″とんかつ″は″天ぷら″の技術から生まれた!? 銀座で131年の老舗「煉瓦亭」の歴史を紐解く

130年以上続く銀座の老舗洋食店「煉瓦亭」に注目した。

この内容をお届けしたのは、8月20日(木)放送のJ-WAVE『MIDDAY LOUNGE』(木曜ナビゲーター:ジョン・カビラ)の「PICK OF THE DAY」。各曜日のナビゲーターの個性に特化した特集をお届けする。

日本の洋食を生んだ老舗の歴史を紐解く

「老舗」という言葉の語源は、先代の仕事や技を「仕似す(しにす)」、つまり“真似る”という言葉にあるそう。そして、現在使われている「老舗」という漢字は、あとから当てられたものだという。

ジョン:そんな先人たちの家業や技を受け継ぎ、創業100年を超える老舗のお店や企業は、実は日本全国にたくさんあるんですね。全世界の100年企業を見ても、そのシェアは日本がダントツのナンバーワン。その数はなんと46,708社もあるんです。

「老舗大国」と呼ぶにふさわしい日本。この日の「PICK OF THE DAY」では、「老舗探訪~Highlighting The Iconic~1st Visit」をお届け。実際に老舗を訪ね、長きにわたって人々に愛され続ける理由や、そこに秘められたさまざまな物語をシェアしていく。

第1弾として今回訪ねたのは、銀座3丁目に店を構える老舗洋食店「煉瓦亭」。日本の洋食の歴史はここから始まったと言っても過言ではない名店だ。ゲストには、煉瓦亭4代目社長の木田浩一朗さんを迎えた。

ジョン:2026年で創業131年なんですね。

木田:明治28年(1895年)に創業していますので、今年で131年。19世紀の末から始めております。

ジョン:まずは、煉瓦亭の始まりから伺わせてください。創業は木田元次郎さん。ひいおじいさま、ということになるわけですよね。

木田:はい。歴史的なことで言うと、ひいおじいさんがいろんな職業を渡り歩いた末に、最後に上野の恩賜公園でやっていた万国博覧会を見て、そこで西洋文化や西洋人に触れたんです。「これからは西洋の時代だ」ということで、ホテルのレストランに飛び込んで西洋料理を覚え、銀座で始めたということですね。

ジョン:当初は、フレンチのフルコースのようなお料理を提供されていて、途中で変わったということになるわけですね。

木田:正確に言えば、ホテルなどでは当然ながらフレンチのフルコースを提供していたらしいんですけども、当時の日本人の方にとってフルコースはまだ量が多くて、食べきれるものではなかったんですね。西洋料理店はフルコースをやりつつも、アラカルト料理もすでに始めている店があったみたいで、うちもそれにならって、フレンチではあるけれどもアラカルト料理もお出しする店として、最初からやり始めたみたいです。

天ぷらの技術が生んだ「とんかつ」の原型

100年以上の歴史を持つ煉瓦亭は、これまで幾度となく試練を乗り越えてきた。関東大震災や太平洋戦争、そして近年では東日本大震災やコロナ禍も経験している。こうした困難を乗り越え、創業131年を迎えた煉瓦亭について、ジョンは長い歴史のなかで数々のハードルを越えてこられた理由を木田さんに尋ねた。

木田:当時はまだ築地に外国人の居留地がありまして、「この辺でやれば西洋料理だから、西洋人に食べていただけるのではないか」という甘い目論見もあり、たぶん銀座を選んだのではないかと思うんですが、創業してわりとまもなく居留地の廃止が決まってしまったんですね。なので、西洋料理だけど日本の方にも食べていただけるものを、どんどん工夫していく必要がありました。日本人が食べられるものを作ろうと、今の洋食メニューの基礎をいろいろと開発していったんだと思います。そのなかで誕生したのが、いわゆる「とんかつ」ですね。うちのメニューとしては「元祖ポークカツレツ」になりますが、事実上のとんかつが生まれたことにより、うちはこの130年をやってこられたんじゃないかと自負しております。

ジョン:そのとんかつですけれども、私たちが一般的にイメージするとんかつではなく、ポークカツレツがその原型だった。しかし、そこには日本の天ぷらの技術も、もしくは調理器具を含めてあったんですって?

木田:そうですね。もともとの発想としては西洋料理ですから、仔牛肉を使ったビーフコートレットという料理を提供させていただいていたんですが、それですとやっぱりバターも使うし、たっぷり脂が染みてしまうので、ちょっとしつこい。日本では油で揚げるけど、さっぱり食べられる天ぷらがあるので、「天ぷら鍋を実際に使ってみてはどうか」となったんですね。

煉瓦亭では、西洋料理店として初めて厨房に天ぷら鍋を持ち込み、衣や油、素材にさまざまな工夫を重ねていった。しかし、創業当時は日清戦争、そのあとには日露戦争が起こるなど、戦争が続く時代。牛肉は軍への供出によって価格が高騰していたため、関東で生産が盛んになりつつあった豚肉へと切り替えていったという。

木田:衣もいわゆる市販のドライパン粉を使っていたのですが、「生のパン粉を使ってみてはどうか」と考えて、パンを実際におろし金ですりおろして生パン粉を作ったんです。それで、フライパンではなく天ぷら鍋を使って、深い鍋に油をたっぷり入れて揚げ切る、ディープフライを西洋料理でやろうということで、いろいろ工夫した結果、今のとんかつの原型であるポークカツレツが当店で生まれました。

老舗の看板メニューを食べた感想は?

ここで、煉瓦亭の名物メニューが登場。ジョンはまず、明治時代に誕生した「明治誕生オムライス」を口に運ぶ。

ジョン:子どものころの幸せ感が、ものすごい勢いで帰ってきました。素晴らしい味付けです。チキンライスではないんですね。

木田:うちは合いびき肉のひき肉を使ったご飯です。この炒めご飯はオムライスにしか使っていないですね。卵も、わりと固く焼きすぎず、ふわっとした状態で仕上げています。

ジョン:まさに伝統の味です。そして、「元祖ポークカツレツ」です。

木田:ウスターソースも完全にうちで作っているわけではないですが、うちで合わせているので、ほかにはない味のソースになります。

ジョン:幸せです。絶妙の下味、塩加減。そしてお肉の甘み、衣のサクサク感。ソースとの相性もいいです。やはり常連のみなさんにも人気ですか?

木田:昔から来ていただいているお客様は、必ずポークカツを食べていらっしゃいますね。

131年の味を支える「中庸」の精神

木田さんには、先代からかけられた言葉のなかで、今も心に刻まれているものがあるという。2代目である祖父から受け継いだのは、「中庸を行け」という言葉だ。

木田:上にも下にも寄るんじゃなく、真ん中の王道を行くという意味だと思います。いろんなものを使って高級にすればいいというものでもなく、安い素材を使ってすごく安く出せばいいというものでもない。ちゃんとした素材を使って、真っ当に、ずっと同じものを次の時代にも出し続けられる。そういう意味の「中庸」ではないかなと思っています。

ジョン:今、感じられている課題は何でしょうか?

木田:どこの業界もそうですが、日本人の働き手が減ってしまっていることですね。次に、いろんなものが高騰しすぎている。高騰しても価格を上げられる商売もあるんですけど、なかなか食べ物屋さんは、日々来ていただく方にとって、少しの値上げもやはり響いています。そこがなかなか(値段を)上げきれないところですね。今度は消費税の関係もあって、食料品が1パーセントとかになった場合、ここが10パーセントのまま残ってしまうと、やっぱりレストランに来る方が減ってしまうのかなというのは、業界全体でみなさんが危惧しているところですね。

ジョン:煉瓦亭の今後のビジョンはいかがでしょうか?

木田:私の目の黒いうちは(笑)、昔から銀座に来る方が懐かしんでくれる味を保ち続けることがいちばんかなと思っています。

ジョン:オムライスもカツレツもいただいた身としては、みなさんにも絶対に行ってほしいです。

J-WAVE『MIDDAY LOUNGE』はグローバルなルーツを持つ国際色豊かなナビゲーターたちが、リスナーと一緒に「新しい自分、新しい世界と出会う」3時間のプログラム。ナビゲーターは、月曜 ハリー杉山、火曜 市川紗椰、水曜 クリス・ペプラー、木曜 ジョン・カビラが日替わりで担当している。

『MIDDAY LOUNGE』のコーナー「PICK OF THE DAY」は、それぞれのナビゲーターの個性に特化した特集をお届けする。放送は月曜~木曜の15時25分ごろから。
番組情報
MIDDAY LOUNGE
月・火・水・木曜
13:30-16:30

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