毛を上げて「なに?」という顔で疑問文になるんです。そういうのがあるので、ただ指先だけを見ていれば伝わるわけじゃないという。表情や身振り手振り、体の大きさみたいなものとか。敬語もそうらしいんです。ちょっと肩をすぼめるみたいな態度。態度で丁寧にすることがいわゆる敬語みたいになったりとか。それこそラジオで私たちの言葉を聴いているだけじゃないコミュニケーションの取り方なんです。

藤原:知らなかったです。手だけじゃだめなんですね。『silent』で紬が実家に帰っていろいろ荷物を託されて、そのときにお母さんが「言葉じゃ伝えきれないから物に託すの」という。「それだ」と思いました。

生方:たとえば若いカップルだったら話し合おうとすると思うんです。母親とかである程度お互いのことを家族だからわかっていて「質問しても嫌がるだろうな」とかそういうのまで察するじゃないですか。そうなると「心配しているよ」というのをなにか手作りのものを渡すことで表現するみたいなことって、親子じゃなくても近しい存在だとあるなと思って。ただの言葉じゃないもので表現するというのはどこかで使いたいなとずっと思っていたんです。それが一番フィットしたのが紬のお母さんでした。

J-WAVE『HITACHI BUTSURYU TOMOLAB. ~TOMORROW LABORATORY』は毎週土曜20時から20時54分にオンエア。

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