J-WAVEがいま注目するさまざまなトピックをお届けする日曜夜の番組『J-WAVE SELECTION』。毎月第3日曜は、震災復興プログラム『Hitachi Systems HEART TO HEART』(ナビゲーター:藤巻亮太)をお届けしています。5月19日(日)のオンエアでは、ピースボート災害ボランティアセンター理事、合田茂広さんをお迎えし、災害被災から「いち早く立ち上がるために」何が必要かを考えました。
■普段の近所付き合いが役立った
合田さんは東日本大震災はじめ、さまざまな災害現場にいち早く駆け付け、被災地と外部の連携を構築して復旧復興に活躍。北海道胆振東部地震の支援も担当していました。
藤巻は今回、昨年9月に発生した北海道胆振東部地震から8ヶ月がたった被災地、厚真町を取材しました。当時、報道で見た土砂崩れの光景がまだ同様にありショックを受けたと振り返ります。藤巻は厚真町災害ボランティアセンターの山野下誠さんに、大きな被害にあった直後の厚真町の様子を訊きました。
山野下:これほど大きな地震があるとは想定していなかったので、混乱が全くなかったわけではありませんが、発生翌日に各避難所の様子を見てまわったとき、住民の方々が冷静に行動をされていると思いました。安否確認も含めて、いざというときの備えが十分ではなかったり、停電でパソコンのデータが参照できなかったりするなか、スタッフや保健師がそれぞれの情報を持ち寄って、安保確認を進めていくこともありました。仕組みというよりは、もともとある"人のネットワーク”でカバーした要素が多いのかなと感じています。厚真町ではそもそも普段の近所付き合いの力が街のなかにあったんだろうと思います。
藤巻も厚真町の取材を通して、「それぞれの立場で支援復興を目指して、それぞれができることをしている」と強く感じたと言います。
厚真町の支援も行った合田さんは、被災地となったこの街の様子をどう捉えたのでしょうか。
合田:停電によってスーパーやコンビニなどに商品が入ってこないなど、混乱自体は少なからずありました。停電が復旧してもそこから2週間くらいは物の不足や水道が使えず、大変な状況でした。しかし、他の被災地に比べて、ののしり合う場面を一度も目にしませんでした。普段、避難所に行くと、厳しい環境のなかで誰かにグチを言う場面が見受けられますが、厚真町にはその場面がなく、それは厚真町特有のものだったかもしれません。
藤巻:地域のつながりが震災以前から強い場所だったからこそ、近所のみんなで支え合う文化があったということでしょうか?
合田:そうですね。厚真町は人と人の距離が近い場所だと感じました。避難所にいても、行政の方とそこに避難されている住民の方が知り合いなんですよね。だから住民も「行政の人」とは見ていなくて「○○さん」というような対応だったりするので、そこが他の地域との大きな違いだと思います。また、地産地消が役に立った災害だったと思っています。物流が戻ってこなかったために食糧が足りないなか、この地域は米所なので住民の方が500人分くらいの米を避難所に持ち寄って、そこでおにぎりを作っていました。自分たちの備蓄していたものでそこまでやれていたことがすごいと思いました。
■地域のお祭りが充実している場所は災害に強い
藤巻は厚真町豊丘地区の自治会長、山路秀丘さんに、地震が起こる以前からの地域の人と人とのつながりについて訊きました。
山路:この街は農業が主体です。ここに限らず農業は共同作業が基本なので、もともと地域のつながりは強いです。都会みたいに隣の人とあいさつもしたことのないようなことは全くありません。私は厚真町や北海道の防災マスターの研修を受けたんですが、そのなかで「地域のお祭りが充実している場所は災害に強い」と話していました。確かに豊丘は住民が100人しかいないのに、お祭りには300人から400人は集まるんです。
藤巻は山路さんの話を受け、「お祭りはみんなで準備して掃除して、火をいれて、振る舞ってと、みんなが協力しなければできない。(お祭りを通し)普段から協力する体制があったからこそ、こういう地震があった時でも、マニュアルがなくともみんながとっさに動けたのが象徴的でした」と感心していました。
藤巻:災害で「お祭り」はひとつのキーワードになるのでしょうか?
合田:地域のお祭りが残っている場所は災害時に助け合いがしやすい特徴が見えてきたりもします。
藤巻:一方で、都市部は人と人との関係が希薄な印象ですよね。
合田:確かに都市部はマンションなどに暮らしていると、隣近所の人と顔なじみになることは難しいですよね。また、そこに何年暮らすのかもわからないので、その地域の町内会に入るのも難しい。ただ近所の人や町内会長と一度でもあいさつしたことがあるかないかで、災害時は全然違うと思います。地域のお祭りを見たことはあるけど足を踏み入れたことがないのか、一度でも参加したことがあるのか。何かがあったときの対応として、参加した経験から話を進められることは非常に大きなことだと思います。
また厚真町に限らず、SOSを上手に出せるかどうかも災害時の大きなポイントだと合田さん。
合田:「ボランティアをしたことがありますか?」と訊くと、ちらほら手が上がるけど、「ボランティアしてもらたったことがありますか?」と訊くと、なかなか手が上がりません。ボランティアをしてもらうことの方が、実は難しかったりするのかもしれません。普段から「これ、手伝ってほしい」と知り合いに声をかけたりするなど人と人との距離が近ければ、災害時に「ボランティアをしてくれ」ではなく「ちょっと手伝って」という感覚でSOSを出せるのかなと思います。
いざという時に、誰とつながり、どうやって助け合いを行うか。自分と地域の関係性を照らし合わせながら、災害時を想定することが重要なのかもしれません。
藤巻亮太がお届けする『Hitachi Systems HEART TO HEART』、次回の放送は6月16日(日)です。どうぞ、お聴き逃しなく。
【番組情報】
番組名:『Hitachi Systems HEART TO HEART』
放送日時:毎月第3日曜 22時-22時54分
オフィシャルサイト:https://www.j-wave.co.jp/special/hearttoheart/
■普段の近所付き合いが役立った
合田さんは東日本大震災はじめ、さまざまな災害現場にいち早く駆け付け、被災地と外部の連携を構築して復旧復興に活躍。北海道胆振東部地震の支援も担当していました。
藤巻は今回、昨年9月に発生した北海道胆振東部地震から8ヶ月がたった被災地、厚真町を取材しました。当時、報道で見た土砂崩れの光景がまだ同様にありショックを受けたと振り返ります。藤巻は厚真町災害ボランティアセンターの山野下誠さんに、大きな被害にあった直後の厚真町の様子を訊きました。
山野下:これほど大きな地震があるとは想定していなかったので、混乱が全くなかったわけではありませんが、発生翌日に各避難所の様子を見てまわったとき、住民の方々が冷静に行動をされていると思いました。安否確認も含めて、いざというときの備えが十分ではなかったり、停電でパソコンのデータが参照できなかったりするなか、スタッフや保健師がそれぞれの情報を持ち寄って、安保確認を進めていくこともありました。仕組みというよりは、もともとある"人のネットワーク”でカバーした要素が多いのかなと感じています。厚真町ではそもそも普段の近所付き合いの力が街のなかにあったんだろうと思います。
藤巻も厚真町の取材を通して、「それぞれの立場で支援復興を目指して、それぞれができることをしている」と強く感じたと言います。
厚真町の支援も行った合田さんは、被災地となったこの街の様子をどう捉えたのでしょうか。
合田:停電によってスーパーやコンビニなどに商品が入ってこないなど、混乱自体は少なからずありました。停電が復旧してもそこから2週間くらいは物の不足や水道が使えず、大変な状況でした。しかし、他の被災地に比べて、ののしり合う場面を一度も目にしませんでした。普段、避難所に行くと、厳しい環境のなかで誰かにグチを言う場面が見受けられますが、厚真町にはその場面がなく、それは厚真町特有のものだったかもしれません。
藤巻:地域のつながりが震災以前から強い場所だったからこそ、近所のみんなで支え合う文化があったということでしょうか?
合田:そうですね。厚真町は人と人の距離が近い場所だと感じました。避難所にいても、行政の方とそこに避難されている住民の方が知り合いなんですよね。だから住民も「行政の人」とは見ていなくて「○○さん」というような対応だったりするので、そこが他の地域との大きな違いだと思います。また、地産地消が役に立った災害だったと思っています。物流が戻ってこなかったために食糧が足りないなか、この地域は米所なので住民の方が500人分くらいの米を避難所に持ち寄って、そこでおにぎりを作っていました。自分たちの備蓄していたものでそこまでやれていたことがすごいと思いました。
■地域のお祭りが充実している場所は災害に強い
藤巻は厚真町豊丘地区の自治会長、山路秀丘さんに、地震が起こる以前からの地域の人と人とのつながりについて訊きました。
山路:この街は農業が主体です。ここに限らず農業は共同作業が基本なので、もともと地域のつながりは強いです。都会みたいに隣の人とあいさつもしたことのないようなことは全くありません。私は厚真町や北海道の防災マスターの研修を受けたんですが、そのなかで「地域のお祭りが充実している場所は災害に強い」と話していました。確かに豊丘は住民が100人しかいないのに、お祭りには300人から400人は集まるんです。
藤巻は山路さんの話を受け、「お祭りはみんなで準備して掃除して、火をいれて、振る舞ってと、みんなが協力しなければできない。(お祭りを通し)普段から協力する体制があったからこそ、こういう地震があった時でも、マニュアルがなくともみんながとっさに動けたのが象徴的でした」と感心していました。
藤巻:災害で「お祭り」はひとつのキーワードになるのでしょうか?
合田:地域のお祭りが残っている場所は災害時に助け合いがしやすい特徴が見えてきたりもします。
藤巻:一方で、都市部は人と人との関係が希薄な印象ですよね。
合田:確かに都市部はマンションなどに暮らしていると、隣近所の人と顔なじみになることは難しいですよね。また、そこに何年暮らすのかもわからないので、その地域の町内会に入るのも難しい。ただ近所の人や町内会長と一度でもあいさつしたことがあるかないかで、災害時は全然違うと思います。地域のお祭りを見たことはあるけど足を踏み入れたことがないのか、一度でも参加したことがあるのか。何かがあったときの対応として、参加した経験から話を進められることは非常に大きなことだと思います。
また厚真町に限らず、SOSを上手に出せるかどうかも災害時の大きなポイントだと合田さん。
合田:「ボランティアをしたことがありますか?」と訊くと、ちらほら手が上がるけど、「ボランティアしてもらたったことがありますか?」と訊くと、なかなか手が上がりません。ボランティアをしてもらうことの方が、実は難しかったりするのかもしれません。普段から「これ、手伝ってほしい」と知り合いに声をかけたりするなど人と人との距離が近ければ、災害時に「ボランティアをしてくれ」ではなく「ちょっと手伝って」という感覚でSOSを出せるのかなと思います。
いざという時に、誰とつながり、どうやって助け合いを行うか。自分と地域の関係性を照らし合わせながら、災害時を想定することが重要なのかもしれません。
藤巻亮太がお届けする『Hitachi Systems HEART TO HEART』、次回の放送は6月16日(日)です。どうぞ、お聴き逃しなく。
【番組情報】
番組名:『Hitachi Systems HEART TO HEART』
放送日時:毎月第3日曜 22時-22時54分
オフィシャルサイト:https://www.j-wave.co.jp/special/hearttoheart/
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