日本伝統の“深い黒”を表現する─「BMWと日本の名匠プロジェクト」とは? 小澤征悦がこだわりを聞く

BMWが日本の伝統工芸を担う職人の技術・美意識を取り入れて、特別な一台を創る「BMWと日本の名匠プロジェクト」。第5弾では、同カーブランドのフラッグシップSUV「X7」をベースとした日本専用限定車「X7 BLACK-α」から10台限定のMパフォーマンスモデル「BMW X7 M60i xDRIVE BLACK-α」が誕生した。究極の黒、漆黒の美を表現したその車両にはどんな匠の想いやこだわりが詰まっているのか。今回、車両のコラボレーターである漆芸家の服部一齋さんと、創業182年の織物メーカー・川島織物セルコンの小寺祐太さんが語った。

服部さんと小寺さんが出演したのは、J-WAVE『BMW FREUDE FOR LIFE』(毎週土曜 11:00-11:30)。同番組では毎回、各界注目の人物にBMWでの車中インタビューを実施しているが、今回は特別にナビゲーターを務める俳優・小澤征悦が進行役を務めるスタジオでの鼎談形式で話を聞いた。ポッドキャストでも配信中だ。

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センターコンソール&インテリア・トリムは漆と銀蒔絵で装飾

5月8日に発表された「BMW X7 BLACK-α」は「漆黒の深淵から放つ輝き」をコンセプトに、力強い漆黒=フローズンブラックを外装色として採用した日本だけの特別なモデルだ。そのうちの10台限定のMパフォーマンスモデル「BMW X7 M60i xDRIVE BLACK-α」は、日本ならではの“黒の美学”にフォーカス。そのコラボレーターとして専用インテリア・パーツを手掛けたのが、服部さんと小寺さんだ。

服部さんは漆と銀蒔絵を用いてセンターコンソールとインテリア・トリムの内装を担当。今回の依頼を受けたとき、どのようなイメージが頭に浮かんだのだろうか。

服部:蒔絵を得意とする私にご相談いただいたということは、江戸時代に御殿様が乗る馬車・馬具に施されていたような絢爛豪華な装飾を想像していました。ところが、今回のご依頼は「黒の中にきらりと光る装飾を作ってほしい」というもの。そこで、漆黒の中に銀蒔絵を描くことにし、加色しました。

小澤:具体的にどんな工程で作られたのですか?

服部:「研ぎ出し蒔絵」という技法を使っています。まず、接着力のある漆で銀粉が付着する部分を作り、次に粉筒(ふんづつ)という筒状の道具で蒔ぼかしました。

小澤:蒔ぼかす?

服部:粉をパラパラと蒔く手作業のことです。粉を蒔いた箇所を漆で固め、そこを墨で粉があらわになるまで研ぎ出すことにより、漆黒の中に銀のラメのような模様が浮かび上がるんです。

小澤:なんか、宇宙に広がる星々のように見えますね。

服部:粉は数ミクロンの厚みしかなく、研ぎ破ってしまうと取り返しがつきません。

小澤:一発勝負で間違えられない、すごく繊細な作業なんですね。

フロアマットを「深い黒」にする難しさ

一方、小寺さんが所属する川島織物セルコンは、伝統的な織物の技術を活かしたモノトーンのフロアマットを製作。染色で日本伝統の「深い黒」を表現するにあたっては、相応の苦労があったようだ。

小寺:実は黒色は染色が難しくて。濃い黒にするのには、多くの種類の染料が必要なんですよ。

小澤:えっ、そうなんですか? 黒って一番簡単なように思うんですけど。

小寺:黒だけの染料もありますが、それだと本当にただの黒になってしまいます。見る角度によって淡かったり、濃かったりと表情が変わる黒を表現するとなると、様々な色を使わなければなりません、一方で、多くの染料を用いると、今度は色ムラに気を付けなければいけない。色ムラは再現性の障壁になるので、再現性のある黒を作るという意味において、難しく大変でした。

小澤:なるほど。

小寺:また、染色後に残る染料は環境に負荷を与えないよう、廃棄前に必ず処理をしなければなりません。色が濃くなると、その分多くの染料の処理が必要となります。環境に負荷を与えない黒と、芸術で求める黒。この2つは別物と捉え、両方のバランスを保つのが大変でしたね。このように試行錯誤を重ねた結果、ちょうどいい塩梅の染めやすく、見た目も綺麗な黒いフロアマットを作ることができました。

車内で存在感を放つ「時つ風」のデザイン

服部さんが考案し、センターコンソールとインテリア・トリム部分に用いたのは自身の作品でも使用する「時つ風」のデザイン。そもそも「時つ風」とはどのような風なのか。また、このデザインに込めた思いとは。

服部:日本にはたくさんの風の種類があります。その中で「時つ風」は、ちょうどいいときに吹く追い風という意味を持つ素晴らしい風なんです。

小澤:へ~、知らなかった!

服部:伝統工芸では「松竹梅」や「南天」などいい意味をもたらすものをモチーフにすることが多いのですが、今回、車のコンセプトをうかがったときにぴったりだと考え、「時つ風」を提案させていただきました。

小澤:ちょうどいいときに吹く追い風…。素敵ですね。センターコンソールに描かれている銀の力強い一直線が印象的なんですけれども。これは、どんな意図でデザインされたのでしょうか。

服部:努力をしている人や凛として物事に取り組んでいる人に吹く風だけが追い風になると思うんです。そこで、自分を律する人の心の中と風の動きをイメージして直線のデザインを採用しました。

小澤:そのお話を聞いてから車の写真を見ると、たしかに凛とした印象を受けますね。

今回のコンセプトモデルは土足厳禁?

服部さんは西欧伝統のピアノブラックの上から漆の加飾を施し、運転席回りの内装を和洋折衷の多様な表情を持つ漆黒を表現した。一方のフロアマットの「黒」にも独自のこだわりを詰め込んだと、小寺さんは語る。

小寺:2024年4月16日から6日間、イタリアのミラノで世界最大規模のデザインイベント「ミラノデザインウィーク」が開催されました。同イベントで川島織物セルコンは「百の黒 – A Hundred Black」をテーマに出展し、トルトーナ地区の中心的存在であるスーパースタジオ「ピュー」で100種類に及ぶ黒一色の織物を創作しました。

小澤:黒だけで100種類の織物を作るなんてすごいですね!

小寺:ありがとうございます。墨黒、漆黒、濡れガラス、鈍色のように、日本には黒を表現する言葉が多くあります。また、和服の礼装に用いられる黒は、深ければ深いほど美しいとされています。このように日本文化にとって黒は特別で、日本人は美しい黒を追い求めてきました。日本人の黒への想い、そして黒の持つ無限大の可能性として、当社の織物の可能性を信じる心を重ねて千回近くの試作を繰り返し、ミラノデザインウィークでは百の黒を打ち出したのです。このときに培ったノウハウを活かし、今回のフロアマットの素材であるウールを染色しました。

小澤:ちなみに、採用したのは「朝凪」という生地だとか。

小寺:はい。朝凪は当社で長く愛される意匠の一つとなります。静謐をたたえた早朝の海辺をどこまでも深く進んだ漆黒の水面に、ふとした瞬間、風が吹いてわずかに水面を揺るがすようなイメージです。

小澤:個人的には「土足厳禁にしたほうがいいんじゃないかな?」って思うくらい綺麗なフロアマットですよね。

小寺:今回のフロアマットは、室内に敷くカーペットの技術を応用して製作しました。糸に使用したウールのおかげで、夏場は涼感を感じられ、冬は暖かい。そのため、小澤さんの言うように靴を脱いでいただいたほうが快適に過ごせるはずです。

小澤:それは気持ちよさそう! 自宅の居間にいるような感覚で足を置けそうですね。

日本ならではの漆黒の美を追求した「BMW X7 M60i xDRIVE BLACK-α」。最後に「乗る人、目にする人にどんなことを感じて欲しいのか」と小澤が尋ねたところ、服部さん、小寺さんからはこんな答えが返ってきた。

服部:漆といえば、黒や朱色一色のお椀・お箸などをイメージされる方が多いと思います。それとは全く異なるデザインの伝統的技法に則った漆の装飾が車の中に施されていること楽しんでいただきたいです。

小寺:今回「BLACK-α」モデルのラグジュアリーさに合う漆黒のマットを製作しました。漆黒は光の当たり方で、緑色や赤色っぽく見えることがあります。お車を運転する際はマットに足を乗せてお家のリビングで寛ぐときのような快適さを味わいながら、訪れた様々な土地にてこの多彩な顔を持つ「黒」を楽しんでいただけたら幸いです。

(構成=小島浩平)

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