スラム街の“暮らしの知恵”に衝撃─『ハイパーハードボイルドグルメリポート』上出遼平に聞く、海外と旅

テレビディレクター・上出遼平が、印象的だった海外ロケを振り返り、ニューヨークでの生活について語った。

上出が登場したのは、ゲストに様々な国での旅の思い出を聞く、J-WAVEで放送中の番組『ANA WORLD AIR CURRENT』(ナビゲーター:葉加瀬太郎)。オンエアは4月27日(土)。

再生は5月5日(日)28時ごろまで

自分のやりたいことを叶えられそうな場所がテレビ局だった

上出遼平は1989年の東京都生まれ。2011年にテレビ東京入社。自身が企画、演出、撮影、編集など番組制作の全過程を担うドキュメンタリー番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(テレビ東京)が人々の話題を集め、2019年にギャラクシー賞を受賞した。

2022年6月をもってテレビ東京を退社し、フリーに転向。2023年8月からは、活動の拠点をニューヨークに移した。現在は映像制作、書籍の執筆、Podcastなどマルチに活動中だ。

まずは、上出からテレビ局に入った経緯を訊いた。

葉加瀬:どういった経緯でテレビ局に?

上出:流れでテレビ局に入ったのが事実ですね。

葉加瀬:では、テレビ局で何をするのかはよくわかっていなかった?

上出:そうですね。ただ、もともと文章を書くのが好きだったのと、ものづくりが仕事になったらいいなという思いはぼんやりとありました。あと、旅をよくしていたので、いろんなところでいろんな人と話せるといいなと考えていたんですね。そういったことを合わせると、テレビ局で番組制作に携わるのはフィットしていたように思います。

葉加瀬:でも、入ってすぐ思い通りになるわけではないよね?

上出:ないですね。ただ、今お伝えしたようなモチベーションの部分で言えば、運よく番組制作の部署に配属されたんですね。なおかつ、当時は海外ロケ番組が流行り始めた時期だったんです。なので、「僕は英語ができますよ」と(アピールした)。できないんですけどね。中国語もできますとか。

葉加瀬:中国語は(笑)?

上出:もちろんできないです。そういうことを言うことによって、連れて行かれることを実現しました。それで“海外ロケキャラ”が馴染んだので、下っ端として海外ロケに出向き、「こいつがいればなんとかなるぞ」というキャラクターになりました。

スラム街の“暮らしの知恵”に衝撃を受ける

数々の海外ロケを経験した上出。印象に残っているのは「ケニアのスラム街」だという。

上出:僕にとってすごく重要な経験をした国はいくつかあります。テレビってそもそも、人が行っていないところに行ってカメラを回し、その映像をお届けする役割があるじゃないですか。僕はテレビ局の中でタフな人間だったものですから、危ない場所や貧しい場所といった、現地の人も近付かないところに行くことが多かったんですね。

好奇心を持って知られざる世界に足を踏み入れた上出だったが、自身の想像の範疇を超えた経験もあったという。

上出:たとえば、ケニアのあるスラム街に行ったときです。丘の上からスラム

街を見渡したときに、トタンの屋根にいっぱいペットボトルが突き刺さっているのが見えたんですね。それで、何が起こっているんだと訊きに行くわけですよ。中に入ると、外光を取り込むための“電気”の役割を果たしていることがわかりました。

葉加瀬:なるほど!

上出:そういうことかと思いました。しかも、ペットボトルには水が入っていたのですが、住人から「漂白剤をひとさじ入れることで濁らない」と教えていただきました。ペットボトルの形状によって光の散り方が違うから、好きなペットボトルの空き容器を教えてもらったりもしましたね。その工夫に僕がこんなに興奮したのだから、視聴者もきっと興奮してくれるだろうと、もしかしたら身につまされるだろうと(思った)。すべてを与えられた世界での、脳の動きの鈍り方にみんなが気付くんじゃないかと思ったんですね。

ニューヨーク暮らしが“快適”な理由は?

フリーランスとなった上出が再出発の地にニューヨークを選択した理由はなんだろう?

葉加瀬:再出発の地を東京ではなくニューヨークに選ばれたのはなぜですか?

上出:テレビ東京を辞めた理由とほぼ同じですね。心地よい空間に居続けることが恐ろしかった感覚です。東京で生まれて育っておりますので、30年以上東京にいるので安心する空間なんですよね。ただ、せっかく会社を辞めたので自由じゃないですか。しかも、コロナ禍を機にいろんなところで仕事ができることをわかってしまった状況だったので、東京に居続ける理由がなくなったんです。当時、妻も会社を辞めていたので、「どこかに行くとして、一番“激しい”場所はどこだろう」ということで、ニューヨークになりました(笑)。

葉加瀬:ニューヨークってまさにそういう街ですもんね。

上出:「物足りない」と感じる人たちで形成されている街なので、やっぱりすごいですよね。

葉加瀬:快適ですか?

上出:すこぶる快適です。人々からエネルギーを感じます。何かに挑戦しようとする人がたくさんいますから、そういう人たちと同じ空間にいるだけで、背中をずっと押され続けている感覚がありますね。さらに言えば、(街全体の)ベースが“肯定”だと感じるんですね。たとえば、こんなに汚い服を着て歩いていても「いいね!」みたいな感じになると(笑)。だけど、日本だと逆のパターンが多いかなと思うんですよね。

葉加瀬:そうだよなあ。

上出:その時点で、普通に生活するうえでのストレスが全然違うんですよね。否定されないから、自分を表現したいなと思えば、どんどん(アイディアが)芽生えてくるんですよね。親子の教育においても同じことが言えて、「きっとこうすれば褒めてもらえるだろう」という思いで(子どもが)いろんなことをやってくれる気がするんです。その環境は、僕にとって本当に心地よいですね。楽しい。

葉加瀬:いいね!

カフェでの仕事も大きな刺激になる

上出がニューヨークでお気に入りの場所は、マンハッタンやブルックリンに店を構える書店「McNally Jackson Books」だ。

上出:すごくかわいい本屋さんで、1階にカフェがついています。家でずっと仕事するのが苦手なので、僕は毎日のようにそこへ行って原稿を書いたりしています。

葉加瀬:書斎の代わりですね。

上出:そうすると、カウンターでカプチーノを作っている店員さんから「何しているの?」という話になって。「本を書いているんだ」「僕の本も3カ月後に出るよ」みたいなやりとりがあったら、隣でカタカタとパソコンを操作していた女性も「私も5年間書き続けているの」と。なんだかすごいなって思いました。みなさん外国からニューヨークに来ている方で、だけど英語で本を書くことにこだわっていたんですね。「ようやくこれぐらい書けるようになった」みたいな話を聞くと、自分もやらなきゃという気持ちになったりします。そういうことも、日本ではあまりなかったんですよね。

葉加瀬:生活するうえでの充実感みたいなものが、もっとも日常的な瞬間に感じられるほど、幸せなことってないよね。

上出:そうなんですよね。無理やりそういった充実感を得に行こうとしているわけではなく、ただ仕事をしていたらそういうことが起こるんです。本当におっしゃる通りだと思います。その幸せレベルはかなり高いですね。

“想像上の強さ”に価値を置く時代に一石を投じたい

上出は2023年11月、小説『歩山録』(講談社)を発売した。書籍は奇想天外で予測不能なストーリー展開のスーパーサイケデリックマウンテンノベルだ。

葉加瀬:『歩山録』、面白かったです。上出さんにとって登山は身近なものですか?

上出:かなり身近です。西東京の生まれなので、家族でどこかに出かけるとなると、奥多摩や甲府の山を歩くことが多かったですね。逆にそれ以外を知らないぐらいでした。

葉加瀬:筋金入りだね。

上出:当時、火が好きでずっと焚火をしていました。まつ毛が燃えて全部なくなっちゃって、いつも毛がない状態で過ごしていたぐらい、親しみがありますね。

葉加瀬:なるほど(笑)。小説にされたことは自然な流れですか?

上出:はい。『歩山録』は『群像』という講談社の文芸誌で連載していたものを書籍化したのですが、連載の話を持ち掛けていただいたときに、なんとなく山歩きの話をまずはしようかなと思ったんですね。だけど、ただの山歩きの話を書くわけにはいかないなという思いもありました。僕の山登りの経験を動員して、現実の曖昧さを(表現した)。都市ってすべてが理解可能なように、人間によって作られているじゃないですか。だけど、一歩都市を出たらまったく理屈が通用しないというか。山には熊がいれば天候も荒れるし、低体温症で死ぬリスクもある。そういった恐ろしさを小説という形で書きたいと思いました。

葉加瀬:(作品には)死生観も出てきますし、なんのために生きるのかという話が出てきますよね。

上出:そうですね。僕自身、作品に登場する人間とすごく近しい思考回路を持っているんですよね。東京で生まれ育っていることもあるので、どうしてもすべてを理屈で考えようとしますし、今の時代的に理屈がもてはやされているとも思っているんですよ。そういう価値観が僕にもあるんですけど、山で石につまずいて転んだとしても、石を論破することってできないですよね。想像上の強さでしかないものがもてはやされている、その危うさを指摘しようとして、こういう話を書きました。わけがわからない話ですけどね(笑)。

葉加瀬:だからこそ、スーパーサイケデリックマウンテンノベルと言えるのではないでしょうか。素敵だと思います。最後にお聞きします。上出さんにとって、旅とはなんですか?

上出:みなさん同じことをおっしゃっているかもしれませんが、“人生”です。僕にとって旅と人生は同義ですね。それ以外の言い方が見当たらないです。

葉加瀬太郎がお届けする『ANA WORLD AIR CURRENT』は、J-WAVEで毎週土曜19:00-20:00オンエア。
radikoで聴く
2024年5月4日28時59分まで

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番組情報
ANA WORLD AIR CURRENT
毎週土曜
19:00-19:54

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