作家・戌井昭人が語る芥川賞とは? 『すっぽん心中』の着想は、とあるヤンキーカップルから

作家、俳優の戌井昭人が、1月に発売された『芥川賞落選小説集』(筑摩書房)や、作品のテーマの見つけ方などについて語った。

戌井が登場したのは、2月25日放送のJ-WAVE『BEFORE DAWN』(ナビゲーター:燃え殻)だ。

戌井を引き寄せた言葉は「温泉」

戌井は1971年東京生まれ。文学座を経て、97年にパフォーマンス集団・鉄割アルバトロスケットを旗揚げし、脚本から出演までこなす。2008年『鮒のためいき』で小説家デビューし、これまでに5回、芥川賞の候補になっている。

燃え殻:そもそも、戌井さんと僕の出会いは7年前です。

戌井:燃え殻さんが、まだ(小説を)書く直前ですよね。そこで編集の方と会って。

燃え殻:新潮社の編集の方と、お正月のプロレスを作家の方々と観に行くという謎の会があって、そこで戌井さんとお会いしたのが初めてでした。先日『BEFORE DAWN』で温泉をテーマにしたエッセイを僕が朗読したところ、戌井さんからメッセージを本当に7年ぶりぐらいにいただいて「あれよかった」と言ってくれて。

戌井:みなさんが燃え殻さんにメッセージを送るじゃないですか。あのファンの気持ちで送っちゃいました。

燃え殻:うれしい。

戌井:「温泉」という言葉を言うとき、本当に温泉と“ばっちり”な感じで。送らずにはいられなくなってしまって。送らせてもらったら、燃え殻さんがちょうど(自分の)本を読んでいると。

燃え殻:そうなんです。町田 康さんと対談をされていましたよね。町田さんには書評とかを書いてもらったことがあって。

戌井:燃え殻さんの本の解説を書かれていますよね。

燃え殻:それで遅ればせながらなんですが、「『芥川賞落選小説集』がいま出てる!」と思って買いました。

渋谷系への憎悪と「うう……」

続いて、『芥川賞落選小説集』の話題に。同作は5回の芥川賞落選を経験した戌井の芥川賞落選5作品と、川端康成文学賞受賞作を1作品を含んだ内容となっている。

燃え殻:読み途中なんですが、戌井さんのほかの小説やコラムを読んでいて、いつも思うんです。気が小さいような、適当であるような登場人物がいて。力が抜けているんですけど、存在感がある人たちが出てくる。物語を誰かが回すというよりも“がちゃがちゃ”とみんなでいじって、お祭りが終わったみたいに最後はいなくなっちゃうみたいな、それが大好きなんです。

戌井:ありがとうございます。

燃え殻:今回もそういう話なのかな? と思いながら、一つひとついま読んでいる最中です。もし、最初に読むとしたら『まずいスープ』ですかね?

戌井:どれがどう好きで、というのはあるけど『ぴんぞろ』が好きだったのはあって。『まずいスープ』は最初なので、いろいろ書きすぎているなというのはあります。『まずいスープ』を読んで、今回燃え殻さんと会うから、最初に燃え殻さんが書いた……。

燃え殻:『ボクたちはみんな大人になれなかった』ですね。

戌井:時代的に同じですよね。年齢もたぶん同じぐらいの人が『まずいスープ』にもいて。バブルのあとくらいで世の中は浮かれているけど、俺は団子屋でバイトしている、みたいな。燃え殻さんは渋谷系に素直に憧れを持っているじゃないですか。俺は渋谷系を憎悪していたというか(笑)。なんかうらやましくて。「なんだあいつら、俺はなんでこうなんだ」みたいなのがあって。

燃え殻:一緒です。憎悪もありました。

戌井:「なんだあいつら、同年代なのに楽しそうじゃないか」という気持ちからなっている。勝手に似ていると言ってはあれですが『まずいスープ』を読んで、今回来るときに燃え殻さんの作品を読み直したら、そう思いました。時代というか。

燃え殻:たぶん、戌井さんと感覚が近いと僕は思ったんです。でも、同じものを見たときに面白いと思うんだけど、「面白いと思っている点」が違うんだなと思って。渋谷系の話でも、僕は渋谷系に憧れて、たぶん憎悪もあったんだけど、知っているふりとかしていたんです。でも全然入れない。さらに工場で働いたりしているから、渋谷系とまったく違っていて。僕はフリッパーズギターとか言っていても、工場で働いている人たちからしたら「なに言っているんだお前は」という感じなんですよね。そこと戌井さんの『まずいスープ』の世界観は違うけど、なんか取り残されていて。でもその時代に生きちゃっているし、という感じの「うう……」という。

戌井:そう「うう……」があるかなという。

燃え殻:違うかたちだけど、それは人の表現の仕方が違うだけで、産みの成分は近いのかもしれないなと。

戌井の筆致は「いい落語を観ているよう」

戌井:最初に燃え殻さんの本を読んだのは、本が出たときに「燃え殻さんはあのときプロレスで会った人だ」と思っていたら、新橋のサウナに置いてあったんですよ。置きました?

燃え殻:そんなピンポイントで置いてないです(笑)。

戌井:新橋のサウナの雑誌が置いてあるコーナーになぜか1冊置いてあって。

燃え殻:誰か置いてくれたのかな。

戌井:そのあと買いましたけど、その場で全部読んじゃいました。燃え殻さん、すごいキャンペーンしているなと思って(笑)。

燃え殻:そんなサウナキャンペーンしてないです(笑)。今度、一緒にします?

戌井:サウナに勝手に置きに行くのはいいかもしれない(笑)。

燃え殻:僕は戌井さんとはまったく違うかたちで、いろいろなところで書いていたので「まったく違うし、戌井さんもあまり接点ないな、悔しいな」と思いながら、勝手に読んでいました。僕の周りには、戌井さんの小説や鉄割(アルバトロスケット)を観に行く人が多くて。いつも僕は、本を読んでいて集中力が続かなかったりするんです。でも、それでも許してくれそうな、いい落語を観ているみたいな。うとうとしてちょっと寝ちゃって、起きたらまだおじいさんの落語家がやっているんだけど、でもやっぱりちょっと面白くて。筋がわからないけど、笑っちゃったりとか。戌井さんの小説って、そんな感じなんですよね。

戌井:たぶん、自分もそんな気持ちで書いています。たいしたこと書いてないじゃないですか(笑)。

燃え殻:そんなことはないです(笑)。

戌井:「ここでこう思え」とか、みんなを扇動させるようなことも書いてないし、切り取ったことをぽつぽつと書いていて。勝手な共通点を言っているけど、燃え殻さんもそうですよね。

燃え殻:そうです。

戌井:小さなコツコツを。エッセイとかを読んでいると本当に面白いですもん。共感とかそういうのもあるけど、なにか違う。普通の街を見ているみたいな気持ちになれて、それはとても楽しいです。

5回の芥川賞候補、そして落選を経て

燃え殻が戌井に芥川賞への想いを問いかけるひと幕があった。

燃え殻:これは本当に訊きたかったんですが、戌井さんにとって芥川賞はどういうものなんでしょうか。

戌井:なんなんでしょうね。好きだけど絶対に振り向いてくれなかった人というか。好きにさせられますよね、候補になったら。好きというか、いただけるものならいただきたいし。いつも毎回、賞金をなにに使おうかとか考えてます。よこしまな考えばかりなんですけど(笑)。

燃え殻:5回も(候補に)入るって、すごいですよね。

戌井:どうだったんでしょうね。

燃え殻:編集の方とどこかで待っているんですか?

戌井:それこそ、樋口毅宏さんと待ったことがあります。落ちる電話がかかってくるじゃないですか。それで「落ちました」と。みなさんが「でもでも」と言うけど「大丈夫ですから」と飲みに行く、というのが5回続きました。

燃え殻:すごい世界だな。僕とはまったく違うので。

『すっぽん心中』はヤンキー風カップルから着想!?

小説のテーマの見つけ方や、取材に関する話題に。戌井は『すっぽん心中』が生まれるきっかけとなったエピソードを語った。

燃え殻:作家の先輩に伺いたいことがいろいろとあります。小説のテーマや書きたいことはどうやって見つけていますか?

戌井:本当にうろうろして。見つけようと思っても、見つかるものではないですよね。あと、ふとしたときに浮かぶのもあったり、うろうろして見つけたことを覚えておくとかメモをしておく、という感じです。

燃え殻:「小説を書きなさい」という依頼がきて、ちょっとうろうろする感じですか? それとも常々?

戌井:勝手にうろうろしていたのはあります。

燃え殻:そこで1個定まって、そこから取材とかするんですか?

戌井:取材はたまにします。だいたい自分が経験したこととかを書いていくので、それに対してすごく取材することはないです。だから、行っていない場所とかは書かないかな。

燃え殻:僕もそうなっちゃいます。

戌井:『すっぽん心中』というのは霞ヶ浦だから、そのときだけ「ちゃんと1回行ってみよう」と霞ヶ浦に行きました。あれが取材だったのかなんなのか、ただうろついただけですけど。

燃え殻:それはなぜ霞ヶ浦にしたんですか?

戌井:浅草に住んでいたときに、友だちがすっぽん屋を奢ってくれるとなって行ったときに、そのすっぽん屋の人が「このあいだ、ヤンキーみたいなカップルが来て『すっぽんを霞ヶ浦でとってきたから買ってくれ』と言われたんだけど」と(笑)。「あんなの買わねえよ。養殖のほうがうまいんだ」みたいなことを大将が言っていたんですよ。

燃え殻:面白い。

戌井:それがずっと頭に残っていて「あれは小説になるぞ」と3、4年後に短編を書くことがあったので「あれ書いてみよう」と思って書いて。でも、霞ヶ浦に行かなきゃと思って、それは行きました。そんな素敵なヤンキーの2人がね、すごくいい話だなと思って。

戌井昭人の最新情報は、ASLAND CRUISEの公式サイトまで。

小説家・燃え殻による、東京の真夜中に綴るトークラジオ『BEFORE DAWN』の放送は毎週火曜の26時から。
radikoで聴く
2025年3月4日28時59分まで

PC・スマホアプリ「radiko.jpプレミアム」(有料)なら、日本全国どこにいてもJ-WAVEが楽しめます。番組放送後1週間は「radiko.jpタイムフリー」機能で聴き直せます。

番組情報
BEFORE DAWN
火曜
26:00-27:00

関連記事