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「田んぼに塩水」で、おいしいお米に。移住者も増える、島根県の隠岐諸島の魅力とは

島根県の隠岐諸島に関する歴史や魅力、独自の風習について、作家・文献学者の山口謠司さんが語った。

山口さんが登場したのは、J-WAVE『GOOD NEIGHBORS』内のコーナー「PLENUS RICE TO BE HERE」。オンエアは10月24日(火)~27日(金)。同コーナーでは、地方文化の中で育まれてきた“日本ならではの知恵”を、山口氏が解説していく。ここではその内容をテキストで紹介。

また、ポッドキャストでも過去のオンエアをアーカイブとして配信している。山口さんが隠岐の島を訪ね、現地の人から聞いたエピソードの詳細が楽しめる。

おいしさがぎゅっと詰まった「藻塩米」とは?

今回は、島根県と鳥取県のちょうど境目から北に60kmほど進んだところにある離島「隠岐諸島」をテーマにあげた。大小約180を超える島で構成される群島。そのうち有人島は島前と呼ばれる知夫里島、中ノ島、西ノ島、また島後と呼ばれる隠岐の島の4島に分かれている。

そんな隠岐諸島では農業が盛んに行われている。山口さんによると「藻塩」のミネラルをたっぷり含んだ「藻塩米」が絶品だったそうだ。

山口謠司コメント:ちょうど刈り取りが済んだばかり!昔から変わらない稲穂の干し方です。

山口:隠岐の島のお米・藻塩米はとってもおいしかったです。種類とすれば「こしひかり」と書いてありましたが、まったく味が違います。

隠岐の島というところは日本海に囲まれていて、そこで田植えをしてお米を育てています。当然、稲には海風があたります。植物というのは、実を作って子孫を残そうとするので、潮風がたくさん吹くようなところだと、おいしさが実の中にぎゅっと押し込まれていくのです。

おいしさの秘密はそれだけではないそうだ。6〜7月の中頃にかけて、お米が実る時期になると、塩水を田んぼに撒くそうだ。これを「藻塩農法」と呼ぶという。

山口:スーパーマーケットで、塩トマトをときどき見かけることがあると思います。これは水だけで栽培するのではなく、塩水をかけて育てているんですね。そうすると、トマトも実がなる頃に、「自分の子孫を残さないと」と意思が働き、おいしい塩トマトを作り出すんです。

ただ、塩水のかけすぎには注意です。枯れない程度にかけてあげると、おいしいお米・トマトができあがるそうです。

移住者が増えている島、そのワケは?

隠岐諸島は、計4つの島。その中でも「海士町」は移住者が多い場所だそうだ。

山口:海士町には4島の中で唯一の高校があります。学校名は「隠岐島前高等学校」。12〜13年前「島前高等学校をレベルアップさせますので、日本中からやってきませんか?」と呼びかけたところ、全国から子ども達がやってきて、学習センターでものすごく楽しく勉強をしているんです。

最近ではすごくレベルが上がって、東京の有名大学に入れるポテンシャルを持つ子どもたちも入学しています。それを聞くと「島前高等学校というのはすごいところなんだ」と移住者が増えてくる。いいことのスパイラルがどんどん起きているのが、海士町なんです。

山口謠司コメント:こんな可愛いお船を浮かべて、遠い国まで行けるといいなぁ.

山口さんは海士町を電動自転車で周っていたら、ヨットを作っている施設を見つけた。「海の士(ひと)を育む会」という施設で、2階は貸しアトリエとなっており、ゲストもリモートワークが行えるそうだ。

山口:アトリエは長さ3メートル80センチと大きいものではありません。そこでヨットというくらいの小さい船を作っていました。作っているのは、アメリカ人のハワードさん。彼はこの小さなヨットでマゼラン海峡を2回も渡っているんです。「The New York Times」でも表紙を飾ったことがあるそうで、僕よりも10歳年上なのですが、海士町で船を作って、子供達に作り方・操縦の仕方を教えているそうです。

この方は「人生はアドベンチャーがなければ豊かにならないのかもしれない」と仰いました。ひょっとしたらお米も塩水をかけられてアドベンチャーをしているのかもしれません。隠岐の島では高校生も自分で自分を鍛えるような学習をしている。移住者も移住者で、ある意味過酷な環境なんですけど、みんなで楽しく暮らそうと思いながら生活をしています。僕もまた、ハワードさんのところに戻って、今度は海での厳しい生活を体験してみたいと思っています。

アヒージョがおいしい「白バイ貝」

日本海に浮かぶ隠岐の島諸島。山口さんは「食材の宝庫なんです」と力を込める。

山口:それほど寒くはないので、隠岐の島ではいろんな魚がたくさん泳いでいます。ダイビング目的で、隠岐の島にいかれる方も多いですけど、海産物もたくさんおいしいものがあります。

サザエの壺焼きではお醤油が香り、あれを嗅いだら食欲が刺激されてしまいます。そして隠岐の島には名産の「白バイ貝」があります。

石川、福井、富山でも白バイ貝はよく食べられるが、実際に獲れるのは、6月から8月だと言われていて、冬になるとほとんど獲れなくなってしまう。一方で、隠岐の島では年中獲れるのだそうだ。

山口:日本海というと寒そうな感じがしますが、隠岐の島にしても佐渡にしても、さほど冷たいわけではなく、温かい海流がいい感じで流れています。ですので、白バイ貝が1年中獲れたりするのではないでしょうか。

白バイ貝は煮付けにしてもおいしいし、塩茹でもおいしいですが、アヒージョにすると10倍、20倍とおいしくなります。コツはにんにくの皮をむかないこと。オリーブオイルを熱くしておいて、にんにくを皮がついたままいれてしまうのです。そこに白バイ貝を加えて、最後に鷹の爪を適量で入れたら、にんにくのいい香りだけが残り、白バイ貝の味がジュワ〜と広がってくるのです。

山口さんは隠岐の島の桟橋で「ないものはない」というポスターを見かけたそうだ。

山口:役場に行って「どういう意味ですか?」と尋ねると、「本当にないものはないんです。お米もありますし、おいしい海産物もたくさんあるんです」と胸を張って答えられました。

「ないものはない」という言葉の背後にはおそらく「いらないものはいらない」という思想があるのではないでしょうか。果たして、隠岐の島に住んでいて「ランボルギーニ・カウンタック」が必要でしょうか。そんなものは不要です。軽トラックが1台あれば、十分生活していくことができるのです。

隠岐に浮かぶ「散骨島」は日本で唯一の公的な散骨所。山口さんはここに訪れたとき、どうしても生と死について考えてしまったそうだ。

山口:海士町には諏訪神社というのものがありまして、ここには台風がきても、荒れない湾があります。「諏訪湾」というものなんですけど、諏訪湾の入り口のところにカズラ島という無人島がございます。

このカズラ島は日本で唯一の公的な散骨所となっています。終活という言葉は今、当たり前に使われるようになりましたが、日本は高齢化社会ですので、必然的に終活を考えなくてはいけない。そういう時代に入っているわけですけど、自分に本当に必要なものはなんなのか、そういうことを考える場所として、隠岐の島は滞在してみるのに適した場所なのかなと考えたりしました。

山口謠司コメント:隠岐の島には、オオアマナが満開でした。此の世のものとは思えない風景でした。

世界でどこを探してもない「牧畑農業」とは

隠岐の島は2013年にユネスコの世界ジオパークに登録された。その背景を山口さんが解説する。

山口:その理由は3つあります。1つ目は、火山島としての大地の成り立ちがよくわかるということ。そして2つ目は、その大地の変遷と影響によって、動植物の分布が独自の生態系を持っているということ。お花、虫、鳥など、その島にしか生息しないようなものがたくさんいるんです。

3つ目の理由は3万年前、旧石器時代の人の活動がここでは確認できるということです。

そんな隠岐の島では、のどかな風景の中に、のんびりと歩く牛の姿も眺めることができる。

山口:本当にどこにでも牛がいるんです。牛に声を掛けると、寄ってきて、撫でさせてくれます。多分、人に慣れているんですね。

隠岐の島での牧畜、牛飼、それと馬も飼っていたそうですけど、牛飼・馬飼の歴史は平安時代まで遡ります。鎌倉時代にできた「吾妻鏡」という歴史書ですけど、ここにははっきりと、隠岐の島で牛と馬を飼っていた記録が残っています。当時飼っていた、牛はもちろん食用ではありません。荷物を運んだり、田畑を耕したり、そういうときに使われていたんです。

ここでは平安時代から1000年の間、世界でどこを探してもない「牧畑農業」という方法で農業が行われていたそうだ。
山口:牧畑農業は「今はなくなってしまった」と現地の方は仰ってましたが、まず畑を4区画に区切るんです。そして、1区画で牛・馬を飼う。そしてもう1区画に豆を栽培する。もう1区画にアワやヒエを栽培します。そして1年ごとに区画をスライドさせていくんです。

そうすると、牛の糞尿が栄養となって耕されて、豆やアワ・ヒエがそれぞれ必要な栄養を吸っていくそうです。なので、ほとんど肥料をあげなくても、穀物が獲れるし、それを食べていく牛たちも元気に育っていく。非常にサステナブルな農法です。

最近では化学肥料を使うようになって、牧畑農業はなくなったそうですが、ユネスコの世界ジオパークに登録されたのを機に「もう1度、昔の農法でやってみよう」と考える人が少しずつ増えてきたと仰っていました。

山口謠司コメント:「モー!」と言えば、「モー!」と答えてくれる牛との会話も楽しかったです!

山口さんは隠岐の島に宿泊した際に、宿泊施設にある珍客が訪れたそうだ。

キャンプではなく、グランピング施設があったので、泊めてもらいましたが、朝早く起きた時に、牛のような鳴き声が聞こえました。ドアを開けてみたら、カラスくらいのサイズの鳩がいました。

現地の方に「これはなんですか?」と聞くと、「カラス鳩」だと仰られました。これも天然記念物なんですけど、まだまだ研究を続けたら、この島はきっと面白いことがたくさんあると思います。皆さんもぜひ隠岐の島に行って、おいしいものを食べて、島の魅力を発見していただければと思います。

(構成=中山洋平)
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