
国立民族学博物館教授で文化人類学者の島村一平さんが、モンゴルにおけるヒップホップ事情について解説した。
この内容をお届けしたのは、2月27日(木)放送のJ-WAVE『PEOPLE'S ROASTERY』(ナビゲーター:長井優希乃)のコーナー「MY FIELD NOTE」。多彩なゲストとのトーク、世界のミュージックシーンから集めた心地よい音楽をお届けするコーナーだ。
長井:私のまわりでも「モンゴルのヒップホップやラップが熱い」という声を聞きます。単刀直入に、モンゴルのヒップホップは熱いですか?
島村:熱いですね。モンゴルは人口が350万人ほどの国ですが、ヒップホップの曲は動画再生回数で数百万回というのが当たり前なんです。
長井:人口より多い?
島村:なかには2,000万回を超える曲もありまして、それぐらい聴かれています。
長井:国民ひとりあたり7、8回は再生しているぐらいですね。
島村:ヒップホップの有名なグループのライブになると、だいたいスタジアムで5万人ぐらい入ります。
長井:人口から考えると、ものすごい割合の方がヒップホップに親しみを持つというか、浸透しているということですよね。具体的には、どのくらい前から人々のあいだにヒップホップが浸透し始めたのでしょうか?
島村:モンゴルは1992年まで社会主義国でした。ですから、アメリカのヒップホップの文化が入ってくるのがちょっと遅くて、1990年代の半ばぐらいからです。初めてラップができたのが1997年で、流行り出すのは2000年代ぐらいからですね。
長井:体感としては最近、みんながヒップホップを作り始めて聴き始めているという感じですよね。
島村:いまではもう、ヒップホップがいちばん人気のあるジャンルになっています。
首都のウランバートルは人口およそ170万人、高層ビルが立ち並ぶほど発展しているというモンゴル。ヒップホップが流行したのには文化的な背景があるという。
島村:もともと彼らは遊牧民ですので、口で語る口承文芸というものがすごく発達していました。移動生活をするから本を持ち歩くのは重いじゃないですか。だから文学もそうですし、みんな口で語る、つまり暗記します。そのときに必ず韻を踏むんです。だから「韻踏みの文化」の伝統が何千年もあって。ことわざから、わらべ歌から、お祝いの言葉から、呪いの文句まで、全部韻を踏んでいるんですね。それがアメリカのヒップホップと出会ったとき、素直に受け入れられたという部分はすごくあると思います。
長井:韻を踏むことで記憶して、思い出しやすくするという文化がもともとあったということなんですね。
島村:長いもの、物語でしたら三日三晩語りますが、全部韻を踏みながらある程度、記憶していくわけです。それを語り伝えています。
島村:彼女は大学で心理学を専攻した、非常にナードな感じのラッパーです。あえてライムを使わずにパーカッシブなラップに挑んだ『Sugar mama』という曲があります。
番組ではNeneの『Sugar mama』をオンエアした。
長井:めちゃ格好いいです。ライムを使わずラップをするなんて、できるんだ。しかも心理学を学びながらというところも、すごいと思います。Neneしかり、フィメールラッパーがすごく格好いいなというイメージがあります。モンゴルでは女性のラッパーは台頭していますか?
島村:かなり出てきています。いま紹介したNeneが、いまいちばん人気があるフィメールラッパーだと思います。世代によって聴くラッパーが違ったりして、30代ぐらいになるとまた別のMrs Mというラッパーがいて、彼女が大人気です。
長井:覆面のフェミニストラッパーですよね。いろいろと気になります。モンゴルでの女性の社会的な立ち位置についても伺いたいです。
島村:モンゴルというとチンギス・ハーンといった、非常にマッチョなイメージが強いですよね。ところが実は、医者や弁護士、教師の7割が女性という、非常に女性が活躍する国なんです。専業主婦というのは、ほとんどいません。女性の社会的地位が非常に高くて、社会的にも活躍している国、それがモンゴルです。
長井:がぜん気になってきました。それは社会主義だった影響も大きいのでしょうか?
島村:社会主義時代、1930年代には選挙権や被選挙権が男女平等になったりしていました。でも、それ以前に遊牧社会というのは、そもそも女性の社会的地位が高かったんです。財産の処分権とか女性にありましたし、大ハーン(皇帝)が亡くなると次の大ハーンを決めるのは選挙ですが、それまでのあいだはだいたい皇后が全部、国の政治を担います。
続いて紹介したのはPacrap。2Pacを非常にリスペクトしていることから、このステージネームになっているのだとか。
島村:彼はロシア国境近くの辺境の出身ですが、非常にきつい社会批判をすることで有名なMCです。今回紹介する曲は、コロナ禍のときのモンゴル政府の対応を批判した曲で、これがまた反政府デモなどと連動して、実際に内閣が総辞職することにもなったという、いわくつきの曲です。
番組ではPacrapの『Give Me Justice 2』をオンエアした。
長井:これも格好いい。これで実際にモンゴルの政府が総辞職してしまう、すごいですね。
島村:これだけではないですが、すごいデモがあって。ラッパーである彼自身もデモに参加しています。デモの最中、24時間ぐらいで曲を作って、すぐにアップしたら1日か2日で50万回ぐらい聴かれました。ある種のアンセムみたいになっていくわけですね。
長井:社会運動と音楽は密接に関わっていますが、ここまで力を持つのは個人的にはすごくいいなと思っています。ラップで政治や社会を批判したり、風刺したりするラッパーはモンゴルには多いですか?
島村:日本と比べると多いと思います。
島村:私は昔、テレビの制作会社で働いていまして、たまたまモンゴルに行ったのがきっかけです。ロケ終わりにぼんやりと星を見ていたら「前世、ここで生まれたんじゃないだろうか」と思えてきたんです。ある種の妄想が暴走して(笑)。会社を辞めて留学しちゃったんです。それでシャーマンのことが興味あるので、研究を始めました。地方に行くとシャーマンは大きなドラムを叩きながら、霊を憑依させるんですが、そのときに韻を踏んだ歌を歌うんです。「韻を踏んでいるなあ」と思って。それでウランバートルに帰ってきたら、またウランバートルではヒップホップが流行っていて、また韻を踏んでいると。だから地方に行ってもシャーマンが韻を踏んでいて、街に帰ってきてもラッパーが韻を踏んでいて「これはなにか関係があるんじゃないかな」と思い、ラップの研究も始めました。
長井:きっかけはシャーマニズムからなんですね。地方のシャーマニズムと都市のラップの連続性を感じるという。すごい研究だなあ。
島村:ビートは全然違うんですけどね(笑)。
長井:でも文化的な、もともとあった韻のカルチャーと現代におけるラップやヒップホップとの関わりというのが面白いです。いまでもシャーマンの人は多いんですか?
島村:一時期、14、5年前は人口の1パーセントぐらいがシャーマンになるぐらいいましたが、いまようやく冷めてきて。一時期の数分の1ぐらいにはなっていますが、ウランバートルなんかにも普通にいます。
長井:日常のことなんですね。モンゴルのヒップホップはこれからどうなっていくと思いますか?
島村:相変わらず人気がありますので、人気が続いていくとは思います。最近、彼らは英語で歌うということをし始めています。海外に出て行こうと、どうやら考えているみたいです。いずれ、ひょっとして日本のシーンにも登場するような時代がくるのかもしれないなと思っています。
J-WAVE『PEOPLE'S ROASTERY』のコーナー「MY FIELD NOTE」では、曜日別で登場するゲストが人々の好奇心を刺激する。放送は月曜~木曜の14時ごろから。
この内容をお届けしたのは、2月27日(木)放送のJ-WAVE『PEOPLE'S ROASTERY』(ナビゲーター:長井優希乃)のコーナー「MY FIELD NOTE」。多彩なゲストとのトーク、世界のミュージックシーンから集めた心地よい音楽をお届けするコーナーだ。
モンゴルに浸透しているヒップホップ
島村一平さんは1998年にモンゴル国立大学大学院修士課程を修了。著書に『ヒップホップ・モンゴリア -韻がつむぐ人類学-』(青土社)、『憑依と抵抗 ――現代モンゴルにおける宗教とナショナリズム』(晶文社)などがある。長井:私のまわりでも「モンゴルのヒップホップやラップが熱い」という声を聞きます。単刀直入に、モンゴルのヒップホップは熱いですか?
島村:熱いですね。モンゴルは人口が350万人ほどの国ですが、ヒップホップの曲は動画再生回数で数百万回というのが当たり前なんです。
長井:人口より多い?
島村:なかには2,000万回を超える曲もありまして、それぐらい聴かれています。
長井:国民ひとりあたり7、8回は再生しているぐらいですね。
島村:ヒップホップの有名なグループのライブになると、だいたいスタジアムで5万人ぐらい入ります。
長井:人口から考えると、ものすごい割合の方がヒップホップに親しみを持つというか、浸透しているということですよね。具体的には、どのくらい前から人々のあいだにヒップホップが浸透し始めたのでしょうか?
島村:モンゴルは1992年まで社会主義国でした。ですから、アメリカのヒップホップの文化が入ってくるのがちょっと遅くて、1990年代の半ばぐらいからです。初めてラップができたのが1997年で、流行り出すのは2000年代ぐらいからですね。
長井:体感としては最近、みんながヒップホップを作り始めて聴き始めているという感じですよね。
島村:いまではもう、ヒップホップがいちばん人気のあるジャンルになっています。
首都のウランバートルは人口およそ170万人、高層ビルが立ち並ぶほど発展しているというモンゴル。ヒップホップが流行したのには文化的な背景があるという。
島村:もともと彼らは遊牧民ですので、口で語る口承文芸というものがすごく発達していました。移動生活をするから本を持ち歩くのは重いじゃないですか。だから文学もそうですし、みんな口で語る、つまり暗記します。そのときに必ず韻を踏むんです。だから「韻踏みの文化」の伝統が何千年もあって。ことわざから、わらべ歌から、お祝いの言葉から、呪いの文句まで、全部韻を踏んでいるんですね。それがアメリカのヒップホップと出会ったとき、素直に受け入れられたという部分はすごくあると思います。
長井:韻を踏むことで記憶して、思い出しやすくするという文化がもともとあったということなんですね。
島村:長いもの、物語でしたら三日三晩語りますが、全部韻を踏みながらある程度、記憶していくわけです。それを語り伝えています。
モンゴルのラッパーの楽曲を紹介
ここで実際に曲を聴いてみることに。最初に島村さんが紹介したのはフィメールラッパーのNene。島村:彼女は大学で心理学を専攻した、非常にナードな感じのラッパーです。あえてライムを使わずにパーカッシブなラップに挑んだ『Sugar mama』という曲があります。
番組ではNeneの『Sugar mama』をオンエアした。
NENE - Sugar Mama (Official Music Video)
島村:かなり出てきています。いま紹介したNeneが、いまいちばん人気があるフィメールラッパーだと思います。世代によって聴くラッパーが違ったりして、30代ぐらいになるとまた別のMrs Mというラッパーがいて、彼女が大人気です。
長井:覆面のフェミニストラッパーですよね。いろいろと気になります。モンゴルでの女性の社会的な立ち位置についても伺いたいです。
島村:モンゴルというとチンギス・ハーンといった、非常にマッチョなイメージが強いですよね。ところが実は、医者や弁護士、教師の7割が女性という、非常に女性が活躍する国なんです。専業主婦というのは、ほとんどいません。女性の社会的地位が非常に高くて、社会的にも活躍している国、それがモンゴルです。
長井:がぜん気になってきました。それは社会主義だった影響も大きいのでしょうか?
島村:社会主義時代、1930年代には選挙権や被選挙権が男女平等になったりしていました。でも、それ以前に遊牧社会というのは、そもそも女性の社会的地位が高かったんです。財産の処分権とか女性にありましたし、大ハーン(皇帝)が亡くなると次の大ハーンを決めるのは選挙ですが、それまでのあいだはだいたい皇后が全部、国の政治を担います。
続いて紹介したのはPacrap。2Pacを非常にリスペクトしていることから、このステージネームになっているのだとか。
島村:彼はロシア国境近くの辺境の出身ですが、非常にきつい社会批判をすることで有名なMCです。今回紹介する曲は、コロナ禍のときのモンゴル政府の対応を批判した曲で、これがまた反政府デモなどと連動して、実際に内閣が総辞職することにもなったという、いわくつきの曲です。
番組ではPacrapの『Give Me Justice 2』をオンエアした。
Pacrap - Give Me Justice 2 (Official Music Video)
島村:これだけではないですが、すごいデモがあって。ラッパーである彼自身もデモに参加しています。デモの最中、24時間ぐらいで曲を作って、すぐにアップしたら1日か2日で50万回ぐらい聴かれました。ある種のアンセムみたいになっていくわけですね。
長井:社会運動と音楽は密接に関わっていますが、ここまで力を持つのは個人的にはすごくいいなと思っています。ラップで政治や社会を批判したり、風刺したりするラッパーはモンゴルには多いですか?
島村:日本と比べると多いと思います。
きっかけはシャーマニズムの研究から
長井は島村さんに、モンゴルの研究をすることになった経緯について訊いた。島村さんのある種の「思い込み」が行動を後押ししてくれたという。島村:私は昔、テレビの制作会社で働いていまして、たまたまモンゴルに行ったのがきっかけです。ロケ終わりにぼんやりと星を見ていたら「前世、ここで生まれたんじゃないだろうか」と思えてきたんです。ある種の妄想が暴走して(笑)。会社を辞めて留学しちゃったんです。それでシャーマンのことが興味あるので、研究を始めました。地方に行くとシャーマンは大きなドラムを叩きながら、霊を憑依させるんですが、そのときに韻を踏んだ歌を歌うんです。「韻を踏んでいるなあ」と思って。それでウランバートルに帰ってきたら、またウランバートルではヒップホップが流行っていて、また韻を踏んでいると。だから地方に行ってもシャーマンが韻を踏んでいて、街に帰ってきてもラッパーが韻を踏んでいて「これはなにか関係があるんじゃないかな」と思い、ラップの研究も始めました。
長井:きっかけはシャーマニズムからなんですね。地方のシャーマニズムと都市のラップの連続性を感じるという。すごい研究だなあ。
島村:ビートは全然違うんですけどね(笑)。
長井:でも文化的な、もともとあった韻のカルチャーと現代におけるラップやヒップホップとの関わりというのが面白いです。いまでもシャーマンの人は多いんですか?
島村:一時期、14、5年前は人口の1パーセントぐらいがシャーマンになるぐらいいましたが、いまようやく冷めてきて。一時期の数分の1ぐらいにはなっていますが、ウランバートルなんかにも普通にいます。
長井:日常のことなんですね。モンゴルのヒップホップはこれからどうなっていくと思いますか?
島村:相変わらず人気がありますので、人気が続いていくとは思います。最近、彼らは英語で歌うということをし始めています。海外に出て行こうと、どうやら考えているみたいです。いずれ、ひょっとして日本のシーンにも登場するような時代がくるのかもしれないなと思っています。
J-WAVE『PEOPLE'S ROASTERY』のコーナー「MY FIELD NOTE」では、曜日別で登場するゲストが人々の好奇心を刺激する。放送は月曜~木曜の14時ごろから。
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