昔の辞書に載っていなかった「意外な言葉」とは? 国語辞典編纂者が語る、“当たり前”が変わった気づき

日本語学者で国語辞典編纂者の飯間浩明さんが、国語辞典に載せる言葉の選定方法や、最近気になる言葉について語った。

飯間さんが登場したのは、4月14日(月)放送のJ-WAVE『PEOPLE’S ROASTERY』(ナビゲーター:長井優希乃)の「VIBES JINRUIGAKU」。長井がゲストとともに「人と世界」について考えるコーナーだ。

肉を焼かない、“魚”の「焼き肉」?

“言葉ハンター”として、さまざまな言葉を日々集める飯間さん。『三省堂国語辞典』の編集委員であり、著書に『様子を描くことばの辞典』(ナツメ社)や『日本語どんぶらこ ことばは変わるよどこまでも』(毎日新聞出版)などがある。そんな飯間さんに、長井は「今日、スタジオに来るまでにどんな気になるワードに出会ったか」を質問した。

飯間:六本木の地下鉄の駅で降りて、いろいろ看板があるから気になったわけですが、たとえば「肉を焼かない焼肉」という看板がありました。ちょっと近づいてみますと、ローマ字で「Fish Yakiniku」と書いてある。これは、辞書の焼き肉の説明をちょっと変えないといけないのかなと思いました。

長井:肉を焼くだけが、焼き肉ではないと。

飯間:魚を焼いたときは、普通「焼き肉」とはいわないですよね。だけど、おそらくこのお店ではちょっと焼き肉のようなテイストの魚になるのかなと思いました。

長井:自分でトングを使って焼いたりする、ということでしょうか?

飯間:一度食べてみないと、わからないですけどね。

長井:素材よりも“行為”にフォーカスしているんですね。

飯間:味もお肉に似ているのかもしれないですが、おそらく少数のお店で使っている言葉なのでしょうね。もし「Fish Yakinikuをうちの店でもやろう」と賛同するお店が増えてくると、これが一般的な言葉にならないとも限らない、ということです。

長井:概念自体の問い直しや、読み直しといったことにもなってくるかもしれませんね。

飯間:そうですね。焼き肉というと「牛や豚、鶏の肉なのかな」という固定観念があるわけですが、お魚も焼き肉になるんじゃないかと。このひとつだけでも、けっこうしゃべることがあるわけです。

長井:先ほど辞書に載せている「焼き肉」の意味を考え直さなければいけないかもしれないとおっしゃいましたが、辞書に掲載される新しいワードは、どれくらいの頻度で生まれているのでしょうか?

飯間:数える方法はありませんが、言葉を集める頻度については、辞書を作る我々、編集委員が何人かで協力して、1年間で数千語は集めます。辞書は定期的に改訂版を出しますが、新しいのが出るまでに1万〜2万語。『広辞苑』のような大きなものになると、何十万という言葉を集めると思います。その数を集められるということは、それだけ言葉が生まれているということですよね。

長井:それを「辞書に載せよう」と決めるポイントはどこですか?

飯間:「この言葉、いいな」「面白いな」というのでは決められないですよね。いちばんは、ユーザーの立場に立たなければいけない。辞書を使ってくださる方が、どれだけその言葉を調べるのかという観点です。だから、「この言葉の意味をみんな知りたがるだろうな」という言葉は、まず載せなければいけません。

昔の辞書には載っていなかった、意外な言葉

「多くの人が意味を知りたがる言葉」は、辞書に載せる候補になると語る飯間さん。選ばれる言葉は、珍しいものに限らないそうだ。

飯間:たとえば「『心』って何だろう?」「『愛』ってなんだろう?」と、毎日使っている言葉でも、ちょっと辞書で意味を確かめたくなることがあります。

長井:普遍的な言葉も「辞書にはなんて書いてあるのか」はみんな気になりますよね。飯間さんはこれまで本当にたくさんの言葉を集めて、出会ってこられていると思いますが、自分の“当たり前”が変わったというような言葉との出会いや発見はありましたか?

飯間:実はひとつあって、それは「当たり前の言葉に出会った」ということです。大学院生のときに、ある辞書を作っている先生と飲み会の席で話したことがあるのですが、その先生が「いままでの言葉辞典には『雨音』という言葉が載っていないんです」とおっしゃっていました。いまの辞書は載っているものが多いですが、昔の辞書には載せていなかったと。

長井:なぜなのでしょう?

飯間:当たり前すぎて、辞書を作っている人が注目していなかったんですよ。「物音」などの言葉は載っていますが、「雨音」は見過ごしたのかな。ふたつの言葉をただ合わせただけのものは辞書に載らないことが多いですが、雨音は「雨(あめ)」が「あま」という音に変わっているし、やっぱり辞書に載せて説明したい言葉ですね。

長井:当たり前すぎて気づかないことに、気づいたときの感覚ですね。

飯間:びっくりしましたね。私が大学院生の頃は平凡な言葉ではなく、古い言葉や若者言葉などの変わった言葉に興味を惹かれていたのですが、当たり前の言葉も「実は当たり前じゃないんじゃないか」「我々が見過ごしていたり、ちょっと軽んじていたりすることがあるのかな」と思いました。

長井:日々使う当たり前の言葉でも、もう一度見つめ直してみると新たな側面が見えてきそうですね。

「いい言葉とは何か」

長井はさらに「最近、気になる言葉」がないか、飯間さんに訊いた。

飯間:やっぱり辞書を作っていますから、辞書で説明しにくい言葉は気になります。たとえば、「そもそもどこから説明しようかな」という言葉がありまして、それが「タイミング」です。日々使っていますから「誰でもわかるでしょ?」と思うかもしれませんが、「ちょっとタイミングが悪くて電車に乗り遅れた」とか、「絶好のタイミングで友だちが来てくれた」とかいったことを、別の言葉で説明できるかということですね。

長井:これは意外と難しいですね。「運が悪くて」でもない気がします。「機会に恵まれず」でもないですよね。

飯間:そうですね。けっこう近いですが、ある辞書を見ますと、タイミングとは「物事をする時期」と、簡単に書いてあります。私自身の考えでは、タイミングというのは「できごとや人の行動が、別の出来事や行動にあう具合」のことを言います。ひとつだけだとタイミングとは言えなくて、「自分が駅に行く」「電車が来る」というふたつのできごとがうまくあう具合ですね。「ちょっと変な日本語じゃないか」と言われるかもしれませんが、ずっと頭を悩ませて「そういうことじゃないかな」と思いついたときの、ちょっと光が見える感じが好きなんですよ。

長井:「タイミング」は英語由来なのでカタカナで書きますが、日本語のなかでもあえてカタカナやひらがなで書くときがあると思います。また、これまでずっと漢字表記だったのに、あるときからひらがなやカタカナの表記がよく使われているという言葉が増えることもありますが、これは飯間さんからするとどういう現象なのでしょうか?

飯間:先ほどスタジオに来る途中で「ココロが育つ体験」という言葉を見て、ひらがなでも漢字でもなくカタカナで「ココロ」と書くのはなぜだろうと考えたのですが、漢字だとちょっと真面目な「一生懸命、教育しよう」という感じがするのですが、カタカナにするとちょっと軽くなりますよね。それに「心」の語源は擬音で、「コロコロと凝り固まる」というところから「心」っていうのができたらしいので、「音(おん)」が強調されて、ちょっと軽い感じになることを狙っているかもしれないですね。

長井:では、ひらがなで書いたときに柔らかく感じるのはなぜでしょう?

飯間:もともと、ひらがなは平安時代に女性たちが筆で和歌を書くような私的な場面で使った文字でした。漢字は役所などの非常に硬い文章に用いていたので、ひらがなだと柔らかく感じるのだと思います。

長井:2025年のいまも、私たちがなんとなくそのイメージを持って、なんとなく共有しているというのはおもしろいですね。

最後に、長井は「究極の質問かもしれませんが」と前置きし、飯間さんにとっての「いい言葉とは何か」を問いかけた。

飯間:よく訊かれますが、辞書には7~8万語の言葉が入っていて、それは全部いい言葉ですよというのが、私の答えです。なかには、「ごみ」とか「かす」のように一見、変な言葉もあります。人に使えば相手を傷つける言葉になりますが、「ごみはちゃんとごみ箱に捨てましょう」というのは、言葉がうまく使われている例ですよね。だから、言葉というのは使い方が正しければ、すべていい言葉です。

長井:だから、使い方が大事ということですか?

飯間:まさにそうですね。どんな言葉も目的にあった使い方をすれば、言葉が輝くということです。

J-WAVE『PEOPLE'S ROASTERY』のコーナー「VIBES JINRUIGAKU」では、“声でつながるフィールドワーク”と題し、自分の当たり前を問い直しながら人と世界について考えていく。放送は月曜~木曜の14時5分ごろから。
番組情報
PEOPLE'S ROASTERY
月・火・水・木曜
13:30-16:00

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