東日本大震災から10年が経過した。J-WAVEでは震災直後より、被災地の人々の想いや復興への道を歩む人々の声を「HEART TO HEART」と題して継続的に伝えてきた。今年の3月11日(木)は、東北を想う特別編成として、各番組でトークや弾き語りなどの企画を実施した。
そのひとつとして、被災地の今を伝え続けてきた番組『Hitachi Systems HEART TO HEART』の歴代ナビゲーターが番組で印象に残ったエピソードを語る企画があった。ここでは小林武史のコメントをお届けする。オンエアは3月11日『GOOD NEIGHBORS』。
小林は2016年度に『Hitachi Systems HEART TO HEART』ナビゲーターを務めた。
小林:1年間、番組の取材をさせてもらい、本当に思い出に残ることばかりです。そのなかで、この震災のなかで、ある意味「まだ闇から抜けていない」とも思う場所が、大川小学校に関連することでした。そこでお子さんを亡くされた佐藤敏郎さんはいま、語り部として命の尊さを伝えていかれる活動をなさってます。僕も大川小学校の現場に行って、どういうことがあったのかという説明も受けてきました。
東日本大震災では、津波で児童が犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校の責任をめぐり裁判に発展。最高裁判所は市と県の上告を退ける決定をして、学校と行政の過失を認めた判決が確定した。
小林:「最高裁までいって結論が出た」ということで終わりではなくて、僕らはこの問題をどこかにしまいこんでしまわないように見続けていく必要があるなと、すごく思っています。もちろん大川小学校だけではなくて、10年前になぜこんな思いに私たちがさらされなければならないのか? 誰かを恨んだり、誰かの責任にしたくなる気持ちはわかりますが、僕ら人間も自然の一部であるということをこの震災は間違いなく教えてくれました。10年経ったいま、寛容な気持ちや許し合っていけるような気持ちがいろいろな分断をつないでいったり、響かせていったりしていく力なのではないかと、改めて感じています。
小林が総合プロデューサーを担当する、アート・音楽・食 の総合芸術祭『Reborn-Art Festival 2021-22』が2021年夏と2022年春、会期を2つに分けて開催が決定した。今年で第3回開催となる。
小林:もちろん、コロナの状況も考慮していかなければなりません。日本人にとって、大きく言えば人間にとって、忘れてしまわないほうがいい大切な経験だったと、いま振り返って思えるので、みなさんもぜひ心を寄せてみてください。
佐藤:最初の何年かは、たまに手を合わせには行ってましたが、私はむしろ大川小学校には近づかなかった1人だと思います。学校で防災担当になりました。だから仕事の1つとして学校防災を語る、取り組むうえで、大川小学校のことは避けては通れないので、そのなかで大川小のことを説明したり案内したりすることがときどきあったんです。案内をするとなにも残っていないので「ここは田んぼだったんですか?」とか「ずいぶん寂しい場所ですね」なんて言われるんですよ。だから「いやいや、ここには町があったんです。子どもたちが走り回っていましたよ」ということをまずは知ってほしいな、それからあの日の校庭でこういうことが起きました。このことは大切なこととして向き合いたいな、という想いが段々それに加わってきた感じがします。
震災から10年、佐藤さんはいまなにを感じているのだろうか。
佐藤:「風景はすごく変わったな」という風に思うんです。なんとなく地元にいるとずっとあの日からだらだらと日々が続いているような気がしますけれども、ふと思い返してみれば風景は変わっている。泥だらけのランドセルが積み重ねられていた土手であるとか、その脇に並べられていた、何人もの泥だらけの子どもたち。「ああ、あれから10年経ったんだな」という想いがすごくあります。
10年が経ち、変わった点について佐藤さんは「わからなかったことがわかってきた」ということが大きいと語った。ほかの学校や地域、いろいろな方との交流によって、突然背負わされた「重い荷物」がどういうものなのか、少しずつわかってきたのだという。
佐藤:「遺族」とか「被災者」というのは突然私たちに背負わされた重い荷物だと思うんです。その荷物の中身がわけのわからないものじゃなくなってきた。重い荷物は重いままで、下ろせない荷物だし、これからもずっとそれを持っていくんだと思うんです。ですが、これがもしかすると意味のあるものなのかもしれない、言葉にして伝えていったほうがいいものかもしれないと、中身が少し整理されてきたような気がします。私は教員だったので、実は昨日も子どもたちと一緒に震災の話をする授業をしてきました。子どもたちが聞いていてもわかってくれるような、あるいはここに子どもたちがいて聞いてくれているんだ、そんな想いで話をしたいし、活動をしていきたいなと思っています。
「いってきます」と「ただいま」は、本来セットのものだと話す佐藤さん。「あのときに言えなかった『ただいま』、聞けなかった『ただいま』がたくさんあります。今日も元気よく『ただいま!』という声が世界中で響き渡るような……それがいま持っているイメージ」と、活動について語った。
そのひとつとして、被災地の今を伝え続けてきた番組『Hitachi Systems HEART TO HEART』の歴代ナビゲーターが番組で印象に残ったエピソードを語る企画があった。ここでは小林武史のコメントをお届けする。オンエアは3月11日『GOOD NEIGHBORS』。
寛容さや許し合う気持ちが分断をつなぐカギに
小林武史
小林:1年間、番組の取材をさせてもらい、本当に思い出に残ることばかりです。そのなかで、この震災のなかで、ある意味「まだ闇から抜けていない」とも思う場所が、大川小学校に関連することでした。そこでお子さんを亡くされた佐藤敏郎さんはいま、語り部として命の尊さを伝えていかれる活動をなさってます。僕も大川小学校の現場に行って、どういうことがあったのかという説明も受けてきました。
東日本大震災では、津波で児童が犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校の責任をめぐり裁判に発展。最高裁判所は市と県の上告を退ける決定をして、学校と行政の過失を認めた判決が確定した。
小林:「最高裁までいって結論が出た」ということで終わりではなくて、僕らはこの問題をどこかにしまいこんでしまわないように見続けていく必要があるなと、すごく思っています。もちろん大川小学校だけではなくて、10年前になぜこんな思いに私たちがさらされなければならないのか? 誰かを恨んだり、誰かの責任にしたくなる気持ちはわかりますが、僕ら人間も自然の一部であるということをこの震災は間違いなく教えてくれました。10年経ったいま、寛容な気持ちや許し合っていけるような気持ちがいろいろな分断をつないでいったり、響かせていったりしていく力なのではないかと、改めて感じています。
小林が総合プロデューサーを担当する、アート・音楽・食 の総合芸術祭『Reborn-Art Festival 2021-22』が2021年夏と2022年春、会期を2つに分けて開催が決定した。今年で第3回開催となる。
小林:もちろん、コロナの状況も考慮していかなければなりません。日本人にとって、大きく言えば人間にとって、忘れてしまわないほうがいい大切な経験だったと、いま振り返って思えるので、みなさんもぜひ心を寄せてみてください。
「ただいま!」という声が世界中で響き渡るように
小林の話に登場した宮城県石巻市の佐藤敏郎さんは、石巻市大川小学校で当時6年生だった次女のみずほさんを亡くした。この悲劇をせめて教訓にしようと、現在は語り部として活動をしている。佐藤:最初の何年かは、たまに手を合わせには行ってましたが、私はむしろ大川小学校には近づかなかった1人だと思います。学校で防災担当になりました。だから仕事の1つとして学校防災を語る、取り組むうえで、大川小学校のことは避けては通れないので、そのなかで大川小のことを説明したり案内したりすることがときどきあったんです。案内をするとなにも残っていないので「ここは田んぼだったんですか?」とか「ずいぶん寂しい場所ですね」なんて言われるんですよ。だから「いやいや、ここには町があったんです。子どもたちが走り回っていましたよ」ということをまずは知ってほしいな、それからあの日の校庭でこういうことが起きました。このことは大切なこととして向き合いたいな、という想いが段々それに加わってきた感じがします。
震災から10年、佐藤さんはいまなにを感じているのだろうか。
佐藤:「風景はすごく変わったな」という風に思うんです。なんとなく地元にいるとずっとあの日からだらだらと日々が続いているような気がしますけれども、ふと思い返してみれば風景は変わっている。泥だらけのランドセルが積み重ねられていた土手であるとか、その脇に並べられていた、何人もの泥だらけの子どもたち。「ああ、あれから10年経ったんだな」という想いがすごくあります。
10年が経ち、変わった点について佐藤さんは「わからなかったことがわかってきた」ということが大きいと語った。ほかの学校や地域、いろいろな方との交流によって、突然背負わされた「重い荷物」がどういうものなのか、少しずつわかってきたのだという。
佐藤:「遺族」とか「被災者」というのは突然私たちに背負わされた重い荷物だと思うんです。その荷物の中身がわけのわからないものじゃなくなってきた。重い荷物は重いままで、下ろせない荷物だし、これからもずっとそれを持っていくんだと思うんです。ですが、これがもしかすると意味のあるものなのかもしれない、言葉にして伝えていったほうがいいものかもしれないと、中身が少し整理されてきたような気がします。私は教員だったので、実は昨日も子どもたちと一緒に震災の話をする授業をしてきました。子どもたちが聞いていてもわかってくれるような、あるいはここに子どもたちがいて聞いてくれているんだ、そんな想いで話をしたいし、活動をしていきたいなと思っています。
「いってきます」と「ただいま」は、本来セットのものだと話す佐藤さん。「あのときに言えなかった『ただいま』、聞けなかった『ただいま』がたくさんあります。今日も元気よく『ただいま!』という声が世界中で響き渡るような……それがいま持っているイメージ」と、活動について語った。
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2020年3月18日28時59分まで
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番組情報
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クリス智子