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"YMO第4の男"「AIを使ってもシンセサイザーの進化は絶対ない」松武秀樹がそう語る理由

日本におけるシンセサイザープログラマーの先駆けであり、「YMO第4の男」と呼ばれる松武秀樹が、これまでのキャリアを振り返り、YMOとの交流のきっかけやシンセサイザーの未来について語った。

松武が登場したのは、3月14日(土)放送のJ-WAVE『SAPPORO BEER OTOAJITO』(ナビゲーター:クリス・ペプラー)。ビールを飲みながら、クリスとゲストが音楽談義を繰り広げる番組だ。

この番組では、ゲストがビールに合う“おみや”を紹介する。松武ははごろも&キングオスカーの『オイルサーディン』を持参し、ビールとともに楽しんだ。

父のフルバンドと、憧れのトランペット

松武は1951年生まれ、横浜市出身。20歳のときにシンセサイザーアーティスト・冨田 勲に弟子入り。独立後、YMOのメンバーとの交流が始まり、シンセサイザープログラマーとしてレコーディングに参加。ワールドツアーにも同行し、「YMO第4の男」の異名を取る。

クリス:そもそも、YMOとはどんなきっかけで交流が始まったんですか。

松武:最初にYMOの関係者とレコーディングしたのは、坂本龍一さんの『千のナイフ』ですね。そのときにいわゆる自動演奏機、シーケンサーを使ったんですけども、実は最初にシーケンサーを使ったアルバムは矢野顕子さんの『ト・キ・メ・キ』の中にあるやつなんです。それを坂本さんが聴いて、自分のアルバムでも使いたいってことになって。そのあとに細野(晴臣)さんがシンセサイザーでバンドのアルバムを作りたいっていう、それがYMOだったっていうことなんですね。1977年がスタートで、実際にYMOがレコーディングし始めたのは78年でした。

続いて話題は松武の音楽遍歴へ。松武が初めて買ったレコードは、ペレス・プラードの『マンボNo.5』だった。



松武:こういうラテンの曲とカントリーの曲は、今の音楽の中枢をなしている。リズムパターンはこういうかたちですよね。これが今のクラブミュージックとかにしてもみんな影響されてるというか。

クリス:幼少のころ、これを聴いて楽しくなっちゃった感じですか。

松武:うん。体がちょっと動くっていうか、「これいいな」っていうのがありました。

クリス:お父さんは音楽家なんですよね?

松武:はい。シャープス&フラッツっていうフルバンドにいて、初期のテナーサックスを吹いてました。それもあって、外盤のレコードとかを関係者から手に入れてきて、いろんなフルバンドの曲がたくさんあったんですよ。それはみんなラテン系のリズムと映画系の音楽というか。それを聴いてましたね。

クリス:松武さんが最初に手にした楽器は何だったんですか。

松武:親父の影響から「トランペットを吹きたい」って言って。中学でブラスバンドをやっていたころでしたけど、なんとトランペットを買ってくれたんです。あのころ、楽器を買ってくれるっていう家はあんまりなかったですけどね。

クリス:それはやっぱり家業だからってことなんですかね。

松武:わからないですけど、トランペットは憧れの楽器だったので。やっぱり金管楽器の中でいちばん目立つじゃないですか。

クリス:サックスじゃなかったんですね。

松武:サックスは楽器が大きかったってこともあるんですけど、トランペットは片手でも持てますから、そういう理由だったかもしれないですね。


大阪で魅了された「奇妙キテレツな音」

そんな松武は、高校時代にシンセサイザーと運命的な出会いを果たす。

松武:1970年の大阪万博に高校生の仲間と一緒に大阪まで行って、夜ごはんを食べたあとにレコード屋さんに寄ったんです。シンセサイザーっていう名前は知らなかったんですけど、奇妙キテレツな音でバッハの曲が流れていて、それがウェンディ・カルロスの『Switched-On Bach』でした。店員さんに「この音は楽器ですか?」って訊いたら「たぶん」って(笑)。レコード屋さんもよくわからなかったのかな。そこから東京に戻って渋谷のレコードショップに行ったら、「君が聴いてきたのはシンセサイザーって楽器だよ」って楽器の写真まで見せていただいて、「将来こういう楽器で生計が立てられたらいいな」っていうのをそのときに初めて思ったんですね。

クリス:なるほど。今の道を歩まれたっていうのは、シンセサイザーの音色に取り憑かれて?

松武:そうですね。そこから冨田先生のところへ行く理由になったのは、たまたまそのとき親父が音響業界にいたもんですから、「うちにどうしようもない音楽が大好きで、電気のこともある程度わかってるやつがいるから雇ってくれないか」と。

クリス:電気のことも詳しかったんですね。

松武:電気は大好きでしたね。5球スーパーラジオとか、ああいうのを中学時代からずっと作ってましたから。それで親父が冨田先生の事務所の社長にお願いをして入れていただいたんです。なんとそのときに冨田先生が、モーグIIIというシンセを輸入する直前だったんです。「これ、まさか『Switched-On Bach』で使用したシンセじゃないですか?」って言うと「それだ」と。「えー!」みたいになって(笑)。

クリス:当時のモーグだと、家1軒くらい買える値段ですよね。

松武:1ドルが360円の時代でしたから。それで冨田先生がお買い上げになることがわかって、僕が就職したのが4月で、そのシンセが来るのが11月。冨田先生が「僕は24時間シンセを触るわけじゃないから、私が寝てるときに触っていいよ」っていう。その代わり、何も教えてくれなかったです。

クリス:マニュアルとかはあったんですか。

松武:マニュアルはモーグ社から来ましたけど、回路図と部品の役割しか書いてなくて、どうやったら音が作れるかとかは一切書いてなかった。だから、自分でやるしかなくて。電気の知識が少しだけわかればできたっていうそういう感じでした。 


AIを使ってもシンセサイザーの進化はない

1970年代の日本におけるシンセサイザー音楽黎明期の試行錯誤を記録したアルバムのなかから、これまでCD化されず、現在では入手困難となっている貴重な作品を中心に復刻するシリーズ「日本シンセサイザー音楽の曙」として、松武が全体監修を手がけたシンセサイザー音楽のリイシュー4作品が、3月18日(水)に発売される。

松武:僕の『デジタル・ムーン+謎の無限音階』ですが、実は当時『謎の無限音階』のレコーディングを細野さんが聴きに来たんです。そこでシンセサイザーの説明をして、細野さんが「わかりました」と。次の日だったかな、細野さんのマネージャーから電話がかかってきて「ぜひ、細野と仕事を一緒にやってもらいたい」って言われたのがYMOでした。

クリス:それがYMOのスタートだったんですね。

松武:それからレコーディングをしたときに細野さんと、坂本龍一さん、高橋幸宏さんもいて。

クリス:新しいバンドのひとつのシグネチャーサウンドにしようと。

松武:そうでした。

クリス:まさに音楽史のひとつの歴史ですね。

最後に、松武は「シンセサイザーのこれから」についてこう語った。

松武:シンセサイザーってまだまだ未完成の楽器で、完成形はたぶん僕らが生きているあいだには作られないと思います。

クリス:完成形ってどういうことなんですか。

松武:ピアノはもうピアノっていう楽器があって、トランペットもトランペットっていう楽器があって、あれ以上の改良はしようがないじゃないですか。でもシンセサイザーは毎年違う技術がその中に入ってきています。ただ、ひとつ言えることはAIを使ってもシンセサイザーの進化は絶対ない。

クリス:それはなぜですか。

松武:未来を予測する音は自分でしか作れないからですね。僕もわかりません。僕も昔のモーグを持っていますけど、次に何をしたら新しいことになるかは自分が試さない限りやらないわけで、AIはすでに学んだことを音として表現させてるので。たぶんこんなことになるだろう、くらいはできるかもしれないですけど。別にAIを否定してるわけじゃないんですけど、冨田先生が言われたとおり、シンセサイザーは生楽器とは違う音色を出す楽器が無限に作れるって。存在しない音を自分の頭の中で考えるっていうことですかね。

松武は5月12日(火)に東京・朝日カルチャーセンター新宿教室で対談講座「松武秀樹が語る!シンセサイザー音楽の歴史」を開催する(オンライン配信あり)。

そのほか、松武秀樹の最新情報は公式サイトまで。

番組の公式サイトには、過去ゲストのトーク内容をアーカイブ。オンエアで扱った音楽の情報も掲載している。

・過去ゲストのアーカイブページ
https://www.j-wave.co.jp/original/otoajito/archives.html

『SAPPORO BEER OTOAJITO』では、毎週さまざまなゲストを迎えてお酒を飲みながら音楽トークを繰り広げる。放送は毎週土曜18時から。

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番組情報
SAPPORO BEER OTOAJITO
毎週土曜
18:00-18:54