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今の日本映画に、悲劇的に足りないものは…映画『パラサイト』アカデミー賞受賞に考える

今の日本映画に、悲劇的に足りないものは…映画『パラサイト』アカデミー賞受賞に考える

現地時間2月9日、アメリカ・ロサンゼルスのドルビー・シアターにて行われた「第92回アカデミー賞授賞式」。ポン・ジュノ監督による全編韓国語の映画『パラサイト 半地下の家族』(以下、『パラサイト』)が、作品賞、監督賞を含む最多4部門で受賞したことが日本でも大々的に取り上げられた。英語以外の言語の映画が作品賞を受賞するのは、同作が初の快挙となる。一方で、今年に限ったことではないが、これまでアカデミー賞ではさまざまな差別がしばしば問題視されてきた。アカデミー賞が提示している世界の「今」をどう読み解けばいいのだろうか。映画評論家の渡辺祥子に訊いた。

【2月13日(木)のオンエア:『JAM THE WORLD』の「UP CLOSE」(ナビゲーター:グローバー/木曜担当ニュースアドバイザー:堀 潤)】


■国際意識や規制への反発として、アカデミー賞が提示する答え

今年のアカデミー賞は、ノミネート発表時から候補者の人種や性別の偏りから、一部から批判の声が出ていた。監督賞に女性監督が一人もノミネートされず、主演/助演男優賞、主演/助演女優賞の候補者のほとんどが白人だったことが理由だ。しかし、授賞式では、黒人俳優のノミネートの少なさをブラックジョークにしたり、女性3人組で登場したりと、渡辺さんは「プレゼンターで辻褄を合わせていた」と指摘する。

渡辺:日本から松たか子さんが出られたように、『アナと雪の女王2』の吹き替えをした人たちが、自分たちの国の言葉で歌いました。そのように、国際意識や今までの規制に対する反発や辻褄合わせとして、アカデミー賞側が答えを出しているのが見えるわけですね。加えて、「外国語映画賞」が「国際長編映画賞」なんていうわけのわからないものになった。
:これはどうしてですか?
渡辺:わかりません。「なんで?」と思いました。でも、“外国”ということをあまり意識させないで、『パラサイト』が獲っても「素晴らしい作品なんだ」というエクスキューズができるためかなと思いました。


■Netflix映画増加も『パラサイト』の後押しに?

今年のアカデミー賞における大きな変化の一つに、資金力のある米動画配信サービス大手のNetflix制作による作品群の存在感があった。数々の作品が計24部門でノミネートされたことは、授賞式前から大きな話題になった。渡辺さんは、そうした変化も『パラサイト』の受賞を後押ししたと分析する。

渡辺:2019年のアカデミー賞では、『ROMA/ローマ』という全編スペイン語のメキシコ映画が作品賞にノミネートされ、非常に話題になりました。監督のアルフォンソ・キュアロンは、アメリカ映画も撮っていて現地でも有名です。それでも「(受賞するには)時期尚早」と言われてきたんですね。その翌年に『パラサイト』がノミネートされた。その流れの中で変化を必要としていたのではないかと。その変化の流れが壁を破り、風穴を開けたということだと思います。Netflixなどの作品も、映画界としては映画館がダメになっちゃうからなるべく受け入れたくない、という反対もありました。だけど、「みんながいい映画を観たい」「いい映画はお客さんも来る」ということで、上手にすり合わせたほうがいいんじゃないかという、さまざまな波がここ2、3年で出てきて、『パラサイト』に幸いしたのではないでしょうか。

映画の賞レースにNetflix作品が増えている昨今の傾向について、渡辺さんは「映画を作っている人は、映画を作ることができればどんなお金でもいいのだから当然のこと」と語った。

映画『パラサイト』
■反発、不安、不満が集まって、しわ寄せが来るのが“家族”

2019年の「第91回アカデミー賞」では、是枝裕和監督の『万引き家族』が外国語映画賞にノミネートされたものの、受賞は逃した。貧困や家族といったテーマに向き合った同作品と『パラサイト』は、並べて語られることも多い。

渡辺:アカデミー賞に投票している人は大半がアメリカ人ですよね。今の(トランプ)大統領への反発やいろんなことへの不満が集まって、「しわ寄せが来るのが家族だ」と思う人も多い。不満が溜まって万引きしたり、パラサイトしたり。世の中の動きが違う方向に変わってきている気がします。
:こうした貧困や格差、見えない差別は世界的にも共感、共有される時代になっているのでしょうか?
渡辺:そうだと思います。現状、「この世は素晴らしいパラダイスだ」と思っている人がいると思いますか? 私はいないと思います。そういう不満もいっぱいある。戦争もいくらやっても終わらない。本当に不安、不満だらけの世界ですよね。
:これがかつての冷戦時代のような、社会主義なのか自由主義なのかというイデオロギーの構造ではないわけですもんね。


■日本映画界がこれからすべきことは

日本では3月6日(金)に「第43回日本アカデミー賞授賞式」が行われる。『パラサイト』の快進撃によって日本映画の今後も注目されるが、渡辺さんは今の日本映画を世界と比べてどう見ているのか。

渡辺:映画の根本は脚本です。いい脚本がなかなか生まれないのが、今の日本映画のちょっとした悲劇だと思います。漫画や既成の小説に頼っていて、オリジナリティを出さない。『パラサイト』が完全オリジナルであるのを見ると、やっぱり勝てないと思いますね。
:僕が悲しいと思うのは、グローバル感がすごく乏しいことです。国外ニュースが後退して、国内ニュースが優先されていく。でも本当は、国内ニュースは海外のさまざまな動きの中で見なくてはいけないのに、(国外ニュースを)すごく遠い世界として追いやってしまう国際感覚のなさ。あとは、歴史的に俯瞰した視点をきちんと持つとか、哲学的に何かを検証していくメディア作りとか、忍耐が必要なものを軽視してきたと思っています。
渡辺:それは映画の観客にも言えることですね。観客が観て初めて映画として成立するものですが、「この映画を観ると、自分が嬉しくなったり人生が潤ったりする」という「映画を観て学ぶ」ことを誰も教えてこなかったんじゃないでしょうか。その教育を映画の世界がしてこなかった。そこにいろいろな問題があると思います。

最後に渡辺さんは、「映画教育を一般の教育の中に入れてほしい」と主張した。

J-WAVE『JAM THE WORLD』のコーナー「UP CLOSE」では、社会の問題に切り込む。放送時間は月曜~木曜の20時15分頃から。お聴き逃しなく。

【番組情報】
番組名:『JAM THE WORLD』
放送日時:月・火・水・木曜 19時-21時
オフィシャルサイト: https://www.j-wave.co.jp/original/jamtheworld/

【公開情報】
映画『パラサイト 半地下の家族』
出演: ソン・ガンホ、イ・ソンギュン、チョ・ヨジョン、チェ・ウシク、パク・ソダム、イ・ジョンウン、チャン・ヘジン
監督:ポン・ジュノ(『殺人の追憶』『グエムル -漢江の怪物-』)
撮影:ホン・ギョンピョ 音楽:チョン・ジェイル
提供:バップ、ビターズ・エンド、テレビ東京、巖本金属、クオラス、朝日新聞社、Filmarks /配給:ビターズ・エンド
ⓒ 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED /2019 年/韓国/132 分/PG-12/2.35:1/英題:PARASITE/原題:GISAENGCHUNG/ www.parasite-mv.jp

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