J-WAVEで毎週月曜から土曜に放送中の番組『TOKYO M.A.A.D SPIN』(最終週の金曜ナビゲーター:Licaxxx)。Licaxxx が主宰する「TOKYO COMMUNITY RADIO」と連動してお届けした3月26日(金)のオンエアでは、ゲストに現“在”美術家、映像作家、VJ、文筆家、大学教授としてはもちろん、「SUPER DOMMUNE」ファウンダーとして活動する宇川直宏が登場。Licaxxxとコミュニティのあり方について語り合った。
Licaxxx は「TOKYO COMMUNITY RADIO」を「緩やかなコミュニティ」と表現。日本初のライブストリーミングスタジオ兼チャンネルコミュニティ「DOMMUNE」を開局した宇川に、コミュニティのあり方について訊きたいと切り出した。
宇川:「DOMMUNE」の名前の由来は「Commune」から始まっています。コミュニティって社会的共同体の単位を表しますよね。たとえば3.11のときに、あらためて考えなくてはいけなくなった地縁の問題ってけっこう大きいじゃないですか。都市生活をしている人は地縁をおろそかに考えがちです。賃貸で引っ越してしまうから、地縁に振り回されないような生活をしているので。でも代々続く名家とか実家と近所の関係って、地域に根付いたコミュニケーションがコミュニティを作っていると思います。そう考えたときに、(Licaxxxが知りたいのは)自分たちのコミュニティって一体何だろうってことですよね?
Licaxxx:そうです。
宇川:まず、僕らは音楽によって繋がっていますよね。Licaxxxが今やっている「TOKYO COMMUNITY RADIO」というコミュニティも、音楽の縁、つまり音縁によって繋がっているコミュニティですよね。何によって繋がり合っているのかと言えば、そこで共有できている情感だと思うんですよ。その情感こそがコミュニティを生んでいることもあって、その情感を共有している人々は、世代とか性差とかナショナリティとか地位とかを超えて繋がり合える。「DOMMUNE」も「TOKYO COMMUNITY RADIO」も近い感覚によって成り立っていると思うんです。そういうコミュニティ同士が重なり合うことって多分にあって、たとえば同じ12インチ(レコード)をカッコいいと思える、もしくはディープだと思えるっていう関係はひとつのコミュニティの成り立ちのきっかけとして音縁を結ぶためにかなり重要な役割を果たしているのかなと思います。
宇川:世代感的なセンスの違いとかそれぞれの世代でトレンドになっているビートとか、さらに自分たちより古い世代のクラブ黎明期から受け継がれているグルーヴを尊重している人たちとか。今語ったのは全部違うコミュニティでしょ?
Licaxxx:うんうん。
宇川:そのコミュニティをメディアとしては混交させていくような発想で「DOMMUNE」を10年間続けているわけです。だからひとつの歴史軸があって、オールドスクーラーとめちゃくちゃエッジな若いキッズたちのシーンから出てきたグルーヴをメディアとして融合させるような感覚をコミュニティ=メディアとして持っています。だからこそ持続できるんだと思うんですよね。これがどっちかのクローズドな狭いコミュニティの中に閉じこもっているのならば、ひとつの歴史軸の中で時間が経過していくうちにそのコミュニティは古くなっていくんですよ。古くなることは深くなることでもあるのでそれ自体は悪くないけど、その深さとまだ浅くて活性化できる可能性を持った新しい世代の打ち出すコミュニティが融合していくべきだと思うからメディアをやっている感じなんです。だから(「DOMMUNE」は、)死に絶えず今も続いていると思ってもらえているような気がします。
宇川は「DOMMUNE」の由来となった「Commune」の成り立ちを紹介しながら、コミュニティについてさらに掘り下げる。
宇川:「Commune」の原点は、1960年代後半のアメリカ・サンフランシスコで広まったサイケデリックカルチャーの中からヒッピーイズムの概念だと思うんですよ。ヒッピーイズムはベトナム戦争に反対して、それに対抗するために国家という共同体と距離を取りながら自分たちで新しい共同体を作っていこうというイメージを持っていたと思うんです。だから当時にすればヒッピーイズムってコミュニティのニューウエーブだったわけですね。そこでやっていたことは、昼間はサイケデリックミュージックを演奏しながら、ポッドを吸ってリラックスして、共同生活をして畑を耕し自給自足をしながら、そこで生まれた子どもはみんなで育てるみたいな。つまりヒッピーイズムは国家という共同体から距離を取りながら新たな楽園を作っていくという概念だったんです。
しかし、ヒッピーイズムは破綻してしまう。宇川は「その理由はそこに主導者が生まれてくることだ」と続けた。
宇川:主導者が生まれてくることによって、共同体の意味がカルトに変わってしまうんです。大体がカルトグルの発生によって教団化してしまい、そのコミュニティ自体が完全に新興宗教化していくんです。それで破綻していってヒッピーイズムはもろく崩れ果てたっていうイメージを持っていて。だから主導者が今のコレクティブの概念のように中央集権的な何かではなく、分散したセンスの共有というか、たとえば脳がひとつで手足が1万個じゃなくて、脳が1万個あるようなイメージ。Licaxxxたちの場合だと何人メンバーがいるの?
Licaxxx:今は8人くらいですね。
宇川:じゃあ、8個の脳があるわけだよね。誰かのひとつの脳から手足が16個ではないわけでしょ。これが新しい共同体のあり方だと思う。だからヒッピーイズムから学習した何かがあるのなら、コミュニティではなくコレクティブ的な活動理念を(持つことが大事)。今のデモもそうでしょ? 主導者がいてその脅威に従って何かひとつの思想が動いているわけではなくて、イデオロギー自体が分散していて、ひとつの州によって全体が突き動かされているみたいな。そういったコミュニティの作り方ができれば持続可能だと思います。
宇川:僕自身はグラフィックコミュニティとか実験的な映像コミュニティを出自としていて、そこからフロアにいかに接続するかっていうプロフィールの流れがあるんだけど、Licaxxxはもともとストリーミングをやろうとしていて、そこからDJになって、DJ側から逆にメディアに接続しているじゃないですか。そういった形でフロアから他のメディア、もしくは表現軸に可能性を広げようとしている。そこで着手したうえで見えてくるものや、新しい縁を形成するような環境に身を投じたときに初めて生まれてくるコミュニティがどんどん増えてくると思うんです。それを最終的にひとつに統合して、さらに外から入れるようなオープンな形にしておけば、たぶん新陳代謝が勝手に行き渡っているので、そこから古い角質がそぎ落とされて、新しい皮膚みたいなものが自然に形成されていくような環境を作れるんだと思います。今、Licaxxxはそこに向かってるんだと思うんだよね。
Licaxxx:その通りです。
宇川:閉じないことが重要なんだよね。
Licaxxx:そうですよね。私は死ぬまでにその新陳代謝が勝手に行われるようにしたいんです。
宇川:だよね。そういう現場を作るのが重要で。「DOMMUNE」のコレクティブの中のクルーって20代と若いのよ。そういう新しい世代とメディアを活性化しているので、そうなるとコミュニティメンバー自体も独自的な新陳代謝を遂げていくわけです。その新陳代謝同士がうねりを持ってどんどん新しい皮膚が生まれていくというか。
Licaxxx:このタイミングでコミュニティについてのアップデートができて楽しかったです。ありがとうございます。
J-WAVEの番組『TOKYO M.A.A.D SPIN』は、東京のダンスミュージック・シーンにまつわるカルチャー、アート、ファッション、ニッチなニュースなどを取り上げ、トークとDJミックスでアウトプットするプログラム。放送は月曜〜土曜の27時から。
「情感」を共有できれば、世代や性差を超えて繋がり合える
Licaxxxの主宰する「TOKYO COMMUNITY RADIO」は、日本拠点のDJやアーティストにフォーカスしながらジャンルの垣根を超えて新進気鋭の音楽を紹介する、2019年からスタートしたインターネットラジオ局だ。Licaxxx は「TOKYO COMMUNITY RADIO」を「緩やかなコミュニティ」と表現。日本初のライブストリーミングスタジオ兼チャンネルコミュニティ「DOMMUNE」を開局した宇川に、コミュニティのあり方について訊きたいと切り出した。
宇川:「DOMMUNE」の名前の由来は「Commune」から始まっています。コミュニティって社会的共同体の単位を表しますよね。たとえば3.11のときに、あらためて考えなくてはいけなくなった地縁の問題ってけっこう大きいじゃないですか。都市生活をしている人は地縁をおろそかに考えがちです。賃貸で引っ越してしまうから、地縁に振り回されないような生活をしているので。でも代々続く名家とか実家と近所の関係って、地域に根付いたコミュニケーションがコミュニティを作っていると思います。そう考えたときに、(Licaxxxが知りたいのは)自分たちのコミュニティって一体何だろうってことですよね?
Licaxxx:そうです。
宇川:まず、僕らは音楽によって繋がっていますよね。Licaxxxが今やっている「TOKYO COMMUNITY RADIO」というコミュニティも、音楽の縁、つまり音縁によって繋がっているコミュニティですよね。何によって繋がり合っているのかと言えば、そこで共有できている情感だと思うんですよ。その情感こそがコミュニティを生んでいることもあって、その情感を共有している人々は、世代とか性差とかナショナリティとか地位とかを超えて繋がり合える。「DOMMUNE」も「TOKYO COMMUNITY RADIO」も近い感覚によって成り立っていると思うんです。そういうコミュニティ同士が重なり合うことって多分にあって、たとえば同じ12インチ(レコード)をカッコいいと思える、もしくはディープだと思えるっていう関係はひとつのコミュニティの成り立ちのきっかけとして音縁を結ぶためにかなり重要な役割を果たしているのかなと思います。
中央集権的な何かではなく「分散したセンスの共有」が重要
Licaxxxが「コミュニティを持続させるのは難しい」と打ち明けると、宇川は「コミュニティの中で新陳代謝があることが大事」とアドバイスを送る。宇川:世代感的なセンスの違いとかそれぞれの世代でトレンドになっているビートとか、さらに自分たちより古い世代のクラブ黎明期から受け継がれているグルーヴを尊重している人たちとか。今語ったのは全部違うコミュニティでしょ?
Licaxxx:うんうん。
宇川:そのコミュニティをメディアとしては混交させていくような発想で「DOMMUNE」を10年間続けているわけです。だからひとつの歴史軸があって、オールドスクーラーとめちゃくちゃエッジな若いキッズたちのシーンから出てきたグルーヴをメディアとして融合させるような感覚をコミュニティ=メディアとして持っています。だからこそ持続できるんだと思うんですよね。これがどっちかのクローズドな狭いコミュニティの中に閉じこもっているのならば、ひとつの歴史軸の中で時間が経過していくうちにそのコミュニティは古くなっていくんですよ。古くなることは深くなることでもあるのでそれ自体は悪くないけど、その深さとまだ浅くて活性化できる可能性を持った新しい世代の打ち出すコミュニティが融合していくべきだと思うからメディアをやっている感じなんです。だから(「DOMMUNE」は、)死に絶えず今も続いていると思ってもらえているような気がします。
宇川は「DOMMUNE」の由来となった「Commune」の成り立ちを紹介しながら、コミュニティについてさらに掘り下げる。
宇川:「Commune」の原点は、1960年代後半のアメリカ・サンフランシスコで広まったサイケデリックカルチャーの中からヒッピーイズムの概念だと思うんですよ。ヒッピーイズムはベトナム戦争に反対して、それに対抗するために国家という共同体と距離を取りながら自分たちで新しい共同体を作っていこうというイメージを持っていたと思うんです。だから当時にすればヒッピーイズムってコミュニティのニューウエーブだったわけですね。そこでやっていたことは、昼間はサイケデリックミュージックを演奏しながら、ポッドを吸ってリラックスして、共同生活をして畑を耕し自給自足をしながら、そこで生まれた子どもはみんなで育てるみたいな。つまりヒッピーイズムは国家という共同体から距離を取りながら新たな楽園を作っていくという概念だったんです。
しかし、ヒッピーイズムは破綻してしまう。宇川は「その理由はそこに主導者が生まれてくることだ」と続けた。
宇川:主導者が生まれてくることによって、共同体の意味がカルトに変わってしまうんです。大体がカルトグルの発生によって教団化してしまい、そのコミュニティ自体が完全に新興宗教化していくんです。それで破綻していってヒッピーイズムはもろく崩れ果てたっていうイメージを持っていて。だから主導者が今のコレクティブの概念のように中央集権的な何かではなく、分散したセンスの共有というか、たとえば脳がひとつで手足が1万個じゃなくて、脳が1万個あるようなイメージ。Licaxxxたちの場合だと何人メンバーがいるの?
Licaxxx:今は8人くらいですね。
宇川:じゃあ、8個の脳があるわけだよね。誰かのひとつの脳から手足が16個ではないわけでしょ。これが新しい共同体のあり方だと思う。だからヒッピーイズムから学習した何かがあるのなら、コミュニティではなくコレクティブ的な活動理念を(持つことが大事)。今のデモもそうでしょ? 主導者がいてその脅威に従って何かひとつの思想が動いているわけではなくて、イデオロギー自体が分散していて、ひとつの州によって全体が突き動かされているみたいな。そういったコミュニティの作り方ができれば持続可能だと思います。
コミュニティの新陳代謝が勝手に行われるようにしたい
宇川は「Licaxxxの活動を見ていると、逆説的な乱反射を果たしている」と独特の表現をする。宇川:僕自身はグラフィックコミュニティとか実験的な映像コミュニティを出自としていて、そこからフロアにいかに接続するかっていうプロフィールの流れがあるんだけど、Licaxxxはもともとストリーミングをやろうとしていて、そこからDJになって、DJ側から逆にメディアに接続しているじゃないですか。そういった形でフロアから他のメディア、もしくは表現軸に可能性を広げようとしている。そこで着手したうえで見えてくるものや、新しい縁を形成するような環境に身を投じたときに初めて生まれてくるコミュニティがどんどん増えてくると思うんです。それを最終的にひとつに統合して、さらに外から入れるようなオープンな形にしておけば、たぶん新陳代謝が勝手に行き渡っているので、そこから古い角質がそぎ落とされて、新しい皮膚みたいなものが自然に形成されていくような環境を作れるんだと思います。今、Licaxxxはそこに向かってるんだと思うんだよね。
Licaxxx:その通りです。
宇川:閉じないことが重要なんだよね。
Licaxxx:そうですよね。私は死ぬまでにその新陳代謝が勝手に行われるようにしたいんです。
宇川:だよね。そういう現場を作るのが重要で。「DOMMUNE」のコレクティブの中のクルーって20代と若いのよ。そういう新しい世代とメディアを活性化しているので、そうなるとコミュニティメンバー自体も独自的な新陳代謝を遂げていくわけです。その新陳代謝同士がうねりを持ってどんどん新しい皮膚が生まれていくというか。
Licaxxx:このタイミングでコミュニティについてのアップデートができて楽しかったです。ありがとうございます。
J-WAVEの番組『TOKYO M.A.A.D SPIN』は、東京のダンスミュージック・シーンにまつわるカルチャー、アート、ファッション、ニッチなニュースなどを取り上げ、トークとDJミックスでアウトプットするプログラム。放送は月曜〜土曜の27時から。
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