「More Music Less Talk(トークよりも音楽を)」という明確なアイデンティティのもと、1988年10月1日に産声を上げたJ-WAVE。その翌日、最新の音楽チャートをランキング形式で紹介する番組『TOKIO HOT 100』の記念すべき第1回目が放送された。以来およそ35年間、ナビゲーターを務めるクリス・ペプラーは、100位から1位まで最新の音楽ランキングを軽妙なトークととともにお届けするルーティンを続け、その声はJ-WAVE、ひいてはFM放送の象徴のように語られることさえある。
御年65歳。人生の半分以上をJ-WAVEのナビゲーターとして過ごす彼は、どのような経緯からしゃべり手になったのか。また、長年、日本と海外の音楽のトレンドを見つめ続けてきたその目に、令和のミュージックシーンはどう映っているのか? 今回、クリスがプログラム・オーガナイザーを担当する、5月5日、6日開催のフリーライブイベント「J-WAVE & Roppongi Hills present TOKYO M.A.P.S Chris Peppler EDITION」(以下、「TOKYO M.A.P.S」)の見どころとともに聞いた。
よくここまでやらせていただけたなと思います。番組ではスタート当初から、今の「逆電バスター」のようなリスナーへのクイズ企画をやっていて、お母さん方が子どもたちの名前をラジオネームとしてかけてくるんです。その頃のお子さんたちが今や大きくなって結婚して家庭を築き、さらにお子さんをもうけられていることだってあるわけですから。そう考えると、本当に長いことやらせていただいてますよね。
長い番組の歴史の中で、リスナーとのコミュニケーションツールがはがき・ファックスからメールになったり、音楽を聴くメディアがCDからデータになったりと、テクノロジーの進歩に伴う変化はたくさんありました。でも、100位から1位までをカウントダウンするという『TOKIO HOT 100』のフォーマットはずっと、変わっていません。そんな番組を35年間続けてきたというのは、改めて特異な人生で、特異な日曜日の過ごし方だなと思います。また、年数を重ねて節目の年を迎える度に、変わらない部分の重みを強く感じるようにもなりました。
――そもそも、どういったきっかけで番組のナビゲーターに就任されたのでしょうか?
ナビゲーターになる以前は、広告のライターみたいな仕事をしていたんですよ。僕は企業が自社や商品などを紹介するビデオ「企業VP」の制作に携わっていたのですが、ディレクターから「声がよさそうだからナレーションをやってみろよ」と言われ、英語のナレーションをやるようになったのがきっかけでした。それまでは日本語のナレーターと英語のナレーター、2人を雇っていたんですけど、僕の場合だと両方話せるからコスパがよかったんですよ(笑)。そこからCMナレーションの仕事をやるようになりました。そんなあるとき、仲のよかった歌手の杏里さんがレコーディングでアメリカに1か月行かなければいけなくなって。彼女は当時、エフエム東京(Tokyo FM)で収録番組を持っていたので、代打が必要になり、僕にお声がかかったんです。この杏里さんの番組を担当していたディレクターさんが、のちにJ-WAVEの代表取締役社長になる斎藤日出夫さんで、4回の収録が終わった1988年2月頃に「クリス、10月にJ-WAVEという新しいラジオ局が立ち上がるから、番組を一緒にやらないか」とお誘いいただいたんです。今思えば、あの頃はバイリンガルブームでしたし、たまたま一期一会で、タイミングがよかったんでしょうね。
――長く続ける中で、 “ラジオのよさ”はどんなところにあると感じますか。
音声メディアとして、ラジオはいつの時代も需要があると思います。ながら聴きができるし、目を瞑りながらでも楽しむことができるので。僕はラジオって、お茶と同じだと思うんですよ。お茶は何百年も前から日本にあるけれど、いつも日常にあるから、“古い”とは感じない。ラジオもそうです。僕は回顧主義的に「ラジオって懐かしいよね」とは絶対に言いたくない。殺伐とした現代のインターネットとは違って昭和の人情を感じる……みたいな捉えられ方をするのは、絶対に嫌なんですよ。もちろん、時折、昔を懐かしむのは悪いことではありません、ただ、たとえば今、昭和レトロを体験できるテーマパークがたくさんありますけど、たまに行くからいいのであって、あれが日常だったら……という話ですよ。ラジオは常に日常にあるものだからこそ、コンテンポラリーなメディアであり続けるべきなんです。
「J-POP」という言葉は、斎藤日出夫さんが発明したものと記憶しています。J-WAVEは、1988年当時におけるラジオ業界のプロフェッショナルが集結し、「今までにないような新しい放送メディアを作ろう」という志のもと立ち上げられたラジオ局でした。このため、プロの方々が持ち寄ったノウハウが詰まったマニフェストみたいなものが存在し、すごく考え抜かれていたんです。そんな中、邦楽の今後を見据えて誕生した言葉が「J-POP」でした。それまで日本の音楽は、「歌謡曲」「邦楽」「ニューミュージック」などと表されてましたが、J-WAVEは洋楽もガンガン流れるラジオステーションだからこそ、海外のポップスと差別化するために、日本のポップスを「J-POP」としたわけです。その後の影響力は言うまでもありません。1993年には同じように「J」を冠した「Jリーグ」が発足しましたし、「Jミート」なんていう商品も発売された。もしかしたら、「K-POP」という言葉も、J-POPがなければ存在しなかったかもしれないですよね。
――「K-POP」は確かに、「J-POP」ありきの言葉かもしれませんね。そんな「J-POP」は、日本のポピュラーソングを表す言葉として、誕生から30年以上が経過した今なお、現役で使われ続けています。ここまで、この言葉が世間に受け入れられた理由は何だと思いますか?
問答無用というか、疑う余地がないというか。「なんか妙だな」という違和感のある言葉は定着しないことが多いけど、有無を言わさずみんなが「それでしょ」と納得する、あまりにもドンズバの言葉だったからでしょうね。
日本ではアレンジが複雑な曲が流行している印象があります。一時期はシンプルなポップロックが主流でしたが、しっかりとした音楽の理論を持った人たちのテクニカルな作品が受け入れられている。King Gnuもそうだし、ヒゲダン(Official髭男dism)のアレンジなんて、もうヤバいですよね。ミュージシャンの技巧や技能が光っていて、作りは複雑だけど、歌えるメロディであることも特徴だと思います。やはりヒットを飛ばす上で、口ずさめることが必須条件なので。一方で、日本とは反比例するように今、アメリカの音楽はすごくシンプルだと言われているんですよ。簡単なコードを使い、ベーシックな音楽理論のもとに曲を作っている。その分、キャラ立ちしている人が多い。リアーナやビリー・アイリッシュ、カーディ・Bなどがいい例です。すごく癖があるんだけど、その癖がキャラクターになり、アイコン化している。それがUSの流れで、トラックよりも、シンガーやラッパー本人がもっているグルーヴみたいなものを重視する傾向にあると思います。
今回の「M.A.P.S」では、「新しさと心地よさ」というテーマを掲げています。人間が持つ心地よさへの欲求は、はるか昔から変わらないものです。なぜなら、人類の先祖が初めて薪にあたったときの心地よさを、いまだに我々は感じるわけじゃないですか。新しいテクノロジー、デザインを前にしたときに生じる「琴線に触れる」という感覚も、そういった普遍的な心地よさに起因していると思うんですよね。そんなわけで、僕の思う先進性は、EdgeやCoolよりも「Warm」なんです。J-WAVEも、最新の音楽をかけますが、流れる曲はどれも、根底に心地よさみたいなものがあると思っていて。六本木ヒルズもそうで、直線ではなく曲線が多用されるなど、最先端デザインの中に安らぎがどこかに吹き込まれている。
今回の「TOKYO M.A.P.S」でキャスティングしたアーティストたちも、まさに、そんな「新しさと心地よさ」にこだわった人選にさせていただきました。たとえば、ベテランなんだけどすごいとんがっていたりとか、音は最先端だけど気持ちよさを加味していたりとか、Z世代で若いのに、老若男女の琴線に触れるような音楽を提供できたりだとか……。どんなメンツがステージに上がるのか、ぜひ、楽しみにしていてください。
たくさんあるけど、パッと思いついたのは、台湾のシンガー・9m88(ジョウエムバーバー)の楽曲『Tell Me』。都会的な雰囲気がすごくするし、コード進行が非常にシンプルなんだけど、メロディとハーモニーが秀逸なんです。楽曲を手掛けた日本人トラックメイカーのDJ MITSU THE BEATSはヒップホップ出身の人で、ループを多用しているんだけど、はじめてこの曲を聴いた人はおそらく、同じようなコード進行が延々と繰り返されていることに気付かないんじゃないかな。それだけ、ボーカルとハーモニーの起伏に富んでいて、メロディが動くんです。
あとは、山下達郎さんの『SPARKLE』。今、シティポップが改めてブームになっていますけど、僕、山下達郎さんってすごいと思うんですよ。歌謡曲が主流だった時代の中で、彼がヒットチャートを賑わすようになってから、日本の音楽性が明らかに変わった。良い意味で島国感が吹っ飛んだというか。曇り空からパーンと抜けるような青空になった印象があるし、あの80年代初頭における東京の抜け感の象徴が山下達郎さんの曲だとも思うんです。特に『SPARKLE』で印象的なあのギターのカッティングが、今の最先端の音楽シーンへ通じる“序章”のように、僕には聴こえるんですよね。
――最後に「TOKYO M.A.P.S」を楽しみにしてくださっている方へメッセージをお願いします。
なんせ、タダなので(笑)。フリーイベントなので、フリーだからこそfree your mind、心も自由に楽しんでいただければと思います。きっと天気も良いはずですし、気持ちの良い音楽をやるアーティストを集めましたので、彼らのパフォーマンスから先進性みたいなものを感じ取り、フレッシュでさわやかな気持ちになってくれたらうれしいです。
【イベント概要】
タイトル:J-WAVE & Roppongi Hills present TOKYO M.A.P.S Chris Peppler EDITION
日程:2023年5月5日(金・祝)、6日(土)
会場:六本木ヒルズアリーナ(東京都港区六本木6-10-1)
出演(五十音順):
・5月5日(金・祝):上原ひろみ~Solo~、Nao Kawamura、BREIMEN、由薫、ROTH BART BARON
・5月6日(土):ao、Ichika Nito & The Toys、君島大空、Bialystocks
公式サイト:https://www.tokyomaps.jp/
(取材・文=小島浩平)
御年65歳。人生の半分以上をJ-WAVEのナビゲーターとして過ごす彼は、どのような経緯からしゃべり手になったのか。また、長年、日本と海外の音楽のトレンドを見つめ続けてきたその目に、令和のミュージックシーンはどう映っているのか? 今回、クリスがプログラム・オーガナイザーを担当する、5月5日、6日開催のフリーライブイベント「J-WAVE & Roppongi Hills present TOKYO M.A.P.S Chris Peppler EDITION」(以下、「TOKYO M.A.P.S」)の見どころとともに聞いた。
「ラジオって懐かしいよね」とは絶対に言いたくない
――J-WAVEの開局とともにスタートした『TOKIO HOT 100』が今年で35周年を迎えます。よくここまでやらせていただけたなと思います。番組ではスタート当初から、今の「逆電バスター」のようなリスナーへのクイズ企画をやっていて、お母さん方が子どもたちの名前をラジオネームとしてかけてくるんです。その頃のお子さんたちが今や大きくなって結婚して家庭を築き、さらにお子さんをもうけられていることだってあるわけですから。そう考えると、本当に長いことやらせていただいてますよね。
長い番組の歴史の中で、リスナーとのコミュニケーションツールがはがき・ファックスからメールになったり、音楽を聴くメディアがCDからデータになったりと、テクノロジーの進歩に伴う変化はたくさんありました。でも、100位から1位までをカウントダウンするという『TOKIO HOT 100』のフォーマットはずっと、変わっていません。そんな番組を35年間続けてきたというのは、改めて特異な人生で、特異な日曜日の過ごし方だなと思います。また、年数を重ねて節目の年を迎える度に、変わらない部分の重みを強く感じるようにもなりました。
――そもそも、どういったきっかけで番組のナビゲーターに就任されたのでしょうか?
ナビゲーターになる以前は、広告のライターみたいな仕事をしていたんですよ。僕は企業が自社や商品などを紹介するビデオ「企業VP」の制作に携わっていたのですが、ディレクターから「声がよさそうだからナレーションをやってみろよ」と言われ、英語のナレーションをやるようになったのがきっかけでした。それまでは日本語のナレーターと英語のナレーター、2人を雇っていたんですけど、僕の場合だと両方話せるからコスパがよかったんですよ(笑)。そこからCMナレーションの仕事をやるようになりました。そんなあるとき、仲のよかった歌手の杏里さんがレコーディングでアメリカに1か月行かなければいけなくなって。彼女は当時、エフエム東京(Tokyo FM)で収録番組を持っていたので、代打が必要になり、僕にお声がかかったんです。この杏里さんの番組を担当していたディレクターさんが、のちにJ-WAVEの代表取締役社長になる斎藤日出夫さんで、4回の収録が終わった1988年2月頃に「クリス、10月にJ-WAVEという新しいラジオ局が立ち上がるから、番組を一緒にやらないか」とお誘いいただいたんです。今思えば、あの頃はバイリンガルブームでしたし、たまたま一期一会で、タイミングがよかったんでしょうね。
――長く続ける中で、 “ラジオのよさ”はどんなところにあると感じますか。
音声メディアとして、ラジオはいつの時代も需要があると思います。ながら聴きができるし、目を瞑りながらでも楽しむことができるので。僕はラジオって、お茶と同じだと思うんですよ。お茶は何百年も前から日本にあるけれど、いつも日常にあるから、“古い”とは感じない。ラジオもそうです。僕は回顧主義的に「ラジオって懐かしいよね」とは絶対に言いたくない。殺伐とした現代のインターネットとは違って昭和の人情を感じる……みたいな捉えられ方をするのは、絶対に嫌なんですよ。もちろん、時折、昔を懐かしむのは悪いことではありません、ただ、たとえば今、昭和レトロを体験できるテーマパークがたくさんありますけど、たまに行くからいいのであって、あれが日常だったら……という話ですよ。ラジオは常に日常にあるものだからこそ、コンテンポラリーなメディアであり続けるべきなんです。
J-POPという言葉の誕生の経緯─なぜ定着したのか
――「J-POP」という言葉は、J-WAVE発信で誕生したことはよく知られています。どのような経緯で誕生したのか、開局当時から籍を置くクリスさんにうかがいたいです。「J-POP」という言葉は、斎藤日出夫さんが発明したものと記憶しています。J-WAVEは、1988年当時におけるラジオ業界のプロフェッショナルが集結し、「今までにないような新しい放送メディアを作ろう」という志のもと立ち上げられたラジオ局でした。このため、プロの方々が持ち寄ったノウハウが詰まったマニフェストみたいなものが存在し、すごく考え抜かれていたんです。そんな中、邦楽の今後を見据えて誕生した言葉が「J-POP」でした。それまで日本の音楽は、「歌謡曲」「邦楽」「ニューミュージック」などと表されてましたが、J-WAVEは洋楽もガンガン流れるラジオステーションだからこそ、海外のポップスと差別化するために、日本のポップスを「J-POP」としたわけです。その後の影響力は言うまでもありません。1993年には同じように「J」を冠した「Jリーグ」が発足しましたし、「Jミート」なんていう商品も発売された。もしかしたら、「K-POP」という言葉も、J-POPがなければ存在しなかったかもしれないですよね。
――「K-POP」は確かに、「J-POP」ありきの言葉かもしれませんね。そんな「J-POP」は、日本のポピュラーソングを表す言葉として、誕生から30年以上が経過した今なお、現役で使われ続けています。ここまで、この言葉が世間に受け入れられた理由は何だと思いますか?
問答無用というか、疑う余地がないというか。「なんか妙だな」という違和感のある言葉は定着しないことが多いけど、有無を言わさずみんなが「それでしょ」と納得する、あまりにもドンズバの言葉だったからでしょうね。
今の日本の音楽、特徴は「作りは複雑だけど“歌える”」
――35年間、最新のヒットチャートを見続けてきたクリスさんからすると、令和の音楽シーンはどのような特徴・傾向があると思いますか?日本ではアレンジが複雑な曲が流行している印象があります。一時期はシンプルなポップロックが主流でしたが、しっかりとした音楽の理論を持った人たちのテクニカルな作品が受け入れられている。King Gnuもそうだし、ヒゲダン(Official髭男dism)のアレンジなんて、もうヤバいですよね。ミュージシャンの技巧や技能が光っていて、作りは複雑だけど、歌えるメロディであることも特徴だと思います。やはりヒットを飛ばす上で、口ずさめることが必須条件なので。一方で、日本とは反比例するように今、アメリカの音楽はすごくシンプルだと言われているんですよ。簡単なコードを使い、ベーシックな音楽理論のもとに曲を作っている。その分、キャラ立ちしている人が多い。リアーナやビリー・アイリッシュ、カーディ・Bなどがいい例です。すごく癖があるんだけど、その癖がキャラクターになり、アイコン化している。それがUSの流れで、トラックよりも、シンガーやラッパー本人がもっているグルーヴみたいなものを重視する傾向にあると思います。
新しさと心地よさが共存する音楽を
――J-WAVE と六本木ヒルズが共催するフリーライブイベント「TOKYO M.A.P.S」(ゴールデンウィークの5月5日、6日に開催)で、クリスさんはプログラム・オーガナイザーを務めます。どんな基準でアーティストに声をかけたのでしょうか。今回の「M.A.P.S」では、「新しさと心地よさ」というテーマを掲げています。人間が持つ心地よさへの欲求は、はるか昔から変わらないものです。なぜなら、人類の先祖が初めて薪にあたったときの心地よさを、いまだに我々は感じるわけじゃないですか。新しいテクノロジー、デザインを前にしたときに生じる「琴線に触れる」という感覚も、そういった普遍的な心地よさに起因していると思うんですよね。そんなわけで、僕の思う先進性は、EdgeやCoolよりも「Warm」なんです。J-WAVEも、最新の音楽をかけますが、流れる曲はどれも、根底に心地よさみたいなものがあると思っていて。六本木ヒルズもそうで、直線ではなく曲線が多用されるなど、最先端デザインの中に安らぎがどこかに吹き込まれている。
今回の「TOKYO M.A.P.S」でキャスティングしたアーティストたちも、まさに、そんな「新しさと心地よさ」にこだわった人選にさせていただきました。たとえば、ベテランなんだけどすごいとんがっていたりとか、音は最先端だけど気持ちよさを加味していたりとか、Z世代で若いのに、老若男女の琴線に触れるような音楽を提供できたりだとか……。どんなメンツがステージに上がるのか、ぜひ、楽しみにしていてください。
山下達郎の登場で「島国感が吹っ飛んだ」
――ナビゲーターインタビューの連載では毎回、テーマに合わせて「おすすめの楽曲」をうかがっています。今回は「TOKYO M.A.P.S」にちなんで、「東京を感じる曲」を教えてください。たくさんあるけど、パッと思いついたのは、台湾のシンガー・9m88(ジョウエムバーバー)の楽曲『Tell Me』。都会的な雰囲気がすごくするし、コード進行が非常にシンプルなんだけど、メロディとハーモニーが秀逸なんです。楽曲を手掛けた日本人トラックメイカーのDJ MITSU THE BEATSはヒップホップ出身の人で、ループを多用しているんだけど、はじめてこの曲を聴いた人はおそらく、同じようなコード進行が延々と繰り返されていることに気付かないんじゃないかな。それだけ、ボーカルとハーモニーの起伏に富んでいて、メロディが動くんです。
あとは、山下達郎さんの『SPARKLE』。今、シティポップが改めてブームになっていますけど、僕、山下達郎さんってすごいと思うんですよ。歌謡曲が主流だった時代の中で、彼がヒットチャートを賑わすようになってから、日本の音楽性が明らかに変わった。良い意味で島国感が吹っ飛んだというか。曇り空からパーンと抜けるような青空になった印象があるし、あの80年代初頭における東京の抜け感の象徴が山下達郎さんの曲だとも思うんです。特に『SPARKLE』で印象的なあのギターのカッティングが、今の最先端の音楽シーンへ通じる“序章”のように、僕には聴こえるんですよね。
――最後に「TOKYO M.A.P.S」を楽しみにしてくださっている方へメッセージをお願いします。
なんせ、タダなので(笑)。フリーイベントなので、フリーだからこそfree your mind、心も自由に楽しんでいただければと思います。きっと天気も良いはずですし、気持ちの良い音楽をやるアーティストを集めましたので、彼らのパフォーマンスから先進性みたいなものを感じ取り、フレッシュでさわやかな気持ちになってくれたらうれしいです。
【イベント概要】
タイトル:J-WAVE & Roppongi Hills present TOKYO M.A.P.S Chris Peppler EDITION
日程:2023年5月5日(金・祝)、6日(土)
会場:六本木ヒルズアリーナ(東京都港区六本木6-10-1)
出演(五十音順):
・5月5日(金・祝):上原ひろみ~Solo~、Nao Kawamura、BREIMEN、由薫、ROTH BART BARON
・5月6日(土):ao、Ichika Nito & The Toys、君島大空、Bialystocks
公式サイト:https://www.tokyomaps.jp/
(取材・文=小島浩平)
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