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「美容師は髪を切るだけでいいのか?」 ヘアメイクアップアーティスト・久保雄司が歩んだ、“追求”と“拡大”のキャリア

「美容師は髪を切るだけでいいのか?」 ヘアメイクアップアーティスト・久保雄司が歩んだ、“追求”と“拡大”のキャリア

ヘアメイクアップアーティストの久保雄司さんが、美容師を志した理由や、自身の転機となった出来事、さらには、後れ毛にポイントをおいたスタイル「うぶバング」を発明した経緯などについて語った。

久保さんは「クボメイク」で一斉を風靡したヘアメイクアップアーティスト/美容師であり、東京・表参道で展開するビューティーサロン「SIX」の代表を務める人物だ。

久保さんが登場したのは、俳優の小澤征悦がナビゲーターを務めるJ-WAVEの番組『BMW FREUDE FOR LIFE』(毎週土曜 11:00-11:30)。同番組は、新しい時代を切り開き駆け抜けていく人物を毎回ゲストに招き、BMWでの車中インタビューを通して、これまでの軌跡や今後の展望に迫るプログラムだ。

・ポッドキャストはこちら
https://www.j-wave.co.jp/podcasts/

カリスマ美容師ブームの中で過ごした美容学生時代

久保さんを乗せて走り出した「BMW X7」。彼が美容師を志すようになったのは、高校2年生の頃。周りの友人たちがやりたいことを探すために大学進学の道を選ぶのを見て、「自分は何がやりたいのか」「何をやりたくないのか」を突き詰めていった結果、美容師という職業に辿り着いたのだという。こうして運命の仕事と巡り合った久保さんだが、美容学校時代はどんな生徒だったのだろうか?

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久保:美容学生の頃は、友だちと遊んでいた記憶しかありません(笑)。当時は学校に入学したくても落ちてしまう人がいるくらい、美容師志望者が多い時代でした。そのため、僕が通っていた学校は、45人のクラスが20くらいあったんですよ。男女比率でいえば、1クラス女性が30人ほどで、男性が10人ちょっと。学校の勉強は正直頑張ったほうではありませんが、コミュニティを作ったり、オシャレの勉強をしたり、センスを磨く時間は他の人より長かったかもしれません。

久保さんが美容学校に通い始めた2000年頃は、ちょうどカリスマ美容師ブームの全盛期。多くの美容学生が明日のカリスマを夢見ていた時代だ。そのため、就職活動時には有名サロンに応募が殺到するのだが、久保さんはトップクラスの人気を誇る都内某有名サロンへの就職が決定する。ライバルたちに差を付け、苛烈な就活戦線を勝ち抜いた背景には、学生時代のある“ブランディング”があった。

久保:当時の原宿や表参道には、出版社のスタッフから声をかけられてストリートスナップを撮ってもらい、その写真が雑誌に掲載されるチャンスがゴロゴロ転がっていました。なので、学校が終わったらすぐに原宿や表参道へオシャレをして行き、スナップ隊の人たちに撮られることで自分の名前を売っていくというブランディングをしていましたね。僕らの時代は、「GAP前」がオシャレの聖地。その場所に行くと、ファッション感度の高い人たちがわんさかいるんですよ。まず、そういったコミュニティにいることが楽しかったし、自分がオシャレだと思うファッション・イケてる髪型をして写真を撮られることが単純にうれしかった。さらに、その写真が誌面に大きく載って、学校で話題になったりしたらなおうれしかったですね。こうした活動が知名度UPに繋がり、就職に結びついた気がします。

ヘアメイクの作品撮りを始めたことが転機に

憧れのサロンへ就職し、ヘアスタイリストとしての第一歩を踏み出した久保さんだったが、20代の頃は目標を失いかけた時期もあったそうだ。そんな彼に訪れた転機とは?

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久保:都内某有名サロンで8年ほど勤務したあとに転職したのですが、働く場所を変えたことで、いかに今までの環境が恵まれていたか、自分に力がないかに気付かされました。また、お客様もガクンと減り、空き時間ができてしまったんですね。この時間的に余裕のあるタイミングで「自分が有名になればお店も有名になるかもしれない」と思い立ち、始めたのが「撮影」でした。当時はまだインスタグラムができたばかりの頃です。そんな中、SNSを駆使してモデルさんにお声がけして撮影にご協力いただき、人気のファッション雑誌や流行のアイテムなどについて情報収集しつつ、ヘアメイクの作品撮りを行いました。それが365日続いたんですね。休みはいらないくらい夢中で、いてもたってもいられなくて朝早く職場に行き、寝てる間もそのことばかり考えていました。振り返ってみると、この期間が自分を美容漬けにした一番の分岐点だったように感じます。

新たな店に転職したことでヘアメイクアップアーティストとして覚醒した久保さん。「BMW X7」が渋谷のスクラブル交差点を通りかかると、在りし日の成功体験が蘇る。

久保:スクランブル交差点は僕の中で思い出深い場所です。というのも、名前を付けてブランディングするということがあまりメジャーではなかったときに、後れ毛にポイントをおいたスタイル「うぶバング」をブランディングしていたんですね。これが話題になって、インターネットに「うぶバング」に関するまとめサイトが次々と作られました。その評判がどこかの耳に入ったのか、スクランブル交差点の大型ビジョンに「久保雄司って知ってる?」「うぶバングって知ってる?」というような映像が何日間か流れたんですよ。

「うぶバング」の裏にあった緻密な戦略

一度見聞きしたらなかなか頭から離れない「うぶバング」という言葉。久保さんは確かな戦略性と意図をもってこの名前を付けたようだ。

久保:かつて「おしゃれ」と「フェロモン」を掛け合わせた「おフェロ」という造語が流行った時期があったのですが、この言葉を雑誌で見かけたとき、印象的な文字面は覚えてもらうのに有効だと感じたんです。その2~3年前から、韓国ではおでこが透けるくらい薄くデザインされた前髪「シースルーバング」がブームとなっていました。当時の僕は、このシースルーバングを超えるようなバングを作りたいと考えたんです。名前を付ける上で、漢字やカタカタではなく、目で見てやわらかそうで、なんとなくイメージが付きやすいネーミング・文字面にしたかった。そこで「産毛のような顔まわり」という意味を込めて「うぶバング」としました。これが戦略的に当たって自分の認知度は上がっていきました。そして「うぶバング」を作った美容師の久保雄司はメイクもしていると知られるようになり、いつからか「クボメイク」という言葉も広まっていったんですよね。

「うぶバング」を流行らせたあと、「#クボメイク」が認知されるようになるなど、久保さんの躍進は止まらない。こうした成功を手繰り寄せた理由は何かと探れば、“習うより慣れよ”を地でいく、独学上等の探求心の強さが見えてくる。

久保:撮影を始めた頃、カメラを使用するにあたって説明書を読まずにひたすら触って覚えました。メイクにしてもそう。今の時代、動画さえ見れば基礎知識は得られますが、自分の感覚だけで取り掛かりました。僕は何かを始めるときにすべて独学なんですよね。そのため、莫大な時間と失敗が伴います。買ったものを使わなかったり、やり方を間違えてできなかったり。1週間取り組んだのに何も得られなかったことなんかもありました。だからこそ、できるようになりさえすれば、人に伝えられるほどの“厚み”が得られる気もするんです。そんなわけで、何かを始めたい、何かを頑張りたいと思う方は、失敗も自分の厚みになると捉え、自己流でまずやってみるといいと思っています。

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「美容師は髪を切るだけでいいのか?」

独学で覚えた撮影とメイクのテクニックを駆使したことで、「クボメイク」がインスタグラムをはじめとするSNSで大ブレイクした久保さん。ファッション誌やテレビなどで露出する機会も増え、念願だったメイクの本も講談社から出版された。SNSのフォロワー数も増えているという。

久保:SNSの良いところは、たくさんの人に知ってもらえることなのですが、誰から認知されているかわかないし、顔も見えません。なので、フォロワーさんたちといつか会いたいという思いがありました。それで、一緒に仕事をしている講談社のファッション雑誌「VOCE」編集部の方に「イベントをしたい」と打診した結果、「みんなのクボメイク」というイベントができたんですよ。メーカーさんやブランドさん協力のもと、全国各地を飛び回って北海道から鹿児島まで自分たちで開催・集客をしたんですけど、無事に成功し、やって良かったと思いましたね。

ファッション雑誌「VOCE」と組んで開催した「みんなのクボメイク」には毎回、参加希望者が殺到。「バレンタイン直前 ♡ 恋に効く生メイク」など、その都度設けたテーマに沿った実践テクニックをレクチャーして人気イベントとなっている。このように多方面で活躍する久保さんの中には、ある一つの気持ちが芽生えていた。

久保:「美容師の仕事は髪を切るだけでいいのか」と考えたことがあって。果たしてそれはどうなんだろう、ずっと同じことをするのが正しいのかと自問自答しました。というのも、「美容師=髪を切る人」という一般的な認識は、すごくキャパシティーが狭いように感じていたんですよ。そこで、髪を綺麗にするだけでなく、人を綺麗にすることを自分の美容師としての活動の幅にしていこうと決めたわけです。具体的には、オンラインサロンを開設したり、VOICYで声を届けたり、講演会をしたり。僕の話を聞いた人が何かを変えるきっかけになればいいと思い、ハサミを持たなくても人を綺麗にするような活動をしています。

「SIX」という店名に込めた思いとは

そうこうしているうちに「BMW X7」は表参道に到着。久保さんがオーナーを務めるビューティーサロン「SIX」で話を聞くことにした。
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久保:「SIX」という店名は、スタッフに大切にしてほしいことが6つあったので名付けたのですが、そのうちの1つに「自分のデザインを大切にしてほしい」というものがあります。僕自身、美容師の仕事が面白くなり出したのは、自分が素敵だと思うヘアデザインを追求できたからでした。そんな理由から、スタッフ一人ひとりがやりたいことへ挑戦できる環境づくりにこだわっていますし、それこそがSIXらしさなのかもしれません。

また、SIXのお客様の年齢層は幅広く、毎回担当美容師を変える方もいます。通常の美容室では、お客様一名につき一人の担当者が長く付くのがスタンダードですが、お客さまが気分や希望するスタイリングによって担当を変えられるのは新しい形なのかなと思いますし、それは会社としてウェルカムなんです。そんなふうにして、スタッフもお客さまも長くお店にいられるような環境を目指しています。

SIXでは、スタッフに「なりたい自分」になってもらうべく、「自立した働き方」「安心できる働き方」「可能性に挑戦する働き方」と働き方をフレキシブルに選択できるようにしているという。そんな従業員想いの久保さんにとって「未来への挑戦=FORWARDISM」とは?

久保:30代の頃は「本を出版したい」「お店を出したい」といった自分の夢を叶えることに力を注いでいました。でも今は、人の夢を叶えることも僕の仕事であり、長い年月をかけてやって行かなければいけないと考えています。まずは近くでいつも頑張っているスタッフと真剣に向き合い、夢に近づくためのサポートをしていきたいですね。

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(構成=小島浩平)

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