シティポップの女王・杏里「とにかくクリスは声がよかった」、40年来の旧友・クリス・ペプラーとの出会いを振り返る

杏里が、クリス・ペプラーとの縁や、世界的なシティポップ人気について語った。

杏里が登場したのは、8月5日(水)放送のJ-WAVE『MIDDAY LOUNGE』(ナビゲーター:クリス・ペプラー)の「TWO ROOMS MUSIC EXPLORER」。世界の音楽シーンのムーブメントを“今”の視点で考察するコーナーだ。

『MIDDAY LOUNGE』はグローバルなルーツを持つ国際色豊かなナビゲーターたちが、リスナーと一緒に「新しい自分、新しい世界と出会う」3時間のプログラム。ナビゲーターは、月曜 ハリー杉山、火曜 市川紗椰、水曜 クリス・ペプラー、木曜 ジョン・カビラが日替わりで担当している。

クリス・ペプラーとの40年来の絆

今回は、1980年代の音楽シーンを牽引した杏里がゲストとして登場。近年、海外で巻き起こったジャパニーズ・シティポップブームによって再評価が進み、世界中から熱い視線を集めている。

杏里とナビゲーターのクリス・ペプラーは40年来の旧知の仲で、クリスがJ-WAVEでナビゲーターを務めるきっかけを作ったのも杏里だったという。番組では、そんな長年の交流の始まりを振り返った。

クリス:若いころから交流があって、共通の仲間がいて、よく一緒に遊んでいました。杏里がアメリカへレコーディングに行くときに、自分はちょうどCMのナレーションをやっていて、僕を抜てきしてくれたんだよね。

杏里:クリスと知り合ったのは20代前半、大学留学からたまたま日本に帰ってきていたころで。レコード会社のスタッフから、「もっと遊ばなきゃ。いい友だちを紹介するよ」と言われて、その流れでクリスと出会ったんです。当時は周りの9割くらいがインターナショナルスクール出身の人たちで、みんな遊び上手で本当に楽しかった。クリスとも音楽の話をしたり、いろいろな話をしたり、たくさん思い出があります。それに、とにかくクリスは声がよかった。

クリス:そうかな(笑)?

杏里:クリスが英語を話すときと日本語を話すときでは発声が違うという話をしたのも、すごく印象に残っています。それから、日本語が本当に上手だった。ただ上手というだけじゃなくて、「どうしてここまでいろんな言葉を知っているんだろう」と思うくらい。もちろん、英語も完璧でした。だから、「この人は絶対に何かやったほうがいい」と思って。それで、私がセルフプロデュースしたアルバム『SUMMER FAREWELLS』のなかの『CAFE 25 VINGT CINQ』という曲で、DJっぽいナレーションを入れてもらえないかとお願いしたんです。

クリス:覚えてるよ。

CAFE 25 VINGT CINQ

杏里:2テイクくらい録ったんだけど、ほとんど1テイクで決まっちゃって。スタジオのスタッフみんなが「ブラボー!」って大絶賛でした。本当にかっこよかった。

クリス:(J-WAVEナビゲーターの話の前に)それが先にあったんだ。

杏里:そう。そのころ、私はラジオのレギュラー番組を持っていたんだけど、アメリカでレコーディングをすることになって。1回行くと2~3カ月は滞在しないといけないし、当時は今みたいにリモート収録なんてできない時代だったの。それで、「すごくいい人がいる」と紹介したのがクリスだったんです。当時ディレクターだった、J-WAVE立ち上げメンバーの斎藤日出夫さんに紹介したら、すごく気に入ってくださって。そのままJ-WAVEを立ち上げるときにクリスを連れていったんです。

クリス:そこから、クリス・ペプラーの快進撃が始まるわけですよ(笑)! だから、本当に足を向けて寝られない。

杏里:そんなことないですよ(笑)。こちらこそ感謝しています。

音楽制作を変えたアメリカでの経験

クリスは、早い時期からアメリカの音楽業界に関わった経験が、音楽性にどのような影響を与えたのかを尋ねた。これに対し、杏里は「ものすごくありました」と、その影響の大きさを明かす。

当時、杏里はコンピューターやメールに不慣れだったが、アメリカの音楽関係者からパソコンの活用を勧められたという。そこで音楽制作ソフトの使い方をはじめ、基本的な操作まで教わったことが、その後の音楽制作にも大きな影響を与えたと説明した。

杏里:日本へ一度帰って、またアメリカへ戻ると、私の部屋に機材がどんどん増えていくんですよ(笑)。「これは全部使いこなせないな」と知り合いに相談したら、アメリカの音大を卒業した専門家を紹介してくれて、週2回くらいマンツーマンで教えてもらって。そのおかげで使いこなせるようになって、キーボード1台とコンピューターだけで、コーラスやいろんな音を重ねて自分で作るようになったんです。マーカス・ミラーのスラップベースの音源なんかも入っていて、私はそういうサウンドが好きなので、本当に夢中になりましたね。

クリス:今でいうDTMを、その言葉が普及する前からやっていたってことだよね。

最先端の音楽制作ツールをいち早く取り入れ、サブスクリプション配信の時代が訪れる未来も見据えながら、音楽活動を続けてきた杏里。そんな先見性について、クリスも「昔から思っていましたけど、杏里は本当に時代を先取りしていたよね」と称賛した。

クリス:音楽のトレンドもいち早く取り入れてきたからこそ、今「シティポップのクイーン」と呼ばれるんだと思います。

ここで番組では、杏里の『悲しみがとまらない』をオンエアした。

悲しみがとまらない

角松敏生との名盤誕生秘話

クリスは、80年代前半の日本は世界からも注目を集め、ファッションや音楽に大きな勢いがあった時代だったと振り返った。そのうえで、山下達郎や角松敏生らとともに新しい音楽を生み出しているという自負があったのかを杏里に問いかけた。

杏里:あのころは、歌謡曲も洋楽も、本当にあらゆるジャンルを聴いていました。でもデビューして、自分で曲を作るようになってからは、かなり洋楽志向になっていったんですよね。一方で、当時の日本では「売れなければいけない」という考え方が強くて、日本語でわかりやすいメロディーを求められることも多くて。そんななかで角松さんと出会って、音楽的な波長がすごく合ったというか。20代のころはみんなでよく遊んでいたよね。

クリス:そうだね。

杏里:最初は数曲ずつお願いしていたんですが、(シングルの)『CAT'S EYE』がヒットしたあと、『Timely!!』を制作するときに「アルバム全部を角松さんにお願いしたい」と思うようになったんです。



杏里:そうして完成した作品は本当に素晴らしくて、そのあとの『COOOL』も角松さんに手がけてもらって、さらにバージョンアップしたものになりました。



クリス:今、シティポップがまた大人気だよね、特に海外の若い世代に。海外でのシティポップブームは、高中(正義)さんや杏里たちが先頭を走っているような印象があります。

杏里:実は、いろいろなお話をいただいていたなかで、高中さんからもオファーをいただいたんです。どうしようかなと考えていたタイミングで高中さんから電話があって、「じゃあ、やろう」と決めて。背中を押してくれたのは高中さんなんです。

デジタル時代が生んだシティポップ人気

続いてクリスは、なぜ今になって海外の若い世代のあいだでシティポップがこれほど支持されているのかを質問した。杏里は、その最大の理由として「デジタル化の進展」を挙げる。

かつて自身が洋楽を聴いていたような感覚で、今は世界中の音楽へ気軽にアクセスできる時代になったことが、日本の音楽が世界へ広がる後押しになったのではないかと分析した。

クリス:日本のシティポップにはどこか甘酸っぱさや、少しメランコリーな雰囲気、そして無垢でイノセントな部分があります。そういうところが、今の若い世代に響いているのかなという気がします。日本では9月から全国ツアー「ANRI LIVE 2026 Heaven Beach」も始まりますね。ツアースタートの9月6日 (日) 東京公演はすでに完売。そして12月13日(日)の沖縄ファイナルもソールドアウトです。京都や宮城、広島など各地も回りますが、今後はどんな活動を考えていますか?

杏里:まずは、このツアーをしっかりやり遂げることですね(笑)。昔みたいにあれこれと器用にこなすのは難しくなってきたので、ひとつのことに集中して、しっかりやり切ってから次を考えようかなと思っています。と言いながら、もう来年のことも考えているんですけどね(笑)。

クリス:やっぱり先取りですからね。この人は昔から本当に先見の明があるんですよ。

杏里:クリスからも、音楽のことをたくさん教えてもらいました。

杏里の最新情報は公式サイトまで。

J-WAVE『MIDDAY LOUNGE』のコーナー「TWO ROOMS MUSIC EXPLORER」では、世界の音楽シーンのムーブメントを「今」の視点で考察する。放送は月曜~木曜の14時ごろから。
番組情報
MIDDAY LOUNGE
月・火・水・木曜
13:30-16:30

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