アシッド・ジャズを切り拓いたガリアーノが、ムーブメントのはじまりと現在地を語った。
ガリアーノが登場したのは、8月26日(水)放送のJ-WAVE『MIDDAY LOUNGE』(水曜ナビゲーター:クリス・ペプラー)の「TWO ROOMS MUSIC EXPLORER」。世界の音楽シーンのムーブメントを「今」の視点で考察するコーナーだ。
今回は、アシッド・ジャズムーブメントの立役者として知られる、ガリアーノのロブ・ギャラガーとヴァレリー・エティエンヌをゲストに迎えた。
クリス:ジャイルズ・ピーターソンとエディ・ピラーが立ち上げたアシッド・ジャズ・レコーズの記念すべき第1弾アーティストがガリアーノです。まずは、アシッド・ジャズムーブメントのはじまりについて聞かせてもらいましょう。
ロブ:ジャイルズ・ピーターソンと僕は、1980年代半ばにロンドンのクラブで一緒にギグ(単発のライブ演奏)をやっていました。そこに、モッズ・シーンで活動していたエディ・ピラーという人物が来たんです。当時、僕はファンク・インク・レコーズで作品を作っていたのですが、エディは僕たちをスタジオに連れて行き、そこでレコードを作りました。
クリス:新たなレーベルを立ち上げるということで、アシッド・ジャズというネーミングにしたわけですが、アシッド・ジャズという言い方は当時から使われていたものなんでしょうか?
ロブ:アシッド・ジャズそのものの起源について詳しく語ることはできませんが、間違いなく「アシッド・ハウス」に対する反応として生まれたものだと思います。ただ、意図的にDJや打ち込みに対抗するというよりは、ライブやバンド、生のプレイヤーが演奏する音楽に向かう動きが、全体的なアシッド・ムーブメントの一環としてありました。
クリス:そもそも、このムーブメントをスタートさせたのは、どんな人たちだったのでしょうか。
ロブ:クラブ・シーンのDJたちも、同じようにムーブメントを始めていました。どんなアート・シーンでもそうですが、1920年代のパリなどを見ても、本当に数人の人たちがムーブメントをスタートさせているんです。10人足らずと言ってもいいかもしれない。アシッド・ハウスとアシッド・ジャズのムーブメントは、かなり近いものがありました。どちらもDJがかけていたようなフリーソウル系のサウンドをベースに、ヒップホップやジャズの要素が加わっていった。それが、アシッド・ムーブメント全体につながっていったのだと思います。
ヴァレリー:私たちが活動を終えてから、27年間の休止がありました。2024年に戻ることになったきっかけは、友人のDJで電子音楽プロデューサーのマシュー・ハーバートから連絡をもらったことでした。彼にはアンという友人がいて、彼女は大学時代からガリアーノをたくさん聴いていたそうです。あるとき、彼女の誕生日パーティーで演奏してもらえないかと、マシューから連絡が来ました。
当時、アンはNetflixのヨーロッパ部門で働いており、レストランで50人ほどを招いたディナーパーティーが開かれ、ガリアーノはそこで再結成し、演奏したと明かす。
そもそも「ガリアーノを再び始めないか」という提案は、それ以前にもいくつか持ち上がっていたものの、ロブはずっと断っていたという。しかし、そのギグの感触に手ごたえを感じたことから、「もう一度やってみよう」と思うようになったと語る。
クリス:ギグが終わったあと、当時のエージェントに連絡を取ったことから、現在のガリアーノにつながっていったということなんですね。
番組では、ガリアーノの『Let The Music Find You』をオンエアした。
クリス:『Acid Jazz Revenge』、「アシッド・ジャズの逆襲」と銘打ったのは、なぜですか?
ロブ:いい質問ですね。アシッド・ジャズは、多くの音楽から影響を受けています。
さまざまな音楽を取り込みながら発展してきたアシッド・ジャズは、その源流も濃密かつ強烈で、その影響力はあまりにも大きく、まるで取り憑かれ、飲み込まれてしまうほどだとロブは語る。
ロブ:ガリアーノの中核にあるのは、やはりファンクです。ファンクに一度取り憑かれると、もうそこから抜け出すことはできない。人々を虜にするあのパワーは、怨念めいたものを感じるほどです。僕たちのあとに続く人たちも、その源流にある影響を受け、それを再構築して世に出しています。そして、その影響力は今も続いていて、終わることがありません。だからこそ、「リベンジ」という表現を使ったのです。
クリス:時代を越えて愛され、今の若い世代にも多大な影響を与え続けているアシッド・ジャズですが、当時、自分たちにとって革新的だったのは、どんなところだったのでしょうか?
ヴァレリー:とても革命的だったのは、クラブ・ミュージックをライブで演奏することです。今でも、それが革新的な部分だと思っています。今はストリーミングで音楽を聴くことが当たり前になっていますが、私たちの世代はライブで音楽を体験してきました。だからこそ、私たちはクラブ・ミュージックをライブというフォーマットで届けてきたのです。パンデミックのあいだは、そうしたライブ・ミュージックの文化が下火になっていましたが、今はまた新しい世代に受け入れられているのだと思います。
クリス:最後に、日本のリスナーへのメッセージをお願いします。
ロブ:近いうちに日本ツアーを実現したいですね。そして、アシッド・ジャズの最初の世代のファンはもちろん、その子どもたちの世代も、ぜひライブを観に来てほしいです。
ガリアーノの最新情報はInstagram公式アカウント(@galliano.band)まで。
『MIDDAY LOUNGE』はグローバルなルーツを持つ国際色豊かなナビゲーターたちが、リスナーと一緒に「新しい自分、新しい世界と出会う」3時間のプログラム。ナビゲーターは、月曜 ハリー杉山、火曜 市川紗椰、水曜 クリス・ペプラー、木曜 ジョン・カビラが日替わりで担当している。
『MIDDAY LOUNGE』のコーナー「TWO ROOMS MUSIC EXPLORER」では、世界の音楽シーンのムーブメントを「今」の視点で考察する。放送は月曜~木曜の14時ごろから。
ガリアーノが登場したのは、8月26日(水)放送のJ-WAVE『MIDDAY LOUNGE』(水曜ナビゲーター:クリス・ペプラー)の「TWO ROOMS MUSIC EXPLORER」。世界の音楽シーンのムーブメントを「今」の視点で考察するコーナーだ。
DJと生演奏が交差して生まれたアシッド・ジャズ
8月24日(月)〜27日(木)の『MIDDAY LOUNGE』では、「NEW VINTAGE MUSIC WEEK:Acid Jazz Edition」と題し、1980年代末から90年代半ばにかけてイギリスで生まれた音楽ムーブメント「アシッド・ジャズ」の変遷を振り返りながら、その現在地を探った。今回は、アシッド・ジャズムーブメントの立役者として知られる、ガリアーノのロブ・ギャラガーとヴァレリー・エティエンヌをゲストに迎えた。
クリス:ジャイルズ・ピーターソンとエディ・ピラーが立ち上げたアシッド・ジャズ・レコーズの記念すべき第1弾アーティストがガリアーノです。まずは、アシッド・ジャズムーブメントのはじまりについて聞かせてもらいましょう。
ロブ:ジャイルズ・ピーターソンと僕は、1980年代半ばにロンドンのクラブで一緒にギグ(単発のライブ演奏)をやっていました。そこに、モッズ・シーンで活動していたエディ・ピラーという人物が来たんです。当時、僕はファンク・インク・レコーズで作品を作っていたのですが、エディは僕たちをスタジオに連れて行き、そこでレコードを作りました。
クリス:新たなレーベルを立ち上げるということで、アシッド・ジャズというネーミングにしたわけですが、アシッド・ジャズという言い方は当時から使われていたものなんでしょうか?
ロブ:アシッド・ジャズそのものの起源について詳しく語ることはできませんが、間違いなく「アシッド・ハウス」に対する反応として生まれたものだと思います。ただ、意図的にDJや打ち込みに対抗するというよりは、ライブやバンド、生のプレイヤーが演奏する音楽に向かう動きが、全体的なアシッド・ムーブメントの一環としてありました。
クリス:そもそも、このムーブメントをスタートさせたのは、どんな人たちだったのでしょうか。
ロブ:クラブ・シーンのDJたちも、同じようにムーブメントを始めていました。どんなアート・シーンでもそうですが、1920年代のパリなどを見ても、本当に数人の人たちがムーブメントをスタートさせているんです。10人足らずと言ってもいいかもしれない。アシッド・ハウスとアシッド・ジャズのムーブメントは、かなり近いものがありました。どちらもDJがかけていたようなフリーソウル系のサウンドをベースに、ヒップホップやジャズの要素が加わっていった。それが、アシッド・ムーブメント全体につながっていったのだと思います。
約27年の空白を経て再びステージへ
ガリアーノは1997年に活動を終え、その後、長い空白期間を経て、2024年にアルバム『Halfway Somewhere』で再始動した。再びガリアーノとして活動しようと思ったきっかけは、何だったのだろうか。ヴァレリー:私たちが活動を終えてから、27年間の休止がありました。2024年に戻ることになったきっかけは、友人のDJで電子音楽プロデューサーのマシュー・ハーバートから連絡をもらったことでした。彼にはアンという友人がいて、彼女は大学時代からガリアーノをたくさん聴いていたそうです。あるとき、彼女の誕生日パーティーで演奏してもらえないかと、マシューから連絡が来ました。
当時、アンはNetflixのヨーロッパ部門で働いており、レストランで50人ほどを招いたディナーパーティーが開かれ、ガリアーノはそこで再結成し、演奏したと明かす。
そもそも「ガリアーノを再び始めないか」という提案は、それ以前にもいくつか持ち上がっていたものの、ロブはずっと断っていたという。しかし、そのギグの感触に手ごたえを感じたことから、「もう一度やってみよう」と思うようになったと語る。
クリス:ギグが終わったあと、当時のエージェントに連絡を取ったことから、現在のガリアーノにつながっていったということなんですね。
番組では、ガリアーノの『Let The Music Find You』をオンエアした。
時代を越えて受け継がれるアシッド・ジャズの精神
ガリアーノは今年1月にアルバム『Unreliable Memories of Contested Conversations』をリリースしたが、ほどなくして完売。そこで日本のファンに向け、同作をもとにした日本限定盤『Acid Jazz Revenge』のCD・配信が7月2日、LPが8月5日にリリースされた。クリス:『Acid Jazz Revenge』、「アシッド・ジャズの逆襲」と銘打ったのは、なぜですか?
ロブ:いい質問ですね。アシッド・ジャズは、多くの音楽から影響を受けています。
さまざまな音楽を取り込みながら発展してきたアシッド・ジャズは、その源流も濃密かつ強烈で、その影響力はあまりにも大きく、まるで取り憑かれ、飲み込まれてしまうほどだとロブは語る。
ロブ:ガリアーノの中核にあるのは、やはりファンクです。ファンクに一度取り憑かれると、もうそこから抜け出すことはできない。人々を虜にするあのパワーは、怨念めいたものを感じるほどです。僕たちのあとに続く人たちも、その源流にある影響を受け、それを再構築して世に出しています。そして、その影響力は今も続いていて、終わることがありません。だからこそ、「リベンジ」という表現を使ったのです。
クリス:時代を越えて愛され、今の若い世代にも多大な影響を与え続けているアシッド・ジャズですが、当時、自分たちにとって革新的だったのは、どんなところだったのでしょうか?
ヴァレリー:とても革命的だったのは、クラブ・ミュージックをライブで演奏することです。今でも、それが革新的な部分だと思っています。今はストリーミングで音楽を聴くことが当たり前になっていますが、私たちの世代はライブで音楽を体験してきました。だからこそ、私たちはクラブ・ミュージックをライブというフォーマットで届けてきたのです。パンデミックのあいだは、そうしたライブ・ミュージックの文化が下火になっていましたが、今はまた新しい世代に受け入れられているのだと思います。
クリス:最後に、日本のリスナーへのメッセージをお願いします。
ロブ:近いうちに日本ツアーを実現したいですね。そして、アシッド・ジャズの最初の世代のファンはもちろん、その子どもたちの世代も、ぜひライブを観に来てほしいです。
ガリアーノの最新情報はInstagram公式アカウント(@galliano.band)まで。
『MIDDAY LOUNGE』はグローバルなルーツを持つ国際色豊かなナビゲーターたちが、リスナーと一緒に「新しい自分、新しい世界と出会う」3時間のプログラム。ナビゲーターは、月曜 ハリー杉山、火曜 市川紗椰、水曜 クリス・ペプラー、木曜 ジョン・カビラが日替わりで担当している。
『MIDDAY LOUNGE』のコーナー「TWO ROOMS MUSIC EXPLORER」では、世界の音楽シーンのムーブメントを「今」の視点で考察する。放送は月曜~木曜の14時ごろから。
番組情報
- MIDDAY LOUNGE
-
月・火・水・木曜13:30-16:30