イタリアにおける「最高のワイン」とは何か? 葉加瀬太郎とワインジャーナリストが食や街の魅力を語る

イタリアの食文化や魅力について、ワインジャーナリストの宮嶋 勲が語った。

宮嶋が登場したのは、ゲストにさまざまな国での旅の思い出を聞く、J-WAVEの番組『ANA WORLD AIR CURRENT』(ナビゲーター:葉加瀬太郎)。ここでは、3月1日(土)にオンエアした内容をテキストで紹介する。

まるで舞台装置のようなローマの街並

宮嶋 勲は1959年生まれ、京都府出身。東京大学経済学部卒業後、イタリアに渡り1983年から1989年までローマの新聞社に勤務。長年にわたって食とワインをテーマに執筆活動を行い、2014年にはイタリア文化への貢献により、イタリア共和国連帯の星勲章・コメンダトーレ章を受章。現在はイタリアと日本でワインと食について執筆、セミナーの講師、講演を行っている。イタリアのスペシャリストである宮嶋から、ローマの魅力を聞いた。

葉加瀬:僕はローマに初めて行ったときに度肝を抜かれたんですよね。街そのものが遺跡と言っていいじゃないですか。触っていいのかなと思うものが2000年前から全部ありますよね。

宮嶋:おっしゃるとおりですね。

葉加瀬:我々の感覚だったらガラスに入れたり、写真を撮っちゃいけませんって言うようなものじゃないですか。ローマは街ごとが全部そのままって感じですよね。

宮嶋:遺跡がありすぎて守ることもできない感じなんですよね。たとえば、昔はコロッセオから石を取って自分の家を建てていたりしましたから。ローマはイタリア統一で首都に選ばれるまでは本当にすさんでいた場所で、昔の絵を見ると、羊飼いがコロッセオで羊を放牧していたりしたんですよ。

葉加瀬:そうなんですか。

宮嶋:ローマは古代ローマからいろんな時代を生きてきたので雑然としていて、スタイルに統一性がないんですよね。フィレンツェみたいなわかりやすさがないので、最初は「埃っぽいな」というイメージをローマに持っていました。

当初はローマに対する失望感があった宮嶋だったが、暮らしていくうちに街の美しさに気付くようになったという。

宮嶋:暮らしていると突然、街の美しさが出現するんですよ。たとえば、トレヴィの泉って日中は人々がコインを投げたりピザを立ち食いしていてがっくりするんだけど、夜に散歩して訪れると人がいなかったりするんです。そういうときは、まるでフェリーニ監督の映画『甘い生活』の舞台みたいで、自分が主人公になったような気持ちになるんですよね。「自分たちは劇の舞台にいる」みたいな感覚をローマの人は持って生きているんだろうなって思うんですよ。イタリアのおしゃれ感覚も、ああいう舞台装置としてのローマがあるからだと思います。

葉加瀬:たしかに(笑)。

宮嶋:フィレンツェとかは絵葉書のような美しさがありますよね。ローマは切り取るよりも、そのなかで演じたときに急に美しさが出てくるんです。だから、ローマを舞台にした映画がたくさん撮られるのだと思います。

イタリアでもっともおいしいワインは?

続いて、宮嶋はワインとの出会いを振り返った。

葉加瀬:イタリアに行かれる前からワインはお好きだったんですか?

宮嶋:私が1983年に行くまでは税金がものすごく高かったこともあり、ワインは気軽に飲めるものではなかったんですね。イタリアではワインが番茶のように飲まれていて、自分が最初に出会ったワインは瓶詰めもされていないような素朴なものをお店で飲みました。今でもそういったデイリーワインはすごく好きです。

葉加瀬:フレンチのワインとはまるで違って、楽しさと気軽さ、華やかさがあるんじゃないですか?

宮嶋:そうですね。イタリアのワインは食事のお供という感覚から、わりと逸脱しないというか。もちろん、ワインは商品なわけですけども、フランスの場合はどうしても販売する商品という意識が強いんですよね。イタリアにおける最高のワインというのは「俺のおじいさんが作ったワイン」なんですよ。

葉加瀬:オリーブオイルなんかもそうだよね(笑)。みんな「うちのが一番うまい」って言います。

宮嶋:そうなんです。何万円もするワインよりも、自分のおじいちゃんが作ったワインにものすごく価値を見出しますし、それをプレゼントしてくれたりするんですよね。そういう温かさがイタリアの料理に活きている気がします。

葉加瀬:5年ぐらい前、娘とふたりでローマを旅したんですけど、ポポロ広場の「ダル・ボロネーゼ」で食べたパスタがおいしかったなあ。

宮嶋:有名な老舗ですね。芸能関係の方がすごく集まられるところです。

葉加瀬:すごく賑わっていましたし、ローマにいるあいだは何回も行きました。

宮嶋:ローマとか南イタリアというのは、ガイドブックでそんなに高い点は取らないんだけどなぜか行っちゃう、癒されるお店がたくさんありますよね。

短時間でおいしい食事を楽しめる店が増えている

ローマの飲食店では一度座ると長時間滞在するスタイルが当たり前だったが、近年は短時間でおいしい食事を提供する店が増えてきているという。

宮嶋:私は素朴な店が好きなのでいろいろ行くんですけど、1カ月ぐらい前にローマにいたときは「ガブリーニ」という新しい店ができていて。そこは昔から食料品屋さんで、スップリという小さなライスコロッケで有名なところだったんですね。そこのオーナーが変わって、食料品屋なんだけどランチとディナーの時間になったらテーブルが出てきて、いい素材を使った料理を出してくれるんです。今まではそういう店ってなかったんですけど、最近は流行りだしていますね。ご存知のように、イタリアって一度座ると2、3時間は出られないじゃないですか(笑)。

葉加瀬:そうですね(笑)。

宮嶋:たとえば、次の予定があったり、食後に美術館に行きたかったりするときに、簡単に食べられるところがなかなかないんですよね。最近はライフスタイルが変わって、短い時間にいいものを食べられる店が出てきています。そのスタイルを始めたのはイタリアの飲食店の「ロショーリ」なんですけど、こういう店は助かりますよね。

ピエモンテでは手の込んだ料理が魅力

宮嶋がイタリアで思い入れのある地は、ピエモンテ州にある白トリュフで有名なアルバだという。

葉加瀬:ローマ以外でお好きな街だと、どこになりますか?

宮嶋:私はやっぱりワインの関係でアルバですね。ここではバローロ、バルバレスコという偉大なワインが作られるので、取材や試飲の仕事で行くことが多いです。あと、ワインガイドをやっていたときにピエモンテを担当していたので思い出もあります。アルバは規模が小さい街で、戦前は貧しかったんですけど、フェレロ社というヘーゼルナッツチョコペーストの「ヌテラ」で大成功した国際的企業があるので豊かになりました。

かつてピエモンテは、フランスおよびフランス語圏スイスにまたがるサヴォワ一帯を支配するサヴォイア家が治めていた。フランス文化圏の影響ゆえ、南イタリアのなかでは手の込んだ料理も多いという。

宮嶋:南イタリアの料理は、オリーブオイルでニンニクを炒めて鷹の爪とトマトを入れて、あとは魚か肉を入れる、みたいな料理なんですよね。それはそれでものすごくおいしいのですが、ピエモンテは手間をかけて丁寧に作る料理が多くて、それもすごくおいしいなって思います。私はかつて10年間ピエモンテのレストランガイドをやっていたので、思い出の地でもあります。

イタリアの食と文化を綴った旅エッセイを発売

宮嶋は2月10日(月)に新刊『イタリアの「幸せのひと皿」を食べに行く』(大和書房)を発売。イタリアの味わい豊かな食と文化を綴った旅エッセイとなっている。

葉加瀬:読ませていただきました。大変楽しかったです。

宮嶋:イタリアにはどっぷりと浸かっているので客観的な判断はできないのですが、イタリア料理って落ち着くし、幸せな気持ちになるんですよね。それがなぜなのかというのを、自分の経験などを交えて書かせていただきました。

葉加瀬:いわゆるリストランテ(最高級レストラン)もあるし、普通の小さな店もたくさん出てきました。ローマやシチリアなど宮嶋さんが訪れて体験したことが書かれているから、読んでいるとその場にいるような気になりましたね。

宮嶋:書いていて思ったんですけど、たとえばフランスのことを書くとすぐに三ツ星とか上のレストランの話になっちゃうんですよね。イタリアって田舎のマッマが作っている料理店とかに心惹かれるものがあるんですよ。

葉加瀬:いいですよねえ。今後、行ってみたい国、あるいはやってみたいことはありますか?

宮嶋:イタリアは今後も仕事柄、行き続けると思うので、すごく惹かれているのはリスボンとブダペストです。ああいったハプスブルクの残光があるところに行ってみたいですし、美術が好きなので行ったことのない美術館や博物館にも行きたいです。もちろん、そのあいだにイタリアには10回ぐらい行って、飲むと食べるだけの生活は続けたいです(笑)。

葉加瀬:すばらしいです。最後に質問です。宮嶋さんにとって旅とは何ですか?

宮嶋:「新しい自分の再発見」です。違う環境に身を置くと、これまで気付かなかったことがすごく感じられるんですよね。私が見つける新しい自分というのは、実はすでに自分のなかにあるものなんですよ。旅に出ると日常から離れますし、自分のなかにあるものが蘇ってくるので、それが旅の醍醐味だと思います。私は名所とか見なくても、街にいるだけで、外のざわめきを聞いているだけで違う経験をした気になります。

葉加瀬太郎がゲストの旅のエピソードを聞くJ-WAVE『ANA WORLD AIR CURRENT』は、毎週土曜の19時からオンエア。3月15日28時頃までは、紅茶のプロ 中永美津代さんの登場回がradikoで再生可能だ。紅茶にハマり、スリランカへ移住もした中永さん。セイロンティーの魅力をたっぷりと伺いました。

番組情報
ANA WORLD AIR CURRENT
毎週土曜
19:00-19:54

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