音楽プロデューサーの亀田誠治が、音楽との出会いや、いきものがかりとの歩みを振り返った。
亀田が登場したのは、8月15日(土)放送のJ-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』(ナビゲーター:水野良樹)。“今”を代表するクリエイターをゲストに迎え、ものづくりの原点を探求するプログラムだ。なお、番組はSpotifyなどのポッドキャストでも聴くことができる。
・ポッドキャストページ
7月より放送中のテレビアニメ『さよならララ』(TOKYO MXほか)では、いきものがかりの『さよならララ』がオープニングテーマに起用されている。作品と同じタイトルを冠し、アニメのために書き下ろされた同曲は亀田がプロデュースを手がけている。
いきものがかりの楽曲制作など、長きにわたり付き合いがあるふたり。水野はまず、亀田に音楽のルーツを訊いた。
水野:あらためてという感じですが、音楽との最初の接点はどこだったのでしょうか。
亀田:家の中ですね。母親がラジオを聴いたり、レコードを聴いたりしていて、日常の中にずっと音楽が流れている感じでした。
水野:邦楽・洋楽を問わずですか?
亀田:そうですね。クラシックもありました。昭和なので、いわゆる「みんなのうた」みたいなものもレコードになっていたんです。そういうレコードが家にいつも転がっていて、自分でレコードをかけて聴いたり、ラジオをかけて聴いたり。物心がついたころから、いろんな音楽が身近にありました。
水野:最初からポップスに向かっていった感じだったのでしょうか。たとえば、クラシックならピアノ教室に通って、そのままクラシックの道に進む子もいますよね。
亀田:(触れていたのは)オールジャンルですね。ピアノは3歳のときに習いました。2年ぐらいですけど、僕にとってピアノは“ファーストラブ”でした。というのも、ピアノの先生が姉に教えるために、毎週1回、家に来ていたんです。すごくきれいな先生だったんですよ。
水野:音楽への愛かと思ったら、本当の意味でのファーストラブなんですね(笑)。
亀田:そうなの(笑)! あの先生と一緒にいたいと思って、「僕もピアノを習いたい」と言ったんです。教育にはすごく熱心な家だったので、「じゃあ、習いなさい」となって。先生に週1回会えるのがすごく楽しみでした。実際に音を奏でることで基礎ができたので、音楽の授業でもなんとなく音符が入ってきましたね。いつも和音が鳴っていたり、コード感で判断できたりする。絶対音感はないんだけど、すごく音楽に近いところに自分が引き寄せられていったんだろうなと思います。
水野:そのことが亀田さんの人格形成にも大きな影響を与えたんじゃないかと思うんですよ。
亀田:あります。
水野:いつも亀田さんと接しているときに、特に音楽のことに対しては……もちろんジャッジはされるんですけど、常にポジティブに言ってくださるんですよ。「いいものをとにかく拾っていこう」みたいな姿勢をいつも見せてくださっていて。音楽に対してポジティブでいられるというのは、最初からそうでしたか?
亀田:最初からかもしれないですね。たとえば、大学生ぐらいのころの話なんだけど、自宅で録音するためにキーボードとか機材を買ったんですよ。大学の卒業祝いだったんですけども、機材を置く場所がなかったんです。ふと自分の部屋を見回したらクローゼットがあったので、クローゼットの扉を外して、自分の机とベッドの上にその扉を架け橋みたいにして置いて台にしたんです。
水野:すごいですね。
亀田:そこに機材を置いて、楽曲制作に励んでいたんだけど、クローゼットの扉を取るってことは、家を壊しているようなものじゃないですか。そんな僕に対しても、母親は「すごいアイデア! こんなことママたちは思いつかないわ!」って言ったんですよ。
水野:大学生の子がそれをやったら、「あんた何してんのよ!」となりそうですもんね(笑)。
亀田:そういうのは一切なかったですね。
水野:逆に、「この音楽は嫌だ」と思う瞬間はないんですか?
亀田:ヒット曲が小さいころから好きだから、そういった自分のなかにあるキラキラしたものと一致しない音楽もあります。だけど、どんなに攻撃的な音楽だったり、どんなに内省的なほうに向かっている音楽でも、やっぱり人の心をつかむ瞬間があるんですよ。なので、そこをキャッチしていく感じですね。それを探していると、どんな音楽、どんなジャンルをやっていてもワクワクするんです。いったん耳触りとして「うわ、ちょっと苦手かもな」と思うものでも「この部分はたくさんの人に聴いてもらえると、みんなもこういう音楽のあり方を知るかもしれない」というヒントが見つかる感じです。
水野:亀田さんはいい部分を言葉にされていくじゃないですか。そのいいところを言葉にできる能力はどこで培われたものなんですか?
亀田:まず、自分がいいものを作り続ける、いい人でありたいというか。ちょいワルとかやさぐれていこうとか、そういう気持ちがまったくないわけ。ありのままでよくて、できればいい人で、親切でやさしくありたいというのが基本にある。そうなると、スタジオで音楽を作っているときに、あまりいいアイデアじゃない提案をされたとしても、それを1回受け入れることができるんです。受け入れると「あ、なるほど」と思って、そのアイデアのなかのいいところを見つけたりできて。あと、何度も一緒にスタジオに入っているからわかると思うけど、提案されるアイデアはほとんど試すね。
水野:そうかもしれないですね。
亀田:自分が思っているものとまったく違ったとしても、「OK、OK」って言いながら試してみると、自然と答えが出てくる。あと、お互いの信頼関係ができていくしね。やっぱり好きな人たちと信頼できる関係があるから、音楽を作り続けることができるんだと思う。
水野:この収録が始まる前にスタッフさんに「亀田さんと最初に出会ったのはいつですか?」って訊かれて、「学生のころですよ。21年とか22年前です」って(笑)。
亀田:そう! もう大学の授業を投げ出しそうになっている水野良樹に「大学はちゃんと卒業したほうがいいぞ! その後の人生に関わってくるよ」って説得して。ひたすらこれを言い続けてた(笑)。
水野:いきものがかりが亀田さんからもらった最初のアドバイスは音楽のことではなく、「単位を取って卒業しろ」と(笑)。そこからの付き合いですからね。本当にありがとうございます。
亀田:そうだったね。
水野:せっかくなので、いきものがかりの自分としてもお話を伺いたいんですが、いきものがかりって最初のころはどう見えていましたか?
亀田:まず、「いい歌だな」と思った。聖恵ちゃんの歌声が、それこそ一点の曇りもないというか。さっき、僕が「いい人でありたい」と話したけど、その「いい」というものの集大成みたいなものが、声自体にある。あとは、聖恵ちゃん自身もそういう人間を目指している、そういうアーティストを目指している……その努力の痕跡みたいなものが、そのときから感じられました。
水野:僕らは21、22年ぐらい前に出会って、そのあいだにいろんなことがあって、いろんなタイミングで亀田さんに曲を出してもらいました。亀田さんは、出会ったアーティストの変化を何度も、いろんなパターンで見てきたと思うんです。そういった変化は、どういうふうに見えていますか? 「あのときの原点はこういう感じだから、それを大事にしてあげよう」と思うタイプなんですか?
亀田:そのときどきというか、“今のいきものがかり”だったら、“今のいきものがかり”に寄り添います。たとえば『風が吹いている』のときは、やっぱりロンドンオリンピックというものに寄り添っていったし。
亀田:僕たちが作る音楽は、もちろんクリエイターとしての思いもあるけれど、いろんなクリエイターの集合体でもあるじゃないですか。映画があったり、アニメがあったり、音楽のなかでもいろんな仲間がいたり。そういうなかで、いきものがかりは常に「出会い」を大切にしてきたと思うんです。まずは聖恵ちゃんの歌声があって、そこに水野良樹さんという類いまれな、全方位にクリエイティブのスペクトラムを広げている人がいるわけです。
水野:ありがとうございます!
これまで「国民的アーティスト」と評されることが多かったいきものがかりについて、亀田は、その肩書きを背負って活動することをメンバーが決して嫌がっていない点に注目していたという。むしろ、その立場を受け入れたうえで活動している姿勢に、自身との共通点を感じていると語る。
亀田:僕も「ポップであることをいとわない」とよく言われるんです。「亀ちゃん、全然ロックちゃうやん」って(笑)。でも、ロックじゃなくても、いいものはいい。自分がいいと思ったものはいいと思える。そうやって、たくさんの人の心のなかや日常のなかに溶け込んでいって、その人たちを豊かにするものを作っているんです。いきものがかりには、そういうクリエイターの匂いというか、スペクトラムをものすごく感じています。コロナ禍も一緒に経験しているし、そういった(さまざまなことが起こる)なかで、今のいきものがかりを大事にしたいと思っています。
亀田:人を信じることは難しいし、今でも僕もトライ中です。でも、信じることによって、やっぱり実を結ぶことがたくさんあったんです。信じることは、結局、それが返ってくるんですよね。もちろん、信じていたけど裏切られるというか、思い描いたとおりには返ってこないこともある。でも、自分が届けた「信じる」という気持ちは、いろんなものをクリエイトしていくのではないのかなと思います。
水野:結局、全部が「肯定」でつながっているんですね。お母様が幼少期の亀田さんを肯定し続けたのも、亀田さんを信じているから褒め続けた。それを受けた亀田さんも、いろんな人に出会うけれど、相手を信じて、ものづくりを信じてやっている。全部つながっているなというふうに思いますね。それはすごいことですよね。そろそろお時間ですが、『さよならララ』の話ができなかったですね(笑)。
亀田:あははは(笑)! (制作は)1年以上前だね。
水野:そうですね。『さよならララ』こそ、仲間を信じてできている作品なんですよ。まさに、その大元のアニメーションが、ものづくりの相手を信じることから始まっている。小出(卓史)監督が、それぞれの仲間たちを信じることでスタートして、その「信じる」が僕らにもつながっていって。そこから亀田さんにお願いして、一緒に曲を作って、今、その信じる手の連鎖で物事が動いてきていますよね。愛されていますね、あの作品。
亀田:よかったです。水野くんはZoomで1時間くらい「この作品はこういうものです」という話をしてくれたんですよね。どの曲でもやってくれるんですが、みなさん、本当に水野良樹、恐るべしですよ。プレゼンテーションというよりも「いいものを作るために、わかってもらいたい。わかってもらうためには言葉が必要」ということを必ず1曲1曲実践してくれている。1回もそれを欠かしたことがないと思う。ディレクターさんが代わりにやったりとか、そういうことも1回もない。今まで作ってきた曲、全部そうだと思う。
水野:頑張ります(笑)!
亀田:頑張りましょう! 楽しくやりましょう!
亀田誠治の最新情報は誠屋の公式サイトまで。
“今”を代表するクリエイターをゲストに迎え、ものづくりの原点を探求する番組『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』は、毎週土曜21時から放送。
亀田が登場したのは、8月15日(土)放送のJ-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』(ナビゲーター:水野良樹)。“今”を代表するクリエイターをゲストに迎え、ものづくりの原点を探求するプログラムだ。なお、番組はSpotifyなどのポッドキャストでも聴くことができる。
・ポッドキャストページ
あらゆる音楽に触れて育った少年時代
亀田誠治は1964年、アメリカ・ニューヨーク生まれ。1989年に音楽プロデューサー、ベーシストとしての活動をスタート。これまでにGLAY、椎名林檎、スピッツ、平井 堅、いきものがかりなど、数多くのアーティストの楽曲制作やアレンジを手がけ、ヒット曲を世に送り出してきた。2019年からは、親子3世代で音楽を楽しめる、ボーダーレスなイベント「日比谷音楽祭」の実行委員長を務めている。7月より放送中のテレビアニメ『さよならララ』(TOKYO MXほか)では、いきものがかりの『さよならララ』がオープニングテーマに起用されている。作品と同じタイトルを冠し、アニメのために書き下ろされた同曲は亀田がプロデュースを手がけている。
いきものがかり「さよならララ」 (オリジナルTVアニメ『さよならララ』OPテーマ) Music Video
水野:あらためてという感じですが、音楽との最初の接点はどこだったのでしょうか。
亀田:家の中ですね。母親がラジオを聴いたり、レコードを聴いたりしていて、日常の中にずっと音楽が流れている感じでした。
水野:邦楽・洋楽を問わずですか?
亀田:そうですね。クラシックもありました。昭和なので、いわゆる「みんなのうた」みたいなものもレコードになっていたんです。そういうレコードが家にいつも転がっていて、自分でレコードをかけて聴いたり、ラジオをかけて聴いたり。物心がついたころから、いろんな音楽が身近にありました。
水野:最初からポップスに向かっていった感じだったのでしょうか。たとえば、クラシックならピアノ教室に通って、そのままクラシックの道に進む子もいますよね。
亀田:(触れていたのは)オールジャンルですね。ピアノは3歳のときに習いました。2年ぐらいですけど、僕にとってピアノは“ファーストラブ”でした。というのも、ピアノの先生が姉に教えるために、毎週1回、家に来ていたんです。すごくきれいな先生だったんですよ。
水野:音楽への愛かと思ったら、本当の意味でのファーストラブなんですね(笑)。
亀田:そうなの(笑)! あの先生と一緒にいたいと思って、「僕もピアノを習いたい」と言ったんです。教育にはすごく熱心な家だったので、「じゃあ、習いなさい」となって。先生に週1回会えるのがすごく楽しみでした。実際に音を奏でることで基礎ができたので、音楽の授業でもなんとなく音符が入ってきましたね。いつも和音が鳴っていたり、コード感で判断できたりする。絶対音感はないんだけど、すごく音楽に近いところに自分が引き寄せられていったんだろうなと思います。
「いいもの」を見つける亀田の音楽観
水野は、亀田のさまざまなインタビューに目を通したところ、亀田の母親が「誠治はすごい」と幼いころから褒めて育てたエピソードが印象的だったと語る。水野:そのことが亀田さんの人格形成にも大きな影響を与えたんじゃないかと思うんですよ。
亀田:あります。
水野:いつも亀田さんと接しているときに、特に音楽のことに対しては……もちろんジャッジはされるんですけど、常にポジティブに言ってくださるんですよ。「いいものをとにかく拾っていこう」みたいな姿勢をいつも見せてくださっていて。音楽に対してポジティブでいられるというのは、最初からそうでしたか?
亀田:最初からかもしれないですね。たとえば、大学生ぐらいのころの話なんだけど、自宅で録音するためにキーボードとか機材を買ったんですよ。大学の卒業祝いだったんですけども、機材を置く場所がなかったんです。ふと自分の部屋を見回したらクローゼットがあったので、クローゼットの扉を外して、自分の机とベッドの上にその扉を架け橋みたいにして置いて台にしたんです。
水野:すごいですね。
亀田:そこに機材を置いて、楽曲制作に励んでいたんだけど、クローゼットの扉を取るってことは、家を壊しているようなものじゃないですか。そんな僕に対しても、母親は「すごいアイデア! こんなことママたちは思いつかないわ!」って言ったんですよ。
水野:大学生の子がそれをやったら、「あんた何してんのよ!」となりそうですもんね(笑)。
亀田:そういうのは一切なかったですね。
水野:逆に、「この音楽は嫌だ」と思う瞬間はないんですか?
亀田:ヒット曲が小さいころから好きだから、そういった自分のなかにあるキラキラしたものと一致しない音楽もあります。だけど、どんなに攻撃的な音楽だったり、どんなに内省的なほうに向かっている音楽でも、やっぱり人の心をつかむ瞬間があるんですよ。なので、そこをキャッチしていく感じですね。それを探していると、どんな音楽、どんなジャンルをやっていてもワクワクするんです。いったん耳触りとして「うわ、ちょっと苦手かもな」と思うものでも「この部分はたくさんの人に聴いてもらえると、みんなもこういう音楽のあり方を知るかもしれない」というヒントが見つかる感じです。
水野:亀田さんはいい部分を言葉にされていくじゃないですか。そのいいところを言葉にできる能力はどこで培われたものなんですか?
亀田:まず、自分がいいものを作り続ける、いい人でありたいというか。ちょいワルとかやさぐれていこうとか、そういう気持ちがまったくないわけ。ありのままでよくて、できればいい人で、親切でやさしくありたいというのが基本にある。そうなると、スタジオで音楽を作っているときに、あまりいいアイデアじゃない提案をされたとしても、それを1回受け入れることができるんです。受け入れると「あ、なるほど」と思って、そのアイデアのなかのいいところを見つけたりできて。あと、何度も一緒にスタジオに入っているからわかると思うけど、提案されるアイデアはほとんど試すね。
水野:そうかもしれないですね。
亀田:自分が思っているものとまったく違ったとしても、「OK、OK」って言いながら試してみると、自然と答えが出てくる。あと、お互いの信頼関係ができていくしね。やっぱり好きな人たちと信頼できる関係があるから、音楽を作り続けることができるんだと思う。
「国民的アーティスト」を背負う覚悟
亀田といきものがかりの交流は、デビュー前までさかのぼる。水野:この収録が始まる前にスタッフさんに「亀田さんと最初に出会ったのはいつですか?」って訊かれて、「学生のころですよ。21年とか22年前です」って(笑)。
亀田:そう! もう大学の授業を投げ出しそうになっている水野良樹に「大学はちゃんと卒業したほうがいいぞ! その後の人生に関わってくるよ」って説得して。ひたすらこれを言い続けてた(笑)。
水野:いきものがかりが亀田さんからもらった最初のアドバイスは音楽のことではなく、「単位を取って卒業しろ」と(笑)。そこからの付き合いですからね。本当にありがとうございます。
亀田:そうだったね。
水野:せっかくなので、いきものがかりの自分としてもお話を伺いたいんですが、いきものがかりって最初のころはどう見えていましたか?
亀田:まず、「いい歌だな」と思った。聖恵ちゃんの歌声が、それこそ一点の曇りもないというか。さっき、僕が「いい人でありたい」と話したけど、その「いい」というものの集大成みたいなものが、声自体にある。あとは、聖恵ちゃん自身もそういう人間を目指している、そういうアーティストを目指している……その努力の痕跡みたいなものが、そのときから感じられました。
水野:僕らは21、22年ぐらい前に出会って、そのあいだにいろんなことがあって、いろんなタイミングで亀田さんに曲を出してもらいました。亀田さんは、出会ったアーティストの変化を何度も、いろんなパターンで見てきたと思うんです。そういった変化は、どういうふうに見えていますか? 「あのときの原点はこういう感じだから、それを大事にしてあげよう」と思うタイプなんですか?
亀田:そのときどきというか、“今のいきものがかり”だったら、“今のいきものがかり”に寄り添います。たとえば『風が吹いている』のときは、やっぱりロンドンオリンピックというものに寄り添っていったし。
いきものがかり 『風が吹いている』Music Video
水野:ありがとうございます!
これまで「国民的アーティスト」と評されることが多かったいきものがかりについて、亀田は、その肩書きを背負って活動することをメンバーが決して嫌がっていない点に注目していたという。むしろ、その立場を受け入れたうえで活動している姿勢に、自身との共通点を感じていると語る。
亀田:僕も「ポップであることをいとわない」とよく言われるんです。「亀ちゃん、全然ロックちゃうやん」って(笑)。でも、ロックじゃなくても、いいものはいい。自分がいいと思ったものはいいと思える。そうやって、たくさんの人の心のなかや日常のなかに溶け込んでいって、その人たちを豊かにするものを作っているんです。いきものがかりには、そういうクリエイターの匂いというか、スペクトラムをものすごく感じています。コロナ禍も一緒に経験しているし、そういった(さまざまなことが起こる)なかで、今のいきものがかりを大事にしたいと思っています。
亀田誠治の創作を支える「信じる力」
『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』では毎回、ゲストにこれからクリエイターを目指す人たちへのメッセージを尋ねている。亀田が若いクリエイターたちに伝えたのは、「相手を信じること」だった。亀田:人を信じることは難しいし、今でも僕もトライ中です。でも、信じることによって、やっぱり実を結ぶことがたくさんあったんです。信じることは、結局、それが返ってくるんですよね。もちろん、信じていたけど裏切られるというか、思い描いたとおりには返ってこないこともある。でも、自分が届けた「信じる」という気持ちは、いろんなものをクリエイトしていくのではないのかなと思います。
水野:結局、全部が「肯定」でつながっているんですね。お母様が幼少期の亀田さんを肯定し続けたのも、亀田さんを信じているから褒め続けた。それを受けた亀田さんも、いろんな人に出会うけれど、相手を信じて、ものづくりを信じてやっている。全部つながっているなというふうに思いますね。それはすごいことですよね。そろそろお時間ですが、『さよならララ』の話ができなかったですね(笑)。
亀田:あははは(笑)! (制作は)1年以上前だね。
水野:そうですね。『さよならララ』こそ、仲間を信じてできている作品なんですよ。まさに、その大元のアニメーションが、ものづくりの相手を信じることから始まっている。小出(卓史)監督が、それぞれの仲間たちを信じることでスタートして、その「信じる」が僕らにもつながっていって。そこから亀田さんにお願いして、一緒に曲を作って、今、その信じる手の連鎖で物事が動いてきていますよね。愛されていますね、あの作品。
亀田:よかったです。水野くんはZoomで1時間くらい「この作品はこういうものです」という話をしてくれたんですよね。どの曲でもやってくれるんですが、みなさん、本当に水野良樹、恐るべしですよ。プレゼンテーションというよりも「いいものを作るために、わかってもらいたい。わかってもらうためには言葉が必要」ということを必ず1曲1曲実践してくれている。1回もそれを欠かしたことがないと思う。ディレクターさんが代わりにやったりとか、そういうことも1回もない。今まで作ってきた曲、全部そうだと思う。
水野:頑張ります(笑)!
亀田:頑張りましょう! 楽しくやりましょう!
亀田誠治の最新情報は誠屋の公式サイトまで。
“今”を代表するクリエイターをゲストに迎え、ものづくりの原点を探求する番組『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』は、毎週土曜21時から放送。
この記事の続きを読むには、
以下から登録/ログインをしてください。
radikoで聴く
2026年8月22日28時59分まで
PC・スマホアプリ「radiko.jpプレミアム」(有料)なら、日本全国どこにいてもJ-WAVEが楽しめます。番組放送後1週間は「radiko.jpタイムフリー」機能で聴き直せます。
番組情報
- Samsung SSD CREATOR'S NOTE
-
毎週土曜21:00-21:54
-
水野良樹
