映画監督の野口雄大が、映像制作の原点を振り返り、7月24日(金)公開のドキュメンタリー映画『Return to My Blue』の撮影エピソードを語った。
野口が登場したのは、6月27日(土)放送のJ-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』(ナビゲーター:水野良樹)。“今”を代表するクリエイターをゲストに迎え、ものづくりの原点を探求するプログラムだ。なお、番組はSpotifyなどのポッドキャストでも聴くことができる。
・ポッドキャストページ
映像という表現に、野口は何を見出してきたのか。まずは野口に、映像制作のルーツを訊いた。
水野:ちょっとした仕事のつながりから『Return to My Blue』を拝見させていただいて、生意気ながら少しコメントさせてもらう機会があったんです。そんなご縁で出会うことができて、今回、映画公開も近づいているタイミングでゲストに来ていただきました。ありがとうございます。
野口:こちらこそ、ありがとうございます。
水野:この番組はゲストのみなさんのルーツを伺っていまして、もともと野口さんが映画やドラマ、映像作品や物語が好きになったきっかけって、どこからなんですか?
野口:振り返ると、最初に触れていたのは父の影響だった気がします。父が映画好きで、レンタルショップから洋画をよく借りてきてたんです。『グーニーズ』とか『ロボコップ』とか『ジュラシック・パーク』とか、いわゆるハリウッド映画ですね。そういう作品に小さいころから触れてました。一方で、母はかなりドラマ好きで。
水野:そうなんですね。
野口:母の影響で、気づけばドラマを日常的に観るようになってました。最近になって、「それが始まりだったのかな」と思うようになりました。
水野:テレビや映画でエンタメ作品を観て、「楽しい」「かっこいい」「面白い」と思った人って、そのあといろんな方向に進む気がするんです。まず最初に「出たい」と思う人も多いじゃないですか。演じてみたいとか、作品の“中の人”になってみたいとか。野口さんは作る側に進まれましたけども、その理由は何だったんですか?
野口:けっこう、紆余曲折ありました(笑)。大学時代が特にそうだったんですが、日芸(日本大学芸術学部)に通っていて、かなり迷走していた時期があったんです。一時期は、なぜか役者を目指そうとしたこともありました。もちろん、本気でというより憧れに近かったんですけど、途中で「これは生半可な気持ちでやってはいけない職業だな」と気づきましたね。
ドラマを浴びるように観て、映画に没頭し、旅に出て、写真を撮る。野口は学生時代から幅広い表現に触れてきたそう。ただ、自分が進むべき道をはっきりと意識したのは、社会に出てからだったと語る。その価値観を大きく変えたきっかけのひとつが、『北の国から』との出会いだったという。
野口:授業中に『北の国から』のドキュメンタリーを観たんです。そのころは「ドラマをやりたい」と思って日芸に入ったものの、テレビ局でアルバイトもしていて、現場の裏側を見て少しげんなりしてた時期でもあったんですよ。テレビってお客さんの顔が見えづらいというか、「本当に人に届くのかな」と不安になってた時期だったんです。そんなときに観たドキュメンタリーで、田中邦衛さん演じる五郎さんの最後の撮影に密着していて。富良野に降り立った田中さんに、ある車椅子の女性が声をかける場面があったんですね。
声をかけた女性は末期がんを患っていた。女性は田中に対し、「残された時間は多くないので、最後に大好きだった『北の国から』の舞台である北の大地を見に来た」と涙ながらに語ったという。
映像を通してその姿を目の当たりにした野口は、「ドラマはここまで人の人生を支える存在になり得るのか」と初めて実感したと振り返る。そして同時に、初めて作品を届ける相手の顔が見えた感覚を覚えたという。その瞬間、「自分はドラマをやろう」と進む道を定めたと語る。
水野:『北の国から』という物語を追いかけてきた人と、その作品を作った側が偶然出会う。それを学生だった野口さんが観て人生を変えられたというのも、すさまじい物語ですよね。
野口:授業で観たとき、開始10分くらいでボロ泣きしてました。そのときの景色は今でも覚えていますね。
水野:そこまで強烈な体験をすると、今度は物語を作る側になったときにすごく高いハードルになりませんか?
野口:今思うと、そうですね。
水野:『Return to My Blue』もそうですが、「書こうとしても書けない物語」という感覚があるじゃないですか。ドキュメンタリーって、自分たちでは予想できないことや制御できないことも起きますよね。今回、初めてドキュメンタリーに踏み出したことも、その原体験とつながっているんですか?
野口:僕自身はあんまり意識していなかったんですが、結果的にはつながってると思います。大学時代に迷走していたことも含めて、全部つながってたんだなと最近思うようになりました。
野口:「届けたいもの」は、誰にでもわかるメッセージだけではなくて、自分が裏に隠している感情も含めて、作品を観終えたあとにお客さんに何を感じてもらいたいかを決めてから(脚本を)組み立てていくことが多いですね。
水野:メッセージって、作品から出てくるものなんですか? それともご自身の考えからですか? たとえば脚本が別の方のものだったとして、それを伝える役目と、自分自身の思いもありますよね。そこはどう調整するんですか?
野口:本当にケースバイケースですね。自分で脚本を書く映画の場合は、かなりパーソナルな感情や経験を使います。ただ、それをそのまま出すのではなく、フィクションに織り交ぜながら、自分にしかわからない感情を届けたいと思ってます。そういうときは、自分の気持ちに正直に脚本を書きますね。逆に、他の人の脚本を扱うときは、自分だけの表現に固執するのではなくて、その作者が何を伝えたいのかを大事にします。そのうえで、自分の経験とか感性が交差する場所を探している感覚があります。
水野:ひとつの作品を作るにしても、実際に撮影が始まるとたくさんの役者さんが出演されて、それぞれが作品に対するイメージを持って現場に集まるじゃないですか。そういうとき、どうコミュニケーションを取っていくんですか?
野口:これはあくまで僕のスタイルなんですけど、まずその人の意見を聞きます。もちろんケースバイケースで、自分の大きな方針があるときは最初に伝えることもあります。でも基本姿勢としては、みんなアーティストだと思ってるので。それぞれが原作を読んで、どういう発想で現場に来るのかを見るのがけっこう楽しみなんです。
水野:そうすると、さっき話していたような解釈の違いも生まれますよね。最終的にチームとしてひとつの答えを出さないといけない瞬間が来る。「これはOK」「これはNG」という判断は、明確に線引きできるものなんですか?
野口:答えとしては引けます。でも当然、グレーな部分もあります。水野さんもそうだと思うんですけど、クリエイティブって正解がないじゃないですか。だから、自分なりに「この物語をこう伝えたい」というビジョンは固めていきます。
水野:これまで個人の心の近いところにある物語を描いてきた野口監督が、実際に起きているリアルな物語を捉えるドキュメンタリーに踏み出されました。あらためて、『Return to My Blue』がどういう作品なのか教えてください。
野口:『Return to My Blue』は、障がいのある子どもたちと親御さん、7組が沖縄の無人島へ冒険に行くという、ある意味、むちゃくちゃなツアーを追いかけた作品です。主人公は、人工呼吸器をつけている小学生の相馬君です。人工呼吸器には電気が必要なんですが、その電気のない無人島へ冒険に行くんです。もしかしたら、命のリスクがあるかもしれない。それでも「冒険に行きたい」という本人の気持ちを大切にして、一歩踏み出した親子を追ったドキュメンタリーです。
水野:これを作品化しようと、どの段階で踏み切ったんですか?
野口:実は、「踏み切った」という感覚ではなくて。そもそも、いつの間にか撮ることになっていたんです。ツアーを主催した旅人で作家の高橋 歩さんから、「ちょっと雄大も一緒に来て映像撮ってよ」と誘われて(笑)。最初から作品にするつもりではなく、僕自身も仕事を休んで、旅行も兼ねて参加した感覚だったんですよ。そのとき、自分のカメラも持ってなかったので、カメラを買うところから始まりました。
水野:本当にそんなスタートだったんですね。子どもたちも、親御さんも、支える医療関係者の方々も、たくさんの勇気ある決断をされていくじゃないですか。誰かに伝えよう、見てもらおうとなったときに、現実を「物語にしてしまう」難しさもありますよね。そこはどう向き合ったんですか?
野口:「消費してはいけない」という思いは絶対にありました。ツアー自体も途中から、自分が思っていた以上にリスクが高いんだと気づいていって。そんななかで、この作品のメインビジュアルにもなっている相馬君が、無人島でお母さんに抱っこされて海に入った瞬間があったんです。そのとき、とんでもない笑顔を見せたんですよ。僕はカメラを回してたんですけど、あとで聞いたら泣きながら撮っていたらしいんです。なんで涙が出たのか、自分でもわからなかった。ただ、「すごいものを撮ってしまった」という感覚だけがあって。そのときに初めて、この笑顔をひとりでも多くの人に観てもらいたいと思いました。そして「なぜ、自分はあの笑顔に涙したんだろう」という答えを探したくて。映画を作る過程そのものが、その問いを考える時間になりました。
野口雄大の最新情報はX公式アカウント(@yutanoguchi99)まで。
“今”を代表するクリエイターをゲストに迎え、ものづくりの原点を探求する番組『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』は、毎週土曜21時から放送。
野口が登場したのは、6月27日(土)放送のJ-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』(ナビゲーター:水野良樹)。“今”を代表するクリエイターをゲストに迎え、ものづくりの原点を探求するプログラムだ。なお、番組はSpotifyなどのポッドキャストでも聴くことができる。
・ポッドキャストページ
映像制作のルーツと作り手としての模索
野口雄大は2008年からドラマ制作に携わり、数多くの作品を手がけてきた。大河ドラマ『どうする家康』やNHK連続テレビ小説『あんぱん』で監督を務めたほか、2023年には短編映画『さまよえ記憶』で映画監督としてデビュー。さらに、野口が監督を務める短編ドキュメンタリー映画『Return to My Blue』が7月24日(金)より公開される。短編ドキュメンタリー映画『Return to My Blue』予告
水野:ちょっとした仕事のつながりから『Return to My Blue』を拝見させていただいて、生意気ながら少しコメントさせてもらう機会があったんです。そんなご縁で出会うことができて、今回、映画公開も近づいているタイミングでゲストに来ていただきました。ありがとうございます。
野口:こちらこそ、ありがとうございます。
水野:この番組はゲストのみなさんのルーツを伺っていまして、もともと野口さんが映画やドラマ、映像作品や物語が好きになったきっかけって、どこからなんですか?
野口:振り返ると、最初に触れていたのは父の影響だった気がします。父が映画好きで、レンタルショップから洋画をよく借りてきてたんです。『グーニーズ』とか『ロボコップ』とか『ジュラシック・パーク』とか、いわゆるハリウッド映画ですね。そういう作品に小さいころから触れてました。一方で、母はかなりドラマ好きで。
水野:そうなんですね。
野口:母の影響で、気づけばドラマを日常的に観るようになってました。最近になって、「それが始まりだったのかな」と思うようになりました。
水野:テレビや映画でエンタメ作品を観て、「楽しい」「かっこいい」「面白い」と思った人って、そのあといろんな方向に進む気がするんです。まず最初に「出たい」と思う人も多いじゃないですか。演じてみたいとか、作品の“中の人”になってみたいとか。野口さんは作る側に進まれましたけども、その理由は何だったんですか?
野口:けっこう、紆余曲折ありました(笑)。大学時代が特にそうだったんですが、日芸(日本大学芸術学部)に通っていて、かなり迷走していた時期があったんです。一時期は、なぜか役者を目指そうとしたこともありました。もちろん、本気でというより憧れに近かったんですけど、途中で「これは生半可な気持ちでやってはいけない職業だな」と気づきましたね。
『北の国から』が導いた監督の原体験
野口は大学で「放送」を専攻。母親の影響もあり、ドラマが好きで「映像やテレビに関わる仕事がしたい」という漠然とした思いから進学を決めたという。一方で、大学生活は順風満帆だったわけではなかった。振り返れば、4年間は自分の進む方向を模索し続ける時間だったと笑いながら明かした。ドラマを浴びるように観て、映画に没頭し、旅に出て、写真を撮る。野口は学生時代から幅広い表現に触れてきたそう。ただ、自分が進むべき道をはっきりと意識したのは、社会に出てからだったと語る。その価値観を大きく変えたきっかけのひとつが、『北の国から』との出会いだったという。
野口:授業中に『北の国から』のドキュメンタリーを観たんです。そのころは「ドラマをやりたい」と思って日芸に入ったものの、テレビ局でアルバイトもしていて、現場の裏側を見て少しげんなりしてた時期でもあったんですよ。テレビってお客さんの顔が見えづらいというか、「本当に人に届くのかな」と不安になってた時期だったんです。そんなときに観たドキュメンタリーで、田中邦衛さん演じる五郎さんの最後の撮影に密着していて。富良野に降り立った田中さんに、ある車椅子の女性が声をかける場面があったんですね。
声をかけた女性は末期がんを患っていた。女性は田中に対し、「残された時間は多くないので、最後に大好きだった『北の国から』の舞台である北の大地を見に来た」と涙ながらに語ったという。
映像を通してその姿を目の当たりにした野口は、「ドラマはここまで人の人生を支える存在になり得るのか」と初めて実感したと振り返る。そして同時に、初めて作品を届ける相手の顔が見えた感覚を覚えたという。その瞬間、「自分はドラマをやろう」と進む道を定めたと語る。
水野:『北の国から』という物語を追いかけてきた人と、その作品を作った側が偶然出会う。それを学生だった野口さんが観て人生を変えられたというのも、すさまじい物語ですよね。
野口:授業で観たとき、開始10分くらいでボロ泣きしてました。そのときの景色は今でも覚えていますね。
水野:そこまで強烈な体験をすると、今度は物語を作る側になったときにすごく高いハードルになりませんか?
野口:今思うと、そうですね。
水野:『Return to My Blue』もそうですが、「書こうとしても書けない物語」という感覚があるじゃないですか。ドキュメンタリーって、自分たちでは予想できないことや制御できないことも起きますよね。今回、初めてドキュメンタリーに踏み出したことも、その原体験とつながっているんですか?
野口:僕自身はあんまり意識していなかったんですが、結果的にはつながってると思います。大学時代に迷走していたことも含めて、全部つながってたんだなと最近思うようになりました。
伝えたい感情を起点に紡ぐ演出論
物語を作る際や演出を考える際、野口はまず「何を届けたいか」を起点に組み立てるという。脚本を自ら執筆する場合とそうでない場合で進め方に違いはあるものの、この考え方は共通していると話す。野口:「届けたいもの」は、誰にでもわかるメッセージだけではなくて、自分が裏に隠している感情も含めて、作品を観終えたあとにお客さんに何を感じてもらいたいかを決めてから(脚本を)組み立てていくことが多いですね。
水野:メッセージって、作品から出てくるものなんですか? それともご自身の考えからですか? たとえば脚本が別の方のものだったとして、それを伝える役目と、自分自身の思いもありますよね。そこはどう調整するんですか?
野口:本当にケースバイケースですね。自分で脚本を書く映画の場合は、かなりパーソナルな感情や経験を使います。ただ、それをそのまま出すのではなく、フィクションに織り交ぜながら、自分にしかわからない感情を届けたいと思ってます。そういうときは、自分の気持ちに正直に脚本を書きますね。逆に、他の人の脚本を扱うときは、自分だけの表現に固執するのではなくて、その作者が何を伝えたいのかを大事にします。そのうえで、自分の経験とか感性が交差する場所を探している感覚があります。
水野:ひとつの作品を作るにしても、実際に撮影が始まるとたくさんの役者さんが出演されて、それぞれが作品に対するイメージを持って現場に集まるじゃないですか。そういうとき、どうコミュニケーションを取っていくんですか?
野口:これはあくまで僕のスタイルなんですけど、まずその人の意見を聞きます。もちろんケースバイケースで、自分の大きな方針があるときは最初に伝えることもあります。でも基本姿勢としては、みんなアーティストだと思ってるので。それぞれが原作を読んで、どういう発想で現場に来るのかを見るのがけっこう楽しみなんです。
水野:そうすると、さっき話していたような解釈の違いも生まれますよね。最終的にチームとしてひとつの答えを出さないといけない瞬間が来る。「これはOK」「これはNG」という判断は、明確に線引きできるものなんですか?
野口:答えとしては引けます。でも当然、グレーな部分もあります。水野さんもそうだと思うんですけど、クリエイティブって正解がないじゃないですか。だから、自分なりに「この物語をこう伝えたい」というビジョンは固めていきます。
ドキュメンタリー撮影で流した涙の理由は…
野口監督にとって初のドキュメンタリー映画となる『Return to My Blue』は、人工呼吸器を必要とする少年と母親の冒険を追った作品だ。旅を通して、「生きるとは何か」を問いかける内容となっている。短編ドキュメンタリー映画『Return to My Blue』予告
野口:『Return to My Blue』は、障がいのある子どもたちと親御さん、7組が沖縄の無人島へ冒険に行くという、ある意味、むちゃくちゃなツアーを追いかけた作品です。主人公は、人工呼吸器をつけている小学生の相馬君です。人工呼吸器には電気が必要なんですが、その電気のない無人島へ冒険に行くんです。もしかしたら、命のリスクがあるかもしれない。それでも「冒険に行きたい」という本人の気持ちを大切にして、一歩踏み出した親子を追ったドキュメンタリーです。
水野:これを作品化しようと、どの段階で踏み切ったんですか?
野口:実は、「踏み切った」という感覚ではなくて。そもそも、いつの間にか撮ることになっていたんです。ツアーを主催した旅人で作家の高橋 歩さんから、「ちょっと雄大も一緒に来て映像撮ってよ」と誘われて(笑)。最初から作品にするつもりではなく、僕自身も仕事を休んで、旅行も兼ねて参加した感覚だったんですよ。そのとき、自分のカメラも持ってなかったので、カメラを買うところから始まりました。
水野:本当にそんなスタートだったんですね。子どもたちも、親御さんも、支える医療関係者の方々も、たくさんの勇気ある決断をされていくじゃないですか。誰かに伝えよう、見てもらおうとなったときに、現実を「物語にしてしまう」難しさもありますよね。そこはどう向き合ったんですか?
野口:「消費してはいけない」という思いは絶対にありました。ツアー自体も途中から、自分が思っていた以上にリスクが高いんだと気づいていって。そんななかで、この作品のメインビジュアルにもなっている相馬君が、無人島でお母さんに抱っこされて海に入った瞬間があったんです。そのとき、とんでもない笑顔を見せたんですよ。僕はカメラを回してたんですけど、あとで聞いたら泣きながら撮っていたらしいんです。なんで涙が出たのか、自分でもわからなかった。ただ、「すごいものを撮ってしまった」という感覚だけがあって。そのときに初めて、この笑顔をひとりでも多くの人に観てもらいたいと思いました。そして「なぜ、自分はあの笑顔に涙したんだろう」という答えを探したくて。映画を作る過程そのものが、その問いを考える時間になりました。
野口雄大の最新情報はX公式アカウント(@yutanoguchi99)まで。
“今”を代表するクリエイターをゲストに迎え、ものづくりの原点を探求する番組『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』は、毎週土曜21時から放送。
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2026年7月4日28時59分まで
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