作家の村上春樹とスガ シカオが、J-WAVEで対談。ザ・ビーチ・ボーイズの音楽性やハワイ・カウアイ島で暮らした日々、最近のJ-POPや、長編小説の制作の面白さについて語った。
J-WAVEで放送中の『Mercedes-Benz THE EXPERIENCE』(ナビゲーター:スガ シカオ)。その時代、その場所で、どんな音楽を聴きたいか―――時代を越えて、国境を越えて、ナビゲーターのスガ シカオが旅好き・音楽好きのゲストと共に音楽談義を繰り広げる、空想型ドライブプログラムだ。村上が登場したのは、6月12日(日)のオンエア。
番組の公式サイトでは、ふたりの選曲も公開中。
・公式サイト
https://www.j-wave.co.jp/original/experience/220612.html
スガ:それで『Clover』を(村上)春樹さんが聴いてくれて、「なかなか面白かったよ」っていうFAXをいただいて。そこから10年以上経ってから共通の友人を介してハワイでお会いして。そこから一緒に食事をしたり、コンサートにも来ていただいたりとか。僕の独立後最初のアルバム『THE LAST』のライナーノーツも書いていただきました。
今回は「教えて春樹さん」と題し、スガが村上とトークを展開。まずはアメリカのロックバンド、ザ・ビーチ・ボーイズの話題から。
スガ:どこかで(春樹さんの)レコードのライブラリーを見せてもらったときも、カセットテープのビーチ・ボーイズのコレクションがあって、すごくビーチ・ボーイズの話をよくされてる印象があるんですけど、僕はビーチ・ボーイズって全然通ってなくて、聴きどころがわからないんですよ。
村上:それはやっぱり1960年代に10代を送ってないとわからないですね。
スガ:ビーチ・ボーイズのピークは60年代ですか。
村上:60年代半ばから後半にかけてですね。
スガ:じゃあ、ビートルズとかと一緒くらい?
村上:ビートルズよりビーチ・ボーイズのほうが少し前なんです。だから僕はまずビーチ・ボーイズを体験して、それからビートルズが出てきたんですよね。僕が10代の初めの頃っていうのはアメリカのロックしかなくて、イギリスのロックなんて偽物とか二流とかだったんですよ。だからビーチ・ボーイズでビシッときて、そのうちにイギリスからビートルズがきて「イギリスでもロックがあるんだ」って感じで。
スガ:ええ、そんな感じなんですか!
スガは「ビーチ・ボーイズの話をするときはだいたい、ブライアン・ウィルソンの話をしますよね」と続ける。
スガ:ブライアン・ウィルソンって中心人物だったんですか?
村上:そうなんです。ビートルズはジョン(レノン)とポール(マッカートニー)のツインターボみたいな感じなんだけど、ビーチ・ボーイズはブライアンひとりなんですよ。非常に孤独な作業で、ほとんど誰もブライアンのことは理解しないわけ。
スガ:頭の中で鳴っているものが理解できないんだ(笑)。
村上:最初のサーフ・ミュージックをやっている頃は、みんな和気あいあいと仲間みたいな感じだったけど、途中からブライアンの才能が突出してくるわけ。そうするとみんなついていけなくなってくるの。
スガ:だから前期の頃は穏やかなサーフ・ミュージックだったんですね。
村上:前期と後期はちょうど『ペット・サウンズ』あたりで分かれるんだけど、前期というのはストラクチャーがすごくしっかりとできている。それはブライアンが作ったんだけど、そのストラクチャー通りやってればヒットソングがどんどん出てくるわけ。
ここで村上はビーチ・ボーイズのアルバム『ペット・サウンズ』に収録の『God Only Knows』(邦題:神のみぞ知る)を紹介した。
村上:この曲はすごく難しい曲なんですよ。メロディーも変でコードも変なんだよね。こんなもの誰も思いつかないっていう。最初に聴いたのは16歳くらいだったけど理解できなくて「どこがいいんだろう」って思ってたんだけど、だんだんジワジワと5年、10年、15年と経つうちによさがわかってきた。面白いんだけど、ビートルズの『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』は聴いたと一発ですごいと思ったのね。ところが『ペット・サウンズ』は5年、10年、15年と経たないと理解できなかった。でも、そういう音楽って人生においてはけっこう大事なんですよ。
スガ:ハワイのカウアイ島の自然というか景色というか日常がすごく染み込んできてよかったんですよね。これはカウアイ島をベースとしたお話ですけど、実際にいらしたこともあるんですか?
村上:しばらく住んでたんですよね。80年代の前半にカウアイ島に行きまして、惚れ込んで。その頃は本当に素朴で何もないところだったんですよね。ここに住みたいと思って小さいコンドミニアムを買いまして。本当にいいところで。娯楽が何もないんですけど、唯一の娯楽が夕日を見に行くことなんだよね。
スガ:スゲえな。
村上:すごくきれいな夕日なの。(カウアイ島にある)ハナレイ・ベイに夕方になると夕日を見に行って、そうすると近所の人が集まってウクレレを弾いて歌を歌って夕日が沈むのを待ってるの。
スガ:まさに楽園ですね。でも、よくその生活から日本に戻ってこれましたね。
村上はカウアイ島に住んでいるときに『海辺のカフカ』(新潮社)を書いたという。
村上:だから一生懸命にカウアイ島のノースショアで波を見ながら、(『海辺のカフカ』の舞台になる四国の)高松のことを考えて、「こんなもんだろう」と(笑)。
スガ:意外に小説を書いているときは、その物語の場所にいるわけなんですよね。
村上:そうそう。カウアイ島でずっと高松のことを全部想像で書いてるのね。でも全部書いてから、大きな間違いがあるとマズいなと思ってバスに乗って高松まで見に行ったの。行ってみると書いたとおりなんだよね。
スガ:うそでしょ(笑)!
村上:いや、本当に。シンクロニシティというか、「こんな浜があって、ここに島があって、松の木が生えてる」って書いたらちゃんとそういうのがあるんだよね。
スガ:『ノルウェイの森』(講談社)もそうじゃないですか。京都の山奥の療養所みたいなのが出てきて、その様子を克明に書かれてたけど、あれってイタリアで書いてたんですよね?
村上:そうですね。でも想像で書いたほうがリアルに書けるんですよ。かえって中途半端に見ちゃうと書きづらいものなんです。
スガ:想像のほうがリアルに書けるって全然納得がいかないし、信じられないですけど(笑)。
村上:だから僕は旅行をしても写真って撮らないんですよね。写真を撮ってしまうと中途半端に記憶に焼き付けられるじゃない。自分の中に焼き付けといた方がいいんですよね。
スガ:恐れ入りました。
スガ:読み返すと文章を直したくなっちゃうから読み直さないんですか?
村上:いや、読むと恥ずかしいんだよね。
スガ:何を言ってるんですか(笑)。
村上:読むと「下手だな」とか「こんなこと書いて」とか思って、自己嫌悪になってくるから読まないようにしてるんだよね。そう言ってもなかなかみんな信用してくれないんだけど。
スガ:読み返さないってことは、何を書いたかもどんどん忘れていくんですか。
村上:どんどん忘れて行っちゃうから、ときどき同じことを書いちゃうんですよね。
スガ:マジで。全然書いた覚えはないけど、頭の中にはそういうことがあるから出てきちゃうんですね。
村上:それで誰かが「これ前にも同じことを書いてますよ」って教えてくれるんですよね。ときどきラジオなんかで僕の文章を朗読する人がいて、それを知らずに聞いてて「これなかなかいいじゃない。誰だろう」って思ったら「村上春樹さんの〇〇で」って言ってて、自分で恥ずかしくなって(笑)。
スガ:あはは(笑)。
村上:そういう風にして聞くと悪くないのかもしれないけど、自分の本だと思うとダメですね。
スガは先ほど話題にあがった『海辺のカフカ』の文中に登場するプリンスの『Little Red Corvette』を紹介。村上はインタビューで「(『海辺のカフカ』に)そんなの出てきたっけ?」と言っていたとスガが笑う。
村上:すっかり忘れてて。でも考えたら、そういえば出したなと思って。本当は『Raspberry Beret』のほうが好きなんだけどさ。
スガ:僕もそうですけど(笑)。
村上:でも15歳(の主人公)が聴くんだから、そっちのほうがいいかなって。
ここで、スガのリクエストで村上が『海辺のカフカ』でプリンスの『Little Red Corvette』が登場する一節を朗読した。
スガ:普段、春樹さんはJ-POPって聴いてない感じがするんですけど。
村上:そうですね。僕は基本的に朝はクラシック音楽を聴いて仕事をしていて、車を運転するときはポップスとかロックとかを聴いて、夜はジャズを聴くって一日で。
スガ:走るときは?
村上:ポップとかロックですね。だからJ-POPってほとんど聴かなくて、たまに車の中で放送を聴いたりするくらいなんだけど、つまらないものが多いよね。
スガ:耳が痛いところですね(笑)。
村上:ただJ-POPの中でも好きな人はいるし、好きな曲はあるし、一般化はあまりしたくないんだけど、でもあえて一般化しちゃうとそういう風に流れてくる曲を聴いてて、しばしば思うのは歌詞にエッジがなくて、メロディーが月並みなんだよね。
スガ:予想できちゃうというか。
村上:あとドライヴ、グルーヴがないんだよね。
スガ:全然ダメじゃないですか。
村上:それに加えてメッセージ性なんかが付いてたら最悪だよね。
スガ:あはは(笑)!
村上:こんなこと言っちゃっていいのかな(笑)。というのが忌憚のない意見(笑)。
スガ:でも確かにな。
村上:目の前にいるから褒めるわけじゃないけど、スガさんの曲って歌詞にエッジがあるんだよね。そこがいちばん気に入ってる。
スガ:よかったですよ。
村上:『バクダン・ジュース』いいよね。
スガ:ありがとうございます。エッジだけは取らないようにしておきたいと思います。
スガ:10代くらいから洋楽を聴いていても歌詞ってほぼ読まないですよね。
村上:音で聴いちゃうよね。
スガ:でも春樹さんって洋楽でもちゃんと歌詞を聴くじゃないですか。
村上:僕はとにかく洋楽の歌詞を覚えて英語を勉強したのね。だから昔の曲は全部丸暗記してるんです。意味がわからなくても。それが好きで英語の本を読むようになって、翻訳までするようになって。だから英語の歌詞を覚えるのは僕の英語体験の原点なわけ。だから英語の歌詞って大事なんですよ。
村上:僕は自分の仕事の状況については語らないという主義で。
スガ:しかも出版社が決まってない状態で書かれるんですよね。
村上:そうなんです。書き上げてからどこに持っていこうと考えるんですよね。僕は締め切りがあると落ち着かなくて嫌なんですよね。
スガ:僕はいつも締め切りに追われてヒドい目にあってますよ。
村上:それは気の毒に(笑)。
スガ:ひとつ訊きたいんですけど、短編集って長編を書くための準備運動というか、そういうものとして自分の中で捉えてるんだよねって書いてらしたんですけど、短編ってそういう感じで書き始めるんですか?
村上:短編は何か自分の考えのいろんな部分を一つひとつ使っていって、使っているうちにもっと総合的なもの書きたいなというような気持ちになってくるわけですね。長編って本当に楽しいんですよね。僕はプランを立てないでどんどん書いていくタイプだから、次に何が起こるんだって毎日それが楽しみで仕事ができる。短編って1週間で終わっちゃうけど、長編だと1年か2年くらい「次に何起こるかな」って楽しみで仕事をしてられるから。
スガ:じゃあ話のオチとかはほとんど何も決めずにどんどん進めるんですか?
村上:何もないです。『海辺のカフカ』で言えば、(主人公の田村)カフカくんがバスに乗るじゃない。とにかくバスに乗せようと。バスに乗っけたら何とかなるだろうって(笑)。
スガ:何とかなんないですよ(笑)。
村上:あとは勝手にストーリーが進行していくっていうか。
スガ:あの長さを!? 恐ろしいですね。これからもたくさん長編を書いていただきたいと思います。
スガが空想ドライブをナビゲートする『Mercedes-Benz THE EXPERIENCE』のオンエアは、毎週日曜21時から。
J-WAVEで放送中の『Mercedes-Benz THE EXPERIENCE』(ナビゲーター:スガ シカオ)。その時代、その場所で、どんな音楽を聴きたいか―――時代を越えて、国境を越えて、ナビゲーターのスガ シカオが旅好き・音楽好きのゲストと共に音楽談義を繰り広げる、空想型ドライブプログラムだ。村上が登場したのは、6月12日(日)のオンエア。
番組の公式サイトでは、ふたりの選曲も公開中。
・公式サイト
https://www.j-wave.co.jp/original/experience/220612.html
年齢を重ねて魅力に気づいた、ビーチ・ボーイズの一曲
スガは学生時代に村上の著書『羊をめぐる冒険』(講談社)と出会い、そこから村上作品にすっかりハマってしまったと当時を振り返る。その後、スガはデビューを果たし、デビューアルバム『Clover』のリリース時に、雑誌の編集者を通して村上にアルバムを渡したという。スガ:それで『Clover』を(村上)春樹さんが聴いてくれて、「なかなか面白かったよ」っていうFAXをいただいて。そこから10年以上経ってから共通の友人を介してハワイでお会いして。そこから一緒に食事をしたり、コンサートにも来ていただいたりとか。僕の独立後最初のアルバム『THE LAST』のライナーノーツも書いていただきました。
今回は「教えて春樹さん」と題し、スガが村上とトークを展開。まずはアメリカのロックバンド、ザ・ビーチ・ボーイズの話題から。
スガ:どこかで(春樹さんの)レコードのライブラリーを見せてもらったときも、カセットテープのビーチ・ボーイズのコレクションがあって、すごくビーチ・ボーイズの話をよくされてる印象があるんですけど、僕はビーチ・ボーイズって全然通ってなくて、聴きどころがわからないんですよ。
村上:それはやっぱり1960年代に10代を送ってないとわからないですね。
スガ:ビーチ・ボーイズのピークは60年代ですか。
村上:60年代半ばから後半にかけてですね。
スガ:じゃあ、ビートルズとかと一緒くらい?
村上:ビートルズよりビーチ・ボーイズのほうが少し前なんです。だから僕はまずビーチ・ボーイズを体験して、それからビートルズが出てきたんですよね。僕が10代の初めの頃っていうのはアメリカのロックしかなくて、イギリスのロックなんて偽物とか二流とかだったんですよ。だからビーチ・ボーイズでビシッときて、そのうちにイギリスからビートルズがきて「イギリスでもロックがあるんだ」って感じで。
スガ:ええ、そんな感じなんですか!
スガは「ビーチ・ボーイズの話をするときはだいたい、ブライアン・ウィルソンの話をしますよね」と続ける。
スガ:ブライアン・ウィルソンって中心人物だったんですか?
村上:そうなんです。ビートルズはジョン(レノン)とポール(マッカートニー)のツインターボみたいな感じなんだけど、ビーチ・ボーイズはブライアンひとりなんですよ。非常に孤独な作業で、ほとんど誰もブライアンのことは理解しないわけ。
スガ:頭の中で鳴っているものが理解できないんだ(笑)。
村上:最初のサーフ・ミュージックをやっている頃は、みんな和気あいあいと仲間みたいな感じだったけど、途中からブライアンの才能が突出してくるわけ。そうするとみんなついていけなくなってくるの。
スガ:だから前期の頃は穏やかなサーフ・ミュージックだったんですね。
村上:前期と後期はちょうど『ペット・サウンズ』あたりで分かれるんだけど、前期というのはストラクチャーがすごくしっかりとできている。それはブライアンが作ったんだけど、そのストラクチャー通りやってればヒットソングがどんどん出てくるわけ。
ここで村上はビーチ・ボーイズのアルバム『ペット・サウンズ』に収録の『God Only Knows』(邦題:神のみぞ知る)を紹介した。
村上:この曲はすごく難しい曲なんですよ。メロディーも変でコードも変なんだよね。こんなもの誰も思いつかないっていう。最初に聴いたのは16歳くらいだったけど理解できなくて「どこがいいんだろう」って思ってたんだけど、だんだんジワジワと5年、10年、15年と経つうちによさがわかってきた。面白いんだけど、ビートルズの『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』は聴いたと一発ですごいと思ったのね。ところが『ペット・サウンズ』は5年、10年、15年と経たないと理解できなかった。でも、そういう音楽って人生においてはけっこう大事なんですよ。
「想像のほうがリアルに書ける」
スガは、村上の原作小説を映画化した『ハナレイ・ベイ』を観て「すごくよかった」と感想を述べる。スガ:ハワイのカウアイ島の自然というか景色というか日常がすごく染み込んできてよかったんですよね。これはカウアイ島をベースとしたお話ですけど、実際にいらしたこともあるんですか?
村上:しばらく住んでたんですよね。80年代の前半にカウアイ島に行きまして、惚れ込んで。その頃は本当に素朴で何もないところだったんですよね。ここに住みたいと思って小さいコンドミニアムを買いまして。本当にいいところで。娯楽が何もないんですけど、唯一の娯楽が夕日を見に行くことなんだよね。
スガ:スゲえな。
村上:すごくきれいな夕日なの。(カウアイ島にある)ハナレイ・ベイに夕方になると夕日を見に行って、そうすると近所の人が集まってウクレレを弾いて歌を歌って夕日が沈むのを待ってるの。
スガ:まさに楽園ですね。でも、よくその生活から日本に戻ってこれましたね。
村上はカウアイ島に住んでいるときに『海辺のカフカ』(新潮社)を書いたという。
村上:だから一生懸命にカウアイ島のノースショアで波を見ながら、(『海辺のカフカ』の舞台になる四国の)高松のことを考えて、「こんなもんだろう」と(笑)。
スガ:意外に小説を書いているときは、その物語の場所にいるわけなんですよね。
村上:そうそう。カウアイ島でずっと高松のことを全部想像で書いてるのね。でも全部書いてから、大きな間違いがあるとマズいなと思ってバスに乗って高松まで見に行ったの。行ってみると書いたとおりなんだよね。
スガ:うそでしょ(笑)!
村上:いや、本当に。シンクロニシティというか、「こんな浜があって、ここに島があって、松の木が生えてる」って書いたらちゃんとそういうのがあるんだよね。
スガ:『ノルウェイの森』(講談社)もそうじゃないですか。京都の山奥の療養所みたいなのが出てきて、その様子を克明に書かれてたけど、あれってイタリアで書いてたんですよね?
村上:そうですね。でも想像で書いたほうがリアルに書けるんですよ。かえって中途半端に見ちゃうと書きづらいものなんです。
スガ:想像のほうがリアルに書けるって全然納得がいかないし、信じられないですけど(笑)。
村上:だから僕は旅行をしても写真って撮らないんですよね。写真を撮ってしまうと中途半端に記憶に焼き付けられるじゃない。自分の中に焼き付けといた方がいいんですよね。
スガ:恐れ入りました。
自作を読み返さないのは「自己嫌悪するから」
スガは、あちこちで「村上が自分の作品を読み返さない」と聞くそうで、その理由を本人に訊いた。スガ:読み返すと文章を直したくなっちゃうから読み直さないんですか?
村上:いや、読むと恥ずかしいんだよね。
スガ:何を言ってるんですか(笑)。
村上:読むと「下手だな」とか「こんなこと書いて」とか思って、自己嫌悪になってくるから読まないようにしてるんだよね。そう言ってもなかなかみんな信用してくれないんだけど。
スガ:読み返さないってことは、何を書いたかもどんどん忘れていくんですか。
村上:どんどん忘れて行っちゃうから、ときどき同じことを書いちゃうんですよね。
スガ:マジで。全然書いた覚えはないけど、頭の中にはそういうことがあるから出てきちゃうんですね。
村上:それで誰かが「これ前にも同じことを書いてますよ」って教えてくれるんですよね。ときどきラジオなんかで僕の文章を朗読する人がいて、それを知らずに聞いてて「これなかなかいいじゃない。誰だろう」って思ったら「村上春樹さんの〇〇で」って言ってて、自分で恥ずかしくなって(笑)。
スガ:あはは(笑)。
村上:そういう風にして聞くと悪くないのかもしれないけど、自分の本だと思うとダメですね。
スガは先ほど話題にあがった『海辺のカフカ』の文中に登場するプリンスの『Little Red Corvette』を紹介。村上はインタビューで「(『海辺のカフカ』に)そんなの出てきたっけ?」と言っていたとスガが笑う。
村上:すっかり忘れてて。でも考えたら、そういえば出したなと思って。本当は『Raspberry Beret』のほうが好きなんだけどさ。
スガ:僕もそうですけど(笑)。
村上:でも15歳(の主人公)が聴くんだから、そっちのほうがいいかなって。
ここで、スガのリクエストで村上が『海辺のカフカ』でプリンスの『Little Red Corvette』が登場する一節を朗読した。
村上春樹がJ-POPに思うこと
番組後半では、村上がJ-POPについて語る場面もあった。スガ:普段、春樹さんはJ-POPって聴いてない感じがするんですけど。
村上:そうですね。僕は基本的に朝はクラシック音楽を聴いて仕事をしていて、車を運転するときはポップスとかロックとかを聴いて、夜はジャズを聴くって一日で。
スガ:走るときは?
村上:ポップとかロックですね。だからJ-POPってほとんど聴かなくて、たまに車の中で放送を聴いたりするくらいなんだけど、つまらないものが多いよね。
スガ:耳が痛いところですね(笑)。
村上:ただJ-POPの中でも好きな人はいるし、好きな曲はあるし、一般化はあまりしたくないんだけど、でもあえて一般化しちゃうとそういう風に流れてくる曲を聴いてて、しばしば思うのは歌詞にエッジがなくて、メロディーが月並みなんだよね。
スガ:予想できちゃうというか。
村上:あとドライヴ、グルーヴがないんだよね。
スガ:全然ダメじゃないですか。
村上:それに加えてメッセージ性なんかが付いてたら最悪だよね。
スガ:あはは(笑)!
村上:こんなこと言っちゃっていいのかな(笑)。というのが忌憚のない意見(笑)。
スガ:でも確かにな。
村上:目の前にいるから褒めるわけじゃないけど、スガさんの曲って歌詞にエッジがあるんだよね。そこがいちばん気に入ってる。
スガ:よかったですよ。
村上:『バクダン・ジュース』いいよね。
スガ:ありがとうございます。エッジだけは取らないようにしておきたいと思います。
スガ:10代くらいから洋楽を聴いていても歌詞ってほぼ読まないですよね。
村上:音で聴いちゃうよね。
スガ:でも春樹さんって洋楽でもちゃんと歌詞を聴くじゃないですか。
村上:僕はとにかく洋楽の歌詞を覚えて英語を勉強したのね。だから昔の曲は全部丸暗記してるんです。意味がわからなくても。それが好きで英語の本を読むようになって、翻訳までするようになって。だから英語の歌詞を覚えるのは僕の英語体験の原点なわけ。だから英語の歌詞って大事なんですよ。
書くときはオチを決めずに「長編小説は本当に楽しい」
スガは村上の最近の制作について訊くと、「企業秘密で言えない」と村上が回答する。村上:僕は自分の仕事の状況については語らないという主義で。
スガ:しかも出版社が決まってない状態で書かれるんですよね。
村上:そうなんです。書き上げてからどこに持っていこうと考えるんですよね。僕は締め切りがあると落ち着かなくて嫌なんですよね。
スガ:僕はいつも締め切りに追われてヒドい目にあってますよ。
村上:それは気の毒に(笑)。
スガ:ひとつ訊きたいんですけど、短編集って長編を書くための準備運動というか、そういうものとして自分の中で捉えてるんだよねって書いてらしたんですけど、短編ってそういう感じで書き始めるんですか?
村上:短編は何か自分の考えのいろんな部分を一つひとつ使っていって、使っているうちにもっと総合的なもの書きたいなというような気持ちになってくるわけですね。長編って本当に楽しいんですよね。僕はプランを立てないでどんどん書いていくタイプだから、次に何が起こるんだって毎日それが楽しみで仕事ができる。短編って1週間で終わっちゃうけど、長編だと1年か2年くらい「次に何起こるかな」って楽しみで仕事をしてられるから。
スガ:じゃあ話のオチとかはほとんど何も決めずにどんどん進めるんですか?
村上:何もないです。『海辺のカフカ』で言えば、(主人公の田村)カフカくんがバスに乗るじゃない。とにかくバスに乗せようと。バスに乗っけたら何とかなるだろうって(笑)。
スガ:何とかなんないですよ(笑)。
村上:あとは勝手にストーリーが進行していくっていうか。
スガ:あの長さを!? 恐ろしいですね。これからもたくさん長編を書いていただきたいと思います。
スガが空想ドライブをナビゲートする『Mercedes-Benz THE EXPERIENCE』のオンエアは、毎週日曜21時から。
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