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前野健太、学生時代の吉岡里帆との意外な共通点とは?

前野健太、学生時代の吉岡里帆との意外な共通点とは?

J-WAVEで放送中の番組『UR LIFESTYLE COLLEGE』(ナビゲーター:吉岡里帆)。10月27日(日)のオンエアでは、シンガーソングライターの前野健太が登場。苦手だった学校が好きになったきっかけや20歳の頃の甘酸っぱい思い出を話した。

【この記事の放送回をradikoで聴く】(2019年11月3日28時59分まで)


■急に学校が楽しくなった出来事

前野は、1979年埼玉県入間市出身のシンガーソングライター。2007年に自ら立ち上げたレーベル「romance records」より『ロマンスカー』をリリースしデビューした。

前野は、どんな子ども時代を過ごしたのか。小学2年生のときまで、居心地の悪さが原因で学校に行くことを嫌っていたが、小学3年生になった頃から急に学校が楽しくなったという。好転したきっかけは当時の担任にあった。

前野:僕は、小学6先生か中学1年の頃まで、おねしょをしてたんです。それを逆手にとって、小学校3年のときの担任が「オネケン」というあだ名をつけたんです。これは一か八かだと思うんです。
吉岡:今なら問題になりますね。
前野:でも、そうして僕を明るいキャラにしていったんです。僕に嫌がらせをする生徒がいて、先生に相談したら「やり返せ」って言われました。
吉岡:ファンキーですね。
前野:それで初めてやり返したら「ここで生きていける」って、光が差し込んだんです。そこからクラスの人気者になりました。

当時、前野は背が低くてサラサラヘアのおかっぱ姿だったという。その話を聞いた吉岡は「私と同じです」と、ふたりの意外な共通点が発覚した。

吉岡:私も(背が低くて)一番前だったし、おかっぱみたいなサラサラヘアでした。
前野:もしかして、私たちきょうだいですかね?
吉岡:それは無理があります(笑)。
前野:そんな感じだったから、僕は可愛いキャラだったんです。女子からは、ちっちゃくて、かわいい健ちゃん。男の子からは明るくて元気な健太という感じでした。

そのまま楽しくすすめるかと思いきや、中学2年の頃になると「天然パーマが現れて性格もねじれてきた」と前野。「高校は憂鬱で最悪でした」と振り返った。

そんな前野が音楽の道に入ったのは15歳の頃だった。きっかけは尾崎 豊のアルバム『十七歳の地図』を買ったことだった。

前野:15歳の冬に雪が降って、マンションの駐車場の車が白くなっていってたんです。その光景をみながら一曲目の『街の風景』を聴いたときに、風景と自分と音楽が一体化して、ひとつになって溶けちゃったんです。今だから言えるけど"第一覚醒"が起きたんです。そのときに、曲を書いて自分で歌うことをやりたいんだろうなって覚醒したんです。


■防波堤から生まれた曲

前野のアルバム『サクラ』から『防波堤』をオンエアした。前野は自身の高い声があまり好きではなく、昭和の歌手のような低音が出せるようにボイストレーニングに通ったのだという。

前野:『防波堤』は、そのボイトレを初めてレコーディングで生かせた曲です。
吉岡:いい感じでリラックスしますね。ちょっと懐かしい感じもします。この曲はどのようにして生まれたんですか?
前野:曲の最後のブロックが一番言いたかったことです。あるとき、僕は疲れ果てて「海に行かなきゃ」と思ったんです。よく乾燥する前のコンクリートにカップルがメッセージを刻んでいたりするじゃないですか。防波堤でそれを見たときにグッときたんですね。そのメッセージは10年前とかに書かれたもので「この子たちは今でも会ってるのかな?」「恋人同士なのかな?」とか考えてたら、夕暮れ時に波がザブーンと聞こえてきたんです。ずっと友だちだったり、恋人でいるのは叶わないかもしれないけど、これを書いたときの2人の情景を海は見ていて、そのときのことを覚えてるんじゃないかと想像しました。海のザブーンが、いろいろな感情を言ってるように聞こえて、歌がズドーンと落ちてきました。そこで、ノートに一気に書きました。
吉岡:マエケンさんの曲は非常に多ジャンルな、固定されない感じがします。
前野:ほとんど本を読まない子どもだったので、18歳の頃に「本を読まないとバカになるぞ」って言われて文庫本を兄貴にたくさん投げつけられたことがあったんです。その中に一冊だけ面白い作品があって、それを読んだらだんだん本が好きになっていきました。それと同時に「書いたほうがいい」と言われて無理やり日記を書き始めたんです。空も好きだったので、ポエマーっぽくなっていきました。いま読み返すと恥ずかしいけど、それを続けていました。喫茶店も好きで、喫茶店に入ると何か書くのが癖になっていました。今となってはカバンにノートが入っていないと不安です。ペン2本とノートは必ず持ち歩いてます。

思いついたことをスマホにメモしていたこともあったが、その方法では歌になりにくいと話した。

前野:今はみんなスマートフォンで歌詞が書けてしまうので、慣れたらそっちがよくなるかもしれませんが、ノートに書くことで体に入れることができるんです。
吉岡:作品数の多さは、日頃から書き残す習慣があるからなんでしょうね。


■大事な場所

後半では、前野の「今でも大事だと思う場所」を訊いた。

前野:最初に一人暮らしをした、風呂なしで3万7000円のアパートですね。場所は世田谷区松原5丁目。ここに5年半住みました。場所的には京王線の明大前駅、京王井の頭線の東松原駅、小田急線の豪徳寺駅、東急世田谷線の松原駅の真ん中あたりだったんです。ここは思い出深いですね。どんな思い出なのかは......ちょっと言えないです。
吉岡:言えないんですか(笑)。

さらに、思い出の喫茶店もあるという。

前野:東松原駅の東亜コーヒーショップには毎朝のように行ってました。当時は200円でコーヒーが飲めたんです。8時ぐらいに行ってノートを広げて、200円のコーヒーで粘って、通勤通学で向かう人たちを眺めながら、前夜に起きたこととかを歌みたいにして書いてました。そのあと、部屋に戻って曲をつけて、安いマイクと安い機材で宅録する作業をずっとやってました。その癖がまだ抜けてなくて、思い出すと興奮してきます。

さらに、恋人と別れたあとの切ないエピソードも......。

前野:当時、別れた恋人が線路越しに住んでいました。20代の頃ってどうかしてますよね。100メートルくらいしか離れてないのに「絶対に会わない」「会ってたまるか」って言いながら、ちょっと離れたところからアパートの明かりがついてるかどうかを見るんですよ。20年くらい前の私は、まっすぐというか暴走してたんでしょうね。
吉岡:今もピュアピュアですよ。
前野:いや、ドロドロですよ(笑)。

そのほか、本やCDが雑然と置かれているという自宅の様子や、疲労回復の秘策などを話して盛り上がった。

前野は、11月30日(土)には鶯谷・ダンスホール新世紀にて「前野健太 デビュー12周年公演」が開催される。また、2020年には出演した映画『猿楽町で会いましょう』が公開される。要チェック!

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J-WAVE『UR LIFESTYLE COLLEGE』では、吉岡がゲストとともに、より豊かなライフスタイル、よりいい生き方を考える。放送は毎週日曜の18時から。お楽しみに!

【この記事の放送回をradikoで聴く】
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【番組情報】
番組名:『UR LIFESTYLE COLLEGE』
放送日時:日曜18時-18時54分
オフィシャルサイト: https://www.j-wave.co.jp/original/lscollege/

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