スピッツは「ファンタジーではなくバンドだった」 ライブを“映画のように”撮った松居大悟監督が語る

スピッツによる帯広を舞台としたオリジナルライブ番組に、特別アフタートーク&メイキングを加えた WOWOW 配給『劇場版 優しいスピッツ a secret session in Obihiro』。6月9日には都内映画館で監督を務めた松居大悟がティーチインイベントを行った。

金曜夜という遅い時間帯での開催にも関わらず、満員御礼でスタートしたイベント。プロデューサーの内野敦史から「スピッツの無観客ライブを映画のように撮ることに興味はあるか?」とオファーされ、メガホンを取ることになったという松居監督。「自分の監督作や舞台でもスピッツに言及するくらいスピッツが好きなので、やらない理由はなかった。ライブ作品は撮ったことがなくスピッツの作品という重大さもあって怖かったけれど、自分がやらずにほかの誰かがやったときの眠れなさのほうが凄いだろうと思った」と多忙ながらも即答で引き受けたという。

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学生時代からスピッツの楽曲に魅了されてきたという松居監督。本作の撮影を通してスピッツに対する印象も変化したそうで「スピッツの音楽はまるで魔法のようにでき上がるイメージがあったけれど、実際はそれぞれが対等に、それぞれの役割の中で意見を出し合いながら作っていた。スピッツはファンタジーではなくバンドだったと思わされた」と実感。

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撮影にあたってはその感覚を大事にしたそうで「演奏後にしゃべったりするメンバーの佇まいが見えることで、曲の感じ方が変わればいいと思った」と狙いを明かした。無観客ライブを一般的なライブ映像作品として撮るのではなく、松居監督ならではの演出をほどこした点も見どころ。当初はそのスタイルについて不安を抱いていたそうだが、スピッツ側からは「松居監督の好きなようにやってほしい!」というエールがあったという。松居監督は「スピッツの演奏を見せたい、でも自分の作家性も出したいという葛藤の狭間にいたときに背中を押してもらえた」と感謝した。

躍動するスピッツの姿を余すところなく捉えるべく、撮影では14台ものカメラを投入。もちろんライブなので一発撮りだ。松居監督は「現場では14台ものカメラの映像を僕が俯瞰するかのようにチェックしながら、セッションのように撮影。カメラマンは全員映画畑の人なので、ライブを撮るカメラマンとは違う切り取り方をしています。撮影環境は音楽ライブのやり方だけれど、スタッフは映画の人たちという現場でした」とハイブリットな舞台裏を解説した。

ラストを飾るのは名曲『運命の人』。松居監督は自身の監督作「くれなずめ」の中で『運命の人』の歌詞の一部を登場人物の劇中セリフとして引用したことがあったため、「セットリストをもらったときに『運命の人』が最後の曲だと知って、これは私信なのではないかとさえ思った。ライブの一日の流れとして昼があり夕方があり、夜があり、その最後に『運命の人』が来る。スピッツというバンドは時間の概念すら凌駕している存在なので、照明技師と作戦を練って建物の外は夜だけれど照明を当てて日が昇ってきているかのような見せ方にしました」とこだわりを振り返った。

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題名の『優しいスピッツ』は仮題として付けていたものが、そのまま正式タイトルになったという。松居監督が「スピッツの歌詞にある言葉は時には額面通りの言葉じゃないときもあると思っているので、シンプルなキーワードのほうが奥行きも出るだろうし、見る人によって解釈も違ってくる。それもあって直感で“優しいスピッツ”にしました」と打ち明けた。

ライブ映像の後には、スピッツのメンバーと松居監督との鼎談の様子が収録されている。松居監督はメンバーたちの本作への好リアクションに触れて「いわゆるライブ収録映像ではないものを目指していたので、メンバーの皆さんにそれを感じてもらえたのは嬉しかった」とホッと一安心。最後に松居監督は「この作品をまだ観ていないお友達がいたら伝えてほしい。スピッツファンで普段映画を観ないという人でも映画館で映画を観る楽しみが感じられると思うので、それも広めていただけたら嬉しいです」とアピールした。

(取材=石井隼人)

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