朝井リョウが「めちゃくちゃ読んでほしい」と絶賛。“人に慕われる理由”が浮かび上がる一冊

作家・朝井リョウが、自宅の本棚について、そして9月に出版した『イン・ザ・メガチャーチ』について語った。

朝井が登場したのは、11月23日(日)放送のJ-WAVE『ACROSS THE SKY』(ナビゲーター:小川紗良)の「DAIWA HOUSE MY BOOKSHELF」。本棚からゲストのクリエイティヴを探るコーナーだ。

靴箱の本棚からピックアップして仕事場に

朝井リョウは1989年、岐阜県生まれ。2009年に『桐島、部活やめるってよ』(集英社)で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2021年に『正欲』(新潮社)で第34回柴田錬三郎賞を受賞。2024年に出版された『生殖記』(小学館)は、紀伊國屋書店スタッフがおすすめする「キノベス!2025」の第1位に選出された。

「DAIWA HOUSE MY BOOKSHELF」では、ゲストの本棚の写真を見ながらトークを展開する。まずは、朝井の本棚を紹介した。

小川:これ(※写真右)はご自宅?

朝井:はい。仕事の部屋ですね。

小川:これまでのゲストのなかで過去一、生活感があるというか(笑)。でも、本の数はものすごいですね。

朝井:仕事柄、これまでも本棚の写真をくださいって言われることがあるんですね。他の人が本棚を紹介しているのを見たこともあって、いつも「本当か!?」と思っていて。「こんな整然といられることある?」って(笑)。出版業界の端くれとして仕事をしながら、紙というものは縦にも横にも重なるだろうと思っているんです。それがみなさん、なかなかないから「写真ください」って言われたときは、わりとこういう現実の写真をお届けしたいって節があります。よく「本棚で気に入っている箇所の写真をください」とかも言っていただくこともあるんですけど、気に入った箇所とかができないくらい、本を送っていただけるんですね。

小川:そうですよね。

朝井:私は2015年くらいから新聞で書評委員をやってたりとか、それが終わると、ある週刊誌で連載を6、7年続けてたりとかして。そういう仕事をしていると、あらゆる出版社から本が届くようになった結果、私のアイデンティティがまったく反映されない場所になりました(笑)。

小川:なるほど。では、この本棚のほとんどは送っていただいた本で形成されているわけですね。

朝井:ありがたいことに。仕事場の本棚は、送っていただいた本のなかから、資料的に使う頻度が高かったりとか、書評で使ったりする本を移動させていて、他のすべての本は靴箱(※写真左)に押し込んでいます。

靴箱を利用した本棚には、「とにかくなんでも入れる」と朝井は言う。

朝井:そこから自分なりにピックアップして、仕事場の本棚に移動させている感じになっています。

小川:じゃあ、ここが何のコーナーとかは?

朝井:ないです。あるとしたらサイズですね。単行本なのか文庫なのか、それ以上の写真集なのかとか。そういうのではかろうじて分けていますけど。

「なんてすてきな人なんだろう」と感じた学者

朝井は、最近読んだなかで本棚に残したい1冊として、2025年9月に発刊された動物心理学者・岡ノ谷一夫の『人間の心が分からなかった俺が、動物心理学者になるまで』(新潮社)を挙げた。

朝井:読書委員をやっていたときに、岡ノ谷さんも同じメンバーでご一緒してたんです。当時25歳くらいだったんですけど、「書評委員どうですか?」って言われたときに、メンバーを送っていただいて。10人から15人くらいの書評委員が各新聞社にいて、いろんな職業の人がいるんですけど、何かのスペシャリストの方がすごく多くて。私はもっとも若輩者でキャリアも何もないっていう感じで入れてもらう立場だったので、すごく緊張してたんですよ。当時、いろんな専門家の方が怖く見えていたこともあったので、大丈夫かなと思っていて。実際、行っても緊張してたんですけど、ひとり異常に空気が柔らかい、でもものすごく博識で常に人が集まってる、威圧感がまったくない人がいたんですよ。「何、このバランス感覚」と思って、お話するようになったのが岡ノ谷一夫さんだったんですね。

そこから朝井は岡ノ谷と親交を深めていく。

朝井:お会いするたびに「なんてすてきな人なんだろう」って。お食事するときも人をまったく恐れさせず、緊張させず、ユーモアがあって、みんな慕っている方だったんです。今回、このエッセイ本が出て、書評の依頼もいただいたってことで拝読したんですけど、その理由が全部詰まっているような本だったんです。

小川:なぜ、そう思ったんですか?

朝井:ある研究の分野で権威になるっていうことは、すごくストイックであらなければならないし、岡ノ谷さんは留学期間もとても長い方で。いまは、生成AIとかいろんなものが出てきて、英語の勉強はかなりしやすくなってるんですけど、当時ってインターネットもないなかでいきなり海外に行って、講義を受けるんですよ。しかも、生物学の専門用語がたくさん出てくる。それがどうやってわかるようになったかっていうのも書いてあるんですけど、講義の内容を全部録音してわかるようになるまで聴くんですって。繰り返し。果てしないじゃないですか。

小川:すごい!

朝井:でも、そういうのを機械に頼れないからこそ、人に頼るんですよね。仲間にとにかく頼って、自分も頼られるし。それを続けていった結果が、いまの岡ノ谷さんだと思っていて。私もそうなんですけど、ひとりでやろうとしちゃうんですよ。みんな頑張り屋さん。その一面は褒めてほしいんですけど、人に頼るのが下手だったり。自分じゃできないことを頼もうって、自分が頼られたときに返せばいいやって考え方になかなかたどり着けない。特に20代のときは。そうしたら、まわりから見ると話しかけづらい人になっちゃったりするなと思ったんですけど、岡ノ谷さんはある分野をストイックに勉強しながらも本人がリラックスしていて、この本は全編通してユーモアが貫かれているのですごく読みやすいですし、出てくるエピソード一つひとつがそれこそ映画みたいな。だから、めちゃくちゃ読んでほしい。

ずっと覚えていたい、心に響く一節

朝井は人生に影響を与えた1冊として、藤田壮眞『わたしは、あなたとわたしの区別がつかない』(KADOKAWA)を紹介した。

朝井:藤田さんは現在、現役高校生なんですけど、この本が出た当時は15歳で、自閉症の当事者として、自分はどういう世界を見ているかっていうことを当事者目線から書き下ろしたエッセイ集です。

小川:その歳でそこまで言葉にできるってすごいですよね。

朝井:最初は作文コンクールか何かで大きな賞を受賞されて、そのときの文章が話題になって。それも自閉症の当事者の自分視点で書いた作文で。この本は『わたしは、あなたとわたしの区別がつかない』ってタイトルなんですけど、それはご自身の感覚としてあって、自分が知っていることは他者も知っていると思って、同一する感覚があるみたいです。その状態で学校生活や集団生活を送っていると、全然違う見え方というか、まったく違う景色が見えていることを、私は初めて当事者の目線で文章を読むことができたんですよね。ここまで解像度高く書いてくれる人がいるんだって衝撃的だった。その状態にある方、みんなが的確に言葉を使える状態ではなかったりもすると思うので、それができる方が本を出してくれたってことで、世界を見つめる窓をひとつ増やしてくれたような本だったんですね。

朝井は、この1冊のなかで特に印象的な場面を紹介する。

朝井:藤田さんのお母さまが藤田さんに言った言葉なんですけど、藤田さんご本人はたしかに自分の特性でものすごく悩むこともあったし、それがなければどれだけよかったんだろうって思うこともたくさんあるんだけど、それがないあなたは別の人間になってしまう。正しいともそのままでもいいとも思わないけど、ただそのままのあなたが好きだというようなことを言うところがあって、この言葉はおまじないになるなって思ったんですね。

小川:それを、いちばん身近な存在が言ってくれるっていう。

朝井:お母さまが言ったこの言葉が本当にすてきだなって思って。やっぱり幼少期ってすごくその後の人生に影響すると思っているので。こういう善悪じゃなくて、「好き」っていう気持ちを表した言葉を浴びる回数が幼少期に多ければ多いほどいいと思っているから、この言葉はずっと覚えていたいですね。

推し活を構築する側の話を読んだことがなかった

朝井は9月に新刊『イン・ザ・メガチャーチ』(日本経済新聞出版)を出版した。

小川:この本は、いろんなアイドルグループとか俳優とかそういった存在を強烈に応援する人たち、いまでいうと推し活とか、この本ではファンダムと言われています。そういったいろんな界隈が点在しているなかで、さまざまな立場の方だったりが出てきて、みんながちょっとずつ重なり合い、社会が描かれていく壮大なお話で。

朝井:ありがとうございます。

小川:読んでびっくりしました。1冊にこんなに現代が詰まっていることあるのかって。

朝井:私は、ずっとどちらかというと出不精な人間で、仕事柄もそうなんですけど、頭の中でグルグル考えることのほうがわりと多く、あんまり突飛な行動に出ることが少ないタイプだなと自覚しているんです。それゆえのモノクロさみたいなものを人生でわりと感じていて。特にコロナを経て、家でライブ観られるし、ご飯もデリバリーもできるし、ってリモート環境が整っていってしまったので、行動力を発揮する理由が減った。そのなかで、反比例するように行動力を発揮する人たちはいるなと思っていて。それはファンダムっていう場所だったんです。世間的に見て、いまは支出を控えないと金銭的に厳しいんじゃないかって状況のなか「いくらでもお金を出しますよ」って、そこも反比例していると思って。ここに人が動く原動力の秘密みたいなのが眠っているんじゃないかと。自分もある種、ファンダムの一員ではあるんですけど、濃淡はあるじゃないですか。その濃い部分を見るたびに、ここに眠っている原動力はなんだろうってずっと思っていて。同時に、2020年に『推し、燃ゆ』(宇佐見りん著・河出書房新社)という名作が文学で解き放たれ。

小川:そうですね。

朝井:そこから推す側・応援する側のフィクションがわりと書かれていたのかなって思うんです。でも、その推す側をたきつける側という、どういう情報をどういうタイミングで放てば人の心理が動くかを考えながら推し活を構築する側の話ってあんまり読んだことがないなと思って。そのどちらも同じくらいの解像度で書けることができないかなと考え、この本が生まれました。

朝井リョウの最新情報はX公式アカウント(@asai__ryo)まで。

『ACROSS THE SKY』のコーナー「DAIWA HOUSE MY BOOKSHELF」では、本棚からゲストのクリエイティブを探る。オンエアは10時5分ごろから。
番組情報
ACROSS THE SKY
毎週日曜
9:00-12:00

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