夢追い人の人生の本質に迫る―行定 勲監督が映画『劇場』に込めた想い

又吉直樹の原作の映画『劇場』が7月17日(金)、劇場公開&Amazon Prime Videoで配信開始した。監督である行定 勲は、原作を読んで共感し、自ら「監督をさせて欲しい」と手を挙げたという。どんな想いを込めて撮影したのか。J-WAVEで放送中の番組『GOOD NEIGHBORS』(ナビゲーター:クリス智子)で話を聞いた。オンエアは7月13日(月)。

映画を楽しみにする人がいると感じたい…配信作品を撮影

自宅からリモート出演した行定監督。ステイホーム期間中はずっと自宅で過ごしていたという。メガホンをとった映画『劇場』『窮鼠はチーズの夢を見る』の2作品が公開延期になって落ち込むこともあったが、「こういうときこそ新作でも」と作品づくりに着手した。

行定:映画を楽しみにしている人がいるということを自分自身が認識したくて。それで2作(『きょうのできごと a day in the home』『いまだったら言える気がする』)の配信作品をつくりました。
クリス:作品をつくってみようと思ったのはいつぐらいですか?
行定:4月の緊急事態宣言が出てからつくろうと思って、2週間で公開まで(進みました)。そのスピードでつくることができました。
クリス:その一つである『きょうのできごと a day in the home』が、YouTubeで配信中です。柄本 佑さん、高良健吾さん、永山絢斗さんらが出演されています。WEB会議のシステムを使ったバーチャル飲み会のような形です。本当にストレートな今という切り取り方なんですね。

『きょうのできごと a day in the home』

手がける前は配信作品について「どういうことなのかわからなかった」と感じていたが、大きな発見を得られた。

行定:“今”を切り取って配信すると、観ている人たちは、まるで今起こっていることかのように感じながら観られる。今までにない画期的なものだと思いました。コロナ禍でみんなが自粛しているという設定なので、リアリティや、自分の今の気持ちと重なる部分があると感じてもらえるような表現が、作品の中でできたんじゃないかなと思います。
クリス:普段の映画づくりとはまた違うわけですよね?
行定:スケッチみたいな気持ちでやりました。映画は色があったり構図があったり、それを何度も描き直して「これでいこう」というものだと思うんです。だけど(配信作品は)そうじゃなくて、パッとスケッチをしたもの。目の前にあるものをスケッチしてみるというのは、僕個人の映画づくりの原点にあるものなので、それをみんなに披露するという、まあ晒すというか(笑)。それもまたひとつの味かなという気持ちでした。コロナ禍において、観ると少しは気持ちが楽しくなったり、気持ちを変えられるようなものを必要としている人に届けばいいなと思っています。

青春の残照が感じられる映画に…曽我部恵一が音楽を担当

番組では、曽我部恵一ランデヴーバンドの『街のあかり』をオンエア。曽我部は、『劇場』の音楽制作を担当している。

クリス:曽我部さんの音楽も、とても映像に寄り添う音で素敵ですね。
行定:曽我部さんは下北沢の住人でもあるので、この『劇場』という映画が下北沢を舞台にしていることもあって(音楽を)お願いをしたんです。下北沢のさまざまな青春のあり方を知ってらっしゃると思うので。映画全体を青春の残照(ざんしょう)みたいなものが感じられるものにしたくて、曽我部さんの音楽は温かく主人公たちを包み込んでくれるんじゃないかと思いました。

<映画『劇場』あらすじ>
高校からの友人と立ち上げた劇団「おろか」で脚本家兼演出家を担う永田(山﨑賢人)。しかし、前衛的な作風は上演ごとに酷評され、客足も伸びず、劇団員も永田を見放してしまう。解散状態の劇団という現実と、演劇に対する理想のはざまで悩む永田は、言いようのない孤独を感じていた。

そんなある日、永田は街で、自分と同じスニーカーを履いている沙希(松岡茉優)を見かけ声をかける。自分でも驚くほどの積極性で初めて見知らぬ人に声をかける永田。突然の出来事に沙希は戸惑うが、様子がおかしい永田が放っておけなく一緒に喫茶店に入る。

女優になる夢を抱き上京し、服飾の学校に通っている学生・沙希と永田の恋はこうして始まった。
映画『劇場』オフィシャルサイトより)

映画『劇場予告編』

原作を読んで、夢を追う主人公に共感

一足先に作品を鑑賞したクリスは、「誰もが持っている、過去のエネルギーがうまく使えなかったときのことや断片が、いろいろと見えました」と感想を述べる。

行定:夢は、いろいろな方たちが追いかけるものだと思うんですが、どこまで追いかけていいのかわからないところもありますよね。僕らなんかは思い切りそのまま大人になっているという感じなんですけど(笑)。どこまで追いかけて、どこであきらめればいいのかわからないような生き方をしていると思うんです。彼(永田)もまさにそういう、誰もが感じるような自分に対してのもどかしい思いと、たぶん自信はないのに自信ありげに振る舞ってしまうとか。あとは信じてくれている人たちをないがしろにしてしまう瞬間みたいなね。人生ってたぶん反省だらけですよね(笑)。その根本、本質にあるものを又吉さんが描いていたなと思って、共感したんです。
クリス:今回、監督をされるというのはどういう経緯で?
行定:小説を読んで共感しかないんです。みんなこの主人公を酷い男だと言うんだけど、ちっとも酷いと思ったことがなくて(笑)。いやいや、これはもう“そのもの”だよと。人の愚かさが余すことなく描かれた小説だと思ったし、そういうものをエンターテインメントとして世の中に届けられるというのはやっぱり、稀代の作家である又吉直樹だからこそ。彼が題材にしない限りは、なかなか映画化に踏み切ることは難しいと思うんです。なかなか稀なことなので「ぜひ映画化させてほしい」と。話は決して特別なものではないはずなんですが、キャラクターはものすごく特別だと感じて、その部分で映画にする価値を感じて、やらせてもらいたかったというのはあります。
クリス:行定さんは主人公に共感しますか?
行定:共感をして、非常に肯定的に演出して、関わって映画をつくったんです。だけど完成したものを観たときには「クソ男だな」とは思いましたね(笑)。
クリス:(笑)。山﨑賢人さんも素敵でした。
行定:山崎賢人といういい男がこういうダメな男をやるというのは、やっぱりすごくそれがいいんだなと。ぜひ観てほしいなと思います。

劇場を完全再現「ウソをつきたくなかった」

演劇の街・下北沢が作品の舞台ということもあり、劇場の再現にはかなりのこだわりがあった。

行定:小説にも出てくる下北沢の有名な「駅前劇場」だとか「OFF・OFFシアター」「楽園」といった小劇場が出てきます。常に若者たちやいろいろな演劇人が(劇場を)おさえているので、実際の場所を撮影する隙間がないんです。だからロケハンに行かせてもらって設計図を手に入れて、完コピをスタジオにつくりました。
クリス:模造なんですね!?
行定:実際に「駅前劇場」に立っていた俳優がこの映画を観たときに「よくあそことれましたね」と言うので、「いやいやこれ、セットだよ」って言ったら驚いていました。これ見よがしなセットじゃなくて、完全なコピーそのものをつくらせてもらいました。ウソをつきたくなかったというのはあります。演劇をしている人たちがこの映画を観たときに、自分のことのようにどこかで重なる部分があってほしいなというのがあったので。
クリス:撮影はいつぐらいのことだったんですか?
行定:ちょうど1年前です。夢を追いかけて頑張っている若手の劇団とか、そういう方たちがお客さんを前に演劇をすることはできないと。それでも、きっと彼らはそこになんとかしがみついて、とにかく新しい作品を生み出そうとしていると思うんです。このコロナ禍に『劇場』が公開されて、下北沢で表現をしている人たちの実態みたいなものが、断片でも伝わるといいなと思います。


映画『劇場』は、7月17日の劇場公開と同時にAmazon Prime Videoでも配信された、異例の作品だ。リスナーからは「自宅でAmazon Prime Videoを観る人へのアドバイスがあれば教えてください」という質問が寄せられた。

行定:Amazonプライムでしたら夜中にひっそり1人で観て、向き合ってもらえるとうれしいなと。何人かで観ていただいてもいいです。でも、たぶんラストシーンを観ると「あれ、これは映画館で観たかったな」と思ってくださる人もいると思うんです。そのときは、この両方を体験できるのはなかなかない機会なので、お時間があったら劇場に足を運んでいただけたら嬉しいです。映画館の観客席に座っている人とこの登場人物たちがいる世界が、スクリーンのなかに地続きでつながっているようなラストシーンにしたいと思って演出をしているので、ぜひともそこを注目して観ていただけると嬉しいです。

行定監督のこだわりの演出、劇場または配信でチェックしてみてほしい。

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番組情報
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月曜~木曜
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