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美術館の売上が10倍に! “文化的な旅人”を作る活動を、音声トラベルガイド「ON THE TRIP」代表・成瀬勇輝が語る

美術館の売上が10倍に! “文化的な旅人”を作る活動を、音声トラベルガイド「ON THE TRIP」代表・成瀬勇輝が語る

株式会社ON THE TRIP代表で起業家の成瀬勇輝さんは、2017年に「あらゆる旅先を博物館化する」がコンセプトのトラベルオーディオガイド「ON THE TRIP」を立ち上げた。今回は「ON THE TRIP」を考え付いたきっかけやそのビジネスモデル、さらには今後のビジョンなどについて語った。

成瀬さんが登場したのは、俳優の小澤征悦がナビゲーターを務めるJ-WAVEの番組『BMW FREUDE FOR LIFE』(毎週土曜 11:00-11:30)。同番組は、新しい時代を切り開き駆け抜けていく人物を毎回ゲストに招き、BMWでの車中インタビューを通して、これまでの軌跡や今後の展望に迫るプログラムだ。

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「ON THE TRIP」はどんなサービス?

成瀬さんを乗せた「BMW i5 eDrive40 Excellence Touring」は、六本木ヒルズを出発。

「ON THE TRIP」は、観光スポットの見どころを音声で伝えるスマホアプリであり、日本国内約200地域と連携してサービスを展開しているという。アプリを開くと、国内の観光地や人気エリアのページがあらわれる。

たとえば、そのなかから「浅草寺」のコンテンツを購入すると浅草のマップが表示され、駒形堂や雷門、仲見世など、浅草寺エリアにまつわるオーディオガイドを聴くことが可能だ。また、東京タワーのコンテンツでは、フットタウン屋上からメインデッキに続く約600段の階段をのぼる際の想定所要時間(15分)で、東京タワーが完成するまでのストーリーを耳で楽しめる仕様となっている。

音声に特化したトラベルガイドサービスを生み出した背景には、自身が旅行のときに感じたちょっとした不便さがあったと、成瀬さんは車中で回顧する。
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成瀬:旅をしていると、景色や文化財を見るなど目を使うことが多い一方、耳は実は空いているんですよね。僕は学生時代、海外旅行で旅行ガイドブック「ロンリープラネット」を持ち歩いていたのですが、そうなると、どうしても目がガイドブックに奪われてしまう。このときに「世界観に没入しながら観光地を回るためには、ビジュアルが邪魔しないほうがいい」と考えたことが、のちに音に特化したサービスを志向することに繋がったわけです。

サクラダファミリアの彫刻家との出会いで芽生えた問題意識

アプリがリリースされて今年で9年目だが、着想を得たのはそのさらに前。学生時代に米国バブソン大学へ留学し、起業学を学んだ頃に遡るという。当時、日本人の起業家やアーティスト、クリエイターへのインタビューを掲載するウェブマガジン制作のために世界一周の旅をしていた成瀬さんは、スペイン・バルセロナの世界遺産「サクラダファミリア」の主任彫刻家・外尾悦郎さんへ取材することに成功。その話に感銘を受けるとともに、一つの問題意識が心のうちに芽生えたそうだ。

成瀬:取材の際、外尾さんはサクラダファミリアの中を数時間かけて案内してくれました。外尾さんからサクラダファミリアが作られた経緯や、設計者・ガウディの想い、さらには、ご自身が手掛けた彫刻にまつわる秘話などをうかがいつつ施設内を巡っていたら、自然と涙が出てきて。ものすごく感動し、今まで全く見えなかった景色が開けてきた気がしました。

同時に、日本においてこういった文化財や史跡などの物語は、インバウンドを中心とした旅行客にとって大変興味深いものであるにもかかわらず、ちゃんと伝えられていないとも感じたんですよね。
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外尾さんとの邂逅をきっかけに、観光地を「耳で楽しむこと」の可能性に気付き、「ON THE TRIP」を開発した成瀬さん。同サービスのコンテンツを作る上で大切にしているのは、作り手である自分たち自身がその土地を楽しむことに加え、その土地に眠るオリジン(起源)を探し出すことだという。

成瀬:観光客=外の人たちに面白さを伝えるのが僕らの仕事です。なので、取材で訪れた場所では、旅人として僕らが一番楽しむことを何よりも大事にしています。また、サクラダファミリアを設計したガウディが面白い名言を残していて。それは「オリジナリティというのはオリジン(起源)に戻ることである」というものです。

実際に旅で訪れた場所のオリジンを深堀りするほどに、その土地の成り立ちと、精神性および独自性は密接に結びついていることがよくわかります。そのため現地では、旅先案内人に話を聞いたり、図書館に行ったりして、オリジンを探し出すことに注力しているんです。

プロデュースした美術館の売り上が10倍に!

成瀬さん率いる取材チームは、自分たちでカスタムした車にライター、フォトグラファー、デザイナー、サウンドクリエイターといったメンバーで乗り込んで目的地を訪れ、その地で暮らすように取材活動を行っているという。日中はフィールドでそれぞれリサーチをし、夜になったら車中泊をするという日々を経て、ほどよい距離感を保ちながらよいチームワークが醸成されると、成瀬さんは説く。

では、これまで様々な地域を巡るなかで、特に反響の大きかったコンテンツはいったい何だったのか?

成瀬:私たちは現在、小豆島のガイドを作ることが多いのですが、同島とのご縁が生まれるきっかけとなったのが、6年ほど前にお任せいただいた「妖怪美術館」プロデュースのお仕事でした。本案件では単にオーディオガイドを制作するだけではなく、美術館そのものをオーディオガイドの技術を駆使して妖怪が話しかける仕様に作り変えたところ、入館料を1000円から2900円に値上げしたにもかかわらず、1年間で訪れる観光客の数が3.6倍に増えたんです。

その結果、入館料をもともとの料金の3倍に設定していたため、売上が約10倍に増加するという奇跡的な成果を上げました。この成功事例が島の中で大変な話題となり、小豆島でオーディオガイドを多数手がけることになったというわけです。

日本の文化財が「続かなくなるかもしれない」と危機感を抱く理由

日本政府観光局は2025年1月15日、2024年の訪日外国人旅行者が3686万9900人で、コロナ禍前である2019年の3188万人を上回り、過去最高を記録したと発表した。インバウンド需要が拡大し、日本各地の観光スポットが賑わいを見せる現状は「ON THE TRIP」にとって間違いなく追い風といえる状況だが、成瀬さんはひとり危機感を募らせる。そのわけとは?

成瀬:僕は日本のお寺や神社、美術館などが続かなくなるかもしれないと危機感を抱いています。当然のことですが、観光客が増えても売上が上がらなければ、こういった文化財の維持・管理はできません。そんななか、物語によって文化財の付加価値を作っていくことが僕たちのミッションだと思っています。
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ちなみに、当社ではオーディオガイドの制作費用を実は一円ももらっていません。すべて無料で作っています。その代わりに、施設のチケット代・入館料など値上げした金額をシェアしていただくスタイルを取っているんです。

売上をしっかりと上がることで文化財の維持に貢献できる一方、物語を伝えることで、敬意を持ってその場所を巡る拝観者・観光客を増やすことに繋がるのではないかとも期待しています。そうなると、反比例して、ごみのポイ捨てなどをするマナーの悪い観光客がどんどん減っていくと思うんですね。

現在、日本だけではなく、世界中でオーバーツーリズムが問題となっています。スペインでは「ノーツーリズム」と訴えるデモが起きているくらいです。こうした分断が起きるなかで、物語を通して知的探求心の高い「文化的な旅人」を作っていく私たちの活動は、大切なことではないかと考えています。

旅人と観光地双方へポジティブな影響を与えるべく、その土地のオリジンに根差したオーディオガイドを作り続ける成瀬さん。彼にとって「『未来への挑戦=FORWARDISM』とは?」と尋ねると、こんな答えが返ってきた。

成瀬:僕は最近、「日本の教育が変わるにはどうしたらいいだろう?」とよく考えています。大学生の頃、世界各国を回って起業家・アーティストにインタビューしてウェブマガジンを制作していたのは、世界に目を向ける同年代の学生が増えて欲しいとの思いからでした。それを改めてもう一度やりたいんです。具体的に構想しているのは、日本の中高・大学生にいくらかお金をスポンサードし、彼らが世界中を回っていくというものです。

たとえば、食べ物が好きな子であれば食を巡るような旅をすればいいし、アートに関心がある子であれば各地の美術館を回ってみてもいい。そんなふうに学生たちに何かしらテーマを設定した上で旅をしてほしいんですよね。自分が興味のあることを中心に海外で新たな価値観・知見を得た若者が帰国したら、日本に大きなインパクトをもたらしてくれるのではないかと思うんです。そういったことを今後やっていきたいです。

(構成=小島浩平)

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