解剖学者の養老孟司が、戦時中の記憶や戦後の社会の変化について語った。
養老が登場したのは、J-WAVE『JUST A LITTLE LOVIN'』(ナビゲーター:中田絢千)の「LIVING ON THE EARTH」。豊かさ・幸せにつながるオピニオンを週替わりのゲストに伺うコーナーだ。ここでは、8月12日(水)のオンエア内容をテキストで紹介する。
【関連記事】8/13(木)放送:養老孟司「AIが人間に…」ではなく「人間がAI並みになっていった」――戦時中の日本に通じる“現代の違和感”とは?
今年は戦後81年。現在88歳の養老は、子どものころに戦争を体験している。当時の記憶、そして戦後に大きく変化してきた社会を、養老はどのように見ているのだろうか。
中田:養老さんのお生まれ、日中戦争がちょうど始まったころですよね。
養老:ちょうど盧溝橋事件が発生した1937年です。
中田:戦時中を体験されているということですよね。ただ、戦時中を生きているという感覚が大人とはまた違っていましたよね、きっと。
養老:そうですね。“しょうもない災難”という感じです。いちばん覚えているのは食糧難。今でもカボチャとサツマイモは食べないっていう、そういう世代があるんですよ。食糧難を通ったある年齢で。サツマイモといっても、乾燥芋(干し芋)ですね。あれがもう嫌なんですよ、散々食べて、体が「食べるな」って言っているんです。
中田:本当にそのときはそれしかなかったという。
養老:そう。しかも「そんなものマズいわけがないでしょ?」と言う人もいるんだけども、その人たちがわかっていないことがひとつあって、食糧難のときは調味料もなかったんです。みそ、しょうゆ、砂糖、まったくないので料理というものが不可能だったんですね。だから、当然マズいんですよ。
中田:あるものをありがたくいただく。それがすべてという時代ですもんね。
養老:そうです。食べるものがあればいいっていう世代ですから、今のグルメとかなんとか言われるとかなりしらけます。
養老:(当時、夜寝ていると)起こされて鎌倉の穴蔵に入っていました。
中田:それがおいくつぐらいのときですか?
養老:小学校2年生で終戦ですから、小1、小2のころですね。
中田:じゃあ、ご自身のなかでなんとなく見える世界もはっきりしてきているときですね。
養老:そうです。大人たちがいかにそういうことに一生懸命だったかってことは覚えていますね。
中田:先生のなかで昔あった出来事でもあると思うのですが、今の社会や世界を見るときの土台になっている部分もあるのでしょうか。
養老:都市化が進んできたというふうに言うんですが、もっぱら街に人が住むようになったんです。それで一次産業を馬鹿にしすぎましたね。若い人がほとんど大学行くようになったでしょ。
中田:大学に行って、いい会社に入って、みたいな文句がわりと……。
養老:先行きが計算できると思ってるわけ。
中田:ライフプランを立てるなんていう。
養老:そう。こういうふうな前提を置いたら、こう進むはずだ。それを「ああすれば、こうなる」って言うんですけど、それを難しく言ったのがシミュレーションですね。予測して統御する。それが可能になる場所を人間が作っていったんです。それが都市ですよ。
養老:ひとつは自然との感覚的な付き合いじゃないですかね。お祭りをやらなくなるとかね。さっき言った、シミュレーションだけで生きてきている人が多すぎるんです。人生なんていうのは計算でいくもんじゃないということを、みんなの合意にしてもいいんじゃないかと。昔は実際あったと思うんです。
ここで養老は、高校3年生のときに体験した、知り合いの女性とのやり取りを語る。
養老:僕はよく思い出すんですけど、高校3年生のときに鎌倉の街を散歩していたんです。そうしたら、横町の路地で知り合いのおばあさんに会って、ちょっと立ち話をしたら「あんた、今何してんの?」って言うから「高校3年生です」と。「来年どうすんの?」「大学に行こうと思ってます」と答えたら、パッと態度が変わってね。急に真面目な顔になって「あんたね、大学に行くのはいいけど、大学に行くと馬鹿になるよ」としみじみ言われた(笑)。80年経った今でも覚えているんですから、よほど印象的だったんだと思います。
中田:当時は衝撃だったんでしょうね。
養老:そうです。そういうおばあさんがいたんですよ、自分の意見でものを言うことができる。しかも、「大学に行くと馬鹿になるよ」って言えるっていう。そういう時代だったんですね。今はないでしょうね、何しろ多数決ですから。そのおばあさんの時代だと、おそらく自分の孫とかがろくでもないインテリになって、田んぼひとつ満足に扱えないのに偉そうなこと言ってるという。あの感じは今でも忘れませんね。
中田:「生きる」ということ、自分の人生を歩むということは何か、ということをまざまざと考えさせられますね。
養老:本当に。ある意味で健康な時代だったんですね。自分の意見でものが言えるっていう。
中田:そういう存在は今となってはすごく貴重ですし、それを世の中ないし、いろんな方におっしゃっているのが養老さんなのかな、なんて思ったりもするんですが。
養老:もしそうだとしたら、そのおばあさんのおかげです(笑)。いまだに覚えているんですから、やっぱり印象深かったんですね。
『JUST A LITTLE LOVIN'』のコーナー「LIVING ON THE EARTH」では、豊かさや幸せについて考えるヒントを、ゲストを迎えてお届けする。放送は毎週月~木曜の5時15分ごろから。
養老が登場したのは、J-WAVE『JUST A LITTLE LOVIN'』(ナビゲーター:中田絢千)の「LIVING ON THE EARTH」。豊かさ・幸せにつながるオピニオンを週替わりのゲストに伺うコーナーだ。ここでは、8月12日(水)のオンエア内容をテキストで紹介する。
【関連記事】8/13(木)放送:養老孟司「AIが人間に…」ではなく「人間がAI並みになっていった」――戦時中の日本に通じる“現代の違和感”とは?
いちばん覚えているのは食糧難… 戦時中の記憶
養老孟司は、かつての教え子であり腫瘍内科医の高野利実との共著『“幸せ”よりも“居心地”のよい生き方』(ビジネス社)を7月に発売した。今年は戦後81年。現在88歳の養老は、子どものころに戦争を体験している。当時の記憶、そして戦後に大きく変化してきた社会を、養老はどのように見ているのだろうか。
中田:養老さんのお生まれ、日中戦争がちょうど始まったころですよね。
養老:ちょうど盧溝橋事件が発生した1937年です。
中田:戦時中を体験されているということですよね。ただ、戦時中を生きているという感覚が大人とはまた違っていましたよね、きっと。
養老:そうですね。“しょうもない災難”という感じです。いちばん覚えているのは食糧難。今でもカボチャとサツマイモは食べないっていう、そういう世代があるんですよ。食糧難を通ったある年齢で。サツマイモといっても、乾燥芋(干し芋)ですね。あれがもう嫌なんですよ、散々食べて、体が「食べるな」って言っているんです。
中田:本当にそのときはそれしかなかったという。
養老:そう。しかも「そんなものマズいわけがないでしょ?」と言う人もいるんだけども、その人たちがわかっていないことがひとつあって、食糧難のときは調味料もなかったんです。みそ、しょうゆ、砂糖、まったくないので料理というものが不可能だったんですね。だから、当然マズいんですよ。
中田:あるものをありがたくいただく。それがすべてという時代ですもんね。
養老:そうです。食べるものがあればいいっていう世代ですから、今のグルメとかなんとか言われるとかなりしらけます。
戦後、社会は一次産業を馬鹿にしすぎた
また、養老は戦時中に経験した空襲の記憶についても口にする。養老:(当時、夜寝ていると)起こされて鎌倉の穴蔵に入っていました。
中田:それがおいくつぐらいのときですか?
養老:小学校2年生で終戦ですから、小1、小2のころですね。
中田:じゃあ、ご自身のなかでなんとなく見える世界もはっきりしてきているときですね。
養老:そうです。大人たちがいかにそういうことに一生懸命だったかってことは覚えていますね。
中田:先生のなかで昔あった出来事でもあると思うのですが、今の社会や世界を見るときの土台になっている部分もあるのでしょうか。
養老:都市化が進んできたというふうに言うんですが、もっぱら街に人が住むようになったんです。それで一次産業を馬鹿にしすぎましたね。若い人がほとんど大学行くようになったでしょ。
中田:大学に行って、いい会社に入って、みたいな文句がわりと……。
養老:先行きが計算できると思ってるわけ。
中田:ライフプランを立てるなんていう。
養老:そう。こういうふうな前提を置いたら、こう進むはずだ。それを「ああすれば、こうなる」って言うんですけど、それを難しく言ったのがシミュレーションですね。予測して統御する。それが可能になる場所を人間が作っていったんです。それが都市ですよ。
シミュレーションだけで生きてきている人が多すぎる
戦後80年あまり、日本社会の移り変わりを見てきた養老。大切に受け継がれてきたものがある一方で、時代の変化のなかで置き去りにされてきたものもあるのだろうか。養老:ひとつは自然との感覚的な付き合いじゃないですかね。お祭りをやらなくなるとかね。さっき言った、シミュレーションだけで生きてきている人が多すぎるんです。人生なんていうのは計算でいくもんじゃないということを、みんなの合意にしてもいいんじゃないかと。昔は実際あったと思うんです。
ここで養老は、高校3年生のときに体験した、知り合いの女性とのやり取りを語る。
養老:僕はよく思い出すんですけど、高校3年生のときに鎌倉の街を散歩していたんです。そうしたら、横町の路地で知り合いのおばあさんに会って、ちょっと立ち話をしたら「あんた、今何してんの?」って言うから「高校3年生です」と。「来年どうすんの?」「大学に行こうと思ってます」と答えたら、パッと態度が変わってね。急に真面目な顔になって「あんたね、大学に行くのはいいけど、大学に行くと馬鹿になるよ」としみじみ言われた(笑)。80年経った今でも覚えているんですから、よほど印象的だったんだと思います。
中田:当時は衝撃だったんでしょうね。
養老:そうです。そういうおばあさんがいたんですよ、自分の意見でものを言うことができる。しかも、「大学に行くと馬鹿になるよ」って言えるっていう。そういう時代だったんですね。今はないでしょうね、何しろ多数決ですから。そのおばあさんの時代だと、おそらく自分の孫とかがろくでもないインテリになって、田んぼひとつ満足に扱えないのに偉そうなこと言ってるという。あの感じは今でも忘れませんね。
中田:「生きる」ということ、自分の人生を歩むということは何か、ということをまざまざと考えさせられますね。
養老:本当に。ある意味で健康な時代だったんですね。自分の意見でものが言えるっていう。
中田:そういう存在は今となってはすごく貴重ですし、それを世の中ないし、いろんな方におっしゃっているのが養老さんなのかな、なんて思ったりもするんですが。
養老:もしそうだとしたら、そのおばあさんのおかげです(笑)。いまだに覚えているんですから、やっぱり印象深かったんですね。
『JUST A LITTLE LOVIN'』のコーナー「LIVING ON THE EARTH」では、豊かさや幸せについて考えるヒントを、ゲストを迎えてお届けする。放送は毎週月~木曜の5時15分ごろから。
番組情報
- JUST A LITTLE LOVIN'
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月・火・水・木曜5:00-6:00