映画『国宝』など話題作を手がけるVFXスーパーバイザー・白石哲也、進路を決めるきっかけになった「運命の作品」

VFXスーパーバイザーの白石哲也さんが、VFXの道を志すきっかけとなった映画との出合いや、現在の仕事内容、さらにVFX制作の舞台裏などについて語った。

白石さんは、映画『キングダム』『るろうに剣心』シリーズ、『ゴールデンカムイ』、『全裸監督2』など話題作のVFX、ビジュアルエフェクトを担当。CG技術などを駆使して、現実には見ることのできない画面効果を生み出す、日本のVFX分野におけるトップランナーといえる人物だ。

白石さんが登場したのは、俳優の小澤征悦がナビゲーターを務めるJ-WAVEの番組『BMW FREUDE FOR LIFE』(毎週土曜 11:00-11:30)。同番組は、新しい時代を切り開き駆け抜けていく人物を毎回ゲストに招き、BMWでの車中インタビューを通して、これまでの軌跡や今後の展望に迫るプログラムだ。

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『マトリックス』がVFXの道を志すきっかけに

VFXとは「Visual Effects」の略称。日本語では「視覚効果」を意味し、実際に撮影した映像素材をCGなどで合成・加工することにより、現実世界では不可能な画面効果を実現する技術を指す。

この技術を実際にどのように活用しているのか?

六本木ヒルズを出発した「BMW X3 M50 xDrive」の車内にて、白石さんは自身が制作に携わった作品を例にとって語り始めた。

白石:たとえば『全裸監督』では、物語の舞台である1990年代の渋谷の街並みをCGで再現し、俳優さんが演技をするセットに合成するという作業を行いました。また、『ゴールデンカムイ』では主人公が雪原でクマと戦うシーンがあるのですが、当然、本物を連れてくることはできません。そこで、クマの資料を集めてどのように筋肉が躍動し、毛がなびくかを調べた上で、CGのクマを制作しました。さらにクマが動くことで生じる雪の舞い方、風圧で生じる近くに置かれた焚き火のゆらめきなど、細かな部分含めて画(え)を作り上げました。

白石さんが立ち上げから関わる「スペードアンドカンパニー」は、渋谷に拠点を構えるVFXスタジオ。同スタジオはこれまで様々な話題作のVFX制作を行い、2025年3月に授賞式が開催された「第48回日本アカデミー賞」では『キングダム 大将軍の帰還』にて、VFXチームが特別賞を受賞した。

そんな白石さんの“VFX原体験”というべき出来事は、小学5~6年生の頃に遡る。当時最先端のCG技術でリアルな恐竜を再現し、世界中の観客の度肝を抜いた映画『ジュラシック・パーク』を劇場で鑑賞し、「こんなにすごい体験を映画館でできるんだ!」と衝撃を受けるとともに、初めてCGというものの存在を知ったという。そこからときを経て高校時代には、将来の進路を決定づける運命の映画と出合うこととなる。

白石:明確に今の仕事に就くきっかけとなったのは、高校時代に夢中になった映画『マトリックス』です。初めて鑑賞したときは、今まで見たことのない新しい映像体験に「なんてかっこいい映像なんだ!」と驚いたのを覚えています。映画館で5~6回見るくらいドハマりしてしまいました。この『マトリックス』の衝撃は、高校3年生の進路を考える時期になっても忘れることができず、どうしても映画に関わる仕事がしたいと思うようになったんです。そこで色々調べていくうちに、CGがあるからこそ『マトリックス』のような映像が作られていると知り、CGやVFXを学べる専門学校へ進学することを決めました。

映画『るろうに剣心』で特に力を入れたポイント

「BMW X3 M50 xDrive」は、白石さんが専門学校卒業後に就職したスタジオが近くにある赤坂通りを走行。「あの頃はひたすら仕事に没頭していました。納期が迫ったときなどは同僚たちと夜通しで作業をし、徹夜明けにみんなでご飯を食べに行ったり。とにかく思い出が詰まった場所です」と、車窓に流れる景色を見ながら若かりし頃を懐かしんだ。

このスタジオに勤務していた頃に手掛けた、映画『るろうに剣心』シリーズの第2作・第3作にあたる「京都大火編」と「伝説の最期編」での成功体験が、後の飛躍につながっているようだ。

白石:映画『るろうに剣心』の「京都大火編」と「伝説の最期編」は、当時の持てる技術全てをつぎ込んだ作品です。スタジオのメンバーみんなで必死になり、熱い気持ちをもって作り上げました。この2作が完成したタイミングでスペードアンドカンパニーは始動したのですが、両作品はVFXの技術面で幅広く認知され、会社を立ち上げたばかりの頃には、僕らの名刺代わりになりました。そんなわけで、自信をもって次のステージに進むきっかけとなった思い出深い映画でもあります。

続く、第4作・第5作の「最終章 The Final」「The Beginning」は、スペードアンドカンパニー設立後に手掛けました。力を入れたポイントの一つが血の表現です。血を合成する上で、観客にCGだと悟られてはいけません。特に「The Beginning」における、主人公・緋村剣心が妻の雪代巴を斬殺するシーンでは、雪原に血が飛散るのですが、儚さとともにより鮮烈に「死」を表現する必要があります。そこで、説得力のあるリアリティ感と衝撃的な血の見せ方のバランスにこだわりました。そこは本当にめちゃくちゃ時間かけて。「この一滴を減らそうか?」など細部にわたって試行錯誤を繰り返し、結果として監督にも満足いただける仕上がりになりました。

スペードアンドカンパニーは2014年に設立。2020年に約30名だった従業員数は、2025年には倍の60名に増員。さらにフリーランスのスタッフ10名ほども在籍し、現在約70名体制で制作にあたっているという。

知られざるVFXスーパーバイザーの仕事内容

そんな急成長を遂げるVFXスタジオのターニングポイントとなった作品は何なのか?――白石さんは、あの歴史超大作を挙げた。

白石:『キングダム』は僕個人もそうですし、会社としてもシリーズを重ねるごとに成長できた作品です。昨年2024年に公開されたシリーズの集大成『キングダム 大将軍の帰還』は、スペードアンドカンパニー設立10年の節目に手掛けた作品で、今までの積み重ねがあったからこそ実現したという印象があります。特にラストの王騎将軍と龐煖による戦闘シーンは、CGと合成技術を駆使して2人をいかにかっこよく見せられるかにこだわって、自分たちのやりたい映像をまず作り、監督に提案するということをしました。あのときはシリーズの前3作を経て、スペードアンドカンパニーに所属するアーティスト個人のレベルが上がり、また、どう表現するべきか見えてきてもいたので、その集大成をここで発揮しようというモチベーションでしたね。会社も設立以来、人が増えてきたこともあって一つの作品に人員を総動員するようなことは少なくなっていたのですが、『キングダム 大将軍の帰還』に関してはもう全員でやらないと終わらないという状況で。とにかくみんなで力を合わせて、自分たちの満足いくまで作り込んで完成したという思い出があります。

VFXスーパーバイザーは、VFX制作プロジェクトにおける最高責任者。『キングダム 大将軍の帰還』でもその任に就いた白石さんは、自身の仕事内容を「みんなのイメージを交通整理すること」だと説く。

白石:VFXアーティストが作りたいもののイメージって、案外フワフワしてるんですよ。監督が方向性を示してくれるんですけど、監督も実は完成形が見えていない状況で作っていることがほとんどなんです。そんな中で、VFXスーパーバイザーとしての一番の仕事は、そのフワフワしたイメージにしっかりと答えを出すことだと僕は考えています。みんなのイメージを交通整理し、道しるべを示して終着点を揃えるわけです。『キングダム 大将軍の帰還』は、それがうまくハマったというか。交通整理はかなり大変でしたが、携わるアーティスト全員の足並みが揃い、結果として完成度が高く満足のいく仕上がりになったと自負しています。

『新幹線大爆破』と『国宝』のVFXでこだわった点

2025年も白石さんが携わった話題作の公開が続く。一つが爆弾が仕掛けられた新幹線を舞台に描かれるNetflixで配信中の映画『新幹線大爆破』で、もう一つが6月6日公開の李相日監督、吉沢亮主演の映画『国宝』だ。それぞれの見どころについて、VFXスーパーバイザーの視点から語ってくれた。

白石:二つの作品は静と動といいますか。『新幹線大爆破』は新幹線が常に走行する中で繰り広げられる現実には撮れないシチュエーションをVFXでどのように表現していくか、監督と協議を重ねながら作りました。また、本作ではミニチュアの新幹線を用いて特撮撮影し、足りない部分をCGで補完するということもしていて。そのため、特撮らしさを残しつつ、CG的なかっこよさを出していく見せ方にもこだわりましたね。

一方の『国宝』は『新幹線大爆破』と違って、ずっしりと構えて歌舞伎を見せる映画です。この作品では、歌舞伎座をイメージした架空の劇場の内装がセットで作られました。ただし、1階席の一部、2階席とそれより上の階には何もないブルーバックの状態で撮影が行われたんです。そこに劇場のセットエクステンションと観客をCGで作って合成したのですが、それがシーンとして一番大変でした。力を注いだ分、ラストシーンにふさわしい劇場を作り上げられたので、その辺はぜひ楽しみに観ていただけたらうれしいですね。

多種多様な作品と向き合う中で、VFXの可能性を追求し続ける白石さん。最後に彼にとっての挑戦、そしてその先にあるFreude=喜びとは何かと尋ねると、こんな答えが返ってきた。

白石:ハリウッド映画などを手掛ける海外のスタジオと差を感じる部分も正直あります。もちろん、日本のスタッフも負けていません。しかしスタジオ単位で見てしまうと、その規模感や技術を開発するチームの力にはかなりの差があるような気がします。日本は向こうで開発された技術や機材を後追いで使用することになるため、その差を埋めることが難しいのは事実です。ですがそんな中でも、監督が「新しいことをやりたい」と思ってくださるような自分たちの技術を着実に増やし、また、新しい映像表現も提案していき、VFXの力添えをしていきたいと考えています。

(構成=小島浩平)

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