斉藤和義の名曲『歩いて帰ろう』、意外な思いが込められていた!【特集】

J-WAVEで放送中の番組『SONAR MUSIC』(ナビゲーター:藤田琢己)。8月6日(月)のオンエアでは、emmaとのコンビでお送りしました。

注目の新譜・いま注目すべき名盤・話題の来日アーティストなど、週替わりで1組のアーティストを4日間かけて掘り下げていくコーナー「FEATURE TOPICS」。この週は、今年でデビュー25周年を迎える、シンガーソングライターの斉藤和義をピックアップ!


■ボロアパート暮らしから脱出したきっかけ

斉藤さんは1966年、栃木県出身。1993年のデビュー以降、『歌うたいのバラッド』『ウエディング・ソング』『ずっと好きだった』『やさしくなりたい』など、数々の名曲を生み出しています。

emmaは斉藤さんについて「セクシーな大人の男」という印象があると語ります。男女問わず同じ印象を持つ人も多いのではないでしょうか。1日目となるこの日は、そんな斉藤さんのデビューから90年代の活動について紹介しました。

中学生の頃にギターを始め、ステージに初めて立ったのは学園祭。高校時代はヘヴィメタバンドでギターの早弾きをしていました。プロミュージシャンになることを夢見て大学を中退し上京します。

ボロアパートで生活を送りながら、アルバイトで生計を立て、たまにライブで数人の前で歌うという悶々とした日々を送っていた斉藤さん。25歳を過ぎ将来に焦りが出てきた頃、姉からの叱咤激励を受け、テレビのオーディション番組に出演。これがブレイクのきっかけとなり、ライブにもお客さんが集まるようになりました。


■「怒り」が楽曲制作の衝動に

そして1993年、27歳のときに『僕の見たビートルズはTVの中』でデビューを果たします。当時、湾岸戦争で揺れていた世界と比べて、生ぬるい平穏な日々を送っている自分や周りへのイラ立ちといった、当時の空気と斉藤さんの心情を詰め込んだナンバーとなっています。

デビュー当時につけられたキャッチコピーは「四畳半じゃ狭すぎる」。ロックをやっている斉藤さんにとって、このフォークシンガーのようなキャッチには抵抗があったそう。デビュー以降の作品について、レコード会社が決めるジャケットや楽曲のアレンジまで、実はあまり納得していなかった……という話もあります。U2のボノが「怒りこそがロックンロールの核だろ」という発言をしていますが、斉藤さんにとっても「怒り」は制作活動の重要な衝動になります。


■『歩いて帰ろう』に込められた意味

1994年にはフジテレビ系列の子ども番組『ポンキッキーズ』のオープニング曲に『歩いて帰ろう』が起用され大ヒット。斉藤さんの代表曲になりました。テンポ感がよく、明るい気分になる曲ですが、歌詞には深い意味が隠されています。

同曲の歌詞は当時、自分が望まない方向へ進ませようとするレコード会社をはじめ、大人たちへの不満をストレートに表現したものだと、のちのインタビューで語っています。藤田は「この曲が子ども番組に使われていたというのも、非常にシュールな結果を招いていますね」とコメントしました。

ようやくデビューしたものの、自分が表現したいものと少し食い違っているフラストレーションを溜めながら、1997年にアルバムをリリース。タイトルはまさに『ジレンマ』。この作品は自分自身でプロデュース、ジャケットのアイデアや、斉藤さんが得意とするひとり多重録音、楽器もすべてひとりでこなしながら作成しました。

デビュー4年目にして自分ひとりで作品を作り上げることで、自分の世界をようやく表現できたというこの作品。売り上げもこれまでの作品を上回り、自分の考えが間違いではなかったことを証明したアルバムにもなりました。

次回の記事では、順風満帆な音楽活動のなか「音楽をやることを、投げ出してしまおうか」と感じたアクシデントについてお伝えします。更新をお楽しみに。

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【番組情報】
番組名:『SONAR MUSIC』
放送日時:月・火・水・木曜 21時-24時
オフィシャルサイト:http://www.j-wave.co.jp/original/sonarmusic/

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